5日目-2
脇目も振らずに影を追いかけたユイは城門付近に出た。額の汗を拭う間も惜しんであたりを見回しても求めた姿はない。
乱れた呼吸の下でユイは酷く落胆した。マリスレイスへの気持ちが急いてありもしない幻を見たのだろう。枯れ枝を幽霊と見間違えるあれと同じだ。
ユイは徐々に落ち着きを取り戻した。そこでふと気付く。城門がなにやら騒がしい。
声がはっきりと聞こえる距離にまで近づいてみる。どうやら平民らしき中年の男性と門衛が言い争っているようだった。
「お願いします、娘を助けてください!」
「何度も言っているだろう。我々は医者じゃない。ここでごねる暇があったら近くの診療所に連れて行ってやれ」
「医者じゃこの子を救えないんです! 王都の医者全員に匙を投げられました! 教会も駄目だ、もう頼れるのはここしかないんです。お願いします!」
「無理なものは無理だ。どうしても引かないなら公務執行妨害として牢にぶち込まなければならなくなるぞ」
「そんな……っ」
男性が瞳を凍り付かせてたじろぐ。その腕に幼い女の子を抱えていた。ユイははっと息を呑んだ。
「あの子、酷い熱……!」
咄嗟に走り出そうとした腕を後ろから掴まれる。勢いよく首を巡らせると、置き去りにしたはずの侍女と目が合った。全力のユイを追いかけてきたにしては息が乱れていない。
「聖女の治癒魔法なら救えるかもしれません。ですがまだ小さな傷も治したことがないでしょう。たとえ女の子を助けられたとしても、あなたが救うべきはより多くの民の生活です。先例を作れば人は自分も助けてくれとあなたに殺到します。それでは慈悲深いあなたが潰れてしまう」
「でも……」
彼女の言い分は正しい。小刻みに震える腕に抱かれた幼い女の子と侍女の真剣な訴えの間でユイは瞳を揺らした。
「…………ごめんなさいっ」
強く腕を振り払う。
「ユイ様!」
「それでも目の前で苦しむ子を放っておけないよ!」
制止の声を振り切って女の子の元へ駆け寄る。突如割り入った見知らぬ少女に門衛も男性も揃って驚きを見せた。彼らに構わず女の子の状態を確かめる。近くでよく見れば女の子の赤い頬は一部がどす黒く変色していた。
「これ、瘴気……⁉ この子、瘴気に中てられたの⁉」
ばっと顔を上げたユイに目を白黒させた男性がぎこちなく頷く。ユイは内心毒づいた。想像より何倍も危険な状態だった。町の医者が匙を投げるのも当然だ。瘴気は聖女にしか浄化できない。
ユイは急いで体内の神聖力を熾した。女の子の胸のあたりに両手を翳し、浄化の魔法と治癒魔法を重ね掛けする。
ほどなくして頬の変色が消え、女の子の呼吸が穏やかなものへと変わった。
ユイは深く安堵の息を吐き出した。両掌の下を中心に広がった温かな光が徐々に収束する。完全に消えると同時にすぐ傍らでわっと歓声が弾け、ユイの肩が跳ねた。
「瘴気が消えた……。すごい! 聖女様、聖女様だ!」
「召喚の噂は本当だったんだ!」
「ありがとうございます、本当にありがとうございます。娘を助けてくれて……!」
「そんなっ、大袈裟です。こんな程度で……! 娘さんが助かって良かったです」
ユイは胸の前で両手をぱたぱたと振った。男性だけでなく門衛もしきりに感激している。
もういいと遠慮しても繰り返される感謝の言葉は擽ったかったけれど、聖女様、と呼ばれて嫌な気はしなかった。温かな気持ちで受け止められる。二度目の召喚直後は忌避していたのに不思議だ。
侍女に促され、騒ぎすぎて泣き出した女の子にあたふたする彼らと別れる。
次第に建物内へと戻る足取りは重くなった。
「……ごめんなさい。勝手なことをして」
「私に謝る必要はありません」
悄然と謝るユイに、侍女は淡々と返した。
「ですが殿下にはご報告いたします」
「……そうですよね。大丈夫です、告げ口したとか思わないので。気にしないでくださいね」
「お心遣いありがとうございます」
女の子を助けたことを後悔してはいないが、この後の展開を考えると気分が沈んだ。もう何も考えずふて寝したい。
「ははっ。的確な処置で女の子を救った聖女とは思えない顔ッスね」
「……!」
頭上の木陰から面白がるような少年の声が降ってきた。




