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30.偽りの

 今日も晴れ晴れとしたいい天気。


 通学路では生徒達が和気藹々と学園に向かって登校している。

 とても華々しい光景!

 世界は輝きに満ち溢れている!!


 生徒達の流れの中で私はちょっと背伸びした感覚になりながら木の影に足を止めて彼が訪れるのを待っていた。


 女子生徒が男子寮に直接迎えにはいけない。

 これは寮の規定で決まっている。


 中に入ってはいけないなら分かるけどなんで迎えに行くだけも駄目なのと思って調べたら学園を作った初代の国王様が「リア充を朝から見せられる男子の気持ちにもなれ!!」という意味の分からぬ宣言の元付け加えられたのが最も有力な情報だった。


 まったくいい迷惑である。


 もし行ける様になっても彼が恥ずかしいのか寮に迎えに行くのは拒否気味だから結局この形になったかもだけど。


 因みに女子寮は男子は朝だけでなくいつでも近づくのを禁止されている。

 まぁ、こっちは当然ね。


 近くにうろうろされたら下着をまともに干せなくなっちゃうもの。


 そんな訳で毎日朝の時間はこの木の前を目印にして彼と待ち合わせをして登校する。


 この日は私のが早く着いた。

 基本ここまでは友達と一緒に登校してここで彼がいるとそのまま登校、いないと友達と別れて待っている。


 登校する生徒の中に彼がいないか眺める。

 彼は男子にしては小さいから人混みで隠れちゃうから一人ひとりチェックしていく。


 するとそれらしい影を発見した。


 私は手を振って彼に私の存在を知らせる。


 向こうもこちらに気づいたようで生徒の間をすり抜けて速足でこっちに来てくれる。


「ごめん。待った?」

「ううん。私も着いたばかりよ」


 本当は今日は早く起きて10分前に登校してきたけど絶対に言わない。

 彼には彼のペースがあるんだから私のペースを押し付けたくない。

 それに待つ時間も私にとっては楽しい一時なので全く気にはならなかった。


 彼の名前はユーリ。

 私の幼い頃から知っている同い年の幼馴染。

 それに双方の両親が認めた許嫁でもあります。


 許嫁というと親同士が勝手に決めた顔も知らない相手と無理矢理結婚させられるというイメージを持ちがちだけど私達の関係はとても良好な物です。


 彼の実家と私の実家とは(領土が)お隣さん同士でお互いの領地で取れる特産物の交換が盛んでとても良縁な関係で、その為彼とは幼い頃から接する事が多かった。


 そして私が彼の優しさとひたむきさに惹かれて恋に落ちるまで時間は掛からず、許嫁になった時は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

 中校舎に移り変わるのを機に彼が私に告白された時は胸が張り裂けるほど心臓が高鳴り嬉しさで涙を流して彼を困惑させたのは一生の思い出です。


 つまり私達は誰の目で見ても明らかな相思相愛の恋人同士、カップルをしています。


「今日の授業の宿題やって来た?」

「えっ!?今日って宿題なんてあったっけ?」

「もう!やっぱり忘れてる」

「あ~、ごめん。見せて!」

「そう言ってこの前も見せたじゃない」


 と言いつつ鞄を開けてノートを取り出す私。


 両手を合わせて頭を下げて懇願する彼を見て可愛いと思ってついつい甘やかしちゃう。


 本当は自分でやらせないといけないと分かりつつ受け取った彼の喜ぶ顔を見たら決心は一瞬で緩んでしまうのだ。

 表情を崩さないようにするのが大変だ。


「いつもごめん。お詫びと言ってはなんだけど今度新しくできたっていう甘味屋で好きな物奢るから機嫌直して」

「本当!」

「次の休みでいいかな?」

「それってもしかして、あの、そのデ、デート?」

「まぁ、そうとも言うね」


 頬を掻く彼の顔が赤く染まる。

 たぶん私の顔も同じくらい赤くなっていると思う。


「嫌?」

「ううん、行く!それより奢りの件忘れないでね」

「任せといて」


 そんな幸せの絶頂に私はいました。




「それでね。私は彼の口元を拭ってあげたの!」

「はいはい、もう惚気話はご馳走様よ。それより今日はまだ帰らないの?」

「うん。今日はユーリの予選があるからその間まで待っているつもり」

「あ~武道大会の予選は観戦禁止だもんね」


 そうなのだ。

 去年までは予選でも観戦OKだったのに今年は選手を観客が囲って予定時間を遅らせるから観戦禁止とか折角彼の勇士が見たかったのに横暴だ!


