今でしょ?
「っ………」
と、俺と花邑がコントというには余りにも(俺が)笑えない、どうしようもない掛け合いをしている横で、九奥は何故か表情を曇らせ、俯いていた。
俺と花邑がやかましくて顔をしかめたのかと思ったが、彼女の次の言葉で、それが誤、解だと、すぐにわかった。
「その……あなたの事情なら、聞いたわ」
「は? 聞いたって、何を?」
「あなたに聞いても話してもらえそうに無かったから、先生に、どうしてあなたがお金に困っているのか、教えてもらおうと思って。そしたら……」
……おい? おいおいおい、ちょっと待て。
「去年、あなたのご両親が事故に遭って……亡くなった、って」
っっ……。
「えっ!? アッキー、それ、ホンマなん!?」
「っはぁ〜〜。ったく、プライバシーも何もあったもんじゃねーな」
「ご、ごめんなさい! けど、そんなつもりじゃっ」
「良いよ。大方、先生の方から気にかけてやってくれとか言われたんだろ? 悪いな、余計な気ぃ使わせて。けど、今は家も落ち着いてるし、家計も何とかなってるから大丈夫だ。ノープロブレム」
俺は努めてあっけらかんとした口調で説明し、肩を竦める。別に、嘘は吐いていない。
「そう、よね……。うちの学校を辞めていないということが何よりの証拠だし。でも、親戚の方が近くに住んでいて良かったわね」
「は? いや、別に親戚は近くに住んでないけど。何でそんな話になるんだ?」
「え? だって、ご両親が亡くなったということは、親戚の方に引き取られたのよね?」
「ああ、なるほど……まあ普通はそう考えるのか。確かに、そういう話も出たけど、結局うちはそのまま家族だけで暮らしてるんだ」
「え? それ、大丈夫なん?」
そういえば、花邑にもあまり詳しい事情は話してなかったっけ。
「ああ。もちろん、親戚に面倒見てもらった方が生活は楽だったろうけど……」
「けど?」
どうしたもんか……まあ、別にやましい事でもないし、隠す事でもない。
「俺たちの両親、“再婚”なんだよ。俺は親父の連れ子。姉と妹達は母さんの連れ子なんだ。……それで、親戚に引き取られる話が出た時に、ちょっと揉めてな。親戚の人たちは、父方と母方で、俺たちを別々に引き取ろうとしたんだ」
「なっ!?」
「っ……」
分かり易く驚く花邑と、口に手を当てて絶句している九奥。二人の反応の違いに、場違いにも苦笑がこみ上げて来る。
「仕方無いんだよ。いくら親戚とはいえ、いきなり他人の子供を四人まとめて面倒見てくれる、お人好しで経済力のある人なんて、そうそう居ないだろ?」
「それは、そうかもやけど……」
まあ実際は、母さんの実家は結構裕福みたいだけど、駆け落ち同然でうちの親父と再婚したらしいからな。流石に、血も繋がってない何処の馬の骨とも知れない男の子供まで、引き取る義理は無い。
「それに何より、俺たち四人とも、親父と母さんとの思い出がある今の家を離れたくなかったんだ」
「でも、それで親戚の人達は納得したの? いくら何でも、子供だけで暮らさせるなんて。それこそ他人の子供とはいえ、良識のある大人なら反対するのが当然だと思うけど」
「ああ。それはもうすごい勢いで反対されたよ。けど……それ以上に、姉さんや妹たちが頑張ってくれたんだ」
そう。本当に、本当に頑張ってくれた。
俺は死ぬまで、いや、死んでもあの時の事は忘れない。
「頑張ってくれたって、何を?」
「長女の美冬姉さんは、生活費を稼ぐために大学に行くのを辞めて、うちの喫茶店を継いでくれた。次女と三女の二人は、とにかく泣いて喚いて大騒ぎしてくれたよ。『みんな一緒じゃないと嫌だ』ってな。次女の春香に至っては家出までしてさ。あれは俺も焦ったなぁ」
焦った、なんて言いながらも、思わず口元が緩む。
あの時の事を思い出すと、今でも笑みを溢さずにはいられない。
「でも、結果的にそれが親戚の説得には一番効果的だったんだ。で、結局俺たち家族は今まで通り、一緒に暮らしていく事になりました。めでたしめでたし。って感じだな」
「めでたしって……ちょっと待って。いくらお姉さんが働いていて、あなたが特待生でうちの学校に通っていると言っても、妹さん達の学費や、家族四人分の生活費を考えたら、喫茶店の収入だけじゃ限界があるわよね?」
ちっ。流石に、これで丸め込まれてはくれないか。
「そ、そこはまぁ、両親もそれなりに蓄えててくれたし? なんとかなってんだよ。うん」
「本当に?」
「っっ!?」
九奥の真っ直ぐな視線が俺を射抜く。
睨まれているわけでも、威圧されているわけでもないのに、どうしてか、詭弁や言い訳を口にして誤魔化すことが許されないような気がして、俺は思わず口を噤んでしまった。
「(なぁ、アッキー?)」
「ん? 花邑?」
急に小声で話しかけてきた花邑に、何事かと振り返っってみれば、この状況にはおおよそ似つかわしくないキラキラした目でこちらを見ていた。果てしなく嫌な予感。
「(今でしょっ!)」
「は?」
かと思えば、テレビをあまり見ない俺でも知っているような流行遅れの(注:主観です)ネタが飛び出した。
「(だから、バイトのこと、言うなら今がチャンスやん! 九奥さんめっちゃ同情してるみたいやし、今ならサラッと認めてくれそうやん?)」
「Oh……」
は、腹黒い……。花邑、超腹黒い。何が黒いって、それをすげー良い笑顔で言ってるのがもう真っ黒。
「花邑さん? 何で急に西松君の後ろでニヤニヤし始めたの?」
「えっ!? いやいや、こっちの話やから気にせんといて! (ほら、アッキー!)」
「(い、いやほらって!? 別に顔バレは結局してなかったんだから、誤魔化す必要も無くなったし!)」
「(けど、今後もバレへんなんて保証は無いやろ?)」
「うっ」
た、確かに。少なくとも『明希』の姿で週一は会うわけだし、いざという時の為に保険は掛けておくべきか?
でもなぁ……どちらかと言うと、『明希』の正体が俺だってバレた場合の方が怖いんだよなぁ。ある意味、俺がバイトしている事実より九奥にとっては見過ごせない、というか受け入れられない事実だろうし。
「二人とも? 何をコソコソ話しているの?」
「い、いや、何でも無い!」
「アッキー?」
「花邑。取りあえず俺の事はいいから、本題に入ろう? な?」
「むぅ〜。まあ、アッキーがそう言うなら」
ふぅ。何とか誤魔化せたな!
今話もお読み頂き、ありがとうございます。




