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33.綿あめ

 夢の中で視点となった女子生徒。

 例のごとく名前は不明だ。


 やっぱり事前に名前を知らなければ夢の中で名前が出ないのだろうか?


 ともかく助ける対象が分からなければ助けようがないからな。

 まずその人物の特定が先決。


 幸い、今回はヒントが多かった。


 彼女の彼氏の名前が出てきたこと、そして大会にエントリーしている事だ。

 この二つから調べていけばほぼ間違いなく人物特定はできるはずだ。


 予選の日程は公開されてはないものの調べれば簡単に入手する事ができる。


 既に調査は開始していて後は結果待ちだ(実際はマユキに頼んだだけでウィレム自身は何もしていない)。


 そして昼前には調べ終わり。

 同姓同名の年齢も近い彼女持ちが二人現れるという面倒なイベントは発生せずに該当する人物を特定できた。


 ユーリという名前で登録されている出場選手は一名のみ。

 中級生で印象が大会に出場しない様な弱そうな感じの選手だというのもあって間違いなくこの人物であっているだろう。

 試合の時刻的にも夢と合致してるし間違いはなさそうだ。


 そしてその試合の日程だが”明日”だった。

 夢を見た当日ではなく一日空いていた。


 一日の猶予。


 今回の悪夢はリエラやユリの時に比べればそこまで絶望的な状況ではない。

 Aランクの魔物べヒモスや元騎士の率いる盗賊団を相手にするのに比べたら、ただの悪人が数人相手の方が気が楽なのは言うまでもない事だろう。

 ユリの協力もあるので人物の特定と場所さえ分かれば今日起こったとしても解決はそこまで難しくない。それが一日の空きがあるなんて難易度が一気に2ランク下がったようなものだ。


 ただし今回の夢の嫌な所で事前に忠告しにはいけない。

 本当なら今から注意して止められれば事件自体が無くなって楽なのだがそれは無理だ。


 夢を見せられている間視点となる人間の感情がダイレクトに伝わってくるから分かる。


 今の彼女は家の都合で渋々付き合っているという彼氏の正体を知らぬまだ世の中が輝いて見える脳内お花畑のお嬢様状態だ。明日危険があるなんて言ってもとても信じてはくれないだろう。それがたとえ友達でも無理そうなのである。校舎も違えば面識もない下級生の言葉なんて聞くわけがない。

 忠告に行った所で変人を見る目で見られて追い返されるのがオチだ。よって犯行前に止めるのは無理である。


 急いで会いに行かず明日の犯行前に控える。






 そんな訳で明日のことは明日考える事にして今日はいつも通りに授業を受けている。

 今日は野外授業という事で中校舎の敷地に来ていた。


「今日は乗馬見学を行う。

 乗馬はこれから上級生になってくれば授業で必要になってくる。それに貴族は馬に乗れるのは一種の必要なスキルと言えるから上級生の授業を観察してしっかりと参考にするように」


