姉妹の気持ちシスコン知らず。
「美冬姉さん。ちょっと良いか?」
「ん? あら、アキくん。お疲れ様。どうしたの?」
俺がリビングに戻ると、既に美冬姉さんはキッチンで夕飯の支度を始めていた。
エプロン姿で振り返った姉さんは満面の笑みで、今日の夕食が会心の出来であることが伺える。うぅ……言い出し辛いなぁ。
「あ、あのさ、バイト先の人に、これから飯行かないかって誘われてるんだけど」
「……え?」
「い、いや!? ダメなら断るから! もう料理も出来てるみたいだし、向こうも家族の予定優先で良いって言ってくれてるし!」
ただ聞き返されただけなのに、俺は訳もなく慌てふためき、言い訳がましい言葉を連ねてしまう。
そんな俺を見て美冬姉さんは何を思っているのか、少しの間考えるように目を瞑り、おもむろに口を開いた。
「アキくんは、どうしたいの?」
美冬姉さんは怒っているわけでも、悲しそうなわけでもなく、ただただ真っ直ぐ俺の目を見て問いかけてくる。
「……行きたい、かな。そういうの、行ったこと無いし。せっかく誘って貰えたのに、断るのもなんか悪いし」
俺がしどろもどろにそう言うと、美冬姉さんは柔らかく微笑んで、そっと俺の頬に触れる。
「そう。なら、行ってらっしゃい。けど、あんまり遅くならないでね?」
悪戯っぽく笑うその顔に、いつもの大人っぽい雰囲気とはまた違う小悪魔的な可愛らしさと妙な色っぽさを感じて、俺は反射的に顔を背けてしまった。……反則じゃないですかね、それ。
と、俺が一人で勝手に照れていると、服の裾がクイクイと引っ張られる。
「……ねぇ、あき兄?」
「ん? ああ、春香か。どうした?」
振り返ると、春香が俺のTシャツの裾を掴んでいた。
少し俯いているせいでその表情は伺い知れないが、あまり機嫌は良くなさそうだ。
「あき兄、今日は外でご飯食べるの?」
「あ、ああ。バイト先の人達とな」
「ふーん……」
春香はそう言ったきり、黙って裾をくいくいと引っ張り続ける。伸びちゃうからやめて欲しいんですけど?
「あ、あの、春香さん?」
「……あき兄のバイト先って、女の人、いるの?」
「え? 何でそんなこと聞くんだよ?」
「良いから答えて!」
「はいっ!?」
春香は俯いたままその語義だけを強め、俺を問い詰める。な、何だこの謎の迫力は……。
「え、えっと、厨房にはシェフとバイトの女の人が何人かいるけど、ホールは男だけだな」
「ふーん、ふーん……」
「な、何だよ?」
「……別にぃ」
相変わらずくいくいと裾を引っ張りながら、それきり春香は押し黙ってしまう。
え、えぇ? 何したいのこの子? お兄ちゃんの服に何か恨みでもあるの?
「ねえ、アキくん? 今日はどんな人達とご飯に行くの?」
と、俺が春香の対応に困っていると、美冬姉さんが料理を仕上げながらそんなことを聞いてきた。
「え? ああ、今日一緒に行くのはオーナーと、よく面倒見てくれる先輩三人かな、多分。三人のうち一人は社員さんだけど」
「へぇ。それはホールの人達?」
「そうだけど、それがどうかし……ん?」
と、俺が美冬姉さんに問い返そうとした時、ふいに裾を引っ張られる感覚が消えた。
春香の方に向き直ると、そっぽを向いて後手に手を組んでニヤけていた。
「おい。なに笑ってんだ?」
「べ、別に笑ってなんか無いけど!?」
「いや、どう見てもニヤけてるだろ。散々人のTシャツ伸ばしたかと思えば、今度は急に笑い出すとか……何だ? 熱でもあんのか?」
「に、ニヤけてなんか無いし!? そ、それよりあき兄、外にご飯食べに行くならもうちょっとマシな格好すれば!? そんなダサいTシャツとジーパンで行ったら笑われるんじゃない!?」
「なっ!?」
お、俺の渾身の無難コーディネートを、ダ、ダサいですと? というか、そう思ってんなら店に立つ前に言えよ。……ダサいかな?
「いいから、さっさと着替えて行くなら行っちゃいなさいよこのバカ兄! ふんだっ」
「美冬姉さん。なんか急に春香が反抗期なんだけど」
「ふふっ。どちらかと言えば多分、思春期じゃないかしら?」
「それ、何が違うんだ?」
「さぁ? ふふっ。じゃあ、今日は特別にお姉さんがコーディネートしてあげるから、お部屋行きましょう? あきくん」
「うっ……お願いします」
そんなに俺、センス無いかな?
「アキ兄様」
「ん? うおっ!? ど、どうした夏鈴?」
いきなりすぐそばから声をかけられ振り向くと、いつの間にか夏鈴が俺の背後に立ち、そのつぶらな瞳でじっとこちらを見上げていた。……今、足音したか?
「………(ぎゅっ)」
「んんっ? お、おう、本当にどうした? 久々に抱っこして欲しくなったか?」
無言で俺の腰に抱きついて来た夏鈴は、そのまま暫く顔を埋めると、パッと顔を上げて花が綻ぶような笑みを浮かべる。
「えへへっ。行ってらっしゃいのぎゅうです!」
「天使かよ。いや天使だったわ」
あっぶねぇ。出掛ける前に召される所だったぜ……。
「おみやげ、楽しみにしてますね!」
「任せろ。特上寿司でもケーキでも何でも買って来てやる」
「ご飯の後だから、買ってくるならケーキだけにしてね〜」
「お寿司のお土産とかオッサン臭いし。ほんとバカ兄……いや兄バカか」
夏鈴に向かって全力のキメ顔でカッコつけた俺に、美冬姉さんは生温かい目でさらりと釘を刺し、春香は冷め切った目で呆れた声を漏らした。
ふぅ、視線の寒暖差で風邪引きそうだぜ! でもお土産は買ってきます。我が家の天使達の為に。
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