約束
読んで戴けたら嬉しいです。
「それは母さんに、相談するんだな
我が家の財布を握っているのは母さんだからな」
孝久は制服姿の瑞基の目を見て言った。
瑞基は、綾子の姿を求めてキッチンを見た。
綾子は困った様な笑みを浮かべて、瑞基を見ていた。
「高校生ともなると、寮に入って通う子やアパートを借りて自炊しながら通う子も珍しくないみたいね」
瑞基は次の綾子の言葉を待った。
「可愛い子には旅をさせろと言うけど、この、家を離れていた何日かで瑞基は随分大人くさくなったものね
病状が落ち着いたら、その隆一朗さんて方に随分お世話掛けてしまったし、一度お礼をしに行かなくちゃね」
綾子はひと呼吸置いてから、嬉しそうに顔を綻ばせ言った。
「うちも楽に生活してる訳じゃ無いけど、瑞基がバイトして生活費に当てると言うし……………
頑張ってみなさい」
瑞基の顔がホッとしたように明るくなった。
「有り難う、母さん! 」
瑞基は綾子に抱き付いた。
「瑞基、随分素直になって、あなたにお礼言われるなんて、初めてじゃないかしら」
「なに、何の騒ぎ? 」
姉の香奈美が仕事から帰って来た。
「ああっ、さては瑞基、独り暮らしさせて貰えるなぁ
ホントに二人共瑞基には甘いんだから
あんたみたいなものぐさ、せいぜいゴミ屋敷にしない様にしなさいよ」
「それ、姉貴だろ」
「しっつれいな、あたしは親孝行なだけなんだから」
「へー、料理作るの面倒くさいだけの癖に」
「あんた、憎まれ口のスキル上がったよね」
家族の雰囲気とは裏腹に、笑いながら瑞基の心は沈んでいた。
エリザベータの近くにある市立病院の、入院病棟の一室に瑞基は立っていた。
「隆一朗、オレだよ
解る? 」
隆一朗はベッドに座って正面の壁を、生気の失くした目で見たまま瑞基の声に答えない。
瑞基は隆一朗の視界に入る様に隆一朗のベッドに腰掛けた。
「今日は聖流さんの初七日だったんだ
隆一朗の代わりに、オレも出席させて貰ったんだけど、お経が長くてさ、足痺れて死ぬかと思った
親父さん、まだショックから立ち直れないみたいで、可哀想だったよ」
瑞基は隆一朗の顔を覗き込んだ。
「ねえ、隆一朗
今何処に居るの?
早く帰って来てよ」
隆一朗は瞳すら動かさない。
整った隆一朗の顔は、今はまるで精巧にできた人形の様に無表情だった。
「隆一朗、疲れない? 」
瑞基は静かに隆一朗を寝かせ、丁度、隆一朗の顔の位置になるまでかがんだ。
「オレね、いつかチケット売ってた通りにあるオモチャ屋でバイトする事になったんだ
ちゃんと学校も行ってるし、バスケ部も行ってる
バイト始めるから部活途中で抜けなきゃなんないけど、そこは大目にみてよ
これでも忙しいんだからさ」
瑞基は枕の処に深く座り、そっと隆一朗の頭を自分の膝に載せて言った。
「実はね、凄いニュースがあるんだ
オレ、進学するのを条件に隆一朗のあの部屋で独り暮らしさせて貰える事になったんだ
オレ、隆一朗の傍に居るから
ずっと、あの部屋で隆一朗の事待ってるから……………」
いつの間にか隆一朗は、瑞基の膝の上で、安らかな眠りについていた。
第一章 fin
読んで戴き有り難うございます。
第一章が終わりました。
ここまで、お付き合い有り難うございました。
あさってから第二章の連載、始まります。
この先も宜しくお願い致します。
m(_ _)m
この作品の中で、瑞基が家に帰って、隆一朗が暇潰しに映画館で観た「かくも長き不在」と言う映画は実在します。
私の大好きな映画で、マルグリット・デュラスの小説を映画化したモノクロのフランス映画です。
随分古い映画なので、もう観れないかもなあって思って諦めていたのですが、この間レンタルDVD屋さんで見付けて、感激しながら何年振りかで観る事できて、狂喜乱舞しました。
この作品は私の大好きな物を沢山ちりばめた作品で、序章に出てきた三島由紀夫の「豊穣の海」とか、ラプンツェル、ベックリンの「死の島」、パルチザンの歌、ドアーズの「ピープルアーストレンジ」などなどで彩られているんですよ。
それではまた、あさってからお逢いできたら倖せです。
完結後、一気読みされた方、ふらりと読みに来て下さった方も、宜しくお願いします。
(*- -)(*_ _)ペコリ