 校舎の外にある馬小屋の前でハグロ先生がそう言って授業が始まった。


 後ろを振り返ると前世のグランドの5倍の広さがある芝生で上級生達が乗馬の授業を受けている。


 今日の授業は乗馬の訓練ではなくその見学だ。

 学年が上がった際の選択科目を今から考えておくようにという事らしい。


 グランドには一クラスとその生徒数と同数の相棒の馬がいるのにみんなノビノビと走れるだけの余裕がある。

 こんなグランドがまだ何個もこの学園にはあるのだから改めてこの学園の大きさを実感する。


「私、乗馬は自信ないよぉ~。乗ってる途中で気持ち悪くなって落馬する気がする」

「大丈夫だよリア。馬車と乗馬じゃあ感覚が違うから、それに乗れるようになると酔いにくくもなるって前に先輩から聞いたことがあるから覚えて損はないよ」


 隣では馬(馬車)でいい思い出のないリアはテンションダダ下がりで、リエラは既に乗れるそうなのでリアに乗馬の良さを説いていた。


 下りた後すぐに立ち直っていたけどトラウマになっていたのか。

 僕としてもリアにも乗馬スキルは持っていて欲しいからリエラが上手く説得して関心を持ってくれるように期待しよう。


 因みに僕には当然乗馬のスキルはない。どころか馬に触った事すらない。

 何度かその機会はあったのだが前世の記憶が蘇る前の自分は馬は配下が動かす物だと言って必要としなかった。


 そもそも自分の世界は馬に乗る程広くはなかったからなぁ。


 前世でも当然ない。


 これからあれに乗るのかと思うとリア以上に自信が無い。

 ……車が少し懐かしい。


 乗馬の授業は2年生からで1年生の間は基礎知識と馬との触れ合いを主としている。


「俺、もう家で乗らしてもらってんだぜ」

「うちは必要数しか馬いねえからなぁ」


 男子は皆興味津々で、貴族の家で乗馬を既に教えている者が自慢げにしている。


 馬は騎士の相棒。

 強い騎士=乗馬が上手いという認識なのだから当然の反応だ。


「馬ってなんか近くで見ると怖いね」

「でもあっちの馬は毛並みが綺麗ですわ」


 逆に女子生徒の殆どは馬を近くで見るのも初めての者が多いので皆恐る恐ると言った感じだ。


 女性で馬に乗るのは商人か冒険者ぐらい、貴族令嬢は生涯乗らない。

 だから憧れはないし相棒だとも思わない。

 馬は自分より大きくて怖いのだ。


「2年になったら自分で馬を選んで世話をするようになるので今のうちに触れるようにしとけよ。あと馬には後ろから近づくなよ。蹴られたら一発であの世行きだからな」


「「「ハ―――イ――――」」」


 元気よく挨拶を返すクラスメイト。


 すると一匹の馬がこちらへとやって来て頭を差し出してきた。


(撫でてもいいのかな?)


 僕は恐る恐る手を伸ばして手を馬の頭へ置いて撫でてやると馬は気持ちよさそうに目を細めとて鳴いた。

 暴れる様子はなく寧ろ頭をさらに押し付けてきてもっとなでろと催促された。


 結構可愛いな。


 先生たちの思惑通りこの授業で僕は馬への関心が高まったのを自覚するほど馬と触れ合ったのだった。


 …………


「って何和んでるのよ」

「うひゃっ」


 そんな前の授業を思い出して和んでいたところを突然脇をつつかれた。

 丁度そこが敏感ポイントで思わず変な声を上げてしまった。

 身体が一瞬飛び上がって椅子の半分ずれて咄嗟に机を掴んでバランスをキープして何とか持ちこたえた。


 身体を立て直した僕は顔を上げると前にはマユキが上からこちらの顔をのぞき込むようにしながらクスクス笑いで立っていた。


「何、気持ち悪い声を上げて」

「お前がつついたからだろ!」

「隙が多いウィレム様が悪いわ。それにただつついただけなのに反応し過ぎ」


 余程可笑しかったのか口元はまだ笑っている。


 そんなに僕の顔が面白かったかっ!


 人の和みタイムを邪魔すんな、と文句を言おうと思ったがそういえば今、低学年の間でこういう隙をついて脅かしてくるのが流行ってたなと思いだして文句の言葉は飲み込んだ。

 こういうのは反応した分相手を楽しませるだけなのだ。


 それにしてもまさかマユキがしてくるとは思わなかったが、


「たくっ、それで何の用」

「何の用とはひどい言い草ですわね。こっちは朝から頼まれごとを引き受けてあげましたのに感謝の一つももらっていませんのよ?寧ろこのくらいで済んでよかったと思って欲しいわ」


