その執事、名探偵につき?
「お、お兄様っ!?」
漆黒の燕尾服を纏い、私を庇うように立っていた“彼”は、振り向いて跪くと、柔らかく微笑みかけてくれる。
「お待たせして申し訳ありません。カンナお嬢様」
私の憧れの人によく似たその顔は、たった一度しか会っていないのに忘れられなくなった、私のお兄様。
『レイブンヴィル』の執事、『明希』さんだった。
「ど、どうしておにっ、明希さんがここへ!? それに、待たせた、って、一体……?」
「ちょ、ちょっと!? 何をしているのですか!?」
私も北見さんも、いや、彼の登場を目にしたこの体育館にいる全ての人が激しく戸惑う。
だって、余りにもその光景は、非現実的だったから。
「お嬢様。少しよろしいですか?」
「へ? ひゃっ!?」
明希さんは再び私に微笑みかけると、耳に吐息が掛かるほどの距離に顔を寄せてきた。
突然のことに、思わず赤面して息を飲む。
「あ、ああああのっ!? 明希さん!?」
「(少しの間、私に話を合わせて頂けますか?)」
「ふぇ? う、うん?」
何が何やら分からぬまま、とにかくこのドキドキし過ぎる距離をどうにかしたくて、私は彼の囁きに頷いてしまう。
「ありがとうございます。……さて」
そう言うと明希さんは私から離れ、北見さんと教頭の方へ向き直った。
「失礼致しました。私は九奥家にて、カンナお嬢様のお世話させて頂いております、執事の明希と申します」
「「はぁっ!?」」
明希さんが深々と腰を折ると、北見さんと教頭はあんぐりと口を開いた。ちょっと間抜けな顔が面白いけど、今は笑っちゃダメだよね。絶対。
「し、執事!? 本当かね九奥くん!?」
「えっ!? は、はいっ!」
「そ、それで? その執事さんがわざわざ壇上にまで上がってきて、何のご用なんでしょうか? 今は大事な生徒総会の途中なんですが?」
北見さんは動揺を露わにしながらも、気丈に振る舞う。
因みに、私は滅茶苦茶動揺していた。
だ、だって、幾ら何でもうちの執事って! うぅ、確かにお手伝いさんとか運転手の人は居るけど、流石に本物の執事さんが居る家なんて現代日本には無いよぅ……。
「お嬢様に急ぎお伝えする用件があり、こちらに来させて頂いたのですが、たまたま先程の一部始終を見てしまいまして。どうも、あなた方はいくつか“誤解”をされているようだったので、僭越ながら訂正に参りました」
「は、はぁ? 何を言い出すのかと思えば。誤解の余地など無いでしょう。現にこの資料は間違っているのだから!」
北見さんはまだ明希さんに圧倒されているようだが、それでも馬鹿にしたように鼻で笑って例の予算資料を見せつけるように突き出す。
けれど、明希さんはそれを見ても動じず、どころか、意味深に微笑んで見せた。
「ええ。ですから、お嬢様が作る筈だった『本物の資料』を、こちらにご用意しております」
明希さんは北見さんに対抗するように、懐から出した資料を掲げて見せた。
「は……? なっ!?」
「ええっ!?」
「昨日、お嬢様と一緒にその資料を作った『とある生徒』の方から、お話を伺いました。“何故か消去されていた“、お嬢様がお一人で作られた資料と、昨日改めて作り直した資料のデータに齟齬があると、お嬢様は仰っていたそうです」
「っ!?」
北見さんは一歩、後ずさる。
何もかも見透かしていると言わんばかりの、明希さんの瞳に気圧されて。
「そのお話を聞いて、もしや、と思った私は、その生徒の方にお願いして職員室のパソコンからホームサーバのデータを閲覧して頂きました。……すると、予想通り、お嬢様達が新しく作り直した資料に使われていたデータは、去年の物でした」
「そ、それが、何だって言うのかしら? そもそも、確認を怠った九奥さんが悪いのだから、何も誤解は無いじゃない」
「いいえ。お嬢様もお手伝いされた方々も、しっかりデータの年時は確認されていました。……問題は、“生徒会室に用意されていたデータの年時が、今年の物に変えられていた事”です」
「なっ!? くっ……」
明希さんはそう言うと、もう一つ紙の束を取り出して掲げて見せる。すると、北見さんは顔を背け、唇を噛んだ。
まさか、彼女達がそこまでしていたなんて……。
「どうしてそんな事になったのかは、分かりかねますが」
「っっ……」
「とにかく、その事に気付いた私は、僭越ながら正しい今年のデータを参考に改めて資料を作り直し、はせ参じたという訳です。お嬢様。こちらをどうぞ」
明希さんから渡された資料を手に取って確認すると、そこには確かに見覚えのあるデータが……私が、一人で作った資料に入力していたデータがあった。
「ほ、本当に、これが? で、でも、どうして?」
「私はあなたの執事で、お兄様ですから。このくらいは当然の事です」
「っ!? そ、そそ、それは!?」
「どうされました? お嬢様、お顔が赤くなられていますよ? まさか熱でも?」
「だ、だだだだ大丈夫だから放っといて!?」
