Black?
翌日。午前中の授業を消化し、昼休みを終えると、全学年の生徒達が体育館に集められた。
生徒総会。殆どの生徒にとっては、特に興味の沸かない面倒な行事。
しかし、その準備をする人間は少なくない労力と時間を費やしている。
少なくとも一人、誰よりもこの日のために身を削ってきた人間を、俺は知っている。
壇上で一際目を引くそいつは、体育館の端に並ぶ俺からもよく見えた。
「やっぱ、緊張するよな」
「せやなぁ。九奥さん、会長になって初めての大きい行事やし。でも、他の役員の子ら、取りあえず壇上には居るみたいで良かったわぁ」
「そうだな……」
教室の席と同じで、出席番号順に並ぶと隣は花邑だ。そうなると、必然的に九奥についての会話になった。
壇上に用意された椅子に掛ける九奥の横には、四人の男女が同じように並んで座っている。
彼女の隣に座っている長い黒髪で、眼鏡を掛けた女子。恐らく彼女が北見だろう。
あからさまに睨んだりはしていないが、不機嫌な雰囲気が滲み出ている。
他の役員は不機嫌と言うより、彼女に気を遣ってそわそわしている感じか。まあ、大体予想通りの構図だな。
「にしても、気が重い」
「ほんまそれやで! 大丈夫かなぁ九奥さん? 何かもうハラハラするわぁ〜」
ぽそりと漏らした独り言に、花邑が同調する。
もっとも、俺の呟きは彼女とは少し違う思いから来ていたが、別にわざわざ指摘する必要は無い。と言うか出来ない。
「あ、始まるみたいやで」
「ああ」
壇上に目を向けると、進行を補佐する教師に促され、九奥が前に出て、マイクを手に取った。
「それではただ今より、生徒総会を始めます。起立」
初めて聞いた時、凜と澄んでいた彼女の声が、今は固く強ばっていた。
「礼。着席。それでは、先ずは昨年の活動内容を元にした、部費の割り振りから発表したいと思います。……副会長の、北見さん。お願いします」
北見の名を呼ぶ時、少しだけ九奥の声が震える。
「えっ!? 九奥さんが全部発表するんじゃ無いん!?」
「みたいだな。まあ、わざわざ役員全員登壇してるんだし、そりゃそうか」
「言われて見れば確かにそうやけど……」
花邑の心配は分かる。ハッキリ言って、全く信用できない。
だが、あからさまな妨害、例えば、資料の内容と違うことを言ったり、生徒総会自体をボイコットする様な真似はしないと、俺は思っている。一応、壇上には上がっているのだから。
もしそんな事をすれば、仮に上手く九奥を蹴落として辞任させたとしても、北見が会長に返り咲く目は無くなる。いくら何でもそこまで馬鹿では無いだろう。
「はい」
返事をした北見は九奥と入れ替わるようにして壇上の中央に立ち、マイクを握る。
「副会長の北見です。それではただ今から、部費の割り振りを発表させて頂きます。まず、野球部は……」
淡々と北見は資料の内容を発表していく。だが。
「次に、サッカー部ですが……あれ?」
そこで、首を傾げてしばし口を閉ざす。分かり易く、顔に疑問符を浮かべて。
「すみません。この資料なんですが、間違っていると思います」
「えっ!? そんな筈はっ!?」
唐突な北見の言葉に、九奥は思わず立ち上がる。
「九奥さん。あなたに作って頂いたこの資料なんですが、もしかして、前年のデータを誤って入力していませんか? 去年は私が作ったので、多分間違い無いと思いますが?」
「う、そ……」
北見と九奥のやり取りに、体育館全体がにわかにざわつく。
ここからでも、九奥の青ざめた顔はよく見えた。
「うそやん!? だってうちら昨日何回も確認したで!? 生徒会室にあった資料をちゃんと見てっ」
「そうだな。でも多分、北見の言っていることは本当だ」
「えっ!?」
昨日、九奥自身が言っていたデータの間違い。本人は疲れのせいだと思っていたが、やはり、そうでは無かったのだ。
考えられる答えは一つ。予め、生徒会室に用意されていた資料のデータ自体が、差し替えられていた。
九奥が気付けなかったのは、ご丁寧に年時まで修正されていたからだろう。疲れていた事は事実だし、気付なかったのはきっとそのせいもあるが、それにしても悪質だ。
にしても、北見がどれだけ優秀か知らんが、普通に考えて一年前に作った資料の内容なんて覚えてるわけ無いだろ。わざわざ九奥が作った資料って事まで強調しやがって。
ほんと、最悪だ。
「どうするつもりですか九奥さん? このままじゃ、この生徒総会自体を続けられないのですが?」
「そ、それはっ! それは、えっと……」
「はぁ……会長ともあろう人が資料作り一つまともに出来ないなんて、信じられませんね」
「っっ……」
困ったフリはしているが、北見はあからさまに嬉々として九奥を責め立てている。
九奥も九奥で、ろくに反論も出来ず制服の裾を握りしめたまま悔しそうに顔を歪めていた。
震える唇は今にも叫び出したいのを堪えているのだろう。よく見れば、目の端に涙も溜まっている。
………ああ〜クソっ! 結局こうなるのかよ!
