悪魔で、〇〇ですから。
池袋に着いた俺は、人混みをかき分けながら足早にバイト先の店へと向かう。
大通りを渡り、ビル群の合間を縫うようにしばらく歩き、人目を避けながら店の裏口に通じる路地へ入り込む。……毎度のこととはいえ、何か悪いことをしてるような気分になるな。いやまあ、校則的には紛れも無く悪いことなんだけど。
まだ出勤すらしていないにも関わらず、俺は若干の疲れを感じながら裏口のドアを開けた。
「おはようございます」
お決まりの挨拶をしながらロッカールームに入ると、すでに制服に着替え、髪型やネクタイの角度をチェックしている先輩たちが出迎えてくれた。
今更だが、何でバイト先の挨拶って時間帯に関係なく「おはようございます」なんだろう。
「おう、アキ。はよっす。なに、珍しく遅いじゃん?」
気だるげに返事を返してくれたのは椎名さん。
俺より二つ上の十九歳で、ぱっと見クールな感じに尖ったイケメン。
短く切り揃えられたストレートの青みがかった黒髪がなお一層冷たい印象を与えるが、意外と面倒見の良い兄貴肌な先輩だ。
「こら、椎名くん。それだと責めてるみたいですよ? アキくんはまだ高校生なんですから、学校の都合だってあるでしょう」
椎名さんを低く落ち着いた優しい声音で嗜めたのは、桐生さん。
正社員で、年齢はアルバイトの従業員より少し離れた二十七歳。
彫りの深い顔立ちと長身の見た目は海外のモデルのようだが、れっきとした日本人。
一つ括りに纏められたシャンパンゴールドの長髪も相まって、浮世離れした雰囲気を醸し出している。
「そうそう。椎名みたいな暇なフリーターと違ってぇ、アキちゃんはいそがしーんだよぅ〜」
のんびりした調子で椎名先輩をからかったのは、姫川さん。
小柄で中性的な顔立ちのせいか、よく俺よりも年下に見られがちだが、椎名さんと同じ十九歳だ。
普段はおっとりした雰囲気や話し方で癒し系のオーラを発しているのだが、たまに心を抉るような毒を吐くこともある。
ふわふわとした感じのクリーム色の癖っ毛が、今日も気ままに揺れていた。
「すいません。ちょっとクラスメイトと話し込んでて」
「え……? アキ、友達いたのか?」
椎名さんは読んでいた雑誌を手から落とし、切れ長な目を在らん限りに見開いて問いかけてくる。いや、酷くないすか?
「椎名、よく聞いて。アキちゃんは“クラスメイト”、とは言ったけど、“友達”、なんて一言も言ってないよ?」
姫川さんは男とは思えないほど可愛らしい笑顔で人とは思えないほど残酷なことを指摘した。 まあ、否定できないんすけどね、ええ。
「二人とも、良い加減にしなさい。いくらアキくんが少し家族思いすぎて色々とこじらせているとはいえ、友達の一人や二人、学校にいないわけがないでしょう? ねえ、アキくん?」
そして、桐生さんがこれでもかと言うぐらい屈託のない完璧な笑顔で俺にトドメを刺す。
悪意が無いどころか善意でフォローしてくれているだけに一番心に刺さるんだよなぁ……。
ま、バイト先の先輩なんてどこもこんなものだろう。寧ろ、高校生の俺相手に気兼ねなく話してくれるだけ、ありがたいと思うべきだ。
いや、うん……まあ全く思うところが無いわけじゃ無いんですけどね。ええ。
「ま、まあ俺の話は良いじゃないですか。そんな事より、ぼちぼちホール出た方が良くないですか?」
俺は少し強引に話を逸らしながら、手早く“制服”に着替え始める。
ワイシャツはそのまま。パンツはツータックに、ジャケットは裾の部分が長く、ツバメの尾のように二つに分かれ伸びている特徴的なシルエットの物に。
そして最後に、蝶ネクタイを結ぶ。
色は全て黒に統一されており、鏡に映った自分の姿を見れば、自然と気持ちも引き締まる。
仕上げに、我が家の“お嬢様達”が今朝も惜しみなく見せてくれた笑顔を思い浮かべ、自然な微笑みへ気持ちごと表情を作る。
さあ、それでは今日も優雅に、この場限りの“ご主人様”をお出迎えしましょうか。
この、『執事喫茶レイブンヴィル』で。
++++++
階段を降りて来る軽やかな足音が木霊すれば、すぐさま優美な足取りでエントランスへと赴き、踵を揃え、姿勢を正す。
