電車とため息と同級生。
「はぁ〜〜〜」
慌ただしくシャワーを浴び、帰り支度を済ませた俺は、いそいそと電車に乗り込んで帰路に着いた。
運良く空いていた席に座ることが出来て気が抜けたのか、我知らず深々とため息を吐く。
……今更だが、何で『レイブンヴィル』はシャワー室まで完備されてるんだ?
蓮花さんの事だから、「執事はいつでも清潔で当然」くらいの事は言いそうだけど……って、また店の事考えてるし。
「ああ、ダメだ。現実逃避すら失敗。はぁ〜〜〜……」
そう、自分でも分かっている。こんな思考はただの現実逃避。でも仕方ないだろ?
「同級生がお嬢様で、俺が執事でお兄様? おいヤベーぞ。言葉にすると益々意味分かんな過ぎだろこの状況。しかもそれが週一とかどんな拷問? っ、はぁぁぁ〜〜」
「アッキー?」
「へ?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには今日の放課後少し話した、というか口止め? したばかりの花邑がつり革に掴まったまま俺を見下ろしていた。
……ておい。ちょっと待て。おいおい待て? 俺、今かなりヤバイことを口走ってなかったか!?
「は、花邑? い、今の聞こえた?」
「え? ああ、今の? もうびっくりしたわぁ〜。見覚えある茶髪やなぁと思って近づいてみたら、いきなりめっちゃしんどそうにため息吐くんやもん。で、どしたん? なんか嫌なことでもあったん? あ、もしかしてバイト先でいじめられてるとか!? それでさっきもあんな必死でバイトしてんの隠そうと!?」
「いやいや違うから! 大丈夫だから! 寧ろ良くして貰いっぱなしで申し訳ないくらいだから!」
「あ、そうなん? なんやぁ〜、今ちょっと本気で心配したやん。もう、びっくりさせんといてぇやぁ〜」
お前が勝手に勘違いしたんだろ! と、喉元まで出かかったが、俺が公衆の面前で大げさにため息を吐いていたのは事実なので、何も言えない。
「にしても、それなら何であんなしんどそうやったん?」
「うっ!? そ、それはまああれだよ。ほら、今日は金曜だろ? 一応働いてる店が飲食店だから、週末は忙しくて疲れるんだ!」
よ、よし。我ながらなかなか上手い言い訳だ。これならなんとか誤魔化せ、
「そう言えば接客業やっけ。どんな店で働いてるん?」
……るどころか藪からアナコンダ出てきたよオイ。
くっ!? さっき蓮花さんに注意されたばかりだというのに! 仕方ないだろ!? アドリブとかどうすれば良いのか分かんないし……。アッキーゆとり世代だから言われたことしか出来ないんだよぅ。てかアッキー定着してんの?
「い、一応、喫茶店、だけど?」
嘘ではない。色々と省略しただけだ。アッキー、ウソツカナイ。
「へぇー! じゃあ、カッコイイ制服とか着て接客してんの? 何それめっちゃ見たい! なあ、今度友達とお茶しに行っても良い?」
「絶対ダメだ!」
「えぇ!? 良いやん!」
「ダメだ。大体、秘密だって言ったそばから拡散しようとしてんじゃねーよ」
「むぅ〜」
確かに着てるさ。普通の人が見たらドン引きするくらいカッコイイ制服をな。
寧ろ格好だけ良いと言っても過言では無いくらいだ。どちらにしても、知り合いにあの姿を見られて平気な顔でいられるほど、俺は神経が図太くない。
もちろん『レイブンヴィル』で働いていることを恥じているわけではなく、自分には不釣り合いなあの華やかな空間で、普段とは違う姿や言動で働く姿を知り合いに見られるのが気恥ずかしいのだ。というか死ぬほど恥ずかしい。
「大丈夫やって! うちの友達良い子ばっかやし、絶対誰にも言いふらしたりせんし!」
「そうかもしれないけど、本人にその気が無くても、うっかりや偶然で他の人に知られる可能性だってあるだろ? 俺の家は生活苦しいから、割の良い今のバイトを辞めるわけにはいかないんだよ。だから、少しでもバレる可能性のあるような事はしたくないんだ」
これに関しては百パーセント本心だ。それに、敢えて口にはしなかったが、花邑本人はともかく、その友人まで信用することは正直できない。
友達の少ない(断じていないとは認めない)俺でも、友人間で交わされる「絶対に誰にも言わないから」が全くもって信用ならないことくらいは短い人生経験の中で学んでいる。……中学の時そう言って、俺から好きなタイプを聞き出し、「こいつ姉ちゃんみたいな子が好きなんだって! キモイよな!」と大声で言いやがった山田。絶対に許さない。
「むぅ。あ! なら、うち一人で行くならええやろ?」
「はい?」
「だって、うちはもうアッキーが池袋でバイトしてるん知ってるわけやし? 何ならうちがバイトしてるのも知られてるわけやし? 別に問題無いやろ?」
「い、いや、それはぁ……」
くっ、藪からアナコンダの次はコブラが出てきたか!?
まあ確かに、花邑の言う通りなんだが、俺としてはそもそも執事姿を見られたくないわけで、だがそれを正直に言うのは本末転倒だし。うぅ、逃げ場が無い。
かといって、逃げないわけにもいくか!
「ほ、ほら! 自分が接客してる姿を知り合いに見られるとか、なんか恥ずかしいだろ? 普段の自分とは違うわけだし!」
我ながら苦し紛れ感が凄まじいが、こんな抽象的な言い方以外思いつかない。
「うっ!? そ、それはまぁ、確かになぁ」
おや? おやおやおや?
「あのさ、逆に俺が花邑のバイト先に行くとか、どう?」
「無い無い無い無い!? 絶対ありえへんから!? ジ、ジブンなに言うてんの!?」
ほっほ〜う。
「なるほど。花邑が俺のバイト先に来るのは良くて、俺が花邑のバイト先に行くのはダメなのか。でもさ、それはちょっと理不尽じゃないか?」
「い、いやでも、うちはっ!?」
「花邑は、何だ?」
「うっ、うぅ〜〜!」
ふっ、勝った。
どうやら花邑は俺と一緒で、バイト中の姿を見られたく無いらしい。
なら、この勝負は俺の勝ちだ! お互いにバイト中の自分を見せたくないのなら、互いに見なければいい。それだけの話なのだから! ほんとそれだけだな。てか何の勝負だよ。
「まあ、そういう事だから。お互い余計な干渉はしないって事で……」
「っ……ええよ」
「へ?」
「うちのバイト先、来てもええよ。その代わり、うちもアッキーのバイトしてる喫茶店行くから!」
「い、いやいやいやちょっと待てぇ!? ちょっと待って! 花邑もさ、バイトしてるとこ見られたくないんだろ? だったら別に、お互い見なければいいだけの話で!?」
「あかん! もう決めたもん! なんかこのままやったら負けた気ぃするし!」
そう言うと、花邑は頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。だから何の勝負だよ!?
「あ、うちここやからもう降りるわ。じゃあねアッキー! また来週学校で!」
「えっ!? あ、おい!?」
どう説得したものかと考えているうちに、花邑は適当に挨拶だけ済ませて電車から降りて行ってしまった。
「っ………はぁ〜〜〜」
なんだか今日は、ため息ばかり吐いてる一日だな。
今話もお読み頂き、ありがとうございました。




