桐生
読んで下さると嬉しいです。
ある日、取り敢えずホテル暮らしをする隆一朗のスマホに一本の非通知の着信があった。
隆一朗が出ると、神経質そうな若い男の声で、送った油絵の事で話がしたいと言って来た。
「キミは誰? 」
「あなたは知っているでしょう」
その答えは明らかに実態を得たもう一人の藤岡聖詞と逢っていたことを意味していた。
「何処に行けばキミに逢えるの? 」
「それもあなたは知っているはずです」
「差出人の住所に尋ねればキミに逢えるの? 」
「おかしな人だなあ、自分で言い出したことなのに」
「いつ行けば逢えるの? 」
「それも知っているのに…………
金曜の夜はいつも家で絵を描いてます」
次の日が丁度金曜日だった。
夜のスケジュールは空いている筈だった。
「明日の七時頃、逢いに行くけど構わない? 」
「構いません」
「じゃ、明日の七時に」
『彼はボクに、何をさせたいんだろう』
次の日の夜、雑誌のインタビューを終わらせた隆一朗は適当なカフェで軽く夕食を済ませて時間を潰し、タクシーを拾い書き留めてあった住所に向かった。
降ろされた場所には古ぼけたアパートが在った。
部屋番号を確かめると表札を見た。
表札にはローマ字でKIRYUUと書いてあった。
隆一朗は呼び鈴を鳴らした。
ドアが開くと濃いテレピン油の匂いが鼻を突いた。
中から、痩せ細った神経質そうな二十二、三くらいの男が出て来た。
「お待ちしてました」
男は中に入るようにドアのノブに手を掛けたまま身体を横にして隆一朗を通した。
部屋に入ると家具らしい家具も無く、そこいらじゅうに絵の描かれたカンバスが置かれ、隅には布団が畳んで置いてあった。
どうやら桐生は画家のようだ。
部屋の中央にはイーゼルに描き掛けの絵と、その傍らには絵の具やらを載せた小さなテーブルが置いてあった。
その傍に二脚の椅子が在って、片方を桐生は隆一朗に勧めた。
隆一朗はそれに従った。
「話したくなったら、電話で送った絵の話がしたいと言えば逢いに行くって言ったのはあなたですよ」
「どうして、今頃話す気になったの? 」
桐生は隆一朗を感慨深げに大きな三白眼で見詰めた。
「不思議な人ですね
以前、逢った時は近寄り難い、とても冷たい目をしていたのに、今日のあなたはとても温かい目をして表情が豊かだ」
画家らしい観察力だった。
「それに、相変わらず美しい」
「それでキミはどうして、あの絵を描いたの? 」
「まあ、ゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう」
桐生は狭い台所でお湯を沸かし始めた。
「キミは聖流と央を知ってるの? 」
「知ってますよ
央とは一時期暮らしてたこともあった
勿論、恋人として」
「央って子はどういう子だったの? 」
「お金持ちだったけど不満だらけの子だった
親も自分も嫌いだった」
桐生はインスタントコーヒーを淹れて隆一朗に渡した。
隆一朗は礼を言うと、話の続きを求めて桐生を見詰めた。
「何もかも持っていたけど、何も持っていない、それが央だった
物質的には恵まれていたけど、彼はそれが欲しかった訳じゃ無く、彼が求めていたのはもっと精神的なものでした
それは誰も彼に与えられなかった
聖流さんが現れるまでは
聖流さんは央に興味を持っていたみたいだけど、それで央に媚びるような態度を一切取らなかった
それが央を聖流さんへと惹き付けて行った
お蔭で僕は央に捨てられましたけどね」
桐生は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「央はその日、W市の別荘へ聖流さんと行くから僕に同行しろと言って来た
何故そうしたのか今となっては訊くべき人が死んでしまっているので知る術はありませんが
央は自分に時間が無い事を知っていた
彼、白血病だったんです」
「白血病? 」
隆一朗は聖流が死ぬ何日か前に白血病で死んだ同級生の話をしていた事を思い出していた。
「央はその日、何処から手に入れたのか強い睡眠薬を聖流さんの飲んでいたお酒に混ぜて飲ませた
央は眠る聖流さんをずっと飽きもせず見詰めてた
何時間も
それから家中にガソリンを撒いて僕に出て行く様に言った
でも僕は窓から、央がこれから何をしようとしているのか見届けようと思ってた
聖流さんが目を覚ますと、央はガソリンに火を点けた
そして何かを話していたみたいだけど僕の処からは何も聞こえないかった
央はナイフを持って聖流さんに突進して行った
聖流さんは、それを避けるこどもできたのにそうしなかった
聖流さんは刺されたまま央を抱き締めた
央に激しく口付けた
そして、燃え盛る炎の中で聖流さんの血に塗れながら二人は愛し合い始めた」
隆一朗はそこまで聞くと意識が遠くなるのを感じた。
コーヒーカップが床に落ちて濃い茶色の液体を撒いた。
隆一朗は気を失い椅子から崩れ堕ちた。
どれくらい時が経ったのか、隆一朗は腕にチクリと刺さる痛みで目を覚ました。
目を開けると桐生が隆一朗の腕に注射器で何かをうっていた。
「何をうったの? 」
桐生は笑って言った。
「ビタミン剤ですよ」
次第に隆一朗は心地のいい爽快感に包まれた。
それは恐れるものも、不可能なことも無い、解放感に満ちていた。
隆一朗のスマホが鳴った。
隆一朗は起き上がって電話に出た。
「そんな処で麻薬に酔いしれていていいの?
