オッサンには勝てる(不戦勝)?
なんとか夏鈴の気が済むまでマッサージ(意味深)に耐えた俺は、白いTシャツとジーパンに着替え、エプロンを着けて一階に降りた。
『喫茶ニシマツ』
何の捻りも無い、うちの名字をカタカナにしただけの名前だが、それ故に俺たち家族には愛着があり、それ以上に思い出の詰まった俺たち家族の喫茶店。
土曜日は学校が休みということもあって、俺と春香は極力店に出て手伝うようにしている。
「おはよう。美冬姉さん。春香」
「おはよ〜。あきくん」
「あ、あき兄!? も、もう起きたんだ。その、昨日はぁ……」
「おう。誰かさんがベットを占有してくれたお陰で、勉強も捗ったわ」
「う、うぅっ!?」
「だから今日は特にやることも無いし、暫く俺が店番してるから、二人とも上がって休んでこいよ」
「え? でも、アキくんだって疲れてるでしょ?」
「そ、そうだよあき兄! 昨日だって、座ったまま寝ちゃったのに……」
「ふっ………大丈夫さ。夏鈴がマッサージ、してくれたからな」
思わず遠い目になる俺。死にた、もういいか……。
「「???」」
二人は俺の表情の理由が分からないようだが、説明する気は毛頭無い。と言うか出来ることなら俺も忘れたい。
「とにかく、二人は夏鈴の相手でもしてやってくれ。どうせ土曜はうちの店暇だし、座って客待ってるだけなら、休憩してるのと大差ねーよ」
実際、休日のうちの店は暇なのだ。基本の客層がご近所のお年寄りや主婦、出勤前または仕事帰りのサラリーマンなので、平日の方が圧倒的に客は多い。
もちろん休日も全く客が来ないわけじゃないが、俺一人で対応できないほど混み合うわけでもない。
まあ今日に限ってはその辺の事情は全部建前で、今は俺のような汚れた存在が夏鈴の傍にいてはいけない気がするからなんだけど……。
「そう? じゃあお言葉に甘えて、ちょっとだけ休んでくるわね?」
「おう。任せろ。春香も、昨日のことなら本当に気にしなくて良いから。お前だって、普段と違うベットじゃ熟睡できなかっただろ?」
「へっ!? い、いや別に、そんなことは、ない、けど。……(というか寧ろ落ち着きすぎて爆睡してたんだけど)」
「え?」
「な、何でもないっ! あ、そう言えばハルまだ宿題終わってないんだった! それじゃあ、あき兄あとお願いねっ!」
春香は捲し立てるようにそう言うと、ドタバタと騒がしく二階へ上がっていく。
その後ろを、美冬姉さんがニコニコと微笑ましげに追いかけていくのを見送り、俺は改めて店に向き直る。
カウンターに六席と、二人掛けのテーブル四席、窓際に四人掛けのソファー席が二席。
容易に見渡せる広くもない店内には、お客さんの姿もまばらだ。
プルルルル。プルルルル。
「ん? はい。喫茶ニシマツです」
と、そこで珍しく店の電話がコール音を鳴らした。
うちは予約をして来るお客さんなんて居ないから、業者さんと連絡を取るくらいでしか使っていないのだが。
『おう。何だよ居るんじゃねーか。アキ坊』
「え? 蓮花さんですか?」
『他の誰だって言うんだ? こんなダンディーな声の色男、俺以外に居ないだろ?』
「ははっ。いや色男って、それもう死語じゃないですか? というか、それを言うなら色ボケオヤジの間違いじゃ」
『あ゛?』
俺が不用意な発言をした瞬間、思わず体が硬直してしまうほどドスの効いた声が、受話器の向こう側から響いてきた。自分は冗談言うくせに……こっちの冗談は通じないのかよ。
「そ、それはそうと! どうしたんですか? わざわざ店に連絡して来たってことは、何か緊急の用件でも?」
『お前のスマホに何度電話しても出ねーから、こっちに掛けたんだよ』
「あ、そういう……すんません」
そう言えば、自分の部屋に置きっぱなしだったな。だ、だって、家族以外から電話とか、掛かって来ないし……。
『ま、予想通り店の手伝いだったみたいだし、それはもう良い。ところでお前、今日は何時まで働いてるんだ?』
「特に決めてませんけど、今日は休日なんで、18時には店を閉める予定ですね」
『そうか。なら、その後池袋まで出てこれるか?』
「はい? あ、もしかして誰か急病で休みになったとかですか? う〜ん……多分、行くだけなら一時間もかからないと思いますけど、着替えとか諸々の時間を考えると、ピークタイムには間に合わないかもしれないですね」
『どんだけ働く気なんだよお前は……学校とバイトで殆ど平日潰してる苦学生に、休日返上で働けなんて言えるか! 俺はそこまで鬼畜じゃねぇ!』
「は、はぁ……(働いてる時は割と鬼畜では?)」
『゛あ? 何か言ったか?』
「いえ何も。それで、結局どんな用事ですか?」
相手に見えていないと知りながら、素知らぬ顔で問い返した俺に、蓮華さんは『はぁ〜……』と深いため息を一つ吐いてから本題に入った。
『今日は桐生と椎名、あと姫川も休みだからな。お前、あいつらと仲良いだろ? だからまあ、お前の昇格祝いも兼ねて、飯でも食いに行こうかと思ったんだよ』
「え?」
正直、少し頭が混乱していた。
何せ、家族以外と外食なんて行ったことが無いから、こういう時どう対応したら良いのか分からない。
「えっ、えっと、取り敢えず姉に相談して、折り返し連絡しても良いですか?」
『ん? ああ、金の心配ならしなくて良いぞ。今日は特別に、俺のおごりだ』
「いや、そういうわけじゃ無くて……ああいや、それもそうなんですけど」
『何だ? 家族で予定があるなら、別にそっちを優先してくれて良いぜ?』
「いえ。普段家族以外と外食に行くことが無いんで、一応確認しとこうかと」
『……お前、高校二年生だったよな?』
「え? あ、はい。そうですけど」
ん? 何でそんなこと今更聞き返して来るんだ?
『そうか……。いや、分かった。じゃあ後で連絡くれ』
「は、はい」
『……今日は、何でも好きなもん、頼んで良いからな。金の事は、本当に気にしなくて良い。うぅっ……!』
「あ、ありがとうございます……?」
俺がそう返事をすると、蓮花さんは何故か妙に震えた声で『じゃ、じゃあ、後でなぁ!』と言って電話を切った。
最後のは何だったんだ? オッサンになると喋ってる時に急にえずいたりするのかな……。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




