放課後はシスコン執事の珈琲で安らぎを。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「うん! ただいま! 明希さ……じゃなくて、お兄様!」
放課後。約束通り『レイブンヴィル』を訪れたカンナお嬢様を、私は出迎える。
「そのご様子だと、どうやら生徒総会は上手くいったのですね」
なんて、笑顔で嘯いて見せる。
本当はあの後ダッシュで体育館を離れ、グラウンドのトイレに駆け込んだ私は、急いで『明希』から『秋宏』の姿に戻り、何食わぬ顔……は、バクバク鳴りまくる心臓のせいで出来なかったが、ともかく体育館に戻り、生徒総会を見届けた。
タオルで拭いても湿り気が取り切れなかった髪を見て、花邑を始めとしたクラスメイト達には無茶苦茶不審がられたが、腹の調子が悪すぎてトイレで冷や汗が止まらなかった、という言い訳で押し切った。我ながらアレは無い。益々クラスで浮くこと間違いなしである。もう良いんですけどね、ええ。
そもそも、思いついて昨日の今日で実行した計画だ。その上、殆ど徹夜で資料を作り直したせいで超寝不足。お陰でブレーキが全く効かず黒歴史まっしぐらなセリフを吐きまくったような気がしないでもないけど無かった事にしたい。
当然だが、悪魔なスーパー執事の様な夢スペックは、普通の人間でバイト執事の俺には備わっていなかった。寧ろ、よくあそこまで上手くいったな……いや、上手くいったのか?
生徒総会は乗り切ったかもしれないが、結局、根本的な問題は何も解決出来て無いし。
「うん! お兄様のお陰で、バッチリ乗り切れたよ!」
「っ! カンナお嬢様……」
……それでも、彼女を笑顔にする事は出来たようだ。
なら、私は執事の『明希』として、彼女のお兄様として振る舞い続けよう。
これが偽りだらけの関係だとしても、私は彼女の“兄”なのだ。
兄なら、妹を大事にするのは当然だ。
「お役に立てたなら何よりです。さあどうぞ、こちらへ」
「うん!」
ニコニコしながら後を付いてくるカンナお嬢様は、まるで刷り込みされた小鳥の雛のようで、思わずクスリと笑いが零れそうになる。
「お兄様? どうしたの?」
「いえ。何でもありません。お飲み物は如何なさいますか?」
「コーヒー! お兄様のオススメで! あと、今日は甘〜い物が食べたいから、お菓子はクリームたっぷりのショートケーキが良いな!」
「かしこまりました。では、少々お待ち下さい」
「うん! えへへ」
本当に、とてもご機嫌がよろしい。この分なら役員の方々との関係も、少しは改善の兆しが見えたかな?
………でもあの時、北見さんに言ってた“オススメの喫茶店”て、多分ここですよね……。
++++++
「えーっと、確かここに最近仕入れた豆が……」
「お、明希。順調そうだな」
「椎名さん?」
「まあ、何だかんだ言って明希ちゃんは要領良いし。全然大丈夫だと思ってたけどね〜」
「姫川さんも? どうしたんですか? 二人して」
「え? ああ、たまたまだよ。ドリンクを取りに来たついでに、声かけただけだ」
「僕もそんな感じ〜」
「はぁ」
珍しいこともある物だ。三人も同時にドリンクを取りに来るなんて。
「二人とも。後輩に嘘を吐くのは関心しませんね?」
「げっ、桐生さん……」
「な、何の事ですかぁ〜?」
「桐生さんまで?」
二人の後ろから、眉根を下げて苦笑する桐生さんまで合流した。
「この二人は明希くんの事をとても心配していたんですよ。昨日、その燕尾服を借りに慌てて駆け込んで来た君を見てから、ずっとそわそわしていたんですから」
「え?」
「い、いやぁ、あ、あははは」
「むぅ……」
頭をボリボリと掻きながら照れ笑いを浮かべる椎名さんと、顔を逸らしながらむくれる姫川さん。二人とも頬が赤い。
