暗闇に堕ちる
今回、ちょっと体調が思わしく無くてですね、娘たちから夜更かし禁止令がでまして、いつもより早めの投稿になりました。
読んで戴けたら倖せです。
朝、珍しく瑞基は隆一朗よりも早く目を覚ました。
隆一朗を見ると、安らかな寝息をたてて眠っていた。
穏やかな寝顔に瑞基は安心した。
『ごめんね、オレ逃げるから……………』
瑞基は起き上がると、いつもの様に洗面所で歯を磨いた。
顔を洗って、髪を櫛でとかした後着替えて、なるべく音を立てない様に荷物を纏め始めた。
「何してるの? 」
隆一朗が目を覚ました。
瑞基は振り向かずバッグに荷物を詰め込んだ。
「オレ、ここを出て行くよ」
「そう…………」
隆一朗は起き上がると、タバコに火を点けた。
「いい加減、そのマッパで寝るの止めた方がいいよ
もういい歳なんだからさあ
じじいになった時、腰痛で泣くよ」
瑞基は隆一朗を見ずに言った。
「夕べ、何を聞いたの? 」
「なにも」
隆一朗はくわえタバコで手近にあるズボンを穿いてベッドに座った。
「せめて最後の朝食、一緒にどう? 」
瑞基はやっと隆一朗を見た。
「そんな事したら、決意が鈍っちゃうじゃん」
「どんな決意なのか、是非聞きたいね」
「別に大した決意じゃ無いよ」
「大した決意じゃ無いなら、何故そんな泣きそうな顔してるの? 」
瑞基の手が止まった。
「隆一朗はさあ…………………」
瑞基は抗議しようとしたが実際に出た言葉は、それとはかけ離れたものになっていた。
「どうして、痛い時に痛いって言わないんだよ!
夕べだって親父さんに逢って、正気が無くなるぐらい強いお酒と薬飲み捲って、それくらい辛いのに、苦しいのに、一人で抱え込んで、魁威さんも居るのに、聖流さんだって居るのに、オレだって……………
隆一朗が死んだら、残されたオレはどうやって自分を納得させればいいんだよ! 」
隆一朗は、ナイトテーブルにある灰皿で吸っていたタバコを揉み消しながら言った。
「言いたい事は、それだけ? 」
「それだけって………………」
「魁威がボクの事を心配してくれているのも、聖流がボクの事で心を痛めているのも知ってる
でも、今のボクはどうすれば彼らの想いに応えられるのか解らないんだ
凄く周りに甘えて生きているのも気付いてる
だけど、どうすれば大丈夫と言って納得して貰えるのか解らないんだ
正直に白状すれば、今のボクには全く余裕が無いんだと思う
忘れていられるなら忘れていたい
でも、それが許されていい事なのか、それさえボクには解らないんだ」
「隆一朗………………」
瑞基にふっと哀しげな笑みが漏れた。
「やっぱ、オレって餓鬼なんだなあ」
「瑞基の子供っぼさは、ボクには救いだったよ
今日まで有り難う、傍に居てくれて
楽しかったよ、とても」
隆一朗は両足を揃え、畏まって言った。
「そして、許して欲しい
ボクの事で哀しい想いをさせてしまった事を」
隆一朗は頭を下げた。
瑞基は眉間に皺を寄せた。
「もう、過去形かよ
じゃあ、最後に訊くよ
隆一朗にとってオレはどう云う存在だったの? 」
隆一朗は瑞基を見詰めて言った。
「光………………かな
いつも明るくて、とても愛しい存在だよ
正体を失っても愛しいと感じられる、何者にも代えがたい大切な存在
それが瑞基に対するボクの正直な気持ちだよ」
瑞基は持っていた歯ブラシを落とした。
「どうして……………………
どうして、そんな事今言うんだよ」
「どうしてって、言う機会も無かったし、改まって言う事でも無いし………………」
瑞基は溜め息をついた。
