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38.ユリの苦手/騒動の初動


 季節は流れ、冬がもうすぐ過ぎようとしていた。


 とは言ってもこの世界の時間軸は違うのでいきなり夏から秋への移り変わりの季節からいきなり冬の末期と言われてもどれだけ時間が立っているかピンとこないだろう。

 分かりやすく簡潔に表現するとあの誕生日からこの世界の半年が経過した。


 周りの人達の認識では冬季休み明けの学園だ。


 武道大会の終了に合わせて学園の生徒暴動は息を潜め、生徒の話でこの件についての話題は過去のものとなった。


 武道大会が終わると学園行事は武から舞へと変わって次の大会である舞踏祭が開催されたことも大きな要因だ。

 舞踏祭は言うなればダンス大会。

 ダンスは貴族のステータスというのは昔からの風習や常識として根付いているため武道大会には全く興味を示さなかった非運動主義者達も参加する。

 なので武道大会以上に参加者は多い。


 また参加条件が男女ペアである事から意中の相手へのアプローチに燃える男女やそれを肴に楽しむ周囲の図が其処彼処にできており、その月は色恋の季節とされ学園は恋バナ一色に移り変わる。


 兄様達は特に大変でパートナー希望の女の子の集団に毎日毎日囲まれている。

 婚約者がいるのでもう相手が決まっているようなものなのだから他の女性を選ぶ事はないだろう。

 断るのに苦労しているようだが同情はしない。

 寧ろリア充爆発しろと中指を立ててやった。


 この世界では何の意味もないので見られても何の問題もない。

 見ていたリアには首を傾げられたが。


 で、僕だが当然……でもないが舞踏祭も不参加した。


 マユキは興味なく、パートナーがいなかったからだ。

 舞踏祭に出るぐらいなら武道大会のが出たかったらしい。

 リアとリエラは踊りが踊れないので辞退。

 ユリは……目立ちたくないと全力で断っていた。


 そんな訳でその月は只々桃色の雰囲気を味わうだけであった。


 ……更に翌月は天冥祭。

 俗にいう文化祭。

 この行事はクラスや派閥などの集団で出し物をやるものだが生憎と一年生は観客のみで催しを出す事ができなかった……。

 地味に楽しみであったのに………………………(´;ω;`)ウゥゥ

 客として楽しんだけどなんか物足りない。

 やっぱり文化祭は自分が催しをしないとっ!

 来年に期待だッ!


 最後に冬王祭。

 これも俗に言うと年越しイベントだね。

 クリスマスではない。そもそもこの世界にクリスマスは存在しない。

 夏季並みの長期休みに入るのでその前の最後の祭りという認識です。


 祭りについては……置いとこう。

 理由はそこまで盛り上がらなかったからだ。

 誕生日同様貴族の相手をずっとさせられていただけだからな。

 最後のダンスになるまでストレスしか感じなかったよ。


 なので長期休みの時期と長さの理由でも説明しよう。


 この世界での学園の長期休みの時期には理由がある。


 まず夏は作物の収穫時期である為だ。

 領地を持つ貴族は大小の違いがあっても普段の食事は主に徴収した作物が使われる。

 だがその徴収の調整が難しい。自分の為に多くし過ぎると民が飢えに苦しむことになる、かと言って少な過ぎると財政が貧しくなる。その境目を見分ける能力を親を見て学ぶという名目で帰省させている。


