青い春ときどきオジの涙?
「悪魔で、“執事”ですから。ってかぁ? はっはぁ! おいアキ坊、そりゃアニメの見過ぎだぜぇ!」
「もう黙ってろよこの酔っ払い!?」
「執事?」
「あ」
ど、どうするっ!? この状況から何をどうやったら誤魔化し切れる!?
「そうだ! アキちゃんせっかくバトラーになったんだし、うちに呼んで指名して貰えば?」
「ひ、姫川さぁ〜んっ」
なんて無垢な笑顔でトドメ刺すんすかぁ……。
……と、俺が絶望も露わに沈んでいると、いつの間にか花邑が耳元まで顔を寄せて来ていた。
だから近い近い近い!? 距離感! 距離感大事にして! 俺みたいなDTDKを相手にする時は特にね!
「(あ、あのさアッキー? もしかして、変な店でバイトしてるん?)」
「え、ええっとぉ〜」
何とも返答に困る質問だなぁ……。
普通と言うにはいささか特殊だし、かと言って変だと肯定するのは『レイブンヴィル』にもここに居る先輩方にも失礼な気がする。
「へ、変ではない、ぞ? ただちょっと珍しいというか、あ、あんまり見ない感じの喫茶店ではあるかもな! うん!」
「んん〜?」
目を泳がせてしどろもどろに返答する俺の顔を、花邑は疑わしげにじっと見ているが、これ以上どう言ったら良いのか俺にはもう思いつかない。マジで勘弁してくれ。
「そうかぁ? 今時、『執事喫茶』なんて別に珍しくもないだろ? まあ、それこそ今や全国で市民権得てるメイド喫茶様ほどじゃぁねぇけどなぁ〜。ヒックッ!」
「「…………」」
……互いの中でうずまく感情は異なるはずだが、確かにその瞬間、俺と花邑は全く同じ顔をしていた。
表情を失った顔が表すのは、無。
花邑が今何を思っているのかは分からないが、俺が今感じたことはただ一つだ。
終わった。
いやまあ、別に俺がちょっと恥ずかしい思いをするだけで、そんな大げさな事でもないんですけどね? でも自意識が過剰なお年頃の現役DKにはなかなか堪えるんですよ? いつの間にか俺の中でDK市民権得てるなぁ。
まあ、取り敢えず今一番言いたい事だけ口にしよう。うん。
「やってくれたなこの酔っ払いオヤジ!」
もはや怒る気にもならんが、文句ぐらいは言ってもバチは当たらんはずだ。
「ああ? なんか不味いこと言ったかぁ?」
「っ!? こ、このっ!?」
蓮花さんは相変わらず泥酔しているように見えたが、俺の方を向いた瞬間、酷く見覚えのある人の悪い笑みを浮かべた気がした。
「………すごっ」
「へ?」
と、それまで無表情のまま硬直していた花邑が、プルプルと小刻みに震えながら、口元をもごもごさせている。
「す、すごいやんアッキー! だって『執事喫茶』やで!?」
「え、ええ?」
「乙女の憧れ! 夢の楽園! 執事喫茶! 見目麗しい執事さん達に給仕されながら優雅に過ごすティータイム! 嗚呼、想像しただけで涎が、ぐ、ぐふふふっ」
「お、おーい? 花邑さーん?」
勇気を振り絞って呼びかけてみたが、花邑は何かに酔いしれたようにどこか遠くを見たまま惚けている。
因みに、何故「勇気を振り絞って」なのかと言うと、今の花邑の状態が少し、いやすこぶる気持ち悪いからである。
「ハッ!? と言うことはもしかして、このイケメンさん達も全員、執事さん!?」
「お、おう、戻ってきたか。まあ、そういうことだけど、ちょっと声のボリューム落としてくれないか? その、周りの視線が、な?」
花邑が大声で何事かを叫ぶ度に、そこかしこからこのテーブルに視線が集まって来る。
……特に気になるのは、『執事喫茶』というワードが出る度にメイドさん達がそわそわとしながらこちらを伺う視線と、『イケメン』というワードが出るたびにこちらを突き刺す一部のお客さんからの殺気を帯びた視線だ。
前者はともかく、後者は俺、関係無くないですか? まあ、花邑と一番会話しているのが俺だから、目につくのは分かるんですけどね? でも理不尽だと思うんです。
「あ、ご、ごめん! ウチったら、ついちょっと興奮してもうて」
「ちょっと? ……ま、まあ良いや。取り敢えず落ち着いてくれたみたいだし」
「にしても、全然想像つかへんなぁ」
「何が?」
「アッキーの執事姿」
「ぐふっ!?」
しまった。落ち着かせたせいで余計なとこまで思考が回るとは……。
そういえば、つい話し方のイメージに引っ張られて忘れがちだが、この子意外と頭の回転早いんだよなぁ。いや、良い意味でね? 良い意味で意外なんだよ?
