姉には勝てない(断言)。
「ただいま〜」
「おかえり、アキくん」
家に着き、リビングの扉を開けると、ソファーに腰掛けていた美冬姉さんが迎えてくれた。
「ちょっと待っててね。すぐにご飯、温めるから」
「あのさ、いつも言ってるけど、俺のこと待たずに寝てくれて良いんだぞ? 朝だって早いんだし、夜くらいゆっくりしてくれよ」
「ダーメ。ご飯は誰かと食べた方が美味しいんだから。一人で食べるなんて味気無いでしょう? それに、食べてくれる人の顔を見た方が、お姉さんも作りがいがあるんです」
……これだから、遅くなれないんだ。
俺がバイトを終えて家に着くのは、だいたい午後十一時前後。
普通の生活をしている人にはあまり遅い時間に感じないかもしれないが、美冬姉さんの場合は別だ。
うちの喫茶店は、定休日の日曜を除いて、午前八時オープンのモーニングから、午後九時半閉店のディナーまで営業している。
美冬姉さんは、毎朝俺たちよりもずっと早く起きて店の支度を済ませ、その後に俺たちの朝食を用意してくれるのだ。
それなのに、こうして毎晩俺がバイトから帰る時間まで、起きて待っていてくれる。
嬉しくない、と言えば嘘になる。家に帰った時、誰かが出迎えてくれるということは、とても幸せなことだ。俺はそのありがたみを、とてもよく知っている。
だけどその分、申し訳無さがあるのも事実だ。
ただでさえ忙しい美冬姉さんに、これ以上、無理はさせたくない。
「……あのさ、美冬姉さん、本当に」
「アーキーくーん?」
「うわっ!?」
と、俺が再び口を開きかけた矢先、いつの間にか目の前に立っていた美冬姉さんに両手で顔を挟まれ、至近距離で睨まれていた。もっとも、全く怖くは感じないのだが。
「えいっ」
「ふぁにゃっ!? にゃっ、にゃにふゆんらよっ!?」
そして、その挟んでいた両手で頬をつねられた。痛そうで痛くない、絶妙な力加減だ。
「アキくんが頑張ってバイトしてるのは、誰の為なのかな?」
美冬姉さんは俺の頬から手を離し、そよ風のような優しい声で俺の耳朶をくすぐる。
その声を聞いた瞬間、少なくない経験から既に抵抗は無意味と悟っていたが、いつもやられっぱなしの俺はなんとなく悔しくて、拗ねた声を漏らしてしまう。
「じ、自分の為だよ。大学だって行きたいし。教材費だって安くないんだ。それに、と、とと友達と遊ぶのだって? 高校生にもなればそれなりに金もかかるし?」
友達のところで若干噛んでしまった。断じて若干だ。……べ、別に嘘を吐くのに抵抗があったとかじゃなくて、友達とか口に出して言うのが恥ずかしかっただけなんだからね! いや嘘って認めちゃってる時点でアウトだろ。てかダウト。
「うんうん。そうよね。でも、普通はそのお金だって保護者が用意するものなのよ? もちろん、お小遣いや将来の為にバイトしている子は他にもいるだろうけど……でも、それだとおかしいのよねぇ?」
「な、何がでしょうか?」
「毎月、決まって月末頃に、うちの口座に売り上げとは別のお金が結構な額振り込まれてるんだけど? アキくん、心当たり無いかしら?」
「っ………それは、まあ、あれだよ。食費とか家賃とか、世話になってる分くらいは自分で払おうと思ってるだけだよ」
「それにしても多すぎるわよ。そんな高級な物を食べさせた覚えも無いし。大体、うちは持ち家だから家賃無いでしょう?」
「ぐっ……」
「いくら時給が良いバイトでも、あんなにうちに振り込んで、手元に大した金額が残るとは思えないんだけど? それとも、お姉さんに言えないお仕事でもしてるのかな?」
「し、してないよ!」
『レイブンヴィル』の仕事は確かに普通とは言えないが、間違いなく真っ当な仕事だ。
執事をしていると正直に言う度胸は、まあ無いが。
「じゃあ、どうしてアキくんは、そんなに頑張って働いたお金をうちに入れてくれるのかな?」
「そ、そんなの……分かってるだろ?」
「うん。分かってる。アキくんも、分かってるよね?」
「っっ……」
「ほら。ご飯、冷めちゃうわよ?」
そう言うと、美冬姉さんは何事も無かったように座ってニコニコと食卓で俺を待つ。
……はぁ。ほんと、昔からこの人は、こういうとこがズルい。
「……頂きます」
「はい、召し上がれ」
美冬姉さんは本当に嬉しそうな顔で、俺が夕食を食べている姿を見ている。
ずっと見られているこっちとしては食べ辛いことこの上無いのだが、不思議と、箸は止まらなかった。
「美冬姉さん」
「ん〜?」
「美味い」
「ふふっ。ありがと♪」
こっちのセリフだっつーの。
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