〇〇はメイド様?
「おう! アキ坊! こっちだこっち」
「……………」
蓮花さんから送られてきた住所の店に着き、“少し特殊な歓迎”を受けた俺がその場で棒立ちしていると、奥のテーブルから無駄によく通るバリトンボイスで呼びかけられた。
「……お、お疲れ様です」
「お疲れ様です。アキくん。急に呼び出してすみません」
「アキちゃんお疲れ〜、って、本当になんか疲れた顔してる?」
「お疲れ。その、何だ……まあ、諦めろ」
「……いえ、店の名前を見た時から、何となく分かってたことですから」
桐生さん、姫川さん、椎名さんの順でいつものように気さくな挨拶を返してもらえたが、俺はまだこの状況にドン引きと言うか、圧倒されているせいで、いまいち覇気の無い返事しか出来ない。
「何だよアキ坊? せっかく俺の奢りだってのに。好きなもん頼んで良いんだぜ?」
蓮花さんはすでに出来上がっているのか、この場、と言うか、『この店』に不似合いなビールのジョッキを片手に、ほんのり赤くなった顔でいつも以上にヘラヘラしている。
ジョッキには申し訳程度にハートを基調としたファンシーな柄がプリントされているが、持っているのが見たまんまのオッサンなので、このテーブルだけ居酒屋のようだ。
「いや、好きなもんと言われても……。そもそも、ここ、頼めるメニュー限られてるんじゃないですか?」
俺は店内を見渡し、改めて唖然とする。
全体的に淡いピンクやイエローが目立つファンシーな内装。
座っている客は殆ど男であるにもかかわらず、やり過ぎなくらい可愛らしい椅子とテーブル。
何に使うのかは分からないが、店の一番奥にある小さなステージ。
そして何よりも……接客している“彼女たち”の服装、そして言葉遣いが、この場所の在り方を明確過ぎるほど明確に体現していた。
「お帰りなさいませ! ご主人様! 何かお飲物をお持ちしますか?」
「うぐっ!? ……じゃ、じゃあ、ウーロン茶、ありますか?」
「はい! かしこまりました! すぐにご用意しますね♪」
そう。最早、疑う余地は皆無。
ここは一部の人々にとっては楽園であり、俺のような外食経験すら数える程しか無いパンピーには未開の魔窟、『メイド喫茶』である。
「あの、蓮花さん。一応聞いても良いですか?」
「あ? 何をだ? ……ああ、そうか。お前も男だもんな」
「は?」
「皆まで言うな。残念ながら、この店はお触り禁止だ。そういうとこには、もうちょっとお前が大人になってから」
「んなこと聞いてねぇよ!? 何でメイド喫茶なんだって聞いてんですよ!」
「何だ。そんなことか?」
「どんなことだと思ったんだよ……いや、言わなくて良いです」
この酔っ払いめ。
「まあ一応、“勉強”、なんだそうですよ?」
「桐生さん? 勉強って、何の?」
「アキ君は、うちのお店で働いてる子の中では珍しく、『オタク知識』が殆どありませんからね」
「オタク知識、ですか? それって、アニメとか漫画とかの?」
「まあ、ザックリ言ってしまえばそうです。他にもゲームやライトノベルなど、コンテンツを挙げれば切りがありませんが、この『メイド喫茶』も、オタク文化の代表的なお店です」
「確かに、そういうイメージはありますけど……」
「アキちゃんは普段、全然アニメとか見ないのぉ?」
と、今度は姫川さんがのんびりした声音で聞いてきた。
「いえ、小学生の妹がいるんで、『プ○キュア』とか子供向けのアニメは休みの日に一緒に見てますよ? あ、椎名さんが貸してくれた『黒バトラー』も、そう言えば見ましたね」
「え……それだけ?」
「? はい」
「う〜ん。まあ、アキちゃんはそうだよねぇ〜」
「???」
「「「………」」」
気がつけば、この席に座る全員から生暖かい目で見られていた。
心無しかみんな俺を哀れんでいるような雰囲気が漂っている。何で?
