瑞基の苦悩
昨日、投稿予定でしたが、あんまり長くて打ち込むのに手間取って一日遅れてしまいました。
ご迷惑おかけしました。
読んで戴けたら嬉しいです。
瑞基のスマホに、魁威から久し振りに電話が掛かって来た。
「瑞基、そっちで何かあったのか? 」
瑞基はその問いに心辺りがあった。
「もしかして、隆一朗のこと? 」
「最近、やたら苛ついてるんだ」
「うん、凄く怒りっぽい時がある」
「そうかあ、瑞基の前でもそうなんだ
最近、激痩せしたよな
食欲ないのか? 」
「うん、夜も眠らないんだ」
「もしかしたら、麻薬に手を出したかも知れない
メジャーミュージシャンの知り合いに、やっぱり薬に手を出した人が居て、今の隆一朗と同じ症状だった
その人は警察に捕まったけど」
瑞基は頭を鈍器で殴られたような気がした。
「麻薬……………?
隆一朗はそんな弱い人間じゃないよ」
「俺もそう思いたい
でも、今の隆一朗が尋常じゃないのは事実だ」
瑞基は暫く考えてから言った。
「解ったよ
注意して見てみる」
「何か解ったら、知らせて」
「解ったよ」
魁威からの通話を切って、隆一朗が帰って来ると同時に瑞基のスマホが鳴った。
瑞基が出ると森詩織だった。
「どうしたの? 」
瑞基は、部屋の入り口に凭れてこちらを見ている隆一朗に目をやった。
「瑞基君、どうしよう
来ないの」
「来ないって? 」
「もしかしたら、できちゃったかも」
「え? 」
「妊娠してしまったかも知れない」
「妊娠? 」
隆一朗と瑞基は顔を見合わせた。
瑞基は驚きのあまり言葉が出なかった。
「瑞基君? 」
「ごめん、びっくりしちゃって」
「明日、病院に行って確かめて来る」
「オレも行く
何時頃行ったらいいかな? 」
「九時頃に……………」
「解った、明日九時に迎えに行くよ」
「じゃ、待ってます」
「明日」
瑞基は放心状態で突っ立ったまま動けずにいた。
「森さん? 」
隆一朗が訊いた。
瑞基は振り返った。
「うん」
「妊娠って? 」
「まだ、解らないけど明日病院行くことになってる」
「そう……………」
隆一朗は自分の部屋に入って行った。
瑞基がノックした。
「どうぞ」
瑞基が部屋に入って来るとベッドに座る隆一朗は瑞基に手を伸ばした。
瑞基は隆一朗の隣に座った。
エミール・ガレを模倣したようなスタンドの灯りだけの、薄暗い部屋の中で隆一朗と瑞基は抱き合いながら口唇を重ね、ベッドに倒れ込んだ。
深い口付けを繰り返し瑞基は隆一朗の身体を撫でながら身体を重ねた。
ここは塔の中だった。
誰にも見つからない様に、息を潜め愛し合う隆一朗と瑞基の禁断の背徳を隠す隠れ家。
瑞基は乱れた呼吸にかぶりを振り、仰け反り掠れた声を上げた。
やがて隆一朗の口の中で瑞基は果てた。
二人はベッドの中で抱き合って、温もりと肌の触れあう感触を楽しんだ。
「瑞基にお願いがあるんだ」
「え、なに? 」
「ボクを縛って欲しいんだ」
「え、隆一朗そう云う趣味が在ったんだ! 」
隆一朗は思い切り冷めた目で瑞基を見詰めた。
「はいはい、違うのね」
瑞基は苦笑いした。
「薬を身体から抜きたいんだ」
瑞基は哀しい目を隆一朗に向けた。
「間違ってて欲しいって思ってた」
「気付いてたんだ」
「魁威さんが教えてくれた」
「魁威が?
