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カウンターで男は首を傾げた。
「悪いが見覚えがないな」
「そうですか」
僕は店主に礼を言って店を後にする。
あれから何軒か質問して回っていったが皆先程の店主と同じで、未だ有力な情報はなかった。
「リエラ、そっちはどうだ」
「駄目です。この辺じゃあないのかもしれませんね」
これでユリに指さした通りは一通り聞いたな。
これだけ聞いていないとなるとお姉さんはやっぱり上流か、この通りとは関係ない他の地区の住人の可能性のが高いということになる。
「場所を変えるべきか……」
「もっと上流を探した方がいいと思います」
「やっぱりリエラもそう思う?」
「はい。お姉さんって女の私から見ても綺麗ですからね。ここら辺を通っているなら絶対に記憶に残ると思うんですよ」
「確かに。ん、じゃあ、もっと上を探すか」
「はい!」
ユリの方も充分時間も経っているし報告から戻ってきているだろう。
もう離れても大丈夫だよな?
「ところで……リアはどうした?」
「えっと……さっきまでそこに」
リエラの指さす方にリアはいない、……というかお姉さんもいない!?
―――動くなって言っておいたのに!!
僕達は辺りを見回す。
流石にそこまで遠くには行っていないはずだ。
「ちょっ、あいつら何処行った!?」
「……あっ!?」
リエラが見つけた様で声を上げた。
僕もその方向を見ると視線の先には確かにリアがいた。
ここから目の届く範囲内だが少し離れすぎている。
今回は簡単に見つかったが人は結構通っているのでリアには注意しないとだな。
それでお姉さんは……あれはお店で遊んでいるのか?
「頑張ってください!もう一回ですよ!」
何やらリアはやたらと興奮している。
一方のお姉さんの方は真剣な顔で投げナイフを構えて的を見つめていた。
―――凄い集中力だ。
さっきまでのイメージとはかけ離れた背筋が伸びる緊張感が駆け巡る。
道に入った構えで一切無駄の感じさせない動作から投げナイフが店内へと投げられた。
店内の様子はここからでは生憎確認できない。
あの店でやっているのは前世のダーツのようなものだ。
この世界ではメジャーな遊びの一つで貴族もよく宴会の余興として行う。
名前は……あったか?
投げナイフの正式名称は出てこない。
投げナイフで通じたからなぁ。
ルールはダーツ同様ナイフが刺さった場所によって得点が違い、投げたナイフの得点を競う。
しかしあの店は庶民向け。
たぶん点数方式ではないだろう。
理由は単純。
算数ができない者も多く訪れるからだ。
だから一般的な屋台なら的は当たり外れの二択だけで集計している筈だ。
それからダーツと違って的は丸ではなく人型をしている。
こちらも理由は分かりやすく遊びになった経緯が兵士の訓練が遊び化したものだから的は訓練時に使っていた人形のままなんだ。
店内から店主が出てきてお姉さんを称賛している。
これは的に当てたようだ。
リアがお姉さんとハイタッチしている。
お姉さんも心なしか嬉しそうだ。
傍から見れば年の離れた姉妹のようにも見えるだろう。
微笑ましい光景だと言える2人の姿に心の奥が温まる気分だ。
だが、だからと言って手を抜く気はない。
「リア。お前何してんだ」
「あっ!ウィレム様、お姉さん凄いですよ」
「あぁ、そんなことよりちゃんと聞き込みしてるのか?」
「?」
リアは一瞬何のことか分からずきょとんとした後、汗ダラダラで目を逸らした。
なるほど自覚はあったようで何よりだ。
しかしそれならなお許さん。
僕は心を鬼にして鉄槌が飛ぶ。
「いたぁっ!!?」
甲高い悲鳴と共に頭を抱えて蹲る。
「お姉さんを助けると言っといてお姉さんと遊ぶんじゃない」
「っ、ごめんなさい」
「この辺りは一通り聞き終えた。これから他の通りにも聞きに行くがお姉さんはリエラに預けて、リアは僕と一緒に行動するぞ」
「了解です」
「は~い」
既にお姉さんを回収しているリエラとまだ頭が痛く押さえているリアの対局な返事と共に次の通りに向かっていく。
僕も後を追わなければならないがその前に一応この店主にも聞いておこう。
「あの店主」
「なんだ、坊主もやってくのか?」
「そうじゃなくてさっきの人って見た事ある」
「ん?さっきの投げてた姉ちゃんか?……ねえな。少なくともこの辺の住人じゃねえと思うぞ」
店主の反応は今までと変わらない。
やっぱりこの辺に住んでいるって事はないか。
「それにあんな凄腕見たら忘れねえよ」
「凄腕?」
「あぁ、あの姉ちゃん只者じゃねえな。このゲームは三投で2回命中したら商品を渡すんだが嬢ちゃんの方が失敗してな。なんとか2人分にならないかと言われて仕方なく無理難題を言ったんだがお姉さん一度にナイフ三本も投げて全部当ててんだ。それも連続でだ!そんなことされたらいやでも記憶に残る」
僕は慌てて的の方を見た。
的にはまだナイフが刺さったままでそのすべてが大当たりの頭、目、心臓の的に的中していた。
それもすべてど真ん中に。
―――これを一発で?
偶然でできる事ではない。
僕ではまず無理だしリエラでもきついのではないだろうか。
ユリならやってしまえそうだがもう比較対象が一般人から外れてしまっている。
リエラとリアに囲まれて歩くお姉さんからはそんなすごい事をした感じではない。
投げた後に店主に称賛された時もごく普通の反応だった。
―――彼女の常識ではこれは出来て当然という認識なのか?