 まだクラスメイトがいるので令嬢モードのマユキは覗き込んでいた顔を離すと優雅な佇まいに令嬢口調で話をする。

 毎度驚かされるが素の大雑把なマユキとは真逆な筈なのにこちらのマユキでもしっくりくる。


「ああ、ハイハイ、ありがとうございます。で用は?」

「……この間、貴方の買い物に付き合ってあげたじゃない」

「あれはマユキが勝手に……」

「付き合って(・・・・・)上げましたよね?」

「……あぁ、そうだったね」


 一瞬で笑顔のまま物凄い殺気が飛んできたよ……。

 同い年の筈なのにとんでもない殺気で僕に向けて放っているのに漏れた殺気だけで周りまで委縮しちゃってます。


「だから今日は私に付き合いなさい」


 え――――、と言おうとしたら、また殺気交じりの眼光が飛んできた。

 眼光から「断ったらコロス」と読み取れてしまった。


 怖っ!


 だが今日は明日の為に休みたいんだ。

 ここは理由を付けて後日に回してもらおう。


「……今日は予定」

「がないのは分かっていますわよ」

「………僕も行きたい場所が」

「私のが終わったら行きましょう。そこまで時間は取らないわ」

「…………僕のも食べ物系で」

「甘い物は別腹って言いますし問題ありません」

「………………」

「あと貴方の寮には連絡済みですので」


 詰んだ……。

 これはもうマユキに外堀を埋め終わららている。


「それでは放課後にまた会いましょう」


 何も言えなくなったのを承諾と取ったマユキはさっさと教室から出て行った。

 扉から出て行くその表情は勝者の微笑みに見えた。


 マユキがいなくなったことで教室内の雑音が耳に入るようになってくる。


 そして敗者は、


 あ――、言いくるめられた?

 7歳相手に?

 同い年だよ?僕は前世の記憶を合わせれば5,6倍の歳の差があるはずだよね?

 かっこ悪いを通り越して無様だよな?


「マユキ様、格好よかったね」

「そうね、ウィレム様が何もできなかったもんね」


 リア達の止めの一言によって僕は撃沈した。




 …………という訳で放課後。

 午後の授業はうわの空だったがお陰で0だったライフを5回復した。


 帰りたい!休みたい!ベットでゴロゴロして甘味でも摘まみながら惰眠を貪りたい!!


 しかしたった5では買い物に行く気力までは回復していない。


 逃げようかとも考えたがリアとリエラの監視が厳しく断念……。


「ほら、ウィレム様。マユキ様が待ってますよ」

「なんで今日はこんなに愚図ってるんですか」


 まぁ、抵抗しても無駄だっただけなんだが……。


 授業終了で僕が立つ前に既に逃走経路にリエラが立っていて、行動を予期された事へのショックを受けている間にもしもの為の考えていた二次経路もリアに抑えられたというのが真相です。

 

 実質逃走する前に止められたので断念なのだ。

 完全敗北だけどなっ!


