ラスボス(三女)にも勝てな、かった……。
「おぉぅ……。体痛ぇ」
椅子に座ったまま机の上で爆睡してしまった俺は、翌朝、と言うより昼前に、痛む体を引きずるようにしてリビングのドアを開けた。
「おはようございます! アキ兄さま!」
するとそこには、天使が居た。
「おう。おはよう夏鈴」
訂正。居たのは天使の姿をした妹という名の天使だった。何一つ訂正できてないなこれ。
「あれ、春香はどうした?」
もう一人の妹はどこかとリビングを見渡すが、姿が見えない。おかしいな? いつもなら休みの日はリビングで夏鈴の相手をしてるのに。
「ハル姉さまはミー姉さまのお手伝いに行きました! なので、今日は夏鈴がお姉さまたちの代わりにアキ兄さまのご飯を用意したのです!」
えっへん、と小さな体で精一杯胸を張る夏鈴を見て、思わず頬が緩んでしまう。
「うんうん。偉いぞぉ夏鈴。それはそうと、珍しいこともあるもんだなぁ。土曜だし、この時間はそこまで混まないはずなのに」
うちの喫茶店は駅に近いこともあって、平日のモーニングや夕方が一番込み合うのだが、逆に休日は午後のティータイム以外、かなり空いているのだ。
だから特に春香が手伝うような事も無いはずなんだが……掃除でもしてるのか?
「なんだか今日のハル姉さまはお顔が赤くて、お熱ですか? って聞いても、ちがうっ! って言ってました。でもミー姉さまが大丈夫って言って笑ってたので、大丈夫だと思います!」
「ああ、なるほど」
要は、俺と顔を合わせたくなかったのね……。
大方、昨日俺の部屋に勉強をしに来て早々寝こけてしまったのが恥ずかしかったのだろう。
「アキ兄さま?」
「いや、何でも無いよ。んじゃ、俺もご飯食べようかな」
「はい!」
夏鈴を椅子に座らせて、俺もその向かいで朝食、というか既にほぼ昼食を食べ始める。
夏鈴は学校の宿題なのか、既に広げていたワークブックにせっせと勤しんでいた。
今のところ勉強で困っている事は無いらしく、特に難しそうな顔もせずにすらすらと問題を解いていく。……う〜ん。春香のようにちょっとアホなのも困りものだが、あまり優秀なのも、お兄ちゃんとしてはちょっと寂しい。
「夏鈴、勉強は好きか?」
「はい! 頑張ってお勉強したら、お姉さま達もアキ兄さまも褒めてくれるので大好きです!」
うんうん。流石はマイエンジェル。
今日び勉強を好きだとここまで素直に言える小学生がどれくらいいるだろうか? 少なくとも、俺が小学生の頃はこれ程勉強に対して積極的ではなかった。
というのも、今は亡き親父が、「いいか明宏。勉強ができるかどうかは重要じゃない。問題は、どれだけ大人になってから金を稼げるかだ」という格言に偽装した失言を言い訳に、俺が勉強を教わろうとしてものらりくらりと躱してやがったからだ。
お陰で俺は中学になってから急に難しくなった勉強に死ぬ気で追いつく羽目になったんだぞクソ親父。
因みに、同じことを春香や夏鈴に言おうとした親父は母さんに笑顔でシメられていた。
ある意味、そんな親父を反面教師に死ぬ気で勉強したお陰で『雛祭高校』に特待生で受かったので、一割くらいは感謝している。いや、やっぱり十割母さんに感謝している。
ともあれ、夏鈴が勉強に意欲的な理由が俺達に褒められることなら、ここは全力で褒めて伸ばす方針を貫くべきだろう。
「よしよし。偉いぞぉ。でも、お勉強ばかりじゃなくて、ちゃんとお友達とも遊ぶんだぞ〜」
と、心に決めていたはずなのに、つい不要な説教が漏れてしまった。
い、いや、違うんですよ! ちょっとくらいお兄ちゃんに頼って欲しいとか、そういう下心があるわけじゃなく、俺と同じ轍を踏んで欲しくないと思ってるだけなんですよ!
「だいじょうぶです! 夏鈴がお勉強してたら、いっしょにお勉強しようって言ってくれる子がたっくさんいるので、学校にお友達たっくさんです!」
「お、おぉぅ……。そ、そうか。うん。それは良いことだな」
妹が兄を超えた瞬間だった。お、お兄ちゃんだってお勉強頑張ってるんだけどなぁ……。
「うっ!? 痛てっ」
こ、これが心の痛みか!? と、思ったが、単に変な体勢で寝た痛みがぶり返してきただけだった。
「アキ兄さま? どうしました?」
「いや、ちょっと変な格好で寝ちゃったから体痛くてな。まあ、しばらくしたら治るだろ」
「じゃあ、夏鈴がマッサージしてあげます!」
「え?」
マ、マッサージ? いやまあ、小三くらいなら覚えててもおかしくない単語か。
それにしても、小さい頃は何とも思わなかったのに、最近マッサージって言葉が妙にエロく感じるのは何故だろう。これが思春期というやつなのか。いやそれ発情期だろ。
いずれにしても、小学生の妹の前で考えることじゃねーな。死にたい。
「……夏鈴じゃ、イヤ、ですか?」
「うっ!? そ、そんなことは無いぞぉ! いやぁ、夏鈴にマッサージしてもらえる日が来るなんて、お兄ちゃん嬉しくて泣きそうだよ!」
瞳を潤ませた夏鈴のあまりの可愛さに衝撃を受け、思わず兄というより中年のオッサンみたいなことを口走ってしまった。
それにしても、小学生にしてこの魔性の可愛さ。夏鈴、恐ろしい子!