かく言う私も、むず痒いような、けれど不快では無い温かい感覚に、どんな顔をしたら良いのか分からない。
「ふふ。ですが、その心配も杞憂だったようですね。何をしたのか、詮索する気はありませんが、君とお嬢様が笑っているならきっと、素敵な出来事があったんでしょう」
「そ、そそそうですね! その節は本当に色々とありがとうございました!」
言えない。絶対。
執事服で壇上に上がって、派手に探偵の真似事したなんてバレたら、むず痒いどころか沸騰した血が全身の穴から吹き出るぐらい恥ずかしくて多分死にます私。
あ、ヤバい。
「すみません! お嬢様を待たせているので、私はこれで! そ、その、皆さん、ありがとうございます!」
早口に礼を言い、私は珈琲セットを持って逃げるようにドリンク倉庫を後にした。
後ろから向けられる先輩方の温かい視線に、背中を押されて。
++++++
「お待たせしました。お嬢様」
「むぅ。ちょっと遅い」
「あ、あはは……すみません」
学ばない私だった。本当すみません。
「良いけど。今日はいっぱい助けてもらったし。そう言えば、壇上で言ってたお兄様に知らせてくれた人って、結局、誰だったの? もしかして、花邑さんもここのお客さんとか?」
「あ、ああ〜っと、それはぁ……に、西松くんです。実は、彼は私の親戚でして」
「ええ!? そうなの!?」
上手い事逃げ切る言い訳を全く思いつかなかった私は、結局また一つ、嘘を吐く。
彼女の偽りの兄で居続けるため、という建前で、自分を守るための嘘を。
「え、ええ。昨日彼から電話で相談を受けて、勝手ながら一芝居打たせて頂きました」
「へぇ〜……ふむ。言われて見れば、ちょっと似てる、かな?」
「そ、そそ、そうですかね!? あ、あははぁ……」
「あ、でも! お兄様の方が全然カッコイイから!」
「ぐっ……あ、ありがとうございます」
凄い複雑です。私的にも俺的にも。
「でも、どうしてわざわざお兄様が? 西松くんが直接私に知らせてくれれば、徹夜でも何でもして資料直したのに」
「そうですね。それでも生徒総会は恐らく何とかなったと思います。ただその場合、恐らく北見様達の嫌がらせは、今までより更にエスカレートしたかと」
「へ?」
「お嬢様は、お一人で生徒会のお仕事をこなしてらっしゃると伺いました。恐らく、その事が更に北見様達の神経を逆撫でしていたんだと思います。嫌がらせをした結果、お嬢様の優秀さを逆に証明する結果になってしまった訳ですから。なので、単純に解決してしまうより、私が介入してイレギュラーな事態にしてしまえば、後に余計な遺恨を残さずに済むかと」
まあ、遺恨の代わりに盛大な黒歴史は残ったんですけどね。主に私の。
「そっ、か……私が最初から強がらなきゃ、ここまで拗れる事は無かったのかな……」
「それは違いますよ。カンナお嬢様」
「お兄様?」
また俯きそうになったお嬢様は、瞳を濡らしたまま、キョトンと目を見開いて顔を上げる。
偽りでも兄を名乗るのなら、妹の涙を見過ごすわけにはいかない。
「お嬢様の頑張りは、何一つ間違っていません。ただ、タイミングが少し悪かっただけのこと。ですから、そんなお顔はなさらないで下さい。せっかくの美人が台無しです」
「びっ、びびび美人!? ……ぁあ、ありがと。お兄様」
「いえ。私は貴女の執事で、兄ですから」
その後、私とカンナお嬢様はしばしのティータイムならぬ、コーヒータイムを楽しんだ。
叶うなら、この一時が一人で戦い続けた彼女の安らぎになって欲しい。と、それだけは偽りじゃない、本心で願った。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