 この学園のルールは私達の邪魔をしたいんだと思う。


「彼の実力だと本選出場は無理でしょ?」


 彼の実力は……。

 私は実技の彼の姿を思い出して苦笑する。


「うん。たぶん相手はユーリと当たってラッキーだと思うレベル」

「それでよく出る気になったね」

「ユーリって昔から優しいけど荒い事はからっきしだったからこの大会を機に逞しくなりたいんだって」

「あのユーリが逞しくか……想像できないわ」


 それは……否定できないな。


 彼って相手に合わせるのは得意だけど自分が引っ張っていくのが苦手だもんなぁ。


 もう半年以上経ってるのにキスの一つもできてないし手を繋ぐのにもかなり時間が掛かったもん。

 寧ろよく彼の方から告白を切り出せたと思っている。


 その少しの勇気で私をこんなに幸せにしてくれたんだから何の文句もないけどね。


「変わるきっかけが欲しいから出場してるんだもん。私は彼が奇跡を起こしてくれるって信じてるわ」

「勝つのが奇跡ってそれはそれで酷いこと言ってるわよ貴方」

「あー早く帰ってこないかなー」

「はいはい、それじゃあ今日は彼を待つんだね。私は先に帰るから」

「うん、またね~」


 その後、友達もクラスメイトも次々と下校していきクラスの中に居るのは私一人となった。


 大会の予選は参加人数が多い為一日に何戦も行われる。

 特に初戦は切りつめで組まれているので時間が押すことは少なくない。


 聞かされた対戦順位は後半の最後の方で本人も遅くなるとは言っていた。


 けど流石のそろそろ戻ってきてもいいと思う。


 もしかして何かあったのだろうか?

 余りに弱くて怪我したとか!?


「うん。迎えに行こう」


 そうと決まれば荷物を持ってクラスから飛び出した。 


 もう生徒の姿のない廊下を進んでいく。

 こんだけ人がいなければ多少廊下を走っても注意されないから私の歩くペースはどんどん速くなっていった。


 こういう場合、彼とすれ違いになったりしちゃうものだっていうけど私には当て嵌まんなかった。

 向かっている途中でこちらへと向かってきている彼の姿を発見した。


 制服姿で特に目立った外傷とかは見られないけど本人は下を向き肩を落としている。

 予想はしていたけど私は彼の予選の勝敗を理解した。


 落ち込んでいる彼にどう声を掛けようかと歩く速度は急激に下がり第一声に迷っているとユーリの方も私に気づいた。


 ちょっと驚いた顔をする。


「教室で待っているって言ったのにどうしてここに?」

「来るのが遅いから迎えに来たのよ」

「そうだったんだ。ごめん、試合自体は結構前に終わったんだけど僕気絶しちゃって今さっき起きたんだ」

「え!?怪我とか大丈夫なの!?」

「それは平気。一発でのされちゃって、それも大分手加減されたみたいで傷跡も残ってないよ」


 そういう彼の顔は影が差したように暗い。


 それだけ何もできずに負けたのだろう。

 彼のプライドがズタズタだ。


 自信をつける為に出たのにこれでは逆に自信を失ってしまっている。


「けど跡を残さず一発で気絶させるなんて相手の人相当の実力者だったんじゃない。相手が悪かったのよ」

「うーん、そうなのかなぁ」

「そうよ」


 励まそうとしても彼の顔は晴れない。


 これ以上彼に試合の話はしない方がいいわね。


 その後は試合の話は止めて普段通りの友達に聞いた事や授業の事など他愛の無い話しながら校門に向けって校舎を下って行った。

 最初は落ち込んでいた彼も次第にいつもと同じ感じに戻っていったので一安心だ。



『………これ……ぶt……そ……』



「ねえ、何か聞こえなかった?」

「僕も聞こえたね。あっちの方から」


 誰かの声のようなものが聞こえた気がして彼に確認を取ると彼も聞こえた様で声の聞こえた方を指さした。


 こんな時間に生徒?


 指を指した方向はクラスの教室ではなく選択科目などでしか使わない教室が一部屋あるだけだったはずだ。

 こんな時間にそんなところに残るなんていったい誰だろう?