「隆一朗って時々、凄い天然だよね」
「それは有り難う」
「褒めて無いから」
荷物を総て詰め終わると瑞基は立ち上がって隆一朗に向き直った。
「短い間でしたが、お世話になりました」
瑞基は丁寧にお辞儀をした。
隆一朗はそれを無表情で眺めていた。
瑞基が向きを変え、足を踏み出そうとした瞬間、隆一朗の身体は意に反して動いた。
気付くと瑞基の手首を掴み、そのまま後ろから瑞基の身体を包み込む様に抱き締めていた。
瑞基の手から、バッグが落ちた。
瑞基は何が起きたのか理解できず、顔には驚きの表情が貼り付いていた。
隆一朗は瑞基の髪に顔をうずめ、二人は静止したまま、お互いの呼吸の音を聞いていた。
瑞基は目を伏せた。
「………………傍に居て…………………………………」
その声は掠れて、囁きに近かった。
それでも、瑞基の胸を震わすほど響く、小さな隆一朗の叫びだった。
瑞基は噛み締める様に静かに目を閉じた。
「藤岡、居るか! 」
突然玄関から男の怒鳴る声が響いた。
ドアが開くと、瑞基が万引きをした時に世話になった葉山が、険しい表情で飛び込んで来た。
「藤岡いいか、落ち着いて聞け
W市の別荘地で兄貴が十四歳の少年に刺された
刺した少年が家にガソリンを撒いて火を点けやがったんだ!
署で遺体の確認を急いでいる! 」
隆一朗は大きく目を見開き、自分の肩を抱いた。
「葉山さん、何かの間違いじゃないですか? 」
隆一朗は声をやっと絞り出した。
「残念だが、家の前に止めてあった車に免許証があった
俺も遺体を見た
お前の身元引き受けに来た時に、何度か逢ってる
残念だが間違い無い」
瑞基は凍りつきそうになりながら隆一朗を必死に見守った。
「嘘だ、そんな筈無い」
隆一朗の身体が、がくがく震えている。
「隆一朗」
瑞基は隆一朗がどうにかなりそうで怖かった。
今の隆一朗に、聖流の死を受け止められるだけの精神力があるとは、思えなかったからだ。
隆一朗は両手で額を押さえ、ぶつぶつ何かを呟き始めた。
「どうして?
そんな現実信じない
聖流…………嫌だ……………………認めない
嫌だ………………………」
隆一朗は両腕で頭を抱え込み、乱れた呼吸を整えようと必死でもがいた。
隆一朗の中で何かが音を立てて弾けた。
「いやだあああーーーーーーーーーーーっ!! 」
隆一朗は喉が裂けるのではないかと思われるほど、全霊を籠めて叫び、意識を失い崩れる様に倒れた。
「隆一朗! 」
瑞基は咄嗟に隆一朗の身体を受け止め、座り込んで隆一朗の上半身を抱き締めてていた。
「隆一朗!
オレが傍に居るから!
ずっと傍に居るから! 」
それが、瑞基が言えるたった一つの想いだった。
読んで戴き有り難うございます。
このシーンは書いてる時は何も思わなかったんですが、後になって大好きなシーンになりました。
隆一朗が、瑞基に対して子供としてでは無く、対等の者として、自分の心情を吐露する処がお気に入りになりました。
と言うのも隆一朗は自分の事を話したがらなくて、言い訳もしない男なんです。
それを瑞基に話したのは瑞基が特別な存在と隆一朗自身が認めたシーンでもある訳です。
隆一朗が叫ぶシーンは、マンガではクリムトのファムファタルかなんかの絵を模写して央が聖流の首を掴んで笑っていました。
隆一朗はこの中で頭を抱え叫んでいます。
次回で第一章終了です。
一日お休み戴いて、第二章に入りたいと思っています。
ここまで、お付き合い戴き有り難うございます。
先はまだ長いので、気楽にこれからもお付き合い戴ければ、倖せです。