 思い出してライフが2下がった。


 そして玄関前にいくと示し合わせたようにマユキがスタンバっていて、まるで連行された犯罪者の引き渡しの様にマユキに引き渡された。

 そう意識すると僕を連れてきたことを褒めるマユキの言動も逃走中の犯人を捕まえた警官を褒めている感じに聞こえてくる。

 両手を組んでハンカチを手に乗せられれば完璧だったな。


「それじゃあ行きますわよ」


 返事も待たずに引っ張られて連行される僕。


 リア達は気を使ってか若干距離を取ってついてくる。


「今日のお店、私も初めてなんだけど周りで行ったっていう子達の反応だと美味しかったみたいだから楽しみなんだ」

「そうですか。それよりもうこの格好は恥ずかしいから普通に歩かせてくれませんか」

「うーん、もう大丈夫か」


 校舎から出て少し歩いてからようやく拘束が外れる。


 もうここまできて逃げる気はない。

 素直に笑顔を浮かべるマユキの後をついて行った。


 それに少し腹が空いてきていたので、これもいい機会だったとポジティブに考えることにした。

 その食べ物にも少なからず興味がある。

 いい参考にもなるかもしれないしな。


 前回とは違う区域の商店街。

 僕も初めて訪れる場所であった為マユキのエスコートに従う。

 良さそうな店はチェックして興味を持った店には余裕のある休みの日にでも回りなおそう。


 商店街に近づくと既にショッピングを楽しんでいる生徒達がいた。


 前世同様授業の時間割は低学年から高学年になる程増えていく。


 今の時間は1年生は終わっていても上級生はまだ授業中の時間帯でつまり今いる学生は1年、もしくは2年生しかいない。

 意外に買い物好きの学生が多いな。


 この区域は食べ物系の店が多いのか香ばしい匂いも強く感じる。

 特に肉の焼けた匂いとかが食欲をそそった。


「そっちは焼肉だよ、ウィレム様」

「分かってるんだけどいい匂いがして」

「確かにいい匂いだけどがっつり食べに来たわけじゃなのだから脱線しないでください。目的地までもうすぐですから私から離れないでついて来て」

「わかったから引っ張らないでくれ」


 人通りも多くなって逸れやすいから手を繋ぐのはいいけど無理矢理引っ張るのは止めてくれないと危うくコケそうになるんだ。


 肉の香りが遠ざかっていく。

 本当に食欲の刺激される香りだったから次は必ずいこうと心に刻み込んだ。


「あ~凄いわね」

「まさか……これ全部?」


 そして目的地に……着きませんでした。


 マユキが止まったのは人の列の最後尾。

 別名、行列だった。


「人気だって聞いてたけどこんなに来てるとは思わなかったわ」

「予想してたのだと学生ばっかりだと思ったんだが」


 列には僕らと同じ制服を着ている人もいるがそれ以外のお客さんもかなり多い。

 男女比率は予想通り圧倒的に女性のが多いが。


「正確には学生の関係者よ」

「関係者?」

「そう、みんな学生の従者連中ね。上級生は自分で買おうとすると低学年のが授業が早く終わって街に出れるからどうしても出遅れちゃって最悪売り切れになっちゃうでしょう。だから自分達で買いに行かずに仕方なく使用人を使いに寄越してるのよ」


 そこまでしてるの!?