「コ、コホン! 漫画とかラノベも読まないのか?」
何となく気まずい空気になりかけたところで、椎名さんが仕切り直すように問いかけてくれたが、妙に優しげな声音だったのが気になる。
何故だろう、最近、優しくされると辛い時があります。
「漫画なら小学生くらいまでは読んでた気がしますけど、中学は勉強に必死でそれどころじゃ無かったし、最近は本屋に行っても参考書くらいしか買わないです。そもそも、どれが面白いのかも分からないんで、買おうにも見当がつかなくて」
「そ、そっか……。一応聞くけど、今時の高校生って皆そんな感じなのか?」
「さあ? 友達いな……少ないんで! ほ、他の人がどうかは分からないですけど」
「俺が悪かった」
「そう思ってるなら謝らないで下さいよ……」
再びこの場を沈黙が支配する。
ちなみに今度は皆の表情は見えなかった。俺の瞳が何故か潤んでいるせいで。目にゴミでも入ったかな! ははっ! はぁ……。
「お待たせしました! ウーロン茶をご所望のご主人様♪」
「あ、どうも」
そんな沈黙を破ったのは、ドリンクを持って来てくれたメイドさんだった。
何となくイントネーションに違和感を覚えたが、俺は涙を拭うのに忙しくてそれどころではなかったので、特に気にせずウーロン茶を受け取る。
と、その時。
「え? アッキー?」
空気が、凍りついた。
「は? ……うええっ!? はっ、花邑ぁ!?」
そう、俺にウーロン茶を差し出していた、フリッフリのメイド服を着た可愛さの塊のようなメイドさん。
彼女は、花邑彩芽、その人だった。いやいやいやいや、誰だよコレ。
「「っっ………!」」
互いに無言。だが、その表情は正反対。
花邑は、元の肌の色が分からなくなるほどの赤面。
俺の方は、何かとてつもなく見てはいけない物を見てしまったような青白い顔。
「えーっと、アキ君? お知り合いですか?」
そんな俺史上最も気まずい沈黙を打破してくれたのは、桐生さんの気遣いに満ちた声だった。 ただ、「お友達ですか?」と聞かなかったのは、少し気遣いが過ぎると思うのは俺の被害妄想でしょうか。
「い、一応、クラスメイトです。その……花邑? 何かごめん」
「あ、謝らんといてよ!? 余計恥ずかしいやん!」
彼女は多少落ち着いたのか、先ほどよりいくらか顔色は普通になっているが、その頬からはまだ赤みが抜け切っていない。
そりゃそうだよな………。俺が逆の立場だったら絶対そうなる。と言うかもっと酷い有様になる。
「何だ何だぁ? アキ坊、お前友達いねーくせに、一丁前に女はたらしこんでんのかぁ?」
「たらしこむって何だよ!? クラスメイトだって言ってるだろ!」
あまりにもアレな蓮華さんの言動に、俺は思わずタメ口で叫ぶようにツッコんでしまう。
が、当人は気にした様子も無く、いつの間に頼んだのか新しいビールのジョッキを傾け、流し込むようにしてグビグビと飲んでいる。マジで何でこの店にしたんだよこのオッサン。普通にファミレスとか居酒屋で良かっただろ……いや、奢って貰う身で偉そうなこと言えないんだけどさ。
「アッキー? もしかして、この人達って?」
「あ、ああ。バイト先の先輩達だよ。あと一応、あの酔っ払いがオーナー」
「なんだとぅ!? 俺はまだ酔ってねぇぞぉ!?」
「はいはい。蓮花さん、おつまみはいかがですか? 枝豆なんかもあるみたいですよ?」
「お? さすが桐生! 気がきくじゃねぇかぁ」
桐生さんが上手く蓮花さんの気を引いてくれている間に、俺は改めて花邑に向き直る。
「その、さっきとは違う意味で、なんかごめん」
「いや、お酒出してるのはうちのお店やし、このくらい別に気にせんでええけど……でも、良かったぁ」
「え?」
「アッキー、バイト先の人らとは仲良ぅやれてるんやね。昨日もなんか、しんどそうな顔してたし、ちょっと心配やったから」
「あ……」
……何と言うか、本当に良い子なんだよな、花邑。昨日今日少し話しただけの仲なのに、当たり前のように俺のことを心配して、気遣ってくれて。
こういう子と友達になれたら、今まで睡魔と戦うだけだった学校も、少しは楽しくなるんだろうか?
