ご指名からのチョイ悪オヤジ?
「カンナお嬢様、本日は誠に有難うございました。明希のご奉仕には、ご満足頂けましたか?」
私がカンナお嬢様を連れてエントランスに赴くと、彼女を送り出す為に扉の前で待っていた蓮花さんが、いきなり直球を投げ込んできた。
先ほどの会話で次のお帰り、そして指名もすでに約束されていると分かっていても、鼓動が早まるのを抑えきれない。
お嬢様に緊張が伝わらないよう、私はさりげなく繋いでいた手を離そうと力を抜いた。
だが、その瞬間。
彼女は私の手を、逆に強く握り返した。
「大満足です!」
「お、お嬢様……」
「ほぉ!」
勢い込んで半ば叫ぶように声を発したお嬢様に、私も蓮花さんも目を丸くする。
「お兄様っ、じゃなくて! えっと、明希さんは、一緒に乾杯してくれたし、淹れてくれたコーヒーもすっごく美味しかった! ちょっとイジワルだったけど……でもでも! いっぱいお話できて嬉しかったし、とにかく、すっごく楽しかった!」
お嬢様は、ぴょんぴょんと体ごと弾みそうな声で言い終えると、照れたように頬を染める。 だが、その顔は笑顔のままだ。
蓮花さんは少しの間口を開けたまま固まっていたが、私とカンナお嬢様を交互に見比べ、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「どうやら、私が思った以上に明希とカンナお嬢様の“相性は”、良かったようですな?」
「ぶふっ!? ゴホッ、ゴホッ!?」
「え、えぇっ!?」
蓮花さんの故意に含みを持たせた言い回しに私は思わず吹き出し、お嬢様は目を白黒させている。
そんな私たちをひとしきり楽しそうに眺めると、蓮花さんは執事の笑顔に表情を改め、再び口を開いた。
「おやおや、どうやら息もぴったりなご様子。では、カンナお嬢様。聞くまでも無いようですが、次のお帰りの際も、ご指名は明希でよろしいですか?」
蓮花さんのその言葉を聞いた彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、身を乗り出すようにして、その鈴の音のような声をエントランスに響かせた。
「もちろん!」
++++++
カンナお嬢様をお見送りして、私はテーブルの片付けに戻った。
……因みに、彼女の迎えは黒塗りの高級車で、ただの運転手と言うには隙が無さ過ぎるSPの様なキリッとした女性が待っていた。リアルお嬢様半端ない。
「明希。片付けは他の者にやらせるから、今日はもう上がって良いぞ。時間もギリギリだろ?」
と、思い出しながら今更苦笑していると、蓮花さんが後ろから声を掛けてきた。
「え? いや、そういう訳には」
「いいから、今日はもう上がれ。いくら仕事とはいえ、まだ高校生の子供にそんな疲れた顔させて何も思わないほど、俺は鬼畜じゃねーよ」
「………」
そんなに、疲れた顔をしていただろうか……?
「カンナお嬢さんの前ではちゃんと笑えてたから、安心しろ。最初はどうなることかと思ったがな?」
蓮花さんは肩を竦め、愉快そうにニッと口角を上げる。こういう表情をさせると、ほんとにこの人は様になる。主にカタギに見えないという意味で。
「すいません。実は、」
「同級生なんだろ?」
「そうなんです。実は同じ学校の……って、え? は?」
おい。今この人、何て言った?
「いや〜、にしても、カンナお嬢さんの方はともかく、お前の方は予想以上というか、まさかあそこまで焦るとはなぁ」
……………おい。おいおい待て。ちょっと待て。
「まあでも、あっちは全然気付いて無かったみたいだし、結果オーライだな!」
「ちょっと待てコラァッ!?」
気付いた時には、俺は蓮花さんの胸ぐらを掴んでいた。
「あ、あんた!? 俺とあの子が同級生だって知ってたのか!?」
「あ? 言ってなかったっけ?」
こんのっ、狸オヤジがっ!?
蓮花さんはニヤニヤしながら俺を見下ろしている。
その心底腹立つ顔は、全て知った上で今回のことを仕組んだのだと、言葉にせずともうるさい程に語っていた。
「このっ!?」
「まあまあ、落ち着けよ。俺だって別に、お前をおちょくって遊ぶためだけにこんな回りくどいことしねーよ」
「だけに、ってことは、おちょくるのも目的だよな? あ?