「店側もそれを理解して下校時間に合わせて開店してるから混むとは思ってたけど。……それでもまさか店がまだ見えない位置から並ぶことになるとは思わなかったわ」

「私こんな行列見たの初めてです」

「私は行列自体初めてだよ」


 後ろにさっきまで一定距離を開いてた二人がいつの間にか僕の後ろに来ていた。


「お前達お金は……」

「あっ」

「……立て替えで」

「今日は奢ってやる」


 二人だけ奢る訳にもいかないのでマユキも入れて三人分奢る事になった。

 並んでいないが付いて来ているだろうユリを仲間外れにはできないから四人分か。

 そんなに高くないと思うが四人分とは結構な出費だ。


「これも男の甲斐性だから二人とも気にしちゃだめよ」

「お前が言うな!」




 店が見えない程の行列はそれはもう時間が掛かった。


 今まで行列に並んでまで買い物をしたことがなかったし遊園地などの並ぶものも出来るだけ時間短縮できるようにしていたからこういった暇な時間はちょっとしんどかった。

 スマホでゲームとかできないもんな。


 そんな草臥れながらようやく買ったのが、


「……まさか綿あめとは」


 期待していただけにこの結果はきつい。

 まったく腹に溜まりそうにない。

 しかも滅茶苦茶高かった。

 普通に昼食取った方が安かった程だ。

 前世のバイキングにあるような食べ物がこちらでは高級料理である。


「ウィレム様食べないんですか?美味しいですよ」

「そうですよ。甘いですよ」

「まるで雲を食べているようでしたわ、と食べた方たちが言っていて半信半疑でしたが言葉通りでしたわね」


 そう思ってしまうのは僕だけで一緒に食べた女性陣にはとても好評のようだ。


 皆、口に綿を付けながら綿あめに齧り付いている。

 前世では馴染みの物でもこの世界では最新のお菓子である。


 彼女たち以外の購入者も珍しがったり美味しそうに食べていて値段が高いとは誰も思っていない。

 なんか周りとの距離感を深く感じた。


「三人とも口に綿がついちゃってるぞ」


 三人とも口元べったりだ。

 仕方なくポケットからハンカチを取り出して一人ずつ拭いていく。


「わぷっ」

「むぐっ」

「んンっ」


 三人分拭うとハンカチがベトベトになってしまった。


 食べてみて分かったが砂糖が溶けきれてない。

 溶融した砂糖の細い綿状の中に溶けてる砂糖の塊が混じっていてそれが口元についてくるのだ。

 まあ、甘いのは同じだから全く問題ないんだが。


 僕もさっさと食べ終えると口元を押さえて綿あめの余韻に浸っている三人を我に返らして離れることにした。

 人混みで混んでいると思っていたが綿あめ店周辺がやたら多かっただけらしい。

 すぐに全力で走ったりしても問題がない程度に人通りが減った。


 これで用も済んだし後は帰宅するだけ少しはのんびりできるだろう。


 そう思ったのもつかの間、どうやら今日の僕は運がないらしい。


「あら、そこに居らっしゃるのってもしかしてウィレム王子?」


 面倒な奴に遭遇した。

 名前は確かナタリアで家名は……。


「ナタリア・イルミライド」


 そうそうそれそれ、マユキさんナイス(グッ)!


 ナタリアとは一応昨日ぶりなんだよな。

 なんかかなり前の事に感じる。


「貴方はもしかしてフランク家の”貴人”?」


 フランク家はマユキの事だけど”貴人”って何?初耳なんだけど。


「私にそんなあだ名はありません」

「名前が分からなかったもので、ほんの冗談ですわ。…………(ブツブツ)」


 初対面の相手に勝手にあだ名をつけたのかよ!

 それに貴人って素のマユキには似合わないな。


 ナタリアはこちらに聞こえないほど小さな小声で何かを呟いているようだがマユキは気にせずに返した。


「貴人とはまた私に相応しくない。見る目が無いのに不用意にそのような冗談を言っていますといずれ恥をかきますわよ。あぁ、既に第七王子の耳に入ってますから忠告は遅かったですわね」


 そしてマユキもいきなり喧嘩腰かよ。

 概ね同意してやるけど態々言う必要ねえからな!


 ナタリアは胸元で腕を組み、マユキは腰に手を当てた姿勢で睨み合う。

 真ん中で火花でも出ようかって雰囲気だ。

 リアがヒッと悲鳴を上げる。


「ふーん、その様子だと話をしてない?それとも断るのかしら?」

「あなた達の下につけって話なら聞いたわよ。聞いてその人の頭は大丈夫かと心配したのだけれど手遅れみたいね」

「荒事になる前に穏便に済ませようとした先輩の優しさだったのに残念だわ」

「ハハハハハッ」

「フフフフフッ」


 二人とも笑っているが目が笑っていない。

 どちらも相手を敵認定した目になってる。


「ウィレム様、怖いですぅ……」

「飛び火するといけないからこのまま静かにしていた方がいいぞ」


 マユキの異常な威圧感を無視すれば1年生のマユキ(7歳)とアレク兄様と一緒と言っていたから多分10年生(15歳)幼い子供といい年した子供の対峙なのにナタリアは大人げなく対応している。

