39.イベント前
この学園は行事が多い。
それは冬でも変わらず、今回も授業そっちのけである。
街を挙げての祭りイベントが明後日に控えていて街中お祭り一色。
どこもかしこも準備の真っただ中だ。
まったく浮かれた物である。
人のこと言えないが、
「あ、主様、すみません! あの……待たせてしまいましたでしょうか?」
「いや? そんなことないよ。今日は二人に付き合うって約束だからな」
「そうですか! では、早速行きましょう!」
家のリビングで待っていると少し時間が経ってからリアとリエラがやって来た。
リアはいつも通りだけどリエラは少し恥ずかしいのかリアの後ろに隠れている。
いつもとは違う反応を見せる二人。
違うのは反応だけではない。
服装もいつもの従者服ではなく年頃の女の子が着る普通の私服である。
支給される従者服もいいのだが私服はその人の好みが出るものでいつもと違う二人が其処にあった。
リアが動きやすい黄色、リエラが可愛らしさの青色を基調とした服を着ていてとても似合っていた。
特にリエラは普段着も運動のしやすさ重視だと思っていたので意外だ。冒険者の時はもっと男物のような服装だったから私服もそうだと勝手に思っていた。偏見で見るのは良くないな。
ただ本人も服装について自覚しているせいか少し顔が赤かった。
「ウィレム様、そんなに見ないでください」
「わ、悪い」
注意され慌ててリエラから視線を外すと、笑いをこらえるシルバが目に入って一気に冷静さが戻った。
今日、何故2人が私服でいるのかというと休暇を取らしたのだ。
理由は今回のイベント中にも働いてもらう罪滅ぼし。
今回のイベントは『日頃尽くしてくれる女性の苦労を労り感謝する』イベントでこの日に限っては殆どの女性が休日になる。
そう、なるはずなのだが……許可が下りなかった。
理由は至極簡単な物で”使用人不足だ”!
僕の専属が3:1、シルバの親族が4:1と使用人の大半が女性で占めている。
全員にイベント中に休暇を与えると男性陣では維持できないのは目に見えて分かるだろう。
よって使用人にはイベントの前後半に分かれて残りは有給に回してもらう事で手を打ってもらっているが護衛までは手が回らないと専属の三人にはそれができない事が言い渡された。
三人には悪いがイベント中も休み無しを告げなければならず、そのお詫びが今日の休暇だ。
何かしたいことはあるかと出来るだけ彼女達の願いを聞き届けるつもりで尋ねたらやりたいことが『僕との買い物』らしくイベント前なら問題ないと休暇を入れてもらった。
結局今日も僕と一緒になる願いだったのは彼女達が遠慮してしまったからだと思うと申し訳なく思う。
まったく、もっと欲を出せばいいのに。
だから今日はすべて僕の奢りで好きに買い物させるつもりだ。
明後日とはいえ大規模の祭りだ。
既に気の早い店では飾りつけも終わっているし、屋台もかなり出ている。
催しがないだけで買い物だけなら十分楽しめるだろう。
「まずは何処に行く?」
「綿あめ!」
「それはいつも食べてるじゃない」
兎に角、今日は二人のおまけだ。
僕は二人の好きなように後ろについて行くだけでいい。
ただし、
「二人とも燥ぐのはいいけど逸れないでくれよ」
「「はーい」」
元気のいい返事が返ってくる。
今日の二人は本当に歳相応の子供だな。
その光景にほっこりする反面、それだけいつも気負っているのだという申し訳なさもあった。
この機に普段のストレスも取れればいいが……
「………んっ?」
先行する二人を目で追っていると視界に妙な物を捉えた。
いや、物ではなく者だ。
家と家の間の路地裏に人が倒れている。
空腹で行き倒れた、と言った感じではなくなんかに巻き込まれた末に倒れた感じだ。
周りは気づいていないのかと思ったら幾人かは気づいていて見過ごしているな。
態々危なそうな事には近づかないものだがちょっと薄情に思える。
(どうかしましたか?)
人混みに紛れてユリが近寄って来た。
今日はリアとリエラが仕事として控えている訳ではないからか普段より近くに控えると言っていたが変装しているとは思わなかった。
リア達とは違って地味で小汚い色合いの服で印象にあまり残らない服装だ。少し貧乏な平民の子と見ればありきたりな服装でもあるので全然気にならない。
ここまで近づいても声を掛けられるまでまったく気がつかなかった。
(あそこに人が倒れているんだ)
(…本当ですね。ああいうのは関わらないのが一番ですよ)
(そうなんだけどね)
(ちょっ!?)