だとしたら……僕らは蛇を拾ったのかもしれない。
それから次の場所に移動してからもお姉さんを知っている人に会う事はなかった。
「もう流石に無理だな」
「何がですか?」
「時間だよ。もうすぐ日も暮れる。二人の休暇とはいえ流石にもう帰らないと拙いだろう」
周りの店の中には店仕舞いを始める所もある。
話を聞く相手もいなくなるのでは無理して聞き込みする意味も少ない。
危なくなる前に帰るべきだろう。
しかしリアは反対の様だ。
「でもこのままじゃあお姉さんが帰れませんよ」
そうだよな。
家が分からないのだから帰りようがない。
帰る家のない女性を一人で野宿させる訳にもいかないしなぁ。
そうなると取れる選択肢は一つしかない。
その事は二人も分かっている。
分かっているからこちらに期待しながらじっと見てくる。
二人にはそれを言える権利がないからな。
僕の言葉を待つしかないのだ。
だが僕は正直迷っている。
拾った当初なら迷わず提案しただろうがアレを見せられてからはどうするのが最善かはっきりしないでいる。
あの投げナイフの腕前は普通ではない。
凄腕の冒険者や傭兵ならいい。
だがもしお姉さんがどこかの貴族の従者だったら……いや、取り繕うのはよそう。
僕は彼女がどこかの貴族の暗殺者ではないかとも疑っている。
これだけ聞き込んで情報がないとすると貴族のお抱えの可能性が高い。
家型の寮に住める貴族のお抱えなら顔を知られていないのにも説明がいく。
もし家に潜り込むのが狙いなら記憶喪失というのも怪しい。
記憶喪失の振りをして僕らを騙しているかもしれない。
そんな彼女を果たして家に連れて帰っていい物か……。
だがこの予想はもしかしたらだ。
そうでなかった場合、僕は人間として非常に薄情な事をしたことになる。
この世界ではよくても僕の良心に確実にひびが入る。
ついでに二人から軽蔑されるだろうなぁ。
……うん。後者は特にいやだな。
この二人に嫌われるのだけは避けたい。
ではどうするべきか。
「あの、ウィレム様」
「えっ、なに?」
「やっぱり無理ですか?」
返答に時間をかけ過ぎた。
これは無理なのに私達の気持ちを察して答えられずにいるとか思っている顔だ。
まぁ、間違ってはいないがそう思ってもらいたくはない。
「いや、お姉さんを寮に連れていくのはいいとしてシルバが素直に入れてくれるかと思ってな」
「シルバ様なら理由を言えば入れてくれますよ。ね、リエラ」
「……そうだね」
リエラが苦笑しながら肯定する。
その反応で正しい。
あの男はそんな人情のあるような男ではない。
リアはシルバを信用し過ぎだ。
その認識を改めさせたい。
改めさせたいが……ここは肯定するしかないだろう。
リアにはまた後日あの執事の恐ろしさを言い聞かせよう。
「そうだな。それじゃあシルバのOKが出たら泊める事にするか」
「それがいいですよ」
もう泊まりが確定したと思っているリアは話についていけていないお姉さんに喜びながら分かるように説明しだした。
そして僕の目的も達成。
これで仮に怪しくて追い出すことになっても追い出す責任はシルバに取ってもらうから二人が僕を責めたりはしないだろう。
シルバには気づかれて後で謝罪&お仕置きをされるかもだが二人に嫌われる可能性があるより断然いい。
……筈だ。
◆
そうして僕達はお姉さんを寮に連れて行ったのだが、
「すまないシルバ、もう一度言ってくれ」
「そちらの女性を探しているという使いの者が来ました」
この瞬間、僕らの半日以上が無駄に終わった。
「つい先程まで居られたのですが丁度先程帰られまして、見事に入れ違いになりましたな。
もう少し早く帰って来られれば今日中に引き渡せせたのですが」
シルバの無慈悲な一言に僕らは何とも言えない脱力感に襲われる。
衛兵に報告したらすぐに見つかったそうで昼過ぎからこちらに来て待っていたそうだ。
「相手方は自分達の方に戻っていない様ならまた明日いらっしゃると言い残しましたので引き渡しに行く必要はないでしょう。今日は泊まってもらい明日来た使いの者に渡せばいいでしょうな」
ついでにお姉さんの御泊りも決定。
断れないか心配した事すら無駄とはな。
お姉さんの身元が分かったのだから良しとしよう。
「よかったね。お姉さん」
「そうね。ありがとう」
一番お姉さんに懐いているリアが真っ先に立ち直ってお姉さんと喜んでいた。
お姉さんの方は実感がないからかあまりピンときていないようだがリアに釣られて笑顔を作った。
最初の頃に比べて大分笑顔が増えた気がする。
リアの御蔭だな。
お姉さんはやっぱり笑った方が似合う。
会ってから殆んど申し訳なさそうな顔をして壁があったのにリアはもう仲良くなっている。
こういう所はリアの良い所だろう。
「それでは部屋の用意をしますので私はこれで」
「あぁ、頼んだ」
シルバは去って行く。
……取り敢えずまずは風呂からだな。
外はまだ冷えているとはいえ一日中歩いたから汗をかいている。
お腹も減っているがみんなも汚れを落としてから夕飯にした方がいいだろう。
僕はリア達にお姉さんを任せて他の使用人に風呂の準備を頼みに行った。
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