 何してくるか分からない相手の上にアレク兄様の派閥の人は平民には厳しいからリアとリエラは何かあった時以外静かにしていた方がいいだろう。


 二人も汲み取ってくれたようで口を閉じた。

 リアに後ろで服を掴まれているがそれで恐怖が和らぐのなら一向に構わない。


 通行人も何があったと立ち止まって成り行きを見守り出している。

 いつの間にか離れて様子を窺っていたのかマユキの取り巻きとナタリアの取り巻きも集まって加勢し出したため状況は収まるどころか悪化していく。

 このまま一触触発かと思われた。


「綿あめ買って来たけど……これってどういう状況?」


 人混みの中から綿あめを持ったアリッサがまるで何事もないように二人の間を近づいていく。

 マユキとナタリアの視線も外れた。


「はい、これ綿あめ」

「あぁ、ありがとうアリッサ」

「それはいいけどこんな人通りの道塞いで何してるの?」

「これは先輩としての教育で」

「傍からは倍も年の離れている下級生を苛めてるようにしか見えないですよ」

「え!?」


 ナタリアは一旦マユキを見て、周りを見回すとまたアリッサに視線を戻す。

 そしてと顔を赤くした。


「今日はこのぐらいにしときますわ。アリッサ帰りますわよ」


 慌てた声でナタリアは踵を返した。

 その足は速くどんどんと離れていき、周りの取り巻きもその後をその慌てて追っていく。


「マユキさんご迷惑お掛けしたわね」

「こっちも対応してくれなかったから助かったわ」

「そう?ならこれで失礼するわ」


 アリッサはマユキに一言言った後取り巻き連中の後ろに続いた。


 一瞬僕の方を見て義愁傷様みたいな視線で見ていた気がしたけど一瞬だったし気のせいかな?

 ナタリアが去ったことで野次馬も終わったみたいだと分かり散っていく。


 どうなるかと思ったけど無事終結したようで何よりだ。


 では帰ろうと思ったがマユキは僕を睨んできた。


 何故!?


「ウィレム様」

「はいっ」


 怖っ!


 完全に捕食者のソレなんだけど!?

 ナタリアさんの時より鋭くなってません!?


 後ろで服を掴んでいたリアが服を離して遠ざかった。

 リエラは……すでに一定の距離を開いている。


 次いで取り巻きの人達が周囲の目から守る様に壁になっていた。


「さっきまでの状況は理解していますよね?」

「……ナタリアさんと険悪な雰囲気でした」

「では貴方はなんですか」


 なんですか?……何かって何?

 ちょっと分からない。


 答えないでいるとマユキが続ける。


「ウィレム様は王子ですよね」

「あ、はい」

「私達は貴族です。……なぜ傍観していたのです」


 …………えっと、怖かったから?


 分かってる、これだとアウトだ。

 言ったらマジしばかれそう。

 

「王族の前で醜い争いをすればそれを止める、常識でしょう」


 初めて聞きました……。

 マユキのこめかみがピクリと動いた。


「あのナタリアとかいう先輩もあなたの事を王族とは思っていないようでしたが本人がこれでは致し方ないですね」

「そこまで」

「少なくとも見ていた人の中に王族がこの場にいたと思う人はいませんよ」


 ……何も言い返せません。


「私が強気で出て貴方が執り成す。自分達の派閥が対等であると主張すると同時に穏便に済ませようと思ったのに一向に止めないからあんな面倒に。

 アリッサに止められたのも良くない。あれでは不満を買った上に大人の対応をしたと思われるでしょう?

 そもそもリアとイチャイチャしてこっちは私任せにしていましたわよね」

「……………………………」


 イチャイチャなんて……はい、何も言い返せません。


 自分でもどんどん自分の身体が小さくなってると思った。

 それだけマユキが大きく感じるのだ。


 その後もマユキの説教が続いた。




 ◆





「分かりましたか!」

「はい……」

「私も怒るのに疲れましたからこのくらいにしておきます」


 やっと解放された。

 疲れが酷い。


 最初は立ちながらだったが人がいない場所に移動するといつの間にか正座に変わり石の上に接する足が砂利で痛いのなんのってぐらい食い込んでくる。

 立ち上がったら痺れで満足に立たなくて倒れそうになるところをリエラに支えてもらった。


「途中から限界のようだったので控えてました」

「ありがとうリエラ」


 動いてないのに足が震えている。

 一歩歩くと激痛が足の裏から大体を通って駆け巡って膝が笑ってしまっている。


 前世では正座って何ともなかったんだけどやっぱり慣れが必要なのか?