 また同時期に国へ税金を払う必要もある。

 これが払えないような無能を増やさない様に学ばせるのが国がこの時期に長期休みを取らせる一番の理由だと思われる。


 一方の冬は収穫が見込めないので飢えを凌がなければならない時期だからだ。

 夏とは逆に民の不満も堪りやすい時期で領主としての運営でも厳しい時期である。

 それに飢えた魔物が食料を求めてやってくることもある。

 民の不満を抑えつつ安全に冬を越すのもまた夏同様に重要なのだ。

 ついでにこの時期にも税金の徴収がある。


 つまり休みであって休みではなく将来の職業体験をさせる為に帰っているのだ。



 だがそれを貴族達が理解して行っているのかというとそうでもない。

 理想と現実は大きく違っているのだ。

 でなければ貴族と市民の差別化はもう少しマシな物になっているはずだ。



 それに僕の様な者や領土を持たない貴族などは今言った事には関係ない。


 パーティーや茶会に参加はしているが基本暇だ。

 パーティー事態は毎日招待状がきているのにその殆どを断っているからだが暇なものは暇なのだ。

 それを利用してレオナさん達店舗の運営の話し合いをしていたので引きこもりにはなっていないし、他のやる事のない貴族は本当に食ったら寝て状態だろうから僕は十分マシな方なはずだ。

 その証拠に王都の貴族は太った奴ばかりだからな。





 …………脱線し過ぎた。


 話を戻そう。


 こういった行事と休みでいつしか生徒間での話題としても無くなり表だって活動を控えるようになった売人達は情報の乏しい僕では全く掴めないようになっている。


 クー姉にも聞いたがクー姉からはもうこれ以上この件には首を突っ込むなと逆に釘を刺された。

 ついでに秘密裏に調べているので周囲にも話さないで欲しいとも言われた。

 僕らが捕まえた連中も表立っては薬物について一切口外していないから本当に秘密裏に行っているのだろう。



「それで手を引くとは思いませんでした」


 僕の後ろでユリが呆れたようにそう言った。


「そう言わないでくれよ。僕は基本危険とは関わりたくないんだ。失望した?」

「いいえ、その方が賢明です。冒険気分で理由もなく関わっていいものではありません」


 それならいいじゃないか。

 ユリの言う通りこの件は危険度が高いと見ている。

 あの一件自体は小規模で些細な物だと思っていたが蓋を開けてみれば盗賊よりもやばい連中と関わりを持ってしまったかもしれないのだ。

 毒草もとい麻薬を扱っている組織っていったらヤクザやマフィアを連想してしまうのはしょうがないと思う。


 しかしユリはただ、と続けた。


「ウィレム様の悪夢は不幸な目に遭う女性の実体験を見せられるものだと考えると環境の悪化の一途を辿っているこの状況は余りよろしくないと思います」

「だがあれから夢は見ていない。もう能力が消えたとさえ考えてもいいぐらいだ」

「ですが無くなったと確証も持てていないんですよね?」

「うぐっ……」


 その通りだ。

 幾ら期間が過ぎようと能力が消えたとは考えづらい。

 寧ろ暴動が鳴りを潜めるのに合わせて能力も使われていないだけに見える。


 もし次に悪夢を見るとしたら……覚悟した方がいいかもしれない。


「………それよりもまず・・やらないといけない事があるけどな」


 僕の背後でユリの身体が確かに震えた。

 さっきまでの大人びた雰囲気から一転。

 一気に肩身が狭くなったように縮こまってしまった。


「それで、少しは書けたのか?」

「……………」


 更に小さくなった。

 その姿はもうただの女の子だ。


(表情と対照的に頭の耳がピクピク動いていて凄く触りたい)


