オタク。それは至高にして究極の存在(異論は認める)。
「「「行ってらっしゃいませ! ご主人様♪」」」
「あ、はい。ごちそうさま、でした?」
花邑、花邑母を含めたメイドさん達総出の見送り。
奉仕される側と言う違和感に最後まで馴染めなかった俺は、曖昧な返事しか出来ない。
「あ……アッキー!」
そんな俺を、花邑が唐突に呼び止める。
蓮華さんは何やら察した様子で、「先に行ってるぞ」と一言残し、皆を連れて本当に行ってしまった。
花邑以外のメイドさん達もお店に引き返しており、俺と彼女は必然的に二人きりになる。
「えっと、花邑? どうしたんだ?」
「う、うん。なんか、言いたい事は色々あるんやけど、取り敢えず聞きたいのは……」
花邑はそう言うと、そわそわと周囲を気にし始めた。
まあ、急に『執事喫茶』で働いてるとか言われれば、聞きたいことは山ほど出てくるだろう。
「……やっぱり、アッキーも“オタク”なん?」
「はい?」
「い、いやだって! 『執事喫茶』で働いてるってことは、『そういうの』に憧れてるってことじゃないん!?」
「それを言うなら、花邑はメイドさんに憧れてここでバイトしてるのか?」
「う、うち!? いや、まあメイドさんは可愛いと思うけど、元々はオカンの手伝いで始めたのがきっかけやから成り行きみたいなもん、かな?」
「俺もきっかけは成り行きだよ。時給とか時間帯とか色々都合も良いし、先輩方にも良くしてもらってるから、辞める理由も無いしな」
「そ、そっか……じゃあ、アッキーはあんまアニメとかは興味無いん?」
「いや? そんなこと無いぞ。寧ろそういう話が好きなお客さんも多いから、そっちの知識に乏しくて申し訳ないくらいだ」
「そ、そういう真面目な話じゃ無くて! アッキー自身はどうなん?」
「俺自身?」
問われてみて、初めて考える。
小さい頃は、子供向けの作品を見ていた記憶が有る。あの頃はテレビを見るくらいしかやることが無かったから。
けど、中学に上がってからは褒められるのが嬉しくて、勉強や店の手伝いばかりしていたから、そういう娯楽とは縁が無かった。今思えば、無意識に自分から遠ざけていたのかもしれない。
じゃあ、今の俺は?
興味があるか無いかで言えば、多分ある。
椎名さんに借りた「黒バトラー」は面白かったし、夏鈴とたまに見る子供向けアニメも、意外に大人を唸らせるような深いテーマがあったりして驚かされる。
自分の知らない世界や物語に触れてみたいという欲求は、俺の中に確かにある。
「多分、興味はある、と思う。けど……」
「けど?」
けど、必要じゃない。と、喉元まで出かかったが、その言葉は声にならなかった。
はっきりとは分からない。だが、また花邑に悲しげな顔をさせてしまうような予感が漠然と、けれど確かに俺の声を押し留めた。
「えっと、ほら! 平日は毎日バイトしてるから家に帰る時間も遅いし、宿題とか予習してたら見る暇もあんま無いからさ。休みの日は休みの日で、家の手伝いとか妹の面倒見たりとか、何やかんやであっという間に終わっちゃうし」
結局、口から出てきたのはそんな言い訳がましい言葉だけだった。だが、事実でもある。
もし、なんて考えるだけ意味は無いのだろうけど、俺がもっと学費が安い学校に通っていて、両親も健在で、家計も安定していたら、アニメや漫画、ゲームなど、そういうものに夢中になれていたのかもしれない。……いや、違うな。きっと中学の頃と同じように過ごすだけだ。
だって、家族より大切な自分の時間なんて、俺には無いから。
「そっかぁ……」
それきり花邑は押し黙り、俯いたまま動かなくなる。
言葉は選んだつもりだが、やはり花邑の求めていた答えとは違ったみたいだ。
そういえば、どうして花邑は俺にこんなことを聞いてきたんだろうか?
「なあ? 何で…」
「おっし、分かった! じゃあうちがアッキーを教育したる!」
疑問を口にしかけた俺の声を遮り、花邑は唐突にわけのわからんことを言い出した。
「え? ちょっ、はぁ? おい、花邑? 教育って何だ?」
「せやから、うちがアッキーを“立派なオタク”にしたる、って言うてんねん!」
「ああ、そういう事か、って全然納得できねーよ!? 何だよ立派なオタクって!? そもそも、オタクって立派なのか?」
オタクの方々には申し訳無いけど、あんまそういうイメージ無いんですが?