「にしても、まさかうちの方が先に見られるとはなぁ。あぁ〜一生の不覚や! ホンマはうちがアッキーのバイト先に冷やかしに行く予定やったのに!」
「はははっ。いや冷やかすなよ……って、どうしたんですか?」
気がつけば、姫川さんと椎名さんが、俺の顔をまじまじと見ていた。
「……アキちゃんて、そんな顔して笑うんだね」
「え? そんな変な顔してました?」
「いや、変というか寧ろ、いつもより自然過ぎて驚いた」
「え? それは、どういう……」
「うぇっぷぅ! お前は気ぃ張りすぎなんだよ。特に仕事中はな」
「蓮花さん?」
「事情が事情だ。必死になるのも分からなくはねぇが、もうちょい肩の力抜いて、気楽にやれよ。ひっくっ」
「はぁ」
多分、良いことを言ってるんだろうが、正直ベロベロで言われても全く真面目に聞く気にならない。というか、アンタは気を抜きすぎだろオッサン。
今の蓮花さんを見てると、小学生の時に親父が授業参観に来た日のことを思い出してしまう。
無駄に派手なスーツでキメて来た親父が周囲の注目を集めまくり、挙げ句の果てに先生をナンパして追い出されてたっけなぁ……。いやいや何やってんだよあのクソ親父。小学生の頃の俺に謝れよ。
まあ春香の授業参観の時は母さんの監視の下、最終的にシメられて帰ってきたから許してやるか。いや絶対に許さない。
「そういえば、アッキーも喫茶店でバイトしてるんやっけ? 周りの人らがこんなイケメンさんばっかりやったら、そりゃあ気合いも入るわなぁ」
「っ!? そ、そうなんだよ! は、はははっ!」
ま、不味い!? この流れは!?
「どしたんアッキー? 急に汗びっしょりやで? あ、もしかしてお店暑い? 冷房入れてこよか?」
「いやいやお構いなく!」
「そう?」
「そ、それより花邑、そろそろ仕事に戻った方が良いんじゃないのか?」
「ああ、それなら大丈夫。うち、このテーブル担当やし、今日はそんなに忙しくないから。あ、そうや! お店ではうちのこと、ちゃんと『アヤちゃん』て呼んでや?」
そう言うと、花邑は自分の胸元にある名札を指差す。
……ほぅ。学校の制服だと分からなかったが、意外と……って、そんな雑念に囚われてる場合じゃない!? いい感じに話が逸れそうだし、このまま逃げ切らなくては!
「へぇ〜。メイドさんアヤちゃんて言うんだ。何だがアキちゃんと似てるね?」
「そういえば、皆さんアッキーのことアキって呼んでますけど、お店では下の名前で呼び合ってるんですか?」
うっ!? 姫川さん、このタイミングでその話題は勘弁してぇ!?
「いや、俺らは普通に苗字なんだけど、こいつは本名を隠したいらしいから、下の名前もじってアキって呼んでるんだ」
ナイス! 流石は椎名さん!
「ナルホド。まあ、うちの学校バイト禁止やもんね」
「それに、アキ君は特待生ですから。学費の問題を考えると、尚更知られるわけにはいきませんよね?」
そう言いながら、桐生さんはちらりとこちらを見てウィンクをする。
気が利く人なのは分かっていたが、ここまで来るともはや神か仏なのではないかと思えてくる。ありがたや〜。
「そこまでする必要あるかなぁ? アキちゃんバイト中は殆ど別人だし、普通にバレないと思うけど?」
「え? 別人?」
ギャーッ!? やめて姫川さんそれ以上地雷をばら撒かないで! もうっ、この天然さん! ……天然、だよね?
「ち、違うんだ花邑! 別人ていうのは悪魔で比喩であって!」
「悪魔で、“執事”ですから。ってかぁ? はっはぁ! おいアキ坊、そりゃアニメの見過ぎだぜぇ!」
「もう黙ってろよこの酔っ払い!?」
「……執事?」
「あ」
某大好きな作品のタイトルをやんわりパクっ……オマージュしてしまいました。すいません。でも大好きなんです。
今話もお読み頂き、ありがとうございます。




