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クラスメイトと密談を?



「ふぅー……」


 あっという間に放課後。

 ホームルームも終わり、帰り支度を済ませた俺は気持ちを切り替えるべく、周りに不審がられない程度に深呼吸をする。

 さて、それじゃ行きますか。

 これからバイトに向かう事を思うと、少しだけ気が重い。

 しかし、働かざるもの食うべからず。というか働かないと食っていけないので、自分とか睡魔とか現実とかと今日も戦う俺である。……ふっ、カッコイイな、俺。俺以外誰も言ってくれないけど。

 訂正、自分とは戦ってなかった。寧ろ自分を慰めてた。


「はぁ〜」

「何や、今日もお疲れやね〜?」

「え? あぁ、悪い。聞こえてた?」


 下らないことを考えつつ我知らずため息を吐いていると、隣の席の女子に珍しく話しかけられる。


「そりゃもう。しっかりと」


 何となく謝ってしまったが、えっと、何て名前でしたっけこの子……。

 人の名前覚えるの苦手なんだよなぁ。学校ではただでさえ下ばっか見てるから、ぶっちゃけクラスメイトの顔もろくに覚えてないし。

 どうにか上の名前だけでも思い出そうと顔をよく見てみれば、クリクリとした目が愛らしい小動物的な可愛さのある女の子だった。

 毛先を遊ばせた赤に近い茶髪のショートボブも、活発そうな印象に華やかさを添えている。

 えっとぉー、たしかぁ……は、花、花なんとかさんだったような気がする。


「まあ、ウチが気になってジブンのこと見てたからかもしれんけど。あっ、変な意味じゃないで!? というか、やっとまともに話してくれたな。ジブンいっつも話し掛けんなオーラ全開やからめっちゃ気い使ってたわ〜。意外と普通に話せんねんな!」


 花なんとかさんは関を切ったようにマシンガントークで俺を蜂の巣にする。と、取り敢えず、関西の方なんですかね? 


「えっと……じゃあ、俺急ぐから」


 一応改めて名前を聞くべきかとも思ったが、特に知らなくても今後困る事も無さそうなのでやめた。……いや、流石に悪いとは思ってるんですよ?

