意地悪な執事と破壊力抜群なお嬢様。
「お嬢様、どうぞこちらへ」
「わぁ!? ソファーもテーブルも可愛い! 映画に出てくるお屋敷に置いてありそう!」
テーブルへと案内されたカンナお嬢様は、入口をくぐった時と同様に歓声を上げる。
私はソファーの横へ立ち、彼女が座ってから改めて声をかけた。
「お茶をお持ちしますか? それとも、お夕食をお持ちしましょうか?」
メニューを出すような無粋な真似はしない。
お茶の種類も、食事の内容も全て頭に叩き込んである。
「少しご飯が食べたい、かな。あ、でも、お茶と一緒に甘い物も食べたいから、軽めの物が良いんだけど」
「かしこまりました。軽食であれば、サンドイッチ、オムレツ、ライスボールなどをご用意しておりますが、いかが致しましょう?」
「うーん、悩むなぁ。お、お兄様のオススメは?」
お嬢様は少し照れたようにはにかみながら、私に視線を向ける。
上目遣いという仕草の愛らしさも手伝ってか、改めて間近で直視するとこちらの方が照れて顔を背けそうになる。それほどに彼女の顔立ちは美しく、そして年相応に可愛らしい……いけない、まだ気持ちが完全に執事モードへ切り替わっていないな。
今の私は執事の『明希』。決して童貞DKの『西松明宏』では無い。よし。もう大丈夫。大丈夫かこれ? DKとか言ってる時点で頭は大丈夫じゃないかもしれない。
ともあれ、下らないことを考えたお陰でとりあえずは落ち着いた。
「どれも軽食とはいえ、当館自慢のシェフが腕を振るった料理なので悩み所ですが……本日であれば、サンドイッチがよろしいのではないかと」
「へぇー! 具は何が入ってるの?」
「本日はフランス産の質の良いカモが入ったので、そちらをジューシーなローストにした物と、旬のサワラをハーブで香ばしくグリルした物の二種類を。どちらもバルサミコの酸味が効いたドレッシングで、さっぱりと仕上げてご用意しております」
「うわぁ、どっちも美味しそう……。うぅ〜、やっぱり悩むぅ〜!」
両の頬に手を添えて真剣に悩んでいる姿に思わずクスりと笑いそうになるが、軽く微笑むに止め、より一層優しい声音を心がけて言葉を紡ぐ。
「お嬢様がご希望でしたら、ハーフカットで両方お持ちすることも出来ますが、いかがなさいますか?」
「え!? 良いの!? じゃ、じゃあ、お願いしよう、かな?」
カンナお嬢様は飛び跳ねそうな勢いで嬉しそうに聞き返してきたが、我に帰ると欲張っているようで恥ずかしかったのか、私から視線を逸らす。
……なんだろう。彼女を見ていると無性にいじめたくなるというか、意地悪をしたくなる。 もしかすると、今朝声をかけてきた時のような気丈な態度は、こういった弱々しい一面を隠すための強がりなのかもしれない。
そんなことを考えていたせいか、いつの間にか私は自然とお嬢様の耳元に顔を近づけ、恥じ入る彼女に追い打ちをかけるように言葉を発していた。
「……お嬢様が恥ずかしがることは、何も無いのですよ?」
「ひぇっ!?」
突然耳元で私に囁かれた彼女はビクッと体を震わせ、怯える小動物のように縮こまりながらも、何かを期待する潤んだ瞳でじっとこちら見つめている。
嗚呼、どうしよう……。何か変なスイッチが入ってしまいそうだ。
「何故なら、最初からそのつもりでお勧めしたのですから」
「へ?」
「お嬢様の悩むお姿があまりにも可愛らしかったので、つい、意地悪な言い回しをしてしまいました」
トドメと言わんばかりに、いつも通りの執事スマイルで締めくくる。
カンナお嬢様は一瞬、ポカンとしたあどけない顔で目を見開くと、その頬を桃色、朱色、真紅へとどんどん赤みを増しながら染め上げ、わなわなと口を震わせる。
「な、なら、最初からそう言ってよ! もう! 蓮花さんといいお兄様といい、ここの執事さんは意地悪な人ばかりなのかしら?」
拗ねたように顔を背けながらスカートの裾を握りこむ姿に、またしても嗜虐心が加速しそうになるが、あまりやり過ぎて愛想を尽かされても困る。
「申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました。ところでお嬢様、お食事はサンドイッチでお決まりのようですが、食中のお飲み物はいかがなさいますか?」
敢えて悪びれずにしれっと言ってのけると、お嬢様もこれ以上は言っても仕方ないと悟ったのか、ふんっ、と軽く鼻を鳴らし、恨みがましい目をこちらに向けるだけだ。
大きな瞳と相まって、そうしているとどこか猫っぽい印象を受ける。
「後でお茶を頂くから、お水で良いわ」
「かしこまりました」
私はカンナお嬢様に返事をすると一度テーブルを離れ、オーダーを伝えに厨房へ向かおううと振り返る。だが。
「あ……待って、お兄様」
私が背を向けようとしたその瞬間、くいっと、袖を引かれる。
「お嬢様? いかがなさいました?」
「……」
すぐに返事は無い。もじもじと何か言いた気にしている素振りはあるのだが、どうにも言いあぐねているようだ。……もしかして、いじめ過ぎたか? おかしいな、蓮花さんにレクチャーされた通り適度に抑えた筈なんだが。
「あの、お嬢様?」
私は焦りを抑えきれず、思わずカンナお嬢様の顔を覗き込むようにして再度声をかけてしまう。だが、何と言ってフォローしたら良いのか分からず、その先の言葉が続かない。
そうして今度は私の方が黙っていると、意を決したようにお嬢様が顔を上げた。
「……す、すぐ、戻って来てくれる?」
「っ!?」
こ、これは……反則というやつではないでしょうか?
ただでさえ破壊力抜群の上目遣いに、このセリフ。もはや鬼に金棒どころか桃太郎のお供が白虎、青龍、玄武、朱雀の四神くらいの衝撃。それもう桃太郎いらないじゃん……。一匹増えちゃってるし。
なんて下らないことを考えている場合じゃない! 落ち着け、私が惑わされてどうする。
こんな時は家族のことを考えるんだ。そもそも私は毎日美人な姉と可愛い妹に囲まれて生活しているんだ。この程度の事で心が揺れるなんてありえない。姉と妹こそ至高にして究極。彼女達に勝る女性などこの世に存在する筈が無いのだ。シスコン? ははっ、何ですかそれ、シスターコントローラーの略ですか? それは売れそうですね(私に)。でもよく考えたらそんなもの必要ありませんね。だって操るまでもなく、彼女たちは今のままで私の理想ですから! うん、これ全然落ち着いてないな。
だが、どうにかカンナ嬢から意識を逸らすことは出来た。もう言葉を発しても問題無いだろう。
「もちろん。今の私は、カンナお嬢様のお兄様ですから」
「っそ、そう。……お水、ガス入りが良いわ」
カンナお嬢様は照れ隠しをする様に、最後にぽしょりと小さなワガママを付け加えた。
当然、私の返事は決まっている。
「かしこまりました。お嬢様」
今話もお読み頂きありがとうございます!