ドアが開き、遠慮がちに顔を覗かせる「お嬢様」のお姿を目に入れた時には、既に出迎えの言葉は喉元に用意されている。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
整列した執事達が声を揃えて、けれどお嬢様を威圧してしまわないよう、あくまで上品な声音で出迎える。
悪魔で、執事ですから。
「わぁー!」
並んでお辞儀をする我々執事と、まるで中世のお屋敷のようなゲストルームを目の当たりにして笑顔を浮かべたお嬢様を、『フットマン』である俺……コホン、失礼。“私”が、テーブルまで案内させて頂く。
レイブンヴィルでは執事を四つの階級で分けており、それに応じて仕事内容が変わってくる。
一番下が『フットマン』。
主にご案内や上級執事のサポートなど、平たく言えば雑用だが、時にはご主人様のお世話を任されながら見習うポジションだ。
その上が『バトラー』。
最も人数が多く、そして最もご主人様と長く接するポジションだ。
基本的に一人一組ずつテーブルを任され、私たち『フットマン』を顎で使い……コホン、失礼。教育しながら、ご主人様方のお見送りまでこなすレイブンヴィルの主戦力。
因みに椎名さんと姫川さんはこのバトラーに属している。
そして、その更に上が『ヴァレット』。
バトラーとフットマンを統括し、喫茶全体の状況を把握しながら、ご主人様方にお出しする品物の管理なども任されるリーダー的なポジションだ。
今日のメンバーで言えば、桐生さんがこのポジションに当たる。
最後に、この執事喫茶の支配人であり、私たち執事全員の最高位に属する、『スチュワード』。
滅多に表に出てくることは無く、ぶっちゃけ何やってるか分からな……コホン、失礼。フットマンの私では知り得ない何か重要なお仕事をされている方だ。
何を隠そう、このスチュワードの蓮花さんという方こそ、私をこのレイブンヴィルの執事として招いてくれた大恩人だ。……まあ、少しクセがある方だが、悪い人では無い。 因みに、女性のように可憐な名前だが、残念ながら中年の男性だ。蓮花というのは苗字だそうで、何故か下の名前は教えてくれない。
無駄に色気がだだ漏れなおっさ……コホン、失礼。ダンディなおじ様なのだが、ここ以外にも幾つかお店を経営していて、顔を出すのはせいぜい週に一度か二度だ。
「お嬢様。どうぞ、こちらのお席へ。差し支えなければ、お上着とお荷物を預からせて頂きます」
「あ、ありがとうございまっ!?」
お嬢様が言いかけた言葉を私は控えめに手で制し、少しだけ耳元に近づいて、普段よりもぐっとトーンを下げた、低く、甘い声音で囁く。
「いけませんね、お嬢様。私はあなたの執事なのです。そのように畏まった言葉使いはお止め下さい」
「へっ!? あ、じゃあ、えっと……。あ、あり、がとう?」
突然のことに驚いたのか、頬を朱に染め、照れた様にはにかみながらお礼を言って下さるお嬢様に、私は一礼してこの場を辞する。
「とんでもございません。それでは、専属のバトラーを呼んで参りますので、どうぞ、ごゆるりとおくつろぎ下さい」
「あ、あの! お、お兄さんは、じゃなくて、えっと……」
お嬢様は何かを言いかけながら、控えめに私の胸元を覗き込む。
何度か経験した状況なので、お嬢様が何を知りたいのか察した私は、「うっ」と心中で臆しながらも、表情や態度には一切出さないよう細心の注意を払う。
「申し遅れました。私はフットマンの、“明希”と申します」
お嬢様が私の胸元を覗き込んでいた理由は単純。名札を見て名前を呼ぼうとしたのだろう。
基本的に短い時間しかご主人様と接しないフットマンは、名乗ることを義務とされていないのだが、時折こうして名前を聞かれることもある。
素性を隠して働いている以上、本名を名乗るわけにもいかず、さりとて全く違う名前でもやり辛いので、私は仕方なく下の名前をもじり、『明希』という名前で働いている。……のだが、正直どうにもむず痒い。
『明希』という字面がカッコ良すぎるのと、家族以外に下の名前で呼ばれるというこの絶妙な気恥ずかしさが、いまだに拭えないのだ。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