「あ、ちょっと待ってや! なあ、ジブンさぁ、よく池袋の方に」

「ちょっとこっちに来てくれ」

「え? あ、ちょっ!?」


 花なんとかさんの口から“池袋”という単語が聞こえた瞬間、俺は彼女の腕を掴んで一目散に教室を出た。

 心臓が痛いほどに早鐘を打つのは、急に走ったせいだけではない。

 人気の無い非常階段の踊り場まで有無を言わさず彼女を連れて来た俺は、階下から死角になる壁際に身を寄せる。


「い、いきなりなんやの!? ……はっ!? も、もしかしてジブン、う、うちのこと、す、す、すっ!」


 花なんとかさんはいきなり連れ出されて気が動転しているらしかった。

 だが、あいにく取り合っている余裕はこちらにも無い。


「どうして、俺だと分かった?」


 ゴクリ、と喉が鳴る。


「はぁ?」


 どうやら、質問の意図が伝わらなかったらしい。しかし、他に聞きようが無いのだ。


 何故なら、『池袋』にいるときの俺は、俺ではないから。


「………」


 俺は黙って彼女を見つめ、返事を待った。すると、じっと見られて居心地が悪かったのか、彼女は頬を赤らめて視線を彷徨わせ、ぽつりぽつりと話し始める。


「い、いや、だって……ジブン、十時半くらいにいっつも、池袋で電車乗ってるやろ? うちもたまに、その、用事で乗ることあって、何回かジブンの顔見たから、それで……」

「っ……ふぅ〜」


 取り敢えず、最悪の事態は免れたらしい。

 確かに、行きはともかく、帰りは“いつも通りの俺”だ。

 にしても、あの時間の電車に同級生が乗っていたとは……。

 『雛祭高校』は、池袋がある豊島区からは少し離れた品川区にある進学校だ。

 それなりに偏差値も高いことから、大多数の生徒は真面目でおとなしく、夜遊びや俺のようにバイトをしている生徒はごくごく一部しかいない。

 故に、池袋発の夜十時を回った電車で同級生と鉢合わせすることなど滅多に無い。

 ……と、思っていたのだが、どうやら花なんとかさんは俺と同じ時間帯、同じ路線の電車に乗ることがしばしばあるようだ。

 そして、彼女が「用事」という抽象的な言葉でその電車に乗っている理由を濁したのは、多分、俺と同じ理由だから。


「あのさ、もしかして、えっと、花……さんも、バイトしてるの?」

「っ!?」


 俺は確信を突く質問をした。まあ、名前はぼんやりとしか呼ばなかったけど。

 だが、これは賭けだ。

 もし花なんとかさんが遅くまで外にいる理由が俺と同じバイトではなく、例えば塾であったり友達と遊んでいたりするだけなら、この質問は俺自身の首を絞めるだけの自殺行為。


 何故なら、『雛祭高校』はアルバイト禁止だから。


 学校に報告された時点で、停学二週間。

 それだけならまだ良い。最大の問題は、“特待生”の待遇が取り消されてしまうことだ。

 申請して許可をもらうなど、何か抜け道が無いか生徒手帳を穴が空くほど読み返したが、アルバイトに対して肯定的な文言は一つとして見当たらなかった。

 『雛祭高校』は私立の普通科進学校。ハイレベルな教育にかけられる潤沢な資金の源泉は当然、保護者が支払う高額な学費だ。

 俺は運良く特待生試験に受かった結果、学費が免除され、実質的には教材費のみを支払ってこの高校に通っている。……だが、それでもまだうちの家計は苦しい。

 そんな中、もし特待生であることを取り消されでもした日には、俺は学校を辞めざるを得ない。……いや、それでも美冬姉さんは今よりも更に無理をして通わせてくれるだろう。だが、それだけは何としても避けたい。いや、避けてみせる。これ以上美冬姉さんに負担をかけるなんて選択肢は存在しないのだ。

 だから、これは賭けだ。もし彼女が俺と同じようにアルバイトをしているなら、互いの利害は一致し、共犯者になれる。何もせずとも、彼女は口を噤んでくれる……はずだ。多分。きっと。お願いしますマジで。


「う、うん。実は、たまにオカンが働いてるとこで手伝いしてんねん」


 よっしゃー! キターーーーーッ! 待ってましたその言葉を!! 

 ん? けど、親の手伝いってバイトなのか? ま、まぁ良いか。本人が認めてるんだし。


「けど、うちも、って聞き方するってことは、西松くんも池袋でバイトしてんの?」

「あぁ、えっと、まぁ」


 俺はたまにどころかほぼ毎日っすけどね。社畜ならぬバ畜万歳。


「なんや、よかったぁ〜。じゃあお互い、そのこと内緒な? ほら、うちの学校バイト禁止やし……って、もしかして、最初から口止めが目的でワザワザこんなとこまで連れてきたん?」

「うっ!? う、うん。まぁ、そういうこと」


 花なんとかさんは話し方のイメージに反して意外と頭の回転が早いのか、俺の思惑をあっさりと言い当ててしまう。……いやいや、別に頭悪そうだなーとか思ってたわけじゃ無いんですよ? でもほら、おしゃべりな人ってちょっとアホっていうかバカっぽいイメージあるじゃないっすか(偏見)。


「なんやぁ〜、一人で焦ってたうちがバカみたいやん。というか、せやったら塾行ってるとか友達があの辺に住んでるとか適当な言い訳しといたらいいのに。まあ別に、そんなんせんでもわざわざチクったりする気ないけど」

「あ」


 た、確かに……。焦りすぎて言い訳まで思い至らなかった。

 それはそうと、花なんとかさん良い人だな〜。ほんと名前覚えてなくてすいません!


「あははははっ! ジブン、クール振ってるくせに意外と抜けてんねんな。ぷっくくっ」

「いや、別にクール振ってるわけじゃないけど……」


 花なんとかさんはお腹を抱えてひとしきり笑った後も、俺の方をチラチラと見ながら含み笑いを漏らしている。

 訂正。やっぱこいつムカつく。俺にだっていろいろ事情があるんですよ? まぁ半分以上、自業自得なんすけどね。ええ。


「ああ〜、オモロかった。ごめんごめん、ちょっと笑いすぎたわ。でもジブン、ちょっと不器用過ぎやと思うで? もうちょい肩の力抜いても良いんちゃう?」


 花なんとかさんは先ほどまでのバカにしたような笑いを引っ込め、呆れ混じりの優しげな微笑みを俺に向ける。……まぁ、普通に可愛い子ではあるんだよな。名前覚えてないけど。


「仕方ないだろ。俺、これでも特待生だから、バレたら学費とかいろいろ困るんだよ。だから、疑うわけじゃないけど、くれぐれも他言無用でよろしく」


 思ったよりも自分の声が素っ気ないものに聞こえた気がして、ちらりと彼女の顔色を伺うが、あまり気にしてはいないようだ。

 それどころか彼女は、「ほー」と、感心したように溜息を吐いたかと思うと、グッと上半身を突き出してキラキラした瞳でこちらを見上げてきた。てか近い近い近い近い!?

