妹にも勝てない(真理)。
「さて、やりますかね」
相変わらずと言うか、日に日に腕を上げている美冬姉さんの料理で腹を満たした俺は、これまた美冬姉さんが淹れてくれた珈琲を手に自室へ篭り、勉強を始める。
「まずは宿題から、と」
毎日飲んでいるせいで、もう珈琲では眠気覚ましの役割を殆ど果たせなくなっているのだが、「カップを片手にデスクに向かう」という何となくデキる男風な状況を作ることでモチベーションを保つ。男の子は単純なのである。
そうで無くとも、美冬姉さんの淹れてくれる珈琲は世界で一番美味いので、それだけでも十分やる気が出る。
ん? 新しい豆かな? あ、でも良い香りだ。味も割と甘みが強いけど後味がすっきりしてて、疲れてるこの時間にちょうど良いな。流石は美冬姉さん。
試しに明日『レイブンヴィル』にも持って行って、先輩達の感想も聞いてみよう。
「あき兄〜? 起きてる〜?」
と、俺が早速勉強から脱線しかけていると、春香が部屋に入ってきた。
「起きてるけど、入って来るなら先にノックしろよ」
「だって、コンコンやったらみぃ姉とリンちゃん起こしちゃうかもしれないじゃん。それにどうせ、あき兄が部屋に居るときは勉強してるか寝てるだけだし」
「そりゃそうだけど……」
一応お兄ちゃんも思春期の男の子なんですよ? もし妹に、というか家族に見られたらアレでナニなことしてたらどうするつもりなんですか? などと言える筈もなく、わざとらしくため息を吐くぐらいしか抵抗の出来ない俺である。
「はぁ〜」
「な、何よ? そんなにハルが部屋に来るのが嫌なわけ?」
「いや別に、それは良いんですけどね。まあ、男の子には色々あるんだよ」
「???」
春香は俺が何を言ってるのか分からないようで、キョトンと小首を傾げている。
……うん。まあお兄ちゃん的には妹が純粋なままでいてくれるのは嬉しいんだけど、中学生の女の子としてそれはどうなのだろうか?
まだそういう事に興味が無いだけかもしれないけど、これはこれで少し心配だな。もし万が一億が一彼氏が出来たとき、何かあってからじゃ……いや、ありえない。あってたまるかそんな事。絶対許さない。
「あき兄? 何で急にそんな怖い顔してんの?」
「へ? あ、あぁ、何でも無い。それより、どうしたんだ? こんな時間に」
いけない。まだ見ぬ春香の将来の彼氏を脳内で百回ほど殺していたら、つい顔に出てしまったようだ。いや、まだどころか死ぬまでそんな奴は見たくない。見たくないなぁ〜〜〜。
「う、うん。あき兄、今から勉強?」
「おう。つっても、取り敢えずは宿題からだけどな」
「へ、へぇ、そうなんだ。じゃあさ、あたしも一緒に勉強、してあげよっか?」
「は? 何で?」
「ほ、ほらっ! 一人で勉強してると眠くなって集中できないけど、二人なら片方が起こせるし! そ、それに? あき兄頭良いから、分かんないとこあったらすぐ聞けて便利だし!」
「俺は電子辞書代わりかよ」
とはいえ、ここ最近はバイトを詰めまくっているせいで家に帰るのは毎回この時間だ。
ろくに勉強を見てやる時間も作れてなかったのは確かだし、幸いにして明日は休日。
今日くらいはまあ、ちゃんとお兄様、じゃなくて、お兄ちゃんしますかね。
「うぅ……ダメ?」
「良いよ。でも、どこでやるんだ? この机で二人は狭いし、リビング行くか?」
「うんう。ハルはあき兄のベットでやるから大丈夫」
そう言うと、春香は俺のベットにごろんと転がり、パラパラとノートなり教科書なりを広げ始めた。て、おい。
「寝転がって勉強て……。やる気あるのか?」
「う、うるさいな!? ハルはこれが一番落ち着くの!」
「さいですか」
俺が諦めたように机に向き直ると、春香も教科書に視線を戻し、鼻歌混じりに勉強を始めた。
随分上機嫌だな? 本当にあの体勢が落ち着くのか?
まあ、勉強のやり方は人それぞれだし、そういうのもアリなのかもな。
……と、俺が半ば納得しかけていると、後ろから聞こえていた鼻歌が少しずつ小さくなり、終いには、すやすやという寝息に変わっていた。
「おい?」
「……んっ。あき、にぃ……ちゃんと………おきて…………くぅ………」
「……はぁ。まったく、幸せそうな寝顔しやがって」
今にもよだれを垂らしそうな蕩けた寝顔に手を伸ばし、頬を突いてみるが、返ってくるのはぷにぷにとした柔らかい感触だけで、起きる気配は全く無い。
「ふっ。まあ確かに、物理的に俺は寝れなくなったから、嫌でも勉強に集中出来るな」
お陰様で、やる気も注入できたし。
と、思ったところで、俺はハッとしてまじまじと春香の寝顔を見返してしまった。
「もしかして、俺と勉強するために、わざわざこんな時間まで起きてたのか?」
答えを求めて見つめても、春香はくぅくぅと寝息をたてるばかりだ。
俺がバイトしていることを春香は知っているが、その給料を家に入れていることまでは教えていない。教える必要も無いし、まだ中学生の春香に余計な気を遣わせたくないからだ。
だが思い返してみれば、毎日とは言わないまでも、春香は何かと理由をつけてはこれくらいの時間に部屋に来たり、俺が夕飯を食べているところに来て、美冬姉さんと一緒にお菓子を食べたりしている。
中学生だし、これくらいの時間まで起きているのはまあ普通かと、特に気にしたことは無かったが、もしかして、こいつも……。
「………ま、そのうちケーキでも買って帰りますかね」
「ハルは……ショートケーキが……い、い………」
「え?」
「………」
「……はいよ。おやすみ」
一瞬、起きているのかと見返してみたが、どうやら本気の熟睡に入ったらしく、寝息も殆ど聞こえなくなった。
「そんじゃ、いっちょやりますか」
全くもって、妹という奴は兄をやる気にさせる天才である。
その後は、充実した気力のおかげで集中力が尽きることもなく、宿題どころか先の授業の予習まで終わらせてしまった。
流石に、全て片付けて気絶するように机に突っ伏した頃には明け方近くなっていたが、疲労よりも達成感が勝っていたので、心地よく夢の世界へ旅立つことができた。
後ろで慌てたように飛び起きる気配と、背中に暖かい毛布を掛けられながら「おやすみ」と言われた気がしたが、そこで意識は途絶えた。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