ボクは気付いたんだ
瑞基が死ねばキミを最高の絶望に陥れることができる」
隆一朗は部屋を飛び出した。
大きな通りに出るとタクシーを拾いアパートに急いだ。
その頃、バイトを終えて帰った瑞基は自分の部屋でベッドに転がり長いこと、隆一朗の言葉を考えていた。
不意に部屋のドアがゆっくりと開いた。
瑞基は起き上がってそちらを期待を籠めて見詰めた。
隆一朗が姿を現す。
瑞基は笑顔で隆一朗を見詰めた。
「帰って来てくれたんだ」
隆一朗は冷たく瑞基を見詰めた。
「やっぱりまだ怒ってるよね
軽率だったって、自分でも思うよ
隆一朗の言う通りだ
でもオレ、どうしたらいいんだろう?
オレ、どうしても隆一朗とは離れたくないよ
でも、森さんにも誠実でいたい」
「簡単だよ」
隆一朗は瑞基に近付きながら言った。
「キミが死ねば、総ては丸く収まる」
隆一朗は瑞基に飛びつくと瑞基の首を絞めた。
「どう………して…………? 」
瑞基は必死で隆一朗の手を振りほどこうと、隆一朗の手首を掴んだ。
ぬるっとした感触がした。
血の匂いがする。
呼吸ができなかった。
苦しくて気を抜くと意識が飛びそうになる。
玄関から鍵をあける音がした。
「瑞基!! 」
隆一朗の叫ぶ声がした。
瑞基の首を絞める隆一朗はシニカルな笑みを残し、粒子の霧になって消えた。
隆一朗が飛び込んで来た。
瑞基はぐったりとベッドに倒れている。
隆一朗は瑞基を抱き起こすと瑞基の頬を軽く叩いて、身体を揺すった。
「瑞基、瑞基! 」
瑞基は激しく咳込んだ。
隆一朗はその場にへたり込んだ。
瑞基は呼吸が落ち着くと隆一朗を怯えるような目で見た。
「そんなに………オレが許せ…………………なかった………? 」
隆一朗は横たわる瑞基の胸に頭を垂れた。
「瑞基…………ごめん……………………
ごめん……………………」
瑞基は隆一朗の肩に手を置いた。
隆一朗はその手を握り締めると額にあてた。
「どうしたの?
なんの冗談? 」
不思議そうに自分を見詰める瑞基を見て隆一朗は次第に冷静さを取り戻した。
「そうだね
冗談が過ぎたね」
「冗談なの?
オレ、ガチで殺されるかって思った」
瑞基は半ば怒るように言った。
「隆一朗、手首! 」
瑞基は、起き上がると隆一朗の腕を掴んで手首を見た。
隆一朗の手首には傷痕を隠すブレスレットが白い光沢を放っていた。
「あれ?
さっき怪我してたよね?
オレ、血に触ったよ」
瑞基は自分の手のひらを見た。
血など何処にも無かった。
「へんなの」
隆一朗は、自分の手を不思議そうに見る瑞基を抱き締めた。
「どうしたの?
今日の隆一朗、ほんと変だよ」
「うん、自分でも変だと思う」
読んで戴き有り難うございます。
このシーンは書きごたえありました。
聖流の劇的な最期は凄く書きたくて。
後で娘に聖流編を書くように勧められて書いた時は凄く嬉しかったです。
聖流編も修正版を投稿しようと思っているので、良かったら読んで戴けると嬉しいです。
もう一人の藤岡聖詞が瑞基を襲うシーンはちょっと萌えでした。
非日常的なもの書くの凄く好きなんですよね。
お蔭様で「I want your kiss」ちょこちょこと読んで下さる方居て嬉しいです。
「エコラリア」も沢山の方に読んで貰えたらいいな。
今、朝の6時です。
また、今日も徹夜。
何よりも腹減った~ぁ。
今食べたら、完璧に血糖値あがるよな。
昨日、病院行って来ました。
A1c めでたく下がりました。
旦那に徹底的に食事制限されて、はや3カ月。
眩暈はするは、ぼーっとするはってお医者さんに言ったら、そこまでしたの、と言われました。
私はそうゆうもんだとやってたのに。
数値見た旦那は、俺のお蔭な、と威張ってるし。
はいはい、旦那様のお蔭ですう。
取り敢えず合併症の心配が無い数値になりました。




