先輩のありがたみ?
「はぁ〜」
ダメだ、執事服に着替えてもイマイチ気持ちが切り替わらない。もうすぐホールに出るってのに……。
「働く前から何ため息吐いてんだ?」
「あ、椎名さん」
「学校で何かあったのか?」
「まあ、何か、というか、色々ありすぎて手に余るというか」
「へぇ? 良かったな」
「ええ、もう本当に……って、はい?」
あまりに見当違いな椎名さんの返答に、俺は思わず問い返す。
「あれ、違ったか? だってお前、今まで学校のこと聞いても、『特に何も』、とか言うだけだったじゃん」
「そう、でしたっけ?」
……言われてみれば、まあ確かに。今まで学校では勉強するか寝てるかどっちかだったから、人に話せるようなことは何も無かったかもしれない。
「ま、俺はもう学生じゃないしなぁ。そんな風に悩めること自体が、ちょっと羨ましいのかも」
「いや、椎名さんまだ十九歳ですよね?」
この前まで俺と同じ高校生だったのに、何老けたこと言ってんだこの人は……。
「最近まで学生だったから余計に、学生と社会人の違いがはっきり分かるんだよ」
「そういうもんですか?」
「学校ってのは、通ってるうちは気付かないけど、実はかなり特殊な環境なんだ。例えば、アキは普通科の進学校に通ってるよな?」
「はぁ、まあ」
「なら多分、クラスの男女比は半々くらいだろ?」
「そうですね。うちは理系クラスなんで若干男子が多いですけど、一年の時はぴったり同じ人数だったと思います」
「だよな。でも社会に出ると、そういう場所は以外と少ない。というかほぼ無い。働いている人間なら職場によって年齢にも性別にも偏りがあるし、主婦や自宅勤務の人は、そもそもそんな大人数と顔を合わせる機会自体が無いんだ」
「ふむ……確かに」
「何百人という同年代の人間が同じ場所に集められて、同じ時間を過ごすなんて環境は、多分、学校以外では死ぬまで無い。そう思うと、すげー貴重な体験をしてる気分にならないか? まあ、俺みたいな社会人からすれば実際そうなんだけど」
そう言われると、確かに納得せざるを得ない。
「……つまり、今俺が抱えているような悩みは、今だからこそ経験できる悩み、ってことですか?」
「そういうこと。とは言え、アキの場合は家計を支えなきゃいけないっていう、学生にしては早すぎる悩みも抱えてるけどな。……悪い。羨ましいなんて言うのは、少し無責任だった」
「い、いえ! 悪気が無いのは分かってますから!」
申し訳なさそうに頭を下げる椎名さんに、俺は思わず慌てて立ち上がる。
「そうか。まあ色々脱線したが、結局何が言いたいかっていうと、今のアキは少し前のアキより、なんか楽しそうだ。だから、良かったなって」
「あ、ありがとうございます?」
まだイマイチ釈然としない、というか、自分が楽しそうにしているという自覚が持てないでいるが、椎名さんの目にはそう映っているらしいことは伝わってきた。
「ほんと良かったな、友達が出来て」
「………アリガトウゴザイマス」
やっぱ釈然としねぇ……。
今話もお読み頂き、ありがとうございます。