「一応聞くがやる気はあるんだよな?」

「あ、あります!」

「うん、意気込みがあるのは伝わった」


 そして全くできていないのもな。


 僕は後ろを向いて机に向かっているユリを見た。

 ペンを片手に何とか書こうと原稿用紙を睨み付けているがペンを持つ手は震えるだけで一向に紙に向かいかって行く気配がない。


 これが彼此1時間は続いてるんだよな……。



 一時間前


 ユリが珍しく助けを求めてやってきた。

 普段は何でも一人でやろうとするユリの頼みに僕は喜んだ。

 早速悩みを聞く為部屋に入れて理由を聞く。


 それが、「ウィレム様どうかこの文学の問題を教えてください」である。


 僕はそれを二つ返事で引き受けた。

 所詮一年生の問題だとすぐに終わると思って高を括っていた。

 だが甘かった………………ユリは予想以上に文系に弱かった。


 別に読み書きができない訳ではない。


 寧ろその字は綺麗な部類に入るだろう。

 リアやリエラが羨ましがっていたからな。


 ただその文章力と読解力が壊滅的なのだ。


 今回の件でこうして意見を出してくれるのを聞いても分かると思うが別に頭が悪い訳ではない。

 7歳という年齢を考えると逆に頭は良いとさえ言える。

 他の科目も前世の記憶のある僕やサランダ先生にスパルタ特訓されたリアとリエラ程じゃないが上級生の勉強を先取りしている僕らについて来ている。

 特に数式系は理解すれば呑み込みが早い。


 なので普通なら1年の勉強など苦戦する訳がないのだが……。


 なのだが……。


 僕は視線をずらして机の前の紙を覗き込む。


 そこには真っ白のままの紙が一枚あるだけであった。


「……って、本当に一文字も書いてねえっ!何してたのっ?!」

「こ、これは問題が悪いんです!」


 ユリが耐えきれずに原稿用紙を破り捨てた。


「そもそもこの問題はなんですか!『主人公の心情を答えろ』なんて……。私はユリです。この主人公ではありません。なのになんでこの主人公の心情が理解できるんですか!?」

「その通りだけどそこは予想でもいいから」

「もしかしたらこの主人公さんは王様の前で謀反とか企てているかも知れないじゃないですか!?魔物倒して楽しんでいるかも知れないじゃないですか!?受付嬢さんと楽しく話している様で実は胸見て喜んでいるだけかもしれないじゃないですか!?そしたら全部〇ですよ。不正解なしでやっぱり問題が間違っています」


 ユリがこれでもかと言い訳し始めた。

 その態度にいつものクールさはなく顔を膨らませてへそを曲げてしまっている。


 因みにこの問題は魔物の軍勢から街を救った英雄のお話という割とありふれた題材でその描写を選択しその時の『主人公の心情を答えろ』と言う物だ。

 実際は1年生レベルの問題なので、魔物を一杯倒すぞ、とか、王国の為に頑張るぞ、なんかでいいのだが。

 この通りユリは難しく考えすぎてしまって全くペンが進まないのだ。

 悩みが7歳じゃないだろとも思わなくもないがそれは置いておこう。


 こちらも頭を下げられてお願いされたからには根気よく付き合っていくつもりだ。……決して頭を下げているユリの耳が弱々しく垂れているのに惹かれた訳じゃないぞ。


「そもそもなんでこの人だけ英雄になっているんですか。魔物となら他にも戦っている人はいますしやっている事は冒険者となんら変わらないじゃないですか。なのに英雄っておかしいです。この話自体に異議を申し立てます」