仕事である以上文句は言えないし、文句を言う気が起きないぐらい良いお給金を頂いているので、この程度のことは堪えて当然。……まあ、この名前を決めた蓮花さんが、俺が名札を胸に付けた瞬間爆笑しやがった……コホン、失礼。爆笑してらっしゃりやがった事は多分一生忘れないが。これ言い直せてませんね。
「あ、じゃあ明希さん、じゃなくて、明希は、もう行っちゃうの?」
お嬢様は私に気を使い、優しい言葉をかけて下さった。
潤んだ瞳に吸い込まれそうになるが、このような場合の対応も既に学習済み。
私は用意しておいた言葉を出来るだけ自然に、秘密めかすように告げる。
「もちろん、お嬢様が私をお呼びとあらば、すぐにでも参ります。……ですが、私はまだ見習いの身。給仕も執事としての所作も、バトラーの先輩方には遠く及びません」
「そ、そんなことっ!」
お嬢様は立ち上がりかけるが、それを制するようにそっと肩に手を添え、再び耳元に顔を近づける。先ほどよりも更に近く、吐息がかかる程の距離へ。
「……なので、お嬢様さえよろしければ、貴女にお仕えするバトラーの背中を私に見せて、勉強させて頂けませんか?」
「ひゃっ!?」
「その代わり、と言ってはおこがましいですが、私がバトラーになった暁には、全身全霊をもって、お嬢様にご奉仕させて頂きます」
「は、はひぃ〜」
お嬢様はビクンッ! と、体を跳ねさせたかと思うと、頬を紅潮させたまま全身から力を抜くようにして、大人しくソファーに腰掛けた。
それを見届けた私は、改めて「失礼します」と一礼し、この場を辞する。
そして、少し離れた所で監督を兼ねてこちらの様子を伺っていた椎名さんの所へ行き、ご案内したお嬢様の担当を引き継ぐ……のだが、何故か椎名さんは私から顔を逸らし、口元を手で覆って肩を小刻みに揺らしていた。
「あの、椎名さん?」
「(ぷっくっ、くっ)゛う、ううんっ! ……コホン」
椎名さんは咳払いして私に向き直るが、何故かその口角はピクピクと震えている。
「ああ、明希。案内ご苦労」
「いえ、少し手間取ってしまって、申し訳ありません。私も椎名さんや姫川さんのように自然にお嬢様とお話が出来れば、もう少しスムーズに引き継げるようになると思うんですが」
ご主人様をお迎えしている間は、当然執事同士もこの場に見合った口調で会話する。
何よりも、“非現実を現実に”、と言うコンセプトを重んじるのが、この『レイブンヴィル』の鉄則。とは蓮花さんの言葉だ。
「(いや寧ろあそこまでやる奴、他に居ねぇよ!)」
「え?」
椎名さんがまた口元を隠して何かもにょもにょ言っているが、上手く聞き取れない。
「……い、いや、寧ろきちんとお嬢様と話そうとしているからこそ、今のように会話が続いている、と言ったんだ。この分なら、バトラーになる日もそう遠くはなさそうだな」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
イマイチ釈然とはしないが、褒められているのだし、素直に礼を言うべきだろう。
とは言え、素直に喜べるかどうかは別問題なのだが。
「これ以上お嬢様を待たせる訳にもいかない。私はもう行く。明希は今のうちに休憩へ」
「かしこまりました。失礼します」
私は椎名さんに一礼し、休憩室へと下がった。
++++++
「……ふぅ」
休憩室に戻った私は、ドアを閉めると溜息を一つ吐き………は、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいわぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああぁうおぉぉぉおぉぉぉぉおっ!なんだよあれ!? なんっだよあれ!? てか私ってなんだよ!? お嬢様ってなんだよ!? ご奉仕ってなんだよ!? うおぉぉぉ死にたい死にたい死にたいよぉ! 全て無かったことにしたい! 寧ろ俺が消えてなくなりたいぃぃっ! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?
