35.最後の審判
愛していたユーリからの数多の裏切りと拒絶の言葉で塞ぎ切っている私。
もうこの状況からの脱出をする気も起きず只々周りの様子を窺いながら俯くことだけしかできずにいた。
そんな私の横では私がこうなった原因のユーリが殴られながらも必死に自分だけ助かろうと男達に媚びた声で見逃してくれと訴え続けていた。
見苦しい。
私はそんな彼を冷めた目で睨む。
この状況下で男達が自分達を逃がすなんてことする訳がないのだからもうその耳障りな声を聞かせないで欲しい。
手足を縛られても必死に這いずってリーダーの男に媚びを売るユーリの姿に好感度が0となったにも拘らず尚も下がり続け一種の憎悪ともとれるマイナスの感情に突入してしまっている。この感情を解放すればユーリの顔面へとぶつけてしまえそうだ。
もうなんでこんな男と付き合って舞い上がっていたのか、自分の事ながら自分でも理解できない。
このまま解放されずに終わるのならせめてユーリには酷い目に遭ってしまえとさえ願ってしまう。
だが予期せぬことが起こった。
「そこまで言うならいいだろう。貴様にチャンスをくれてやる」
「本当か!」
ユーリの懇願に何を考えているのかリーダーの男が答えたのだ。
ユーリの表情が絶望から期待へと一瞬で変化した。
その表情が気に食わなくって私は希望を与えるリーダーの男を睨み付けたが二人はそんな私を無視して話を続ける。
「確認だがこの部屋は何の部屋か知ってるか?」
「………いえ」
「ここは少し前まで”決闘”用の武器のレプリカの保管庫だったんだ。ここだけじゃなくて各階にも同様の部屋があって今の倉庫の建設を機にただの空き部屋になった」
「はぁ……」
ユーリは興味がないのか適当に返事をする。
私は知らない話にこんな状態でなかったら聞いてみたかったとも思ったがやっぱり今は本題を切り出して欲しい。
「なんだよそっけない返事だな。それでだ、上を見てみな」
言われて私もユーリも上を見た。
上には天井しか……なんかついていた。
あれは……フックだろうか?規則的に一定間隔空けて並んでいた。
「あれはレプリカの武器を吊るしていたフックの残りだ。他の器具は倉庫でも使われたがあれは取るのも大変なうえ取った後穴も塞がないといけないのが面倒でそのまま残したんだ」
確かにあれを外したら大きな穴が目立ってしまう。どうせ天井なんて目立たないのだから残す事にしたとしてもなんら不思議はない。
だがそれがユーリへのチャンスといったい何の関係があるのだ。
「で、レプリカつっても重さは本物とさして変わらない。つまり相当丈夫なんだ。俺でも吊るせるくらいにな」
「っ!?」
その言葉を聞き終える前にいつの間にか私は周りを囲まれていて男達に腕を掴められた。
身動きは取れず数人がかりで無理矢理立たせられると掴んでいない男の一人が縄を持って近づいてくる。
「んーーーんーーーっ」
口も抑えられ何もできずに縄で拘束されていく私。
そして身動きが取れなくなると最後に縄を天井のフックに引っ掛けると私の身体は床から浮いて足がつくかつかないかの状態にさせられた。
「降ろして!」
もがいても縄が外れる気配はなく吊るされる身体はかなりきつかった。
いきなりの事にユーリは吊るされる私を呆気にとられた間抜けな顔をして見ている。
「んじゃあまぁ、始めようか」
「なっ、いったい何を始めるのよ!?」
こんな状態にして始めるなんて私にとって嫌な事だとしか思わなかった。
「何をするんだ?」
「そう緊張するなよ。何も難しい事はない。こいつでそこに吊るした自分の彼女を俺達が満足するまで痛めつける事ができたらお前は解放してやるってチャンスだ。
なぁ?簡単だろう」
リーダーの男は懐から鞭を出してユーリに投げつける。
ユーリは咄嗟にキャッチできずに取り落として慌ててそれを拾った。
それを手に取りまず私を見て、また手元の鞭を見て鞭を持つ手を強めた。
そして前を向き直るとそこには激しく歪んだ笑みを浮かべるユーリの表情があった。
たぶん今この男の中で私を痛めつける良心が消えた。
もうこの男は私を傷つけることに一切の抵抗がない。
心の奥底から恐怖が込み上がってきた。
「これでこの女を打てば本当に開放してくれるんだな」
「ああ、だが一発二発じゃねえぞ。俺達が満足するようにやれ。手を抜いたらそこで終了だからな」
「分かった」
……分かったじゃないっ!!?
それじゃあ私はユーリが助かる為にただ打たれ続けると!?