あまりにも悪びれない蓮花さんの態度に、呆れて怒る気も失せてしまった。
「 ……っはぁぁ〜〜。で? 何でこんなことを?」
「お前、学校に友達居ねぇんだって?」
「な、ななな何を急におっしゃっているのか分かりかねましゅが?」
「おいおい……。そんな分かり易く狼狽えんなよ。まさかとは思ったが、アキ坊お前、本当に友達いねーのか? 一人も?」
先程までの表情とは一転して、蓮花さんは本気で心配しているような顔になる。
本気でやめて欲しい。そんな顔で俺を見るな。お願い、優しくしないで。
「そ、それとこれとは関係ないでしょ!?」
「大ありだ馬鹿野郎。俺が何も知らねぇとでも思ってんのか?」
「え?」
蓮花さんは「ハァー……」と、芝居臭さを感じてしまうほど深々とため息を吐く。
「桐生や他の連中が心配してんだよ。お前に学校や友達の話を振ると、決まってはぐらかすから、何かあるんじゃないかってな」
「い、いや、特に何があるってわけでもないですよ。単に授業に追いつくのに必死で、友達と遊んだりしてる暇が無いだけで」
嘘は吐いていない。ただ全てを話していないだけ、という大人の方便でここは一先ず乗り切る事にした。
「ほぉ? なら、休み時間や昼飯の時はどうしてるんだ? いくら勉強が大変とはいえ、一言も友達と話せない程切羽詰まってるわけじゃ無いだろう? そもそもそんな学校に通ってたら、バイトなんて出来るわけ無いもんなあ?」
だが、大人の方便は大人には通用しなかった。
くっ、春香あたりなら簡単に騙されてくれるのに!? って、それはそれで心配だな。変な人に連れて行かれたりしないだろうか。
因みに美冬姉さんはそもそも俺に友達が居ないなどとは露ほども思っておらず、夏鈴に至っては、「アキ兄さまは、おともだち百人くらいですよね?」と、天使の笑顔で聞いてくるレベルなのでノープログレム。その笑顔の一撃で砕け散った俺の心以外は。
「ま、まあ、話さないことも無きにしもあらずですが、特に面白い話をしているわけでも無いのでありまして、皆さんにお伝えできるようなことが無いだけでございますよ?」
「だから分かり易過ぎるだろ……。正直というか、アドリブに弱いというか。仕事のスイッチ入ってないとお前、ほんとダメダメだな?」
「うっ……面目次第もございません」
呆れたように肩を竦める蓮花さんに、俺はもう頭を下げることくらいしかできない。
「ふん。最初からそうやって素直になりゃ良いんだよ。まあ、お前んとこの学校がバイト禁止ってのは知ってるし、オマケにお前は学費免除の特待生だ。大方、少しでもバレる可能性を減らす為に学校の人間とは距離を置いてるとか、そんなとこじゃねーのか?」
「おっしゃる通りです」
ぐうの音も出なくなった俺を見て、蓮花さんはまたもや深々とため息を吐いた。
いや、もうなんかホント色々すんません。
「お前なぁ、不器用にも程があんだろ? 普通はそういう内緒話とかを共有して、他人と仲良くなったりするもんだぞ?」
一瞬、花邑の顔が浮かんだが、俺と彼女は友達なのだろうか? ……いや、多分違うだろう。一度話しただけだし、せいぜい知り合いが良い所じゃないだろうか。
「い、いやでも、万が一恨みを買いでもしたら、その腹いせにバラさせるかもしれないじゃないですか」
「そりゃどこの漫画の世界だ? 現実にそこまでする奴なんかそうそういねーよ」
「え? そう、なんですか?」
し、知らなかった。
だが言われてみれば確かに、俺の想像する学生というか、青春みたいな物のベースは、美冬姉さんに借りて読んだ小説や、春香に半ば押し付けられるようにして読まされた少女漫画かもしれない。
……まあ、最近は参考になると言われて先輩に借りた「黒バトラー」とかいうアニメのDVDをこっそり夜中に見たりはしたが、あれも学園モノではないしな。
因みに、全く仕事の参考にはならなかった。いやだって、あの執事そもそも人間じゃないし。
「まあいい。ともかくだ。心優しい蓮花さんはだな、そんなお前に救いの手を差し伸べてやろうと、二人の出会いをセッティングしてやったわけだ。ま、結果的に不発に終わったが、これはこれで面白そうなことになったし結果オーライだろ?」
「その救いの手でトドメ刺されたかと思いましたけどね。しかも不発弾抱える羽目になってるし」
ドヤ顔で踏ん反り返る蓮花さんについつい俺は刺々しい声を漏らすが、本人はどこ吹く風だ。
「そう拗ねるなよ。『バトラー』になって早々ご指名を貰えたんだ。もっと喜べ」
「その相手が同級生じゃなければ、素直に喜べたんですが」
「逆に考えてみろよ? 同級生が気付かないくらいお前は完璧な執事に成り切れてたんだ。この分なら、お前が昇格することに文句を言う奴は居ないだろ」
「それは、そうかもしれませんがけど……でも、学校にバレて辞めさせられたら、元も子も無いじゃないですか」
「そうなったら仕方ない。年齢を考えればギリだが、うちの会社で雇ってやるよ」
「学校の方を辞める前提で話を進めないで下さい!」
俺の悲痛な叫びにも、蓮花さんは「ハッハッハッ」と楽しげに笑うばかりだ。
このオヤジ、いつか絶対ぶん殴る。
「それはそうと、アキ坊。おまえ、時間は良いのか?」
「え……はっ!?」
懐中時計を開いて確認すると、22時まであと数分も無い。
終電はまだまだ余裕があるが、家に着くのが遅れるのは色々とマズい。主に美冬姉さんの笑顔の叱責に晒されるという意味で。いや、ほんとマジであれ怖いんだよ……。
「と、取り敢えず、この話はまた今度ということで! お疲れ様でした!」
蓮花さんの返事を待たずに、俺は更衣室へと駆け出した。
「はいよ。お疲れさん」
背中に投げかけられた声は、最後まで楽しげに笑っていた。
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