彼には何もかもお見通しなんだね」
隆一朗は笑った。
「周りの人たちには凄く迷惑かけるけど、このままでいる訳には行かない
周りの人たちには、ボクは失踪したとでも言って
一年間はボクが何を言っても監禁して欲しい」
「どうして、麻薬なんか………………」
「ボクの意志では無いとだけ言っておくよ」
その夜、静かに寝息を立てる隆一朗を抱きながら瑞基は朝まで眠ることができなかった。
次の日の朝、瑞基は隆一朗の身体にバスタオルを巻き付けその上からガムテープを何重にも巻き付けた。
後ろに回した手首にもタオルを巻いた上からガムテープを巻き付け、ベッドに固定した。
「本当にいいの? 」
「仕方ないよ
ボクがどうなっても、決してボクを自由にしないで
とにかく縛ったまま放っておいて
キミは普通通り生活していて欲しい」
「オレにそんな事できるか自信無いよ」
「ボクにはあの快楽に打ち勝つ自信がないんだ
こんな事、キミにしか頼めない
助けて欲しい」
隆一朗の目は真剣だった。
瑞基は従うしかなかった。
「オレ、森さんを病院に連れていかなきゃ
何かしておいて欲しい事ない? 」
「特に無いよ
森さんにも申し訳ないよ、こんな大変な時に」
俯く隆一朗の後ろ姿を見ながら瑞基は部屋のドアを閉めた。
森詩織はノースリーブの淡いピンク色のワンピースを着て、瑞基と歩いていた。
瑞基は一生懸命、森詩織の身体を気遣って腕を組んで、手を握り合い歩調を合わせた。
瑞基は内心、途方に暮れていた。
個人で開業する小さな産婦人科で診て貰った。
三十代前半の女医は言った。
「おめでとうございます
十二週目に入ってます
母子手帳を発行して貰って、この次から持って来て下さい」
森詩織が立ち止まった。
俯いて言った。
「瑞基君、堕胎してもいいよ」
瑞基は突かれた様に森詩織を見た。
「駄目だよ、そんなの! 」
瑞基は森詩織に向き直って言った。
「オレたちの大事な命だよ! 」
森詩織は泣き出した。
瑞基は森詩織の身体を包むように抱き締め髪に顔をうずめた。
「ごめんね、オレ頼りなくて
こんなの初めてで正直戸惑ってる
どうしていいか、解んなくて」
「違うの
今、瑞基君オレたちの大事なって言ってくれたから嬉しくて…………」
「え? 」
「オレたちの大事な命だよって…………」
瑞基は優しく森詩織の背中を撫でた。
「とにかく、籍だけでも入れなくちゃ
ごめんね、今は一緒に暮らす事できないんだ、隆…………
なんでも無い、ほんとごめん
オレ、精一杯森さんを支えるよ
森さんがオレを支えてくれたみたいに」
帰ると隆一朗はぼんやりと窓を見上げていた。
瑞基に気付くと言った。
「お帰り、どうだった? 」
「十二週目に入ってるって」
「そう………………
瑞基の子供が生まれるんだ
楽しみだよ
早く逢ってみたい」
隆一朗は嬉しそうに言った。
「入籍しようと思ってる」
「ごめん、ボクのせいで迷惑かける
こんな大切な時に」
瑞基は次の日、大学の帰り本屋に寄って、妊娠と出産関係の本を漁った。
解りやすそうなものをセレクトして購入した。
その日はバイトが休みだったので、その足で森詩織のアパートを訪れた。
森詩織は瑞基を見ると安心しきった笑みを浮かべ瑞基を部屋に招き入れた。
「コーヒー淹れるね」
「そんなに動いて大丈夫なの? 」
「可笑しい、まるで重病人みたい
動かないと出産の時に必要な体力無くなっちゃう
明日からは仕事に行こうって思ってる」
「そうなんだ
オレも勉強しようと思って、見て」
瑞基は大量に買った本を見せた。
「こんなに買っちゃった」
森詩織はあまりの量に笑った。
「男の子かなあ、女の子かなあ」
瑞基は森詩織のまだぺたんこのお腹をしみじみ眺めた。
「どっちでもいいよ
元気に生まれてくれたら」
「そうだね、でも名前どうしよう? 」
「もう、瑞基君は気が早いよ
生まれるまで、まだ七ヶ月もあるのに」
森詩織は笑った。
「七ヶ月、と言うと生まれるのは冬かあ」
突然、瑞基のスマホが鳴った。
画面を見ると魁威だった。
「どうしたの? 」
「瑞基、隆一朗知らないか?