 それともこの体だからなのか?

 とにかく痺れが収まるまで自力で歩けない。


「まったく情けないわね。それでずっと気になっていたんだけど……あなた達なんでいるの?」


『はい?』


 マユキが振り向くとキョトンとした派閥の面子がみんな首を傾げていた。

 あれ?マユキが呼んでたんじゃないの?


 てっきりマユキが呼んだとばかり思っていた。

 ナタリアの派閥の人が出てきたのに合わせてタイミング良く出てきていたから全員近くにいたのは確かなはずだけど……。


「私は呼んでないわよ。今日はみんな休みを取って放課後は自由行動にしていたわよね?」

「その通りです」


 マユキの質問に集団の中で一人だけ前に出てきた子が答えた。

 確かマユキの派閥のナンバー2だったと記憶している。

 名前は……忘れた。


「偶然みんなでここに買い物に来ていたの?」

「違います」

「ではなぜあなた達はここにいるのかしら?」


 マユキの声のトーンが少し下がる。


 僕の時に比べれば全然なのだが声を下げたマユキは返答によっては怒るわよ、と暗示していると理解した派閥の子達は若干震えた。


 前に出ていた子だけは付き合いの差か、それとも器の違いか臆することなく淡々と返事を返した。


「マユキ様への報告がありまして探していたからです」

「全員で来る事だったの?」

「早く知らせるべきだと思い……いえ、こちらのミスな為、必要はあったと思考してしまったが正しいです」

「報告ミスに焦ったのね。それで丁度私を見つけた時にナタリアとぶつかってたからみんなを集めてタイミングを見計らって出てきたと」

「その通りです」


 沈黙が落ちる。

 マユキによる採決の結果が下されるのを派閥の子達は黙って待った。


 マユキは一息入れる。


「いいわ。一応役には立ったわけだから今回は不問。今度からは私の寮の方に一言入れてから来るようにしなさい。大抵の予定は執事が知っているからこんな大所帯になる事はなくなるわ」


『はい』


 マユキの采配に派閥の子達は胸を撫でおろす。


 尾行されていた訳でもないし報告を早くしなければという気持ちできたのに罰を与えるなんてことはする訳ないのだが如何せんマユキの圧が強い所為か必要以上に怖がってしまっているように見える。


 余裕がある者は許すと同時に改善案を瞬時に出すマユキに酔いしれてるな。


 今でこそ普通に付き合えるようになったが慣れてきた今もマユキの考えが常人の域から外れるから常人ではついていけなくなるんだよな。

 それが分かっていないのかその思考を必要以上に喋らないのに突拍子もない事を急に実行したり過激な事も言うからこういう劣勢に立たされると怖くてしょうがないのだ。

 マユキ本人は派閥の子を大切にしている様なのにそれが伝わっていない。


 もう少しアメを増やさないと理解者以外ついていけなくなると思うなぁ。


「で、その報告しに来たっていうのはなにかしら?態々それを言う為に総出で探しに来たのでしょう?」


 それと精神年齢的に大人びてるからだな。

 リア達に歳年上(二人とも同年代より大人びてる)と話している時でさえマユキのが大人びて見えるし。


「はい。報告ミスですが実は大会の予選のスケジュールなのですが急なエントリーによる人数増加で予定が前倒しになっていて現在丸一日早まっています」


 …………はぁ?


 ……イマナンテイイマシタ?


 予定が……ハヤマッタ?