「ま、まあ、ここに居る皆さんは特にイケメンでいらっしゃるので俺なんかと一緒にされても迷惑でしょうと言うかそもそも俺はまだ下っ端なわけでだからご期待には添えないでしょうから確認するまでも無いと言いますか」
「ふっふっふっ。アッキーのその動揺っぷり、ますます気になる♪」
「くっ!?」
「アキちゃんはホントこういう時ダメだよねぇ」
「接客中はわりと上手いことお嬢様の冗談とかにも対応してるのにな」
「こら、二人ともやめてあげなさい。アキ君は真面目だから、接客の勉強はきちんと出来ますが、その反面、ご家族以外の対人経験に乏しいせいで、少し普通の人よりコミュニケーション能力が低いだけです。そんな風に言っては可哀想でしょう?」
「もうやめて! お願いだからこれ以上皆して俺を晒し者にしないで!」
何が悲しくてメイド喫茶でコミュ症イジりされにゃならんのですか……。
「むぅ」
気づくと、先ほどまで楽しそうにニヤニヤ笑いを浮かべていた花邑が、今度は頬を膨らませて拗ねたような顔で俺を見ていた。
「な、何だよ?」
「べっつにー? アッキー、学校に居るときより全然楽しそうやなーと思って?」
「いや、どちらかと言うと悲しくなって来たんですけど?」
「だって、普段そんなテンション高くないやん」
「それはまあ、そもそも人と会話してないからな……って、何言わせるんだよ!」
何だこの公開処刑。
「でも、昨日は普通にウチと話したやん」
「あれはまあ、止むを得ない事情があったし。てかそもそも、昨日先に話しかけてきたのは花邑の方だろ?」
「それはそうやけどぉ!」
「それに、バイト先は先輩や社員さんと話さないと仕事にならないから、必然的に会話も増えるんだよ。でも、学校はさ、ほら。殆ど人と会話しなくても何となくやり過ごせちゃうから」
……あれ? でも、それだとまるで、俺……。
「じゃあアッキーは、必要じゃ無かったら誰とも話さへんの?」
「っ!?」
今正に、自分の中で生まれた疑問を花邑が口にした。
そして、その次に紡ぎ出された言葉は俺の想像を超えていて、けれど、俺が想像しなければならなかった言葉だった。
「それってさ、アッキーは、友達いらんって思ってるってこと? ウチがこうやって絡んでんのも、もしかして、迷惑?」
「ち、違う! 迷惑なんかじゃない! そんなことは、全然っ!」
な、何だ? 何だこれ? 分からない。どうしてこんな話になった?
違うだろ? 俺が学校で誰とも話さないのは、顔を覚えられないようにしているのは、バイトしている事がバレないようにする為で……そうだ。だから、それは仕方のない事だ。バイトしなきゃ生活が出来ない。美冬姉さんを、春香を、夏鈴を、家族を守れない。
………あれ? なら、俺にとって、“友達”って……?