電話掛けても出ないし、レコーディングの打ち合わせがあるのに、あいつ姿現さないんだ」
「隆一朗なら、夕べから帰ってないんだ
オレも心配してるけど、オレが掛けても出なくて」
「あの莫迦、いったい何考えてるんだ
解った、悪かったな」
通話を切ると森詩織が訊いた。
「隆一朗さん、どうしたの? 」
「なんでも無いよ
仕事、バックレたみたい」
瑞基は笑った。
『あの責任感の強い人が………? 』
森詩織は腑に落ちなかった。
瑞基は帰ると、隆一朗は呼吸を乱して震えていた。
「隆一朗! 」
瑞基が隆一朗に近付こうとすると隆一朗は叫んだ。
「来るな!!」
隆一朗は苦しそうに声を震わせ言った。
「見ない方がいい
部屋を出て」
瑞基は動くことができなかった。
「行って!」
瑞基は仕方なく部屋を出た。
隆一朗の部屋のドアの前で瑞基は膝を抱え、一晩中そうしていた。
日を追うごとに隆一朗の苦しみ方は壮絶になって行った。
時々、叫び声が聞こえる。
瑞基は耐えきれず部屋に入った。
隆一朗の姿を見た瑞基はどうする事もできず立ち尽くした。
血管の中を小さな虫が這い回る言いようの無い苦痛が隆一朗を激しく苦しめていた。
幻覚と幻影が隆一朗を絶え間なく襲う。
確かに見るべきではなかった。
底無しの哀しみが瑞基の中で破裂する。
瑞基は隆一朗に駆け寄って痙攣したように俯き身体を強張らせる隆一朗を抱き締めた。
「隆一朗………………
隆一朗……………………………」
瑞基の目から涙が溢れた。
突然、瑞基の肩に激痛が走った。
隆一朗が瑞基の肩に噛みついていた。
血が溢れた。
瑞基は隆一朗から飛び退いた。
口を血塗れにした隆一朗は瑞基を見て一瞬笑った。
麻薬は確かに悪魔の薬だった。
瑞基のスマホが鳴った。
瑞基は立ち上がると部屋を出てドアを閉めた。
スマホの画面を見ると森詩織からだった。
瑞基は目を閉じて深呼吸してから画面に触れた。
隆一朗に噛まれた肩が酷く傷んで、出血する肩を押さえながらスマホを耳に当てた。
「瑞基君? 」
「どうしたの? 」
「つわりが始まったの
凄く辛…………………」
隆一朗の壮絶な叫びが部屋中に轟いた。
「隆一朗! 」
瑞基は反射的に隆一朗の部屋の方を見た。
「ごめん、後で掛け直すよ」
瑞基は通話を切ると隆一朗の部屋に駆け込んだ。
隆一朗は気を失っていた。
瑞基は隆一朗をタオルケットで包むように掛け、項垂れた隆一朗を抱き締めた。
涙が溢れて止まらなかった。
チャイムが鳴った。
瑞基は涙を拭いながら玄関へ行き覗き穴を覗いた。
魁威だった。
瑞基はチェーンを掛けたままドアを開いた。
「瑞基、隆一朗はここに居るんだろ? 」
魁威は静かに言った。
「魁威さん」
瑞基はチェーンを外して魁威を入れた。
「どうした?
酷い怪我じゃないか」
瑞基の血塗れの肩を見た魁威は言った。
瑞基は魁威を見て気が緩み、涙が零れた。
「いったい、何があったんだ? 」
「隆一朗が薬を抜くからって…………」
それ以上言葉を続けることができなかった。
「隆一朗は? 」
「部屋に
今、気を失ってる」
魁威は隆一朗の部屋を覗くとドアを閉めた。
瑞基は隆一朗のスマホの着信歴を調べ始めた。
「何してる? 」
「着信調べれば、薬売ってる奴が解るかも知れない
薬さえあれば隆一朗は苦しまなくて済むんだ」
魁威は瑞基からスマホを取り上げた。
「莫迦言うな
そんな事したら確実に隆一朗の命を縮めることになる
それに、隆一朗がそんな事して喜ぶか? 」
瑞基は崩れるように床にへたりこみ、両手を額にあてた。
「あんなボロボロの隆一朗見てられないよ」
瑞基は床に手をついて泣いた。
魁威は瑞基の背中に手をあて言った。
「とにかく、傷の手当てしよう」
魁威は瑞基の肩に、厚く折ったガーゼをあてると医療用テープで固定した。
「随分、思い切り噛んだもんだな
医者、行った方がいい
着替えろ、外でるぞ」
瑞基は突かれた様に言った。
「駄目だよ、隆一朗が……………」
「どうせ、傍に居たって何もできないんだ
瑞基には気分転換が必要だと思うよ」
瑞基は暫く考えたが、魁威に従うことにした。
魁威は車で瑞基をファーストフード店に連れて行った。
「とにかく、食べた方がいい
奢ってやるから好きな物頼みな」
「オレ、今何も喉通らないよ」
「そんなやわな事でどうする
先は長いんだぞ
長期戦に備えて食べておいた方がいい」
瑞基は取り敢えずハンバーガーとポテトと飲み物のセットを頼んだ。
待っている間、きびきび動く店員をぼんやり眺めた。
テーブルに着くと魁威が言った。
「とにかく食べな
元気出るから」
明るい店内の活気に満ちた空間は、今の瑞基を癒した。
瑞基はコーラに口を付けた。
甘い炭酸が染みる。
瑞基は食べ始めた。
魁威が言った。
「俺も時間が空いたら様子見に行くから」
今の瑞基には染み入る言葉だった。
瑞基には余りに過酷過ぎる現実だった。
瑞基は持っていたハンバーガーをテーブルに置くと流れる涙を指で拭った。
読んで戴き有り難うございます。
だんだん佳境に入って来ました。
私、時々おかしなこけ方します。
前に雪はねしていて、ママさんダンプ押してたらつるりーんと足が滑りまして、そのまま宙にいったん浮いて、顔面から落ちました。
雪に私の顔面の跡がくっきりついてまして、自分でもおかしくて笑っちゃいました。
以来、娘には歩くギャグと言われております。笑