 そうしている間にも更に答えから遠のいてしまっている。


 なんという悪循環。

 そして言っていることは理解できる。こういう可能性が多くて答えが複数あるような問題は問題として不適切な気もする。


 しかし、ここで肯定する訳にもいかないな。


「答えが無限にある問題なんて出すのがいけないんです。私は悪くない。問題が悪いんです」


 これ以上放っておくとなんかどん底まで行くそうな勢いだ。

 この歳で苦手科目を作るのも良くない。


 結局更に一時間後、なんとか一文だけできた。


 場面『食堂』

 解『腹減った』


 ……僕は悪くない。

 精一杯、そう精一杯教えたんだ。

 その結果唯一反論なく済んだのがこれなのだ。


 この日僕はユリの弱点を見つけたのだった。




 ◆




 時刻は夜の深夜。

 コンビニなどないこの世界ではもう街には明かりがついている家はなく、昼間は賑やかで五月蠅い学園都市も静寂に包まれていた。


 学園都市の住宅街一角。

 多くの豪華な一戸建ての家りょうが並び建つ住宅区域。

 その中でもこの世界では珍しい五階建ての豪邸。

 最上階の五階の一室で明かりもつけず暗闇の中で作業をしている者がいた。


「これで全部。意外と手薄だったわね」


 手に持っているのは金銀財宝の類ではなく本にも匹敵するほどの分厚い紙の束である。

 それを金属でできたケースに入れてロックした。


「そこまでだ!」

「!?」


 突然、漆黒の部屋が明るくなった。

 部屋の魔消灯が点滅して急な視界の変化に僅かに顔を顰める。

 光は一瞬で部屋を照らし自分の姿は影の中から完全に露わになった。


 長くて艶やか髪につんっと突き出した豊満な胸、誰がどう見ても女性だと分かるプロポーションにどこにでも居そうな少しだけ着飾った侍女服を着ている。

 綺麗な人ではあるがこのぐらいなら何も違和感がなく侍女だと認識してしまう、そう思えるようなそんな人物だ。


 姿を見せたのは侍女の女だけではなく当然魔消灯を付けた相手も同じ。

 部屋の唯一の出入り口の扉の前に三人の男達が立っていた。


 黒の執事服を着た男が二人、それに類似する型の灰色の執事服の男が一歩後ろに引いた状態でこちらを見つめ続けている


「あなた達の行動をこちらが把握していないとでも思ったのですか?」


 灰色の執事が勝ち誇った表情でそういった。

 それもそのはずで黒服の男達は腕にボウガンを装着しており、その標準はしっかり女に狙いを定めている。


 小型で飛距離は精々30mほどだが貫通性と速度が高くこの距離なら十分な殺傷能力を持っている。


 それに対し女は手にケースを持っているだけで武器らしい武器を持ってはいない完全な丸腰状態だ。

 素手対ボウガンでは勝負にもならない。


「そいつを置いて大人しく投降するんだな。そうすればこの場で死ぬ事はないぞ」


 灰色の執事は女に降伏を促す。

 ……女は何も答えない。


 だが持っていたケースを机へと置こうとした。


 それを見て男達は降伏するのだろうと気が緩んだ。

 ボウガンの標準がやや下がる。

 ケースを置く寸前女の顔は確かに笑っていた。


 一瞬の緊張の緩みによって生まれた0.5秒の安全な時間。


 その僅か0.5秒で女と男達の距離はないに等しくなった。


「っ!?」


 1人目は何が起こったのかもわからず顔面を蹴り上げられて背面から床に倒れ込み、


「このっ!」


 2人目は何とか女が攻撃してきたと分かりボウガンを放つが女はその矢を避けた。


 再び男が蹴り上げられ宙に舞う。


 この間僅か一秒。


 形勢が一気に崩れ去った。


「き、貴様!?」


 灰色の執事は慌てて攻勢に出るがその攻撃は軽く無視される。

 執事の脇を通り抜けて扉を通過して部屋から脱出した。

 次いで二撃目を行おうとする執事に対して扉を閉める。

 頑丈な扉から物凄い鈍い音が鳴る。

 部屋の中で自滅した執事の悶絶した呻き声が聞こえるのを尻目に部屋から遠ざかり脱出経路へと走った。

 とにかくばれたからには早く外に出ないとどんどん脱出が困難になる。

 一々相手にしてられない。


「やっぱり逃げられたか。あの無能執事が」


 また新手。

 それもまた執事だ。

 さっきの部屋で見た黒服たちとは違う模様の入った執事服の男がここを通さんと構えを取って待機している。


「フッ」


 邪魔をするなら倒すまでと足を止めずに勢いそのままにさっきと同じように蹴りを放つ。


「ふんッ」


 だがこの執事はさっきの執事たちと同じようにはいかなかった。

 放った蹴りは盛り上がった前腕に受け止められて逆の腕で反撃をしてきた。

 慌てて後ろに下がって回避をして避ける。


(強い)