「そこまでだ。若人ども」
「「っ!?」」
思考の渦に飲み込まれていた俺を救い上げてくれたのは、蓮花さんの力強い声と、肩に置かれた大きく温かい手の感触だった。
「お前ら、難しく考え過ぎだ。さっき桐生が言ったように、アキ坊はクソ真面目だからな。コミュニケーションが多少苦手でも、“家族の為”なら必死で働ける。……が、その反面、友達っつーのは“自分の為”に必要なもんだから、どうしても他より疎かになっちまうんだろう。だからよ、アヤちゃんだっけ? こいつはどうしようもなく不器用でバカな奴だが、これからも仲良くしてやってくれねーか?」
「あ、いえ!? その……はい」
花邑は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに柔らかい笑顔を見せ、俺の方を向いて頷いた。
その笑顔が酷く眩しくて、温かい雫が俺の瞼から零れそうになる。
「あの、ご主人様?」
「あ? 何だよ? せっかく若者たちの青い春を華麗に演出してたっつーのに……」
そう。零れそうに、なっただけだった。
何故なら、蓮花さんの後ろにヒクヒクと頬を引きつらせたメイドさんが立っていたから。
「申し訳ありませんが、当店は“そういったサービス”は行なっておりませんので、今すぐその手を離して頂けますか?」
「え?」
メイドさんの視線の先を確かめると、俺の肩に置かれているのとは反対の蓮花さんの手が、花邑の腰に添えられていた。
因みに、ハイウエストの位置からスカートが伸びている為、一見“尻”を触っている様にも見える。
「……ふっ。何か誤解があるようだね。レディ?」
蓮花さんは余裕を持って対応している、ように見せかけていたが、こめかみから滝のように冷や汗を流しているのが俺の位置からだと良く見えた。
俺にあんだけ言っといて、あんたもアドリブ弱いのかよ。
「何が誤解なのでしょうか? 当店ではイベントで特典としてお配りしている握手券の使用以外では、メイドへの接触は禁止させて頂いておりますが?」
「い、いや、だからな? これはその、悪魔で二人の若者の健やかな青春の為のだな?」
「加えて申し上げるなら、あなたが今触れているメイド、アヤは、“私の娘”ですので、それ以上不埒な真似をするつもりなら容赦は致しませんよ?」
「「え?」」
これには蓮花さんだけで無く、俺や他の面々も目を丸くする。
確かに、言われてみれば髪の色や瞳の形が花邑とよく似ている。
彼女が年齢を重ね、もう少し背と髪が伸びたらこんな感じになりそうだ。
だが、可愛らしいメイド服の効果も相まってか、母親と言うより姉くらいにしか見えない。
「も、もうっ! オカン! 何で出てきてんの!? ウチが居るときはずっと裏におってって言うてるやん!?」
「アンタがここの客に捕まって離れられへんて他の子らから聞いたからや! それで見に来てみれば案の定お尻まで触られて! こういう客は問答無用で叩き出せって言うてるやろ!?」
あ、前言撤回。これは確かにオカンだわ。
「ちゃ、ちゃうって!? よう見てや! お尻やなくて腰やし! それに、この人はアッキーのバイト先の人で、うちがアッキーに変なこと言ったから、それでっ!」
「アッキー?」
ジロリと、花邑母はこのテーブルににいる面々の顔を見回す。
姫川さんは「ひっ!?」と可愛らしく悲鳴を上げて椎名さんの後ろに隠れ、その椎名さんはと言えば、いつものようにクールな澄まし顔だが、微妙に目が泳いでいた。
桐生さんは曖昧に笑うだけだが、さりげなく蓮花さんに咎めるような視線を向け、「何とかしろ」と目で訴えかけていた。
だが当の蓮花さんは、いつの間にか何事も無かったようにビールのジョッキを煽り……っておい!?、何で元凶がさも自分は関係無いですみたいな顔してんの!?
くっ!? こうなったらヤケクソだ!
「えっと、彩芽さんの同級生の西松秋宏です。この度はうちのオーナーが娘さんに粗相をしたようで、申し訳ありません。決して下心とか悪気があった訳では無い……多分、無いと思うので、許して頂けないでしょうか?」
「おい?」
蓮花さんが何事か言っているようだが、スルー。今は花邑母に謝り倒すのが先決だ。
てかメイド喫茶でセクハラとか、事と次第によっては警察沙汰だからな?