 女所帯で長いこと生活しているため女性に免疫が無いわけではないが、流石に至近距離に可愛らしい同級生の女子の顔がいきなり近づいて来れば、いろいろ想象して気持ち悪い汗をかかずにはいられない。

 こちとらまだ色々綺麗に守ったままの純情思春期男子なんでございますよ……。


「すっごぉーっ! やっぱジブン頭良いんや!? いやー、うちはそうやと思ってたで? ジブンいっつもめっちゃ眠そうやのに、授業の時だけは目ギンギンでちゃんと起きとるもんな。アレ怖いからやめた方が良いで? あと、チラ見したノートも綺麗やったし、テストの時もサクサク答え書いとるしなぁって、カ、カンニングはしてないで!?」


 お、おぉ、またもやマシンガント〜ク……。

 だが耳が慣れたのか、言ってる内容はさっきよりも何となく頭に入ってきた。怪しい単語もあった気がしたが要約すると、どうやら俺のことを褒めているらしい。

 バカにしたかと思えば急に褒めたり、忙しいやつだな……。まあ、好意的に考えればものすごく素直な子なのだろう。普通に考えればちょっとアホな子。

 だが、自分を褒めてくれた人間に冷たく接するほど俺も捻くれてはいない。


「ま、まあ、そういうことだからよろしく。俺も花……さんがバイトしてることは黙っとくから」


 いや、ほんと悪いとは思ってるんすけどね? でも二ヶ月近く隣の席にいて名前覚えてないとか今更言えないじゃないっすか……。


「りょーかい。へへ、じゃあ」


 花なんとかさんは笑顔で返事をすると、何を思ったのか更にグイッと距離を詰め、俺の耳元でくすぐるような甘い声音で呟く。



「……二人だけの秘密やな?」



 俺は耳にかかる吐息を感じた瞬間、反射的にたたらを踏んで反対側の壁際まで後ずさった。


「ちょっ!? な、なんだよ急に!?」

「あははっ! ジブンほんまおもろいなぁ〜。予想以上に弄りがいあるわぁ〜」

「おい……」


 思わず低い声が漏れる。だが、花なんとかさんは俺のリアクションが随分とお気に召したのか、腹を抱えて笑い続けていた。このアマァ……。


「いやぁ〜、でも良かったぁ。ジブン、全然ウチと話してくれんから嫌われてんのかと思ってたわぁ〜」

「え? あぁ……その、悪い。バイトが接客業だから、もし店にウチの生徒とか教師が来てたらバレると思って、学校ではあんま顔とか声とか覚えられないようにしてるんだよ。だから、そのせいで嫌な思いさせてたんなら、申し訳ない」


 俺は頭を下げ、出来るだけ真摯な態度で謝った、つもりだ。

 事情があるとはいえ、他人に不快な思いをさせて良い理由にはならない。


「ふーん、ナルホドな。そういう事情か。ええよ。嫌な思いっちゅーか、ちょっと寂しかっただけやし。今日だけでじゅーぶんやり返せたしな」


 花なんとかさんはニカッと、今日一番の華やかな笑みを浮かべた。

 改めて、罪悪感がこみ上げてくる。


「あの、今更なんだけど……」

「あっ!? ウチそろそろ行かな、友達と一緒に勉強する約束してんねん! ほなね!」


 改めて名前を聞こうとするも、花なんとかさんは間髪入れずに何事かを捲し立てて走り去る。 ……まぁ、どうせ明日も教室で会うし、その時でいいか。


「おう、じゃあな」


 何となく、もう聞こえないと思いつつも、別れの挨拶を華奢な背中に投げかけてみる。

 すると、彼女は律儀に立ち止まって振り返り、返事をしてくれた。


「おう! またね、アッキー! あ、うちの名前、花邑(はなむら) 彩芽(あやめ)やから! 今度はちゃんと覚えときや!」

「っっ!? ……う、うっす」


 言うだけ言うと、花邑はあっという間に階段を上りきり、曲がり角の向こうに消えていった。

 というか、「アッキー」て。いきなり下の名前もじったあだ名とか、物理的にも心理的にも距離詰めるの早すぎませんかあの子? ……まぁ、良い子なんだろうけど。

 俺は溜息を一つ吐いて階段を上り、教室に向かう。

 遠くから花邑の騒がしい声が聞こえた。姿は見えないが、恐らく合流した友達と反対側の階段から昇降口か図書室にでも向かっているのだろう。

 教室に着き、少しだけ緊張してドアを開けると、まばらに居残っているクラスメイト達から一瞬視線を向けられたが、すぐに何事も無かったようにそれぞれ雑談や勉強を続ける。

 いきなり女の子の腕を掴んで教室を慌ただしく出て行ったりすれば、奇異の視線を向けられたり、あらぬ誤解をされていてもおかしくない。それなりに覚悟していたのだが、どうやら花邑が上手く誤魔化してくれたのか、俺に興味を示している生徒はいなかった。

 カバンを掴み肩に掛けると、心なしかいつもより軽く感じた。

 こんなに晴れやかな気分でバイトに向かうのは、いつぶりだろうか。

 何か忘れているような気はしたが、特に思い出す必要も無い気がしたので、俺は迷わず昇降口へと軽い足取りで向かった。


お読み頂きありがとうございます。

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