デジャブな初め(二度目)まして?
「ちょっと、そこのあなた?」
「…………」
週末明け月曜日の朝。
麗らかな朝日を前髪で遮るように、今日も今日とて俯いて校門を潜った俺の耳に、何だか酷く覚えのあるワードが飛び込んで来る。……ただ、その声音は記憶にある鈴の音のように凛としたそれでは無く、夜風のように冷たいハスキーな響きだ。
ふぅ………よし、スルーだな。俺は学習する男なんだ。
「聞こえていますよね? “西松秋宏くん”?」
「くっ! ……あ〜、何すか?」
ハッキリと名前を呼ばれては気付かないフリで逃げるわけにもいかず、俺は渋々振り返る。
そこに立っていたのは、長い黒髪で眼鏡を掛けた、一見大人しそうな少女。……が、レンズの奥に覗く切長の瞼は、獲物を狩る前の獣の如く細められている。
ごく最近、割と近くで見たその姿に、俺は面倒ごとの予感と疑問を同時に覚えた。
「私は『北見 汐音』。あなたと同じ二年生で、生徒会の副会長を務めています」
「はぁ、どうもご丁寧に……えっと、ご存知みたいですけど、西松秋宏です」
え? 自己紹介? 何で? いやまあ初対面(本当は違うけど)のマナーではあるけれども。
「貴方に聞きたいことがあるのですが、放課後、少し時間を貰えますか?」
「へ? ああいや、無理っすね。用事あるんで」
普通にバイトだし、って、何かこの感じも覚えあるなぁ……。まあ、こっちの答えを聞いてくれるだけ、どっかのストロングスタイルなお嬢様よりマシだけど。一昨日も何の連絡もなく押しかけて来て、人んちで散々騒いでたし。いやマジで何しに来たのアイツ?
「………三十分。いえ、十五分で構わないのですが?」
「いや、ちょっと厳しいっす。すぐ出ないとなんで」
少し間を空けて、表情を変えぬまま食い下がって来た北見に、俺は顔の前で手を左右に振って再度否やを返す。
最近は色々とワガママを聞いて貰いすぎてるからな。ただでさえ『レイブンヴィル』の皆さんには普段から世話になってるし。暫くはちゃんと定時に出勤して少しでも貢献しないと。
「………………お昼休みは?」
「午後の授業の予習」
「っっ……き、勤勉で結構な事ですが、少しくらいは時間が取れるのでは?」
「いやまあ、一応特待生なんで、成績落とす訳にはいかないんすよ」
「なる、ほど…………」
北見は俯くと、微妙にプルプルと震え出す。さ、流石に無下にしすぎたか? 怒ってる? 髪長いから表情見えなくて怖いんですけど……。
よし。こうなったら仕方ない。
「あーっと、じゃ! 遅刻するんで、この辺で!」
俺はクルッと彼女に背を向け、早足に下駄箱へ向かう。逃げるのかって? 逃げるよ。俺は忙しいんだ。これ以上生徒会の面倒事なんかに付き合ってられるか。
「…………んで」
何か後ろから聞こえる気がするけど聞こえない聞こえない。
「………なんでっ」
聞〜こえ〜な〜い。
「なんで、私のことは、誰も助けてくれないのよぅ……う、うぇ〜んっ! うぇ〜んっ!」
「だぁーっっ!? もうっ!? 何なんだよ!? てかお前そんなキャラ!?」
まさかのギャン泣き。流石にスルー出来ず、俺は頭を抱えてダッシュで北見の元へ戻る。
さっきまでのザ・クールガールみたいな雰囲気どこ行った?
「うぐっ……ぐすんっ……だってぇ……」
つい先程までとは別人のようにガラリと変わり、幼さすら感じる涙声。地声がハスキーなだけに、尚更悲哀が籠っているように聞こえる。……そのせいか、今の彼女はどこか妹達の姿と重なって見えて、俺の中の罪悪感をこれでもかと刺激した。
「っっ、はぁ〜……分かったよ。いや何も分かんねぇけど。ともかく時間はどうにかして作るから、取り敢えず連絡先だけ交換しよう。ほら、スマホ出せるか?」
「うぅ……うん。……はい」
涙を拭いながら弱々しい動きでスマホの画面を指先で何度かタップし、俺の方へ向ける北見。う〜ん咄嗟に提案したのは俺だけど、女の子なんだからもうちょっと個人情報に危機感とか持った方が良いのでは? 帰ったら春香や夏鈴にも言っとかないと……いや、美冬姉さんも危ないな。
「……?」
「ああいや、悪い。すぐ読み込む」
声を掛けて来た時の獣のような眼差しは何処へやら、すっかり仔犬みたいに潤んだ瞳で見上げられ、俺は慌ててスマホを取り出した。
慣れない手付きでアプリを起動し、恐る恐る北見の画面へカメラを向ける。
……そう言えば、家族以外と連絡先交換するのなんて、『レイブンヴィル』に入った時に蓮華さんや先輩達と交換して以来だな。
「……っし。ちゃんと登録出来たぞ。それじゃ、後でまた連絡するから」
「え、ええ……」
「あーもう遅刻ギリギリじゃねぇか! ほら、いつまで泣いてんだよ! さっさと行くぞ!」
「あっ、ちょ!?」
俺は咄嗟に妹達にそうするように北見の手を取り、スタスタと下駄箱に向かう。仮にも生徒会なんだし、コイツだって遅刻するのは問題だろうに、何ぼさっとしてんだか……。
「………………」
「??」
何故かそれから終始黙りこくっていた北見をどうにか下駄箱まで引き摺って行き、ちゃんと靴を履き替えているのを確認してから、俺は足早に教室へ向かった。
なんだかんだ予鈴が鳴るタイミングで席に着けたから、多分彼女も始業のホームルームには間に合っているだろう。ふぅ〜……っていや落ち着いてる場合じゃねぇよ。どうすんだよコレ。九奥の時以上に面倒そうな気配しかしねぇ……。
「はぁ〜〜〜」
「ま〜たアッキーが溜息吐いとる。月曜の朝っぱらからオッサン臭いで〜」
「もうオッサンで良いから労わってくんない?」
隣の花邑にジト目を向ける元気も無く、俺は背もたれに寄りかかって天を仰いだ。空が青いな……多分。白い天井しか見えないけど。
何とか新章始まりました。よろしければ気長にお付き合いください。
今話もお読み頂き、ありがとうございました!