だが僕はユリの制止を聞かず倒れている人に近づいた。
見た目は20代ぐらいだろうか。社会に出た大人の女って雰囲気がある。
クーデリア姉様より確実に年上に見える。
証明するものはないが少なくとも学生ではなさそうだな。
そうなると学園都市で商売をしている商人の妻か娘だろうか?
一体どんなことに会えばこんな風になるのだろう。
女性は倒れたままなのでてっきり意識を失っていると思い、起こそうと伸ばした手が止まる。
目は開いていたのだ。目を開けているだけでなく瞬きもしているので意識はあったようだ。
だが放心状態なのか全く動いていない。
まるで糸の切れたマリオネットのようだ。
そして身体のあちこちが擦り切れていた。
擦り切れ方も1つではなさそうに見える。
「お姉さん大丈夫?」
「えっ?」
裏路地に入った僕はそう言って声を掛けた。
その瞬間、女性はまるでスイッチでも入ったかのように動き出した。
お姉さんはゆっくりとした動作で反応すると顔をこちらに向けた。
焦点があっていて意識ははっきりしている。
こちらをしっかり捉えているから視界も大丈夫そうだな。
もしかしてわざと倒れていたのかと思える反応のよさだ。
「こんな路地裏で倒れていたから」
「……あぁ」
今まで気がつかなかったのか急に周囲に目を向ける女性。
「こんな所で一人でいたら危ないよ。待ち合わせって感じじゃなさそうだね。見るからに服はボロボロだし、手首や膝は擦っちゃってる」
「えっと……」
今度は自分の身体を確認している。
こちらも初めて気づいたような反応だ。
(この人自分の状況を理解していない?)
「ここでなにしているの?」
「それは……」
言い淀む女性。
何度か口を開くが言葉は出てこない。
倒れる前の記憶がないのか?
もう一度違う質問をする。
「自宅はこの近く?」
「え~と……」
お姉さんは何とか答えようとしている様で考える仕草をするが返ってきたのは、
「分からない」
「……(っ)」
……まさかな。
もしかしたらさっきのは住所だったから言えなかっただけかもしれない。
もう一度、今度は確実にわからなからばならない質問を投げかける。
「お姉さんの名前は?」
「な……まえ?……んっ」
女性はハッとしたように何かに気がついた。
「…………分からないわ」
……確定だな。
多分このお姉さんは記憶喪失になっている。
一時的か、永続的か、までは分からないがこれでほっとけなくなったな。
「ウィレム様っ」
「分かってる」
後ろで聞いていたユリも察したようだ。
「ちょっと頭を近づけて」
「えっと……こう?」
何が何だか分かっていないお姉さんは言われるがままにこちらに顔を近づける。
「(外傷は……軽いな。顔の傷は表面を擦った後があるだけか。なら頭の方は……)」
「いたっ!」
僕が頭に手を当てるとお姉さんが痛みを訴えた。
見る限り切れた跡も出血も腫れも見られないな。
陥没もした様子はないし頭の症状自体は軽症に見える。
でもつい最近何かに頭をぶつけたのは確実に思える。
記憶喪失の原因はこれだろう。
自分は医師ではないから程度は分からないけど放置するわけにもいかなくなったな。
「ウィレム様、これは」
「ユリの思っている通り記憶喪失だな。原因は頭の怪我で間違いないと思う」
「それに川にも流されていますね」
「川?」
ずっとお姉さんに向いていた視線をユリに向ける。
このお姉さんが川に落ちたと断言しているがお姉さんにそんな形跡は見られない。
「ウィレム様では気づかないと思いますがこの女性からは僅かに全身から湿った香りがします。今日、昨日と雨は降っていませんし、この身なりでお風呂に入ったばかりとも考えにくい。となると川に落ちたのかと思います」
ユリに言われてお姉さんの匂いを嗅いだが僕には何も感じられない。
でもユリが態々嘘を言うとは思えないからな。
獣人の鼻にはその匂いがするのだろう。
それに流れている間に身体を擦ったとすれば身体の擦り傷も納得がいく。
しかしそうなるとお姉さんがこの辺りに住んでいる可能性が薄まるな。
どれだけ流されたかによってはかなり上流から流されてきた可能性もある。
そうなるとこの少し上流で二つの川が合流しているから捜索範囲が一気に広がってしまい住宅を一々回っていたらきりがない。手掛かりなしでの自宅探しは厳しいだろう。
「お姉さん何か持ってない?身分証とかあればそれで身元がわかるよ」
自分に記憶がないと自覚してからどうすればいいのか分からずにいるお姉さんにそう言うとお姉さんは立ち上がって自分の身の回りを確認する。
「あっ、それ……」
立ったお姉さんは自分の下に置いてあったケースのような物を指さした。
「これずっと持っていたから多分私のだと思うわ」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「……えぇ、構わないわ」
そう言ってケースを持って僕の方に渡してくれる。
ケースの大きさは縦30の横40ってところか。
そこまで大きな物ではなく片手で簡単に持ち運べる大きさだ。
だが普通の物より硬い材質で作られている。
中身を確認しようと開こうとしたが開かなかった。
多分鍵穴があるから施錠されているのだろう。
「お姉さんこの鍵持ってない?」
「ごめんなさい、それ以外何も持っていないわ」
ふむっ……。
鍵は失くしたか、お姉さんの家に置いてあるのか。
無理矢理開ける訳にもいかないし仮に開けたとして手掛かりが入っているとも限らない。
これは手掛かりにはならないか……。
「ウィーレームーさーま!」
リアとリエラが慌てた様子でこちらに近づいて来ていた。
―――そう言えばすっかり忘れてた!