「嬉しいのに泣きそうなんですか? アキ兄さま、何だかおかしいです」
「そうだね、自分でもそう思うよ。割とマジで」
「えへへ。じゃあ、ソファーにごろんしてください!」
「はいよ」
言われるがまま、俺はソファーにうつぶせで寝そべる。
まあ、小学生のマッサージだし、どうせくすぐったいだけだろうけど、満足するまで付き合うか。
ブー、ブー、ブー
ん? 何の音だ? ああ、春香が携帯忘れて行ったのか。ったく、おっちょこちょいめ、夏鈴の方がよっぽどしっかりして……あれ? でもなんかこの音、近づいてきてるような?
などと、平静でいられたのは、次の瞬間までだった。
「それじゃあ、アキ兄さま。いきますよ〜!」
「お、おう。よろしくぅぅぅぅぅうおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
急激に、強烈い振動が俺の腰を襲った。
何事かと思い飛び起きて振り返ると、そこには……。
「アキ兄さま? どうしました?」
電マを持った天使(小学生の妹)が居た。
「か、夏鈴!? お前、そんな物をどこで!?」
夏鈴が手にしていたのは、まごうこと無き「電動マッサージ機」。通称「電マ」だった。
適度に握りやすい形状の柄と、キノコのような形をした先端のそれは、夏鈴の小さな手に絶えず振動を刻み続けている。
「え? これですか? そこの引き出しから、いつもミー姉さまが出してますよ?」
「み、美冬姉さんが?」
……え? ちょっ、待っ、ええ?
「はい! ミーさまが、いっつもこれを体に当てて、きもちいい〜! って、言ってたので、それ、何ですか? って聞いたら。マッサージする道具だよ、って教えてくれました!」
「……………」
絶句。
………いや、いやいやいや待て。ちょっと待て。待ってくださいお願いします。え? 美冬姉さんが? で、電マを体に当てて? 気持ち良いって?
「ち、ちなみに、美冬姉さんはそれを体のどこに当ててるって?」
「肩とか足です!」
「だよね! そうだよね!」
デスヨネ! うん分かってました! い、いやもちろん、俺は美冬姉さんでいかがわしい妄想なんかしてませんよ? シテナイシテナイ。断じてしてない。あまつさえ夏鈴に電マを持たせて美冬姉さんが………やめよう、生きることを。
「どうしたんですか? アキ兄さま?」
「い、いや、大丈夫。この家で汚れてるのが自分だけだと再確認してただけだから」
夏鈴の話を聞く限り、多分美冬姉さんは公然とリビングでアレを使用しているのだろう。
なら多分、春香の目にも入っているはずだが、もしアレの間違った方の用途を純粋なあいつが知っていたら、一騒ぎ起きているはずだ。
つまり、この家でアレの……で、電マの間違った使い方を知っているのは俺だけ、ということになる。
ふっ。いつの間に、俺はこんなに汚れちまったんだろうな。
「アキ兄さま、昨日お風呂入ってないんですか? じゃあ、これから夏鈴と一緒に入りましょう! 夏鈴がアキ兄さまを洗ってあげます!」
「大丈夫! 体はキレイだから! だからこれ以上お兄ちゃんを汚れモノにしないで!?」
普段なら、高校生の俺が小学生の妹と風呂に入っても何も問題は無い(断言)。
だが、今この時に限っては、それはとんでもなくアブナイ行為な気がしてしまう。死にたい。
「お風呂に入ったのによごれてるんです? やっぱり今日のアキ兄さまは何だか変です」
「ああ、本当にな」
少し、声が震えた。というか涙が滲んだ。休日の朝に小学生と何をやっとるんだ俺は。
「じゃあ、マッサージも、ダメですか?」
「うっ」
ど、どうする!? いや、何一つ躊躇する理由なんて無いはずだが、妹の将来、というか現在だけを鑑みても、アレを手にしているという現状はどうなんだ? いや、正しい用途で使用する分にはもちろん何の問題も無いんだが……。
「ダメ、ですか?」
「ぐはっ!?」
もう、無理だ。
「……お願いします」
「はい!」
夏鈴は最高のエンジェルスマイルで嬉しそうに返事をして、俺の背中に跨り、アレの先端を腰に力一杯当てながら問いかけてくる。
「アキ兄さま、きもちいいですか?」
「ああ、気持ち良すぎてお兄ちゃん泣きそうだよ」
そう口にした瞬間、本当に涙が出てきた。
もし俺に日記をつける習慣があれば、今日はこんな一文を書いただろう。
今日は、小学生の妹にマッサージしてもらいました。死にたい。
今話もお読み頂きありがとうございます。