………………はぁ。
「よし。もう大丈夫」
頭を抱えて心中で散々のたうち回った俺は、どうにか心に平穏を取り戻し、再び仕事モードへと気持ちを切り替えていく。
流石に休憩中まで自分のことを「私」なんて呼び方は出来ないが、休憩が終わる頃にはまた元通り『レイブンヴィル』の『明希』として振舞えるだろう。いや、振舞わなくては。
接客は少し変わっているが、それさえ目をつむれば此処より良い条件のバイト先なんて他に無いんだ。
これ以上美冬姉さんに無理させる訳にも、春香や夏鈴に不自由な思いをさせる訳にもいかない。俺は彼女たちの笑顔を守るためなら、何だってやるし、何者にだってなって見せる。そう誓ったのだ。
たとえそれが、悪魔だろうが、執事だろうが。
……と、独りごちていると、ガチャリと休憩室のドアを開ける音に続いて、やたらと渋いバリトンボイスが俺の耳朶を打った。
「おう、アキ坊! いや、今は明希、か。どうだ調子は?」
「蓮花さん? お疲れ様です。まあ、俺は相変わらずですけど。どうしたんですか? こんな中途半端な時間に」
休憩室のドアを豪快に開け放ち入ってきた蓮花さんは、今日も仕立ての良さそうなスーツを羽織りワイシャツの胸元を大きく開け、無駄に色気をだだ漏れさせていた。赤っぽいブラウンの短髪もばっちりセットしている。
ホントこの人、普段何やってんだろ……。
「ああ。今日は歌舞伎町の店を見に行ってたんだが、ちとこっちに急用が出来ちまってなぁ。そんで顔出した訳よ」
そう言いながら、蓮花さんはタバコに火をつける。
因みに、今蓮花さんが口にした歌舞伎町の店とはホストクラブで、俺が最初にバイトの面接を受けに行った店だ。
夕方の限られた時間で働けて、かつかなりの金額を稼げるということで、年齢を誤魔化して面接に応募したのだが、即バレして落とされた。
だが、そこにたまたま居合わせた蓮花さんに声をかけられ、俺でも働ける店があると紹介されたのが、この『執事喫茶レイブンヴィル』なのだ。
「急用ですか。何か問題でも?」
「いや問題っつーか、面倒ごとって感じだ。向こうの店のお得意様で、俺とも懇意にしてくれてるマダムが居てな。まあ要はVIPってやつだ。そんで、その方の娘さんが、今日この『レイブンヴィル』にいらっしゃるそうだ。まあ、流石に担当には着かないが、お出迎えとお見送りくらいはやらなきゃ示しがつかねーだろ?」
面倒と言いながらも、蓮花さんはどこか愉快げに頬を緩めながら煙をゆっくりと吐き出す。
どうでもいいけどこの人、こうしてると全然カタギに見えないんだよなぁ。
「お! そうだ明希、お前、担当に着いてみるか?」
「は……?」
今思いついたとばかりに手を打って俺に満面の笑みを向ける蓮花さんに、思わずジト目を向けてしまう。何言ってんだこのオッサン……。
「なんでも先方の娘さんは高校生らしいからな。お前も現役DK執事なんだし、丁度良いじゃねーか」
「何が? てか、現役DKってなんだよ」
あれですか、香水とかの有名ブランド的な意味ですか? JKブランドとか言いますもんね。でもブランド活かして男釣りまくってる女子はJKとして大事な何かを失ってると現在進行形DTな現役DKの僕は思うな! ……と、クソどうでも良い思考はさておき、ここはきちんと断っておかなくては。
「待って下さい蓮花さん。他にも高校生くらいのお嬢様はうちに来てますし、その時は普通にバトラーの先輩が担当に着いてるじゃないですか。それに、俺が高校生ってことは出来るだけ隠したいんですよ」