「こっちがその新しい予定表です。マユキ様から急いで調べる様にと言われていたので明日でもいいかと思いましたがもしもの為に急いで報告しに来た次第です」


 派閥の子の一人が鞄からスケジュール表だと思われる紙をマユキに渡した。

 

 その報告が必要なのはマユキではなく僕なのでマユキはどう反応したものかとこちらを見てくる……が僕にはそんな余裕はなかった。


 理解しようと試みるも思考はフリーズしてしまっていた。


 呆然と彼女たちに視線を固定しながら言っていたことを反芻する。


 理解したくない事実。

 血の気が一気に引いていき、さっきまでの足の痺れなんて気にならない程意識が現実逃避を始めてしまう。

 

 報告ミス?

 スケジュールが変わった?

 そして丁度今日一日分早く行っている……。


 つまりだ……


「ウィレム様!?大丈夫ですか!酷い顔ですよ!」


 血の気の引いた僕の顔が余程酷いのか身体を支えるリエラが驚いた声を上げた。

 リアも同様に驚く。


 だが返事を返す余裕はない。


 もう一度夢の内容を思い出す。


 大会の予選に出ているユーリ(くず)の試合の後。

 今の時間帯は高学年のナタリアと遭遇してから説教をくらってもう結構な時間帯だ。

 ユーリ(くず)の試合が終わっているだろう。


 だが手遅れではない。

 夢に比べてまだ日が高い。


「悪いマユキ用事ができた。それじゃあ」


「え、あっちょっと……」


 僕はそう気づくとリエラから離れ派閥の子達の相手をしているマユキに一言言って走り出した。


 後ろでマユキが声を上げたが気にしている余裕はない。


 リアとリエラもいきなりの僕の行動についてこれずに後ろに置き去りだ。

 まぁ、リアはともかくリエラは簡単に追いつけるだろうから問題ない。


 ……足の痺れ?そんなもん気合いだ。


 通行人にぶつかりそうになりながらも速度を落とさずに走る。

 距離があり足がきついがそれでも止める事はしない。

 1500m走でもここまで根性は出さなかったほど頑張った。


 それでもかなりの時間が掛かった。

 息を切らせながらなんとか目的地の学園中校舎に到着する。

 ユーリの学年と夢の主が教室で待っていた事から起きた場所は中校舎だと推測した。


 問題なのはここからだ。


 夢で校舎内は見たが僕自身が中校舎の中身を知らない。

 明日にユーリを見張って置けば問題ないと調べていなかった。


 だからそれらしいところを潰していくしかならないのだが……この学園はかなり広い。

 中校舎だけだと言ってもに中校舎に移る5年生時に編入生が追加されて人数が増えるから小校舎より必然的に広範囲に大きく建設される。


 ここに来るだけでもかなりの時間を有している。

 これ以上時間を掛けたくはなかった。


「ウィレム様」

「ユリ!」

「私は上から探していきますのでウィレム様は下から。ただリエラを付けて下さい単身で突っ込むのは危険です」


 ここに来て今朝の話したのが役に立った。

 ユリは状況を既に理解しているからこちらのして欲しい行動を取ってくれる。


 分かった、というとユリは中校舎の中に入っていってすぐに見えなくなった。


「ウィレム様」


 今度はリエラだ。

 リアもすぐ後ろに来ている。


「突然どうしたんですか」

「悪いけど探している人がいるから付き合ってくれ」

「探すって今からですか。もう日が沈みます。生徒なんていませんよ」

「悪いけど時間が惜しい。リアにもついてくるようにだけ言ってくれ」


 リエラは納得いっていないようだが我慢してもらうしかない。

 すぐに中校舎に入らなければ……。


 息を切らせながら追いついてきたリアを半ば強制的に引っ張って僕らは中校舎の中へと入っていった。

設定

描写には書かれていませんがウィレムの買った綿あめの数は5つで一つ何処行ったと思った方へ

その一つはしっかりユリの手に渡っていますのでご心配なく



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