そんなの不条理でしょうっ!
「降ろしてっ!私は嫌だ!やるなら私を巻き込まない方法でやってよ!なんで私が叩かれないといけないの!?」
「お前こいつの彼女だろ?関係ない訳ないじゃないか」
クククッ、とリーダーの男は可笑しそうにそう言った。
こいつは私がユーリに裏切られたのを知ったうえでこんな事を……。
「ふざけない……いぎゃっ!?」
怒鳴っている途中で鞭が飛び、私の顔に命中した。
顔に激痛が走る。
「あっがああぁぁああっ!!」
痛い痛い痛い痛いっ!
縄で吊るされてなければ転げまわるほど痛い。
お父様にも殴られた事のない私の顔をこの男はためらいもなく……っ。
幼少の頃から家族には大事に育てられ父には叱られはしても手を挙げられる事はなく母には二度ほど手を挙げられたが平手打ちで自分が悪いのだと自覚しているので我慢できた。
だがこれは違う。
痛みが打たれた後もなかなか冷めてくれずに残っている。
吊るされている所為で避ける事も受け止める事もできず抵抗ができない。
そして何より私を打ったユーリが罪悪感を抱くでも男達に命令されて渋々やるのでもなく嬉々した様子で今まで見た中でもトップクラスのいい顔をしているのが許せなかった。
「いいの当たったな」
「いきなり顔だぜ。自分の彼女に容赦ねえな」
「まだ始めろという前に始めたもんな」
「次もいいの決めろ」
周りから「次!、次!」と催促の声が上がる。
「おい、顔じゃあなくて身体にしろよ。顔が腫れたら表情が分かんなくなるだろ」
「は、はいっ」
そう言われるとユーリは鞭を振り上げて第二打が飛んでくる。
「ひぎぃいいっ」
今度は右太腿へと当たった。
「あぐぅぅううっ!」
続いて左横腹。
「はぐっぅぅううぅぅっ!」
脛に当たると他よりも痛みが強くて高い悲鳴が上がる。
「はがっ!」
「ぐぎゃっ!」
「ぐぅぅううっ!」
それから休みなく何度も、何度も鞭は振るわれる。
悲鳴が続いたのは十発か二十発か。
身体の痛みと精神的な痛みに次第に悲鳴を上げる力すらなくなり打たれた後の痛みが感じられなくなっていく。
なぜ自分はこんなことになっているのだろう…………。
私はただユーリの事が好きで大会があるからと待っていて、偶々この教室を気付いて覗いただけなのに……。
男達に追われ、彼氏に裏切られ、その彼に鞭で打たれて彼は助かろうとしている。
理不尽だ。
なんで私が、なんで私が、なんで私がっ!
こんな目に遭わなければいけないのよっ!!?
そして振るわれるもう何発目かもわからない鞭が再び私の顔へと当たった。
痛みは最初程感じない。
だがその一撃に私の疲弊しきった心は耐えきれずにポッキリと折れた。
もう現実が見たくなく心を閉ざして瞳は光を失くして虚ろになる。
私はもう何も感じなくなった。
◆
……女子生徒の救出に手遅れだった。
予想はしていたが、いざその日の夜に此度の夢の続きを見た事で余計にそれを実感してしまった。
内容はある程度あの部屋の惨状を見て推察できていた。
だからこそ僕はユーリを殴ったのだからな。
だがその時の恐怖、憎悪、喪失感。
それは直に見なければ分からない物で僕は改めて今回の軽視していた自分の行動に後悔した。
ただ今回は吐かなかった。
別に気持ち悪くない訳ではない。
最悪の目覚めを果たした僕の傍らでユリが手を握ったまま心配そうな表情で控えていた。
何時間もいつ起きてもいいようにずっと起きていたのだろう。
目の下に隈ができていた。
「おはようございます」
開口一番にそう口にしたユリは握っていた手を離して僕の顔色を窺っている。
そんなユリを見てこれ以上心配させてはいけないと吐きたいほどの気持ち悪さを我慢した。
「おはようユリ」
僕はどんな顔をしてそう口にしていたのかは分からない。
ただとても、とても重たい朝だった。
あの事件のアフターの話をしよう。
女子生徒が意識を戻っても真面な精神状態でないと分かってから暫くしてリアが連れて来た知らない中校舎の先生と複数の上級生がやって来てその惨状に絶句していた。
先生はこれはなんだと怒鳴っていた。
怒鳴る相手は当然唯一立っている僕達であった。
その反応は当然のようでいて何とも見当はずれな反応だ。
僕はその先生を無視した。
本来の一年生ならこの一喝で動揺するのに当てが外れた先生はちょっと戸惑って尚も話を聞こうとしてきたが僕はこれを払い除けた。