 勝てないレベルとはいかないだろうが今の自分は逃走中である。こいつを相手にしていたら他にも人が集まってきてしまう。

 かと言ってこの執事相手に背中を見せる訳にはいかない。


 そう分析し終えた瞬間、女は走り出した。

 前でもなく、後ろでもなく、横に向かって……もっと詳細に言うなら窓に向かって飛び込んだ。


――――バリ――ンッ


 開いてない窓に飛び込んで窓ガラスをぶち破る音が鳴る。

 丸めた体にガラスの破片がつき服のない所々傷ができてしまう。


「馬鹿な!?ここは五階だぞ!」


 流石にこの選択肢をするとは思っていなかったようで予想外の行動に窓の奥では執事が驚いた顔でこちらを見ていた。

 これで出し抜けた。

 だが執事の言う通りここは五階、何もしなければあっという間に地面だ。

 慌てる必要はないが。


 下を見る。

 流石は五階、結構な高さで地面が小さく見えている。

 このままの速度で地面にぶつかれば間違いなく死なないまでも重症や骨折は免れない。

 ではどうしたらいい?

 簡単だ。

 怪我しない速度にまで速度を下ろしてやればいいのだ。

 前以てそれができる事は調べがついている。

 庭に生えている大木の枝に一瞬掴まり減速、木を蹴って屋敷の外壁に掴まり更に減速、地面の着地の際身体を転がして衝撃を流して無傷で庭へと生還した。


 しかもその間にガラスの付いたメイド服を脱ぎ捨てて漆黒のような真っ黒な服になっている。

 闇に溶け込みやすいガラも何もないその服は本来の彼女の仕事服である。


 屋敷内を通らずに外に出た事によって私はまだ屋敷内にいると思ってこの家の連中の殆どは五階を向かっている。

 ここからでは見えていないが屋敷内は騒がしいのに対して外に出てくる執事はいない事からまず間違いない。

 これで大半の使用人は撒けただろう。

 だがゆっくりもしていられない。

 この庭にも配置された警備がいる。

 相変わらず女っ気がない男衆ばかりで面白みはない。


 私を確認した男達はすぐに得物を取り出して逃がすまいと襲い掛かってくる。

 それを私は相手にせずに背を向けて逃げる。

 得物は持っているが使用者のレベルが強くない。 ……他の屋敷に比べれば十分に強いレベルに入るのだが生憎と私が比較対象だと相手にされたきゃもっと強くなって出直しなって言えるほどに私とはレベルが違う。


 丁度いい所に逃げた先に馬小屋発見っ!

 私は馬小屋に繋がれている馬に跨って縄を斬り腹を蹴った。


「ヒヒイイッ――ン」


 馬は驚きながら走り出し追ってきた男達の方に向かい男達は馬に驚いて道を開ける。

 前にはもう警備の者の姿はない。

 今避けた連中が最後だった様だ。


 これでもう独走。


 そのまま敷地内から出ればもう逃げる事は容易だろうと馬を走らせるが……そう簡単にはいかない様だ。

 私の馬とは別に馬の走る音と鳴き声がした。

 後ろを振り向くと追尾して近づいてくる馬がいる。

 その乗っている騎手は、


「悪いがお前を逃がすわけにはいかん」

「しつこいわね」


 追ってきたのはさっき廊下で振り切ったはずの執事だった。


 五階から他の人達の流れに逆らいながら下りないといけないから男達に足止めをされたとしても間に合わないと思ったのに。

 どうやったのかと疑問に思ったら執事服が若干傷ついているのに気づいた。

 まさかとは思うがこいつも窓から外に出たの?!

 五階で飛んだかは分からないがこうして馬に乗って追いかけてきている現状そう考えるのが妥当である。



 と、そこで屋敷の門を通過した。

 敷地を出ると土の地面から石の道路に代わり乗り心地が変わる。

 馬同士の逃走劇が開始された。


 深夜の夜

 酒場ももう閉店している様な時間帯に通行人などほぼいない。

 稀に夜に外を出る人もいるがそうそう出くわす事はないだろう。

 つまり何の障害物もなく二頭の馬は爆走していく。

 乗馬の技術はほぼ互角。

 ただ馬の質が相手の方がいいみたいだ。

 自分の乗る馬もいい馬ではあるが執事の選んだ馬はあの家で飼っている馬でも上質であると思えた。

 その所為で直線だけでなく角を曲がったり、小道に切り返したりとなんとか振り切ろうとするが執事の馬はしっかりと反応してついてくるのでなかなか振り切れないでいる。


「ッ、本当しつこい」


 苛立ちの募る中、何度目かの角を曲がると、


「ッ!?」

「うおっ!?」


 目の前に酔っ払いのおっさんが歩いていた。


 さっきも言ったがこんな深夜に外に出る人がいない。かといって皆無ではない。

 稀にこうした外に出る住民もいる。

 このタイミングでまさか遭遇するとは思わなかったがっ!