思わず赤面してしまった私は、おでこに手を当てて熱を測ろうとする明希さんから全力で離れる。
「おやおや」
「も、もうっ! ……お兄様の、ばか」
まともに彼の顔が見れなくて、私はそっぽを向くが、くすくすと漏れ出てくる明希さんの含み笑いに更に頬が熱くなる。
「な、何なのよあなた!? あと少しだったのに! いきなりしゃしゃり出て来て! 私はっ、私はこの女をっ!?」
「はぁ……」
我を忘れて激昂した北見さんに、明希さんはグッと近づいて顔を寄せる。
「……いい加減、矛を収めた方がよろしいかと」
「っ!?」
何を話しているのかまで私の位置では聞き取れないが、耳元で話す彼の低い声を聞いた瞬間、北見さんの顔が一気に青ざめた。
「(こちらの意図的に日付が改竄されたデータは、生徒会室から直接回収した物です。この意味がお分かりですね?)」
「なっ!?」
「(指紋なりコレを作ったパソコンなりを調べれば、あなた方の“犯行”は即座に明るみに出ます。お優しいお嬢様は、それでもあなた方を咎めないでしょうし、学校も大事にはしないでしょう。ですが……)」
「な、何をっ……」
狼狽える北見さんから一歩身を引くと、明希さんはその静かな瞳を細めた。
「私は、そんなに甘くありませんよ?」
「ぁっ……」
「あなた方の所業は、法的に裁かれてもおかしくない行為です。生徒会どころか、学校にも来れなくなるのは、お嫌ですよね?」
「っ…………は、はい」
明希さんが離れると、北見さんは膝から崩れ落ちた。
い、一体、何を言ったんだろう?
「北見くん!?」
「っっ………先生。すみません、でした」
「え?」
「私の、勘違い、でした。っ……九奥さんは、きちんと仕事をしてくれていました。これまで通り、彼女が会長で問題ありません」
「あ、ああ、そ、そうかね?」
「北見さん?」
どういう訳か、北見さんは魂の抜けたような声でさっきの言葉を撤回した。
「北見様」
「っ!? は、はいっ!?」
すると、教頭が事態の収拾のため壇上から離れたタイミングを見計らって、明希さんは再び北見さんに近づき、手を差し伸べる。
北見さんは思わず握ってしまった彼の手に引っ張られ、そわそわとしながらも立ち上がった。
「善悪はともかく、これだけの事をしたのです。貴方にも何かしらの事情や強い想いがあったのでしょう」
「あ、貴方に何がっ!?」
「分かりません。私には何も。ですが、貴方には分かって頂きたいのです。お嬢様は、決してあなた方を悪く言うような事も、言い訳する事もせず、全てご自分で背負われています」
「っ!」
「明希さん……」
私は思わず、目頭が熱くなる。
けど、泣いてる場合じゃ無い。
「もし、叶うなら、少しでもその重りを軽くしては頂けないでしょうか? それが出来るのは、貴方だけなのです」
「そんな事、今更言われたって、私は……」
「ねぇ、北見さん」
「っ、九奥さん?」
意を決して、私は北見さんに声をかけた。
「今度、一緒にお茶でもしに行かない? とっても素敵なオススメの喫茶店があるの」
「え……?」
「っ!?」
何故か明希さんが一瞬顔を引きつらせたように見えたけど、今はそんなことよりも、私がやるべき事を、言うべき事を言わないと。
「お話しましょう。今まで出来なかった分、沢山。私が知らない前の生徒会の事や、北見さんの思ってること、言いたいこと、やりたい事、全部聞かせて欲しいの。それで、私も言いたいことを言うわ」
「……意味ないでしょう。そんな事しても」
「いいえ。意味ならある。とことん話し合っても北見さんが納得できなかったら、さっき教頭先生が言っていたように、会長の席をあなたに譲るわ。副会長として、あなたを支える」
「なっ!?」
「だから、どうかしら? 一回だけで良いから、付き合って欲しいな」
改めて問いかけると、北見さんはしばらくの間逡巡して、おずおずと口を開いた。
「………考えて、おくわ」
「うん! ありがとう!」
北見さんは小さく頷くと、自分の席へそそくさと戻った。
私は改めて、明希さんに向き直る。
「あっ、あの、明希さん……っ」
言いたいことも聞きたいことも沢山あるのに、あり過ぎて何から言葉にして良いか分からない。
「お嬢様。お話は後で。もしよろしければ、『レイブンヴィル』にお越し頂けませんか?」
「! う、うん! 行きたい!」
「ありがとうございます。では、後ほど。私はこれで失礼致します」
「あ……」
明希さんは私に一礼すると、忍者みたいに静かで素早い足取りで、あっという間に体育館から出て行った。
教頭が必死で仕切り直そうとマイクで生徒に呼びかけるも、生徒達のざわめきは収まらない。
……よし。こんな時こそ、会長としてしっかりしなきゃ!
私は教頭に声を掛けて、マイクを受け取った。
「皆さん、お騒がせしました! 改めて、生徒総会を続けます!」
ここからが、本当の、本番だ。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