「アッキー?」
俺は立ち上がり、先生の方を向いて声を張った。
「先生。トイレ行ってきます」
「このタイミングで!?」
隣の花邑が驚愕に声を上げていたが、俺は返事をする事も無く、そそくさと体育館を後にした。
これ以上、あんな胃の痛くなるようなやり取り、聞いてられるかってんだよ。
+++for Lady+++
「仕方がありませんね。教頭先生。ご提案があります」
北見さんは何も言えず黙り込んでしまった私の前をつかつかと歩き、進行補佐の教頭先生に詰め寄った。
「私が後日資料を作り直して校内放送で改めて発表させて頂きたいのですが、如何でしょう?」
「あ、ああ、そうだな」
先生も突然の事に戸惑っている様子だが、北見さんの勢いに押されて頷く。
「ですが、一つお願いがあります」
「な、何かね?」
「九奥さんを、生徒会の役員から外して下さい」
「は?」
「今回の事で分かって頂けたと思いますが、彼女は仕事に責任感がありません。私達に対する指示もおざなりで、結局一人でやった結果がこれです。このまま彼女が会長では、今後の生徒会運営に差し障ります」
「し、しかしなぁ」
「っっ……」
ここぞとばかりに、北見さんは私を追い詰めにかかった。
彼女達の暴挙を明かせば、何かが変わるかもしれない。けど、そんなの悔しい。だってそれじゃまるで、私には会長として生徒会を仕切る能力が無かったって認めるみたいだ。そんなの絶対に嫌。
でも、他にどうすれば……。
「率直に言って、私達他の役員は彼女を信用できませんし、今後も彼女と仕事をしなければならないなら、私達が役員を辞めさせて頂きたいと思います」
「なっ!? ま、待ちたまえ! もう少し穏便にだな……そうだ! 九奥くん!」
「は、はい」
教頭は私を慌てて私を呼び、北見さんの隣に並ばせる。
「九奥くん。取りあえず、彼女たちに謝りなさい」
「え……」
教頭の言葉を、私は一瞬、理解できなかった。
「教頭先生、私達は別に謝罪なんて求めてません。彼女を生徒会から、」
「まあまあ北見くん待ちたまえ! 九奥くんには謝罪して貰った上で、君と役職を入れ替えて貰おう」
「っ!?」
何を、言っているの? この人は。
「それはつまり、私が会長になり、九奥さんを副会長に降格させると、そういう事ですか?」
「あ、ああ。流石に一度の失敗くらいで辞任させるのは彼女にも気の毒だ。今回の事は気合いが空回りした結果だろうし、それで良いだろう?」
私は、頭が真っ白になった。
そんな………そんな、事って……。
でも、今教頭が言った条件なら、全てが丸く収まる。
私が生徒会に残れば、西松くんが言うように北見さん達がいい加減な仕事をしないよう見張ることも出来るし、最悪、今まで通り実務は私がやれば問題無い。
「なるほど……それなら、私達も納得できます」
北見さんが一瞬だけ、ニヤリと笑ったのが分かった。
でも、もう私にはどうすることも出来ない。
彼女たちと同じようにワガママを言えば、今度こそ生徒会自体を辞任する事になるかもしれない。
………もう、諦めるしか無い、かな。
「っ……分かり、ました」
私はそう言って、北見さんの方へ向き直る。
「私の、せいで……その………」
頭では納得しようとしているのに、心が受け付けない。
形だけの謝罪も、声に、ならない。
「九奥さん? 良く聞こえないのだけど? もう少しハッキリ喋って貰えないかしら?」
「っっ……私の、せいで、迷惑を、かけてっ」
嫌だ。
謝りたくなんて無い。
認めたくなんて無い。
「ご、ごめ」
「なっ!? 何ですかあなたっ!?」
「へ?」
自分を殺して、無理やり頭を下げようとした、その時。
大きな背中が、私の視界を漆黒に染め上げた。
「顔をお上げ下さい。お嬢様」
その声に私は、聞き覚えがあった。
低く落ち着いた、心に染み渡るような、優しい声音。
「お、お兄様っ!?」
漆黒の燕尾服を纏い、私を庇うように立っていた“彼”は、振り向いて跪くと、柔らかく微笑みかけてくれる。
「お待たせして申し訳ありません。カンナお嬢様」
私の憧れの人によく似たその顔は、たった一度しか会っていないのに忘れられなくなった、私のお兄様。
『執事喫茶レイブンヴィル』の、『明希』さんだった。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。
台風や雨で寒暖差が激しかったからか、シルバーウィークは丸々風邪でで起き上がれず、少し間が空いてしまいました……。