 振り切ろうとギリギリで曲がった結果通行人にぶつかりそうになり慌てて馬のスピードを落として避けた。

 私の反応が早かったおかげでなんとかぶつかる事は避けられた。


「どこ見てやがるんだてめえ!」


 通行人は怒った顔で怒鳴っている。


 私も怒鳴ってやりたくなったがそれどころではない。

 後ろを見る。

 執事の馬は通行人に邪魔をされない。

 スピードを落とさず通行人の横を余裕を持って通過した。


 今ので更に距離を詰められてしまった。

 慌てて馬を走らせるがもう距離は目と鼻の先。

 いつ追いついて攻撃されてもおかしくない。


「ファック」


 自分の不運に苛立ってそう口にした。

 このままでは振り切るどころか捕まりかねない。


「捉えたぞ」


 相手もそれが分かってか不敵に笑ってそう言ってきた。


 ……ファック。

 でもまだ勝負がついたわけじゃないっ!!


 確かにこのままでは拙い。

 だがそれはさっきの飛び下りた時と同じ、普通じゃなければいいだけだっ!。


 私は運に見放されたわけじゃない。

 丁度前方に橋が見えてきた。

 馬を蹴って速度を上げる。


「無駄だ。その位で振り切れる私ではないぞ!」


 後ろもついて来ているがそんなこと気にしない。

 目の前に集中する。


 橋に差し掛かり私は方向を変えた。

 橋を渡るのを止めた訳でもまた障害物が現れた訳でもない。


 直線から僅かに逸らし欄干らんかんへと飛び乗ったのだ。


 そしてそのまま川の両端にある道に向かってダイブした。


 後ろでは執事の馬が咄嗟の事に驚き止まっていた。

 もう追いかけてきてもかなりの距離がある。


 ……振り切れた。


 そう確信した時だった。


――――ブスリッ


 私の目の前にある馬の顔に矢が突き刺さった。

 痛みで悲鳴を上げる馬。

 空中で暴れ出し私は馬から弾き飛ばされた。


 そしてその拍子にケースが一瞬手元から離れてしまう。


 慌てて握り直した瞬間、ゴンと鈍い音を耳にしたかと思ったら私は意識を失った。







 馬に弾かれて頭を石にぶつけて川へと落ちた女は夜の暗さと服装の所為で見失ってしまった。

 女と一緒にケースも落ちてしまっているので何としても見つけようと目を凝らすが橋周辺には何も見当たらない。

 女と一緒に流されたか……。

 執事は捜索を止めた。

 遅れてくるだろう部下にでも任せた方がいいだろう。


「今のは無能か」


 代わりに馬に矢が刺さった方向から絶好の位置を推測してその場所を睨みながら執事はそう答えた。



 橋から200mの距離、執事が睨んでいた方向に確かに男はいた。

 灰色の執事服に弓というミスマッチな組み合わせで文句を言っている。


「チッ、あの脳筋見失いましたか。……本当いつも口だけで使えないですね」


 この執事は最初の部屋で女に簡単に突破された男と同一人物である。

 近距離戦では全く相手にならなかったこの男もまた他の執事たちと区別されているだけあり、女の逃走ルートを先回りする頭とこの距離から弓矢で馬を的確に射貫くだけの腕前を持っている。


 だがこの二人を相手に運良く女は捕まらずに逃げ延びた。




 この事件は騒がられる事なく人知れずに終了する。







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