「あ、それと、お忙しいのに長いこと彩芽さんを拘束してしまって、お店にも迷惑でしたよね? 僕たちはすぐに帰りますので、お手隙の時にお勘定を頂いても良いでしょうか?」
「………」
「ア、アッキー!? そんな、別にアッキーが悪い訳じゃ無いやん! そもそも、このテーブルに長居したのはウチが勝手に……」
「いや、それだって元はと言えば俺が『執事喫茶』で働いてるのを隠そうとして、グダグダ余計な言い訳ばかりしてたからだろ? だから、花邑のせいじゃない」
花邑のフォローはありがたいが、流石にこの状況で女の子に庇われるなんて、カッコ悪過ぎる。
何より、彼女は本当に何も悪くない。悪いのは、良い加減なことばかり言って、危うく彼女を傷つけそうになった俺の方だ。
だから。
「彩芽さんのお母さんが不安に思われるんでしたら、俺はもう彼女には近づきません」
「「っ!?」」
「………」
「クラスメイトなので物理的に離れるのは難しいですが、極力干渉しないように努めます。それでこの件は許して頂けないでしょうか? お願いします」
俺は再度、花邑母に深々と頭を下げる。
下を向いているので誰の顔も見えないが、困惑している雰囲気だけは伝わって来る。
確かに、少し大袈裟過ぎかもしれないとは自分でも思う。けれど、これ以外に、俺はやり方を知らない。
離れる以外に、傷つけない方法なんて、知らないんだ。
「……はぁ。わかりました。その誠実さに免じて、この件は許しましょう」
「オカン!? ちょっと待って!?」
「アホ。ウチも鬼ちゃうは。少なくともこの子は悪い子じゃ無さそうやし、何よりアンタはこの子のこと気に入っとるみたいやし? 普通に学校でも外でも付きおうたらエエわ」
肩を竦めて苦笑する母親の言葉に、何故か花邑は顔を真っ赤にして大声を上げた。
「はっ、はぁぁ!? き、気に入っとるとか、付き合うとか、別にウチらはそんな関係じゃないし!」
「い、いや、花邑? そういう意味じゃ無いと思うぞ? 落ち着け? な?」
「う、うっさい! 分かっとるわ! アア、アッキーの、アホ!」
「あ、ハイ。ご、ごめんなさい」
頬を赤く染めたまま俺を罵倒した花邑は、その言葉とは裏腹に今まで見たどの彼女よりも可愛らしく、俺は思わずシドロモドロに謝ってしまった。
最近、自分の女子に対する免疫に疑いしか持てなくなってきました。
「で? 見た限りこの中で一番若い男の子が誠心誠意謝ってくれましたが、そちらのオジ様はどういった形で誠意を見せて下さいますか?」
「ぶふっ!?」
花邑母は先ほどの鬼の形相とは打って変わって、完璧なメイドスマイルで蓮花さんに『誠意』を要求する。
言葉の内容はともかく、こうしていると普通に少しお姉さんなメイドさんにしか見えないな。 花邑と同じで童顔なのは分かるが、それにしても今年十七歳になる娘が居る様には全く見えない。色んな意味で女って恐ろしい。
「因みに、本日はまだお飲み物とおつまみしかオーダーを頂いていないようですが、他にも何かお持ちしましょうか?」
花邑母は相変わらず可愛らしいメイドスマイルだが、口から出てきた言葉は少しも可愛らしくなかった。
その笑顔の圧力に蓮花さんも観念したのか、ため息と共に『誠意』を見せることにしたようだ。
「っ………はぁぁぁ〜。……この店のメニュー、オプション付きで全部持ってきてくれ。あと、ビールお替りだ。コンチクショウ!」
「かしこまりました。ご主人様♪」
花邑母の笑顔が眩しかったのだろうか、蓮花さんの瞳は潤んでいるように見えた。
奢られる身で大変恐縮だが、ザマァ!
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