そして上級生の中にもっと信頼できる人を見つけてそちらに歩み寄る。
向こうも僕に気づいて他の人達を制して近づいてくる。
「ウィレム、なんでここに?」
「僕の従者が呼びに行ったんだから僕がいても可笑しくないでしょ?クー姉様」
そう、この人は僕の姉だ。
それも母違い合わせて僕達全12人の兄弟姉妹の最年長の長女クーデリア・ローグレイ。通称クー姉。
お母様にそっくりの姿だけどお母様のようなおっとり感はなく代わりに張り詰めた緊張感を与えてくるような人だ。
実際少し頑固で硬いと僕は認識している。
そしてクー姉は現在”最後の審判”に所属している。
大それた名だが俗にいう生徒会である。
会長は後ろの連中の誰かだろう。姉様は確か書記や会計なんかの立ち位置だったはずだ。
「そう、あの子が貴方の従者ね……。それより現状の認識を私もみんなもできていないの、説明してもらうわよ」
「それはいいけどその前に彼女を医務室に連れて行って欲しい。相当酷い目に遭ってたみたいなんだ」
僕の言葉にクー姉は視線を外し僕の言っている事を理解して一緒に来た女子生徒の二人に声を掛けて医務室に向かわせた。
こちらも付き添いとしてリアに一緒に行って貰う。
それから残った男子生徒達によって縛られている男達をユーリ含め全員連行。
僕とリエラはクー姉と”最後の審判”の残りと一緒に移動して説明を行った。
色々と黙秘したが取り敢えず大雑把だが理解して貰えた。
……というより”最後の審判”の人達は現状を既に十二分に理解していた。
休み明けからずっと学園で騒がれていた謎の生徒の暴動騒ぎ。
それと今回の事件は関係していた。
僕はこの前、学園側はどれだけ把握しているのかと疑問に思っていたがかなり慎重かつ徹底して調べていたらしい。
この事件で男達が交渉していた箱に入った大量の草の山はすべて依存性の毒薬。
前世で言うなら覚醒剤や大麻だ。
その毒草の売買は多くの貴族が通い貴族同士の交流も取りやすい学園を利用している。
売買が行われるようになったのは今年度が始まってからと思われている。
始まった時期が曖昧なのは症状が表に出るまでに時間が掛かりそれも服用ペースによって変わってしまうからだ。
暴動した生徒はごく一部で暴動を起こしていないだけで服用している生徒はまだ多くいると見た方がいい。
毒草は吸うとまず高揚感と一時の能力が向上する。
この能力向上というのが厄介で身体能力だけでなく暗記力や直観力も飛躍的に上がるため多用する人は多い。
異常は遅延性の為、飲んでも害がないと錯覚しているようだ。
そうして飲み続けた生徒が休み明けに遂に幻覚や被害妄想が発生して錯乱。
暴動事件に繋がったという訳だ。
だが現在確認できているのはそこまで。
これらは暴動を起こした生徒の共通点と推測によるものだけで、
ばら撒いている犯人
その目的
物資の輸送ルート
取引方法
と言った重要な事は何一つ把握できていない。
特に物資の輸送はこの学園都市は他の街よりも厳しく管理されているにも拘らず持ち込まれた形跡はなく、なのに取引は未だに続いてしまっている。
完全に後手に回ってしまっているとクー姉は嘆いていた。
だから今回の様に現行犯で捕まえることができた事は僥倖だと喜んでくれた。
これを機に犯人を挙げる手掛かりが見つかるといいが……。
そんな話をした後は僕らに一言注意を入れた後引き止めようとする先生を制してすぐに開放してくれた。
それから十数日後。
何もないかのように変わらない学園生活が送られていった。
大会予選、本戦共に順調に終了した。
本当に何も知らなければ何の問題もない学園生活に思えてくる。
だが確実に裏では売買取引が行われている。
あれから女子生徒は療養のため親元に帰る事となった。
彼女の名はノルエナ・ミオクリフト。
ユーリの家名がマオクリフトで夢の通り家自体は良好な関係だったようだ。
それが今回の件で亀裂が入り婚約の解消は確定したという。
今回の事件を学園側から報告されたノルエナの両親が領地から飛んできて僕はその二人と面会して直接聞いたので確実だろう。
二人とも優しそうでいい両親だった。
それだけに心を閉ざした娘を見て泣いている姿は今も心に残り、二人から感謝された時の心は罪悪感ばかりだ。
こうして学園生活休み明けの最初の一月が終了した。
次回は……主人公出ません?!
夢でもないよ