隣を見たらいつの間にかユリは消えている。
幾ら隠れているからって身内相手にそんな急いで消えなくてもいいだろうに。
「もう!勝手にいなくならないでください!」
「店に着いて後ろ見たらウィレム様いないんですもん。私達に逸れるなって言ったのにウィレム様が逸れないでくださいよ!心配しました」
「あぁ、悪かったから叩かないでくれ」
……店まで気づかなかったって君達も燥いでたから逸れたんじゃないかな。
胸を叩くリアを離してリエラも宥める。
二人ともすぐに許してくれた。
「……でこちらはどなたですか?」
リア達にも事情説明をしてやる。
「つまりこのお姉さんは一過性のエピソード記憶障害だな」
「すいません。最後ので一気に分からなくなりました」
かっこよく締めようとして躓いた。
要は頭のショックで一時的に過去の出来事は忘れているが体で覚えていることは記憶している状態だと言い直す。
「それじゃあ思い出すんですね」
「たぶんな。ただそれがいつになるかまでは分からない。一日二日で治る事もあれば10年単位で忘れる事もあるからな」
「どうしたらいいんですか!」
「確証はないけど記憶を無くなった状況を見たりや同じぐらいの衝撃が加わったり、親しい人間と過ごしているうちに思い出す場合もある」
「それなら最後の方法が一番いいですね」
リアの言葉に僕も頷く。
お姉さんの原因はたぶん川に落ちて頭を打っただけど現場を見た訳ではないし態々痛い目に遭わせる必要はないだろう。
問題はそうなると、
「それじゃあこの人を知っている人を探しましょう!」
「ちょっと待って!いいの?二人は今日休暇なんだよ?」
ただでさえ久しぶりの休暇なのだから人探しより二人には休暇を満喫してもらいたい。
だが二人とも不服そうな顔をした。
「なに言ってるんですか。困っている人がいるのにほっとけないですよ」
「ですです。それにどうせお店を回るんですからお姉さんも一緒に連れてけばいいんですよ」
そう言ってリアはお姉さんの手を取った。
「私達がお姉さんの知り合いを探してあげる」
「任せて下さい」
自分の従者ながらええ子達だ。
「って訳なんだけどお姉さんはそれでいい?」
もう探すのを手伝うのが決定している二人に代わってお姉さんに確認を取る。
「ええ、ありがとう。お願いするわ」
お姉さんも了承したのでこれで知人探しをすることは決まった。
「それじゃあまずは……どうすればいいの?」
「リアったらもう……。まずはこの事を衛兵の人に言った方がいいですね」
「それは無理だと思うぞ」
リエラの提案をウィレムはバッサリと否定した。
「なんでですか!?」
「通常時ならそれでよかったけど今は明後日に祭りを控えているからな。衛兵は街の治安維持で手一杯になっていてただ行った所で後回しにされるだけだと思うぞ」
「そんな……」
リエラががっくりと肩を落とす。時期が悪いので仕方ない。
「それじゃあ街を回って知り合いを探すんですね」
「そうだな。お姉さんは川から落ちたらしいからここよりも上流に家がある可能性のが高い。まずはこの川沿いの店で聞き込みをしながら上流に向かって回って行こう」
「分かりました!じゃあお姉さん行こう!」
「え、あっ」
リアがお姉さんの手を引いて裏路地から出ていく。
お姉さんは戸惑いながらついて行った。
「リアちょっと待って!逸れるよ!」
その後をリエラが追いかける。
「ウィレム様」
「ユリ頼みがある」
「シルバ様にこの事を伝えればいいのですね」
「あぁ、僕達が行くよりシルバに頼んだ方が無碍にされないだろうからな」
それからリア達の休暇の延期も頼んでおこう。流石にこんな休暇じゃ悪いもんな。
「すまないが頼む」
「すぐに戻りますので」
「この道から外れるな、か?」
ユリがコクリと頷き姿を消した。
さて、ここからは聞き込みか。




