5日目-4
上部が半円状の細長い窓から麗らかな夕日が差し込む。橙色の陽光に青みがかった黒髪の縁を透かし、優雅にカップに口を付ける姿はまるで絵画のようだ。うら若き乙女であるユイは百万の宝石よりも美しい光景に目を奪われる。
――その男がレヴィン・フォン・トゥバキアでなければ。
「話は聞いたよ。君の世界でどうだったかは分からないが、瘴気に冒された一平民を無断で助けるのはあまり褒められた行動ではないね」
「……ごめんなさい」
呼び出された内容も相まって、ユイはお茶や菓子に手をつける気にはなれない。
気を落とすユイを底知れない光を湛えた瞳で見つめたレヴィンは、ややあってふっと空気を揺らした。
「これは他言無用でお願いしたいのだが。……私個人としては例の女の子が助かって良かったよ」
「え」
意外な言葉を受けて顔を上げると、眩しいものを見るように切れ長の瞳が細められた。
「君が心優しい女の子で嬉しい。聖女だとかは関係なしにね。……後のことは心配しないで。こちらでうまくやっておく」
「……怒らないの?」
「何言っているんだい。最初に勝手な行いを叱ったじゃないか」
「それだけ? で、いいの?」
「なに。そういう対応がお望みかい?」
笑みの質を変えられ、慌てて首を横に振る。残念、と軽やかに息を吐かれたが何が残念だったのか分かりたくもない。
場を取り繕うようにカップを傾ける。程よい甘みが口の中に広がった。
全てを額面通りに受け取るのは危険だが、女の子の無事を喜ぶ気持ちに嘘はないように見えた。それを知れただけでも行動した価値はあったというものだ。
「それはそうと、アイラックと会ったんだってね」
「う、うん」
「折を見て紹介しようと思っていたんだが。先を越されてしまった」
語尾に不可解な感情の揺れを感じ取り、ユイは目を瞬かせた。
「内緒話をしたんだって? 妬いてしまうな。二人で何の話をしていたんだい」
「……ねえ、なんでこっちに来るの」
「さぁ。どうしてだと思う?」
ユイの座る背凭れに手を突き、前屈みになったレヴィンが鼻先を寄せてくる。恐ろしいほどに整った容貌が至近距離に迫り、ユイは息を詰めた。
「……実は、君に感謝してるんだ」
「嬉しいね。大したことはしていないと思うが。理由を聞かせて?」
「君の訓練のおかげでこういうこともできるようになったから」
ユイは結界の応用でレヴィンの鼻先すれすれに見えない壁を生成した。こつんと当たったレヴィンが目を丸くする。
「驚いたな。初歩の魔法とはいえ、もうここまで細かい操作ができるのか」
「先生がいいからね」
「だがまだ拙いな」
ユイのすぐ傍に腰掛けたレヴィンが平皿に盛られた菓子に視線を遣った。可愛らしい見た目をした丸い菓子が一つ、ふわりと宙に浮遊する。
風魔法を繊細に操ったレヴィンが、引き寄せた菓子をユイの唇に押し当てた。
「口を開けて?」
「……」
ユイはきゅっと唇を引き結んだ。ここで言いなりになってしまったら色々と負けの気がする。
レヴィンは長い睫毛を伏せ、しばし思案した。
「ああ、そっか。手ずからが良かったならそう言ってくれればいいのに」
「は、ちがっ……んむっ」
否定しようと開いた口に菓子を放り込まれた。弓なりに瞳を細めるいけ好かない男を上目遣いに睨む。怒りも萎ませるくらい美味しいのがまた悔しい。
「それで、アイラックとは何を話していたんだい」
口の中のものを飲み下してからユイは返事をした。
「まだ訊くの? もういいでしょそれは」
「答えられない理由でもあるのかい?」
「……ア、アイラックから瘴気を感じたの。だから確かめてた」
「ああ、なるほど」
レヴィンは得心のいった様子で首肯した。
「アイラックは怪しい者じゃないよ。彼は魔獣使いなんだ」
「魔獣使い」
もちろん知っている。
「その名の通り、魔獣を操る特別な力を有しているんだが……怖くないのかい?」
「怖い? なんで?」
「魔獣は凶暴の代名詞だ。大の大人でも魔獣使いを気味悪がる。だから彼自身、自分が魔獣使いだと明かしている者はごく少数なんだよ」
「それは、その……魔獣がどんなものかまだちゃんと知らないから」
背中に流れる冷や汗を感じながら、ユイは苦し紛れに答えた。
「そっか。君は面白いね」
魔獣使いより得体の知れない笑みを浮かべるこの男の方が数段怖いとユイは思った。