「だって、家じゃ色々忙しくてアニメ見たりする暇無いんやろ? せやから、ウチが学校でアッキーを教育したんねん」
えっへん。とでも聞こえそうなくらい花邑は分かりやすくドヤっているが、俺はまだイマイチ、話が飲み込めていない。
「教育って、具体的に何をする気なんだ? というか、俺に何をさせる気だ?」
「そりゃもちろん、ウチが紹介した面白いアニメ見せたり、漫画とかラノベ読ませたりして、こっち側に引きずり込ん……ゴホンッ! こっちの世界について詳しくなってもらうんやん」
「おい。今、引きずり込むって言おうとしなかったか?」
俺が半眼で睨みつけても、花邑はどこ吹く風でニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべるばかりだ。
「良いやん別に! だってアッキーも興味はあるんやろ? それにバイトにも役立つんやし、一石二鳥やん!」
「いや、それはそうだけど……そもそも、学校でって言ったって、場所や時間はどうするんだ? 幾ら何でも休み時間にアニメ見たりする訳にはいかないし、教室でそんなことしてたら目立ってしょうがないだろ?」
「うっ!? い、いやでもほら!? 使ってない教室とかあるやろうし、時間は……放課後のバイト前とか!」
「う〜ん、蓮華さんに相談したら、多少は出勤時間を遅くしては貰えるだろうけど……部活動でもないのに、勝手に空き教室とか使って良いのか?」
「それや!」
「は?」
「部活、作ろう! ほら、アニ研とか漫研とかよく聞くやん!」
な、何を言い出しとるんだこいつは……。
「いやいや、普通に無理だろ。俺もよく知らないけど、そういうのって結構な人数集めなきゃ作れないんじゃなかったか? そもそもバイトも禁止してるような学校なのに、そんな娯楽の為の部活なんて認められないって」
「何を言うてんねん!? 二次元は今やただの娯楽やない! 文化や! それにスポーツや芸術も元を正せば娯楽なんやから、二次元だけダメなんておかしいやん!」
「い、いや、まあそうかもしれないけど……」
花邑のあまりの熱量に圧倒され、思わず一歩後ずさる。正直ちょっと怖い。なんか目がイっちゃってる人っぽいし。こういうのを信者とか言うんだろうか?
「それに、部費とか無くても場所だけ借りれたら問題無いんやし、まずは同好会からやったら、案外すんなりいけそうちゃう?」
「どうこうかい?」
「同好会! 部活動の予備軍みたいなやつ!」
「へぇ、そんな物があるのか」
にしても、急に変なことを言い出したかと思えば、意外とちゃんと考えてるな花邑。
相変わらずちょっとアホっぽい印象は拭えないが、やっぱり頭の回転は速い。主に余計なことまで考えが巡ってしまう方向に、だが。
「なぁ〜? やろうやぁ〜。うちもアニメとかラノベの話できる友達欲しいし、良いや〜ん」
「すっ、すり寄ってくるな!? 分かった! 分かったから離れてぇ!?」
だから距離感! 距離感大事にしてって言ってるでしょう!? いや、口に出しては言ってないが。だ、だって、なんか恥ずかしいし……。
「ふっふっふぅ。今アッキー、分かった、って言ったな?」
「あ」
しまった!? でも今のはちょっとズルくないですか?
ただでさえ可愛いらしい顔立ちの女の子に、メイド姿ですり寄られて動揺しない男はいないと思うんですよ。いないよね? いたら絶対に許さない。
「それじゃ、また学校で!」
「いや、ちょ、待てって!?」
「待たへんよ♪ それではご主人様、行ってらっしゃいませ!」
「おおい!? ……ったく、見送りするどころか自分からご主人様に背を向けるとか、どんなメイドだよ?」
まあ、最後の笑顔は可愛かったけど。
はぁ〜あ。俺も大概、親父の息子だな……主に女の子に逆らえないところが。
取り敢えず、花邑が満足するまで付き合いますか。どの道、お互い様とはいえ秘密を握られてる俺に、初めから拒否権は無いし。
今話もお読み頂き、ありがとうございます。