万が一学校の関係者が来た場合、そういった情報から特定される危険は極力避けたい。
「なんだよノリ悪ぃなぁ? 桐生もお前をそろそろバトラーに昇格させても良いんじゃねーかって言ってるし、そういう意味でも丁度良いだろ? 試験だと思って頑張ってみろよ」
「桐生さんが?」
正直、意外だった。桐生さんは基本的に優しい人だし、俺が高校生であることを気にして色々と気を回してくれたりもするが、その分、仕事中は高校生だからといって特別扱いせず、他の先輩スタッフと同様に厳しく叱ったりと、その辺のことはキッチリ分けて考えるタイプの人だ。
「ああ。あいつが自分から俺にそういう事を言うのは珍しいが、その分期待してるって事だろ? バトラーになれば当然、今より給料も上がるし、ご指名があれば歩合給も別につけてやる。少しでも多く稼ぎてーお前としちゃ、願ってもねーチャンスだ。違うか?」
「まあ、それは……。けど、桐生さんがそう言ってくれたのは、うちの事情を気にしてくれてるからじゃないですが? 正直、今の俺が椎名さんや姫川さんのようにできるとは思えません」
実際、かなりありがたい話ではある。
だが、俺は現状でも言葉遣いや雰囲気作りをするだけでかなり苦戦している。とてもじゃないが、バトラーとしてご主人様方を長時間マンツーマンでお相手なんてする自信は無い。
「明希……いや、アキ坊。お前、何で最初、歳を誤魔化してまでうちの店に来た?」
「え?」
俺の言葉と思考を遮るようにして、蓮花さんは唐突に真顔で質問をぶつけてきた。
その顔はいつものおちゃらけたオッサンのそれではなく、大人の男の顔だ。
「姉ちゃんや妹、守る為なんじゃねーのか?」
「っ!」
「謙虚なのは悪い事じゃねぇ。出された餌にすぐ食いつかねー用心深さも時には大事だ。だがな、今のお前のそれは、ただの萎縮だ。自信が無いなんて言葉は、自分を慰める言い訳にはなっても、他の大事なもんは何一つ守っちゃくれねぇんだよ」
「………」
蓮花さんの言葉に俺は何一つ言い返せず、黙り込む事しかできなかった。
確かにここの接客は少し特殊で、自分がきちんと出来ているか不安になったり、先ほどのように仕事中の自分を思い出して強烈な羞恥に駆られることはあるが、俺はそれを全て受け入れると決めてここで働いているのだ。
今更、何を怖気づいているのだろう。
「いいかアキ坊。目的を見失うな。何が一番欲しくて、何を一番守りてぇのか。それさえちゃんと分かってりゃ、おのずと答えは決まってくるもんさ」
言い終えると、蓮花さんはフッ、と短く笑い、目を瞑ってタバコを一口吸いながら、俺の答えを待つようにゆっくりと壁に背を預けた。
その憎たらしい横顔は、俺を挑発しているようにも見える。
癪だが、ここまで言われて黙っていられるほど、俺も人間が出来てはいない。
「わかりました。俺が……いえ、私がそのお嬢様を満足させることができたら、バトラーに昇格させて下さい」
「ああ。約束するぜ」
ニヤリと笑い、心底楽しげに俺を見る蓮花さんの顔はやはりカタギには見えないが、何故かとても頼もしく見えた。
………冷静に考えるとなんか上手く言いくるめられたような気がしないでもないが、気にしたら負けな気がするので気のせいということにしよう。
タイトルからしてやりたい放題ですみません。でも大好きなんですあの作品……。
まあ弱小ワナビの戯言だと思って読み流して頂けると幸いです笑
お読み頂きありがとうございました。