「ねぇ、見に行ってみない?」

「え!?いや、でも」

「なに?怖いの?」

「こ、怖くは無いよ。でももう暗いし早く帰った方がいいよ」


 確かにもう外は真っ暗になっている。


 でも寮に門限なんてないし少しぐらい遅くなっても大丈夫でしょ。



「もしかしたら大変なことかもしれないし」

「逆に大変な事だった方が問題じゃない。例えば部屋の鍵かけられて出られないとか」

「それはないと思うよ」

「確認よ、確認。見たらすぐに帰るから」


 私は絶対行くという態度を示すと彼は渋々だけど折れてくれて一緒に行ってくれると言ってくれた。

 本当は見に行くのが怖いのに付き合ってくれるから大好き。


 声がした部屋には明かりがついていた。

 ただその教室の窓にはカーテンが引かれている。


 カーテンが引かれていたから曲がり廊下まで光が漏れなかったのね。


 そして近づくうちにその部屋から声がはっきりと聞こえる様になってくる。

 よく聞くとその声の主は一人ではなく複数人いるみたいだ。

 一人ではなく複数人、先生ではなさそう。


 これだと有り得そうなのは……。


「なんかの活動かな?」


 彼も同じことを考えていた。

 以心伝心だね。


「何かの活動でこんな時間帯に集まるという事は他の生徒には知られたくないのかもしれないわね」

「それじゃあ隠れていった方がいいんだね」

「ユーリも分かってきたじゃない」


 私達は教室内から死角となる位置を音を立てない様に注意しながら進んでいった。


「これで契約は成立だ。さあ、物を渡しな」

「そう焦らなくても今渡すわよ」


 はっきりと教室内の声がこちらにまで聞こえてきた。


 一旦止まり隙間から覗き込むと男達複数人の姿が良く見えた。

 生憎と障害物が邪魔をして半分しか見えないが角度的にこれ以上移動した所であまり変わらなさそうだったのでこのままここで覗く。


 教室内にいる男達の数は目視できるだけで5、いや6人。

 それ以外に少なくとも2人以上はいると思える。

 見た感じでしかないが見えている男達は一緒のグループのようなもので見えていない誰かと話し合い、というかなにかの取引をしているように見えた。


 真ん中にいる見た目がごっつい男がリーダー格でその周りが部下と言った感じ。

 かなり強そうね。


 確実にユーリなんかでは相手にならない武闘派だわ。

 男としてはあんな筋肉男よりユーリのが上でしょうけど。


 そんな男に付き添う形で部下みたいな男達が5人程。


 何人か結構大きな箱を持っている。

 封は切られているようだけど生憎とこの角度からでは中身が見えない。


 今は会話が途切れていて会話での状況把握ができない。


 暫くして箱を持った者達が順番に死角に移動して戻って来ると持っていた箱がなくなり、代わりに元より小さな箱を抱えて戻ってきた。


(品物を交換している?)


 ごっつい男か、それとも死角にいる人のどちらが売人なのかは分からないけど何やら密談での商品の受け渡しの現場に遭遇してしまったらしい。


(これって見ちゃったら拙いやつの可能性高いよね。もう戻った方がいいかも)


 これが何の取引か分からないけど私の勘がこれ以上いてはいけないと告げている。

 すぐにユーリの方を振り返ってここから離れようと告げようとしたとき、


「おい!何やってんだ!」


 急に上げられた甲高い声にまさか見つかったのかと心臓が高鳴り私は咄嗟に振り返ってしまった。

 幸いとして男達は私達に気づいた訳ではなかった。


 荷物を運んでいる一人が足をもつれさせて転び箱の中身をばら撒いてしまったのである。

 しかしこの中身が私の予想を大きく外れたものだった。


 箱の中身は何かの商品ではなく大量の金銭だったのだ。


 箱の中いっぱいの金銭、枚数からして十分な大金、それも男達が持っていた箱全部だとするととんでもない金額だ。


 こんな金額の取引真面な筈がない。


 私はその衝撃に思わず声を漏らしそうになったが慌てて口を塞いで何とか止めた。

 流石私!


 早くここから立ち去らないと。


 だが私の隣にいる彼にまでは気が回らなかった。


「うわぁ!」


 隣では私と同じ光景を見ていたユーリが声を上げながら後退っていた。


 慌てて口を押さえるがもう遅い。


 当然ユーリの声は教室内にいる男達の耳まで届いてしまっている。


「誰だ!」


 教室にいた男達は金銭を拾うのも止めて教室の出口へと向かってきた。


「ユーリ逃げるよ!」


 こちらに来る男達を見て慌てて動き出す。


 一瞬恐怖して動くのが遅れた。

 

 まだ呆然とするユーリを立たせて逃げる為に走り出した。


 走る音が出ているけど今更もう関係ないから全力で走った。


「あれっていったい何なの!?」

「分かんない!でもあの大金見たでしょ!あんなの大手の取引で扱う額よ!それをこんな人を避ける様に行うって」


 何かのヤバい取引現場かなにかよ。

 そう言いたかったがその前に後ろから男達の声が耳に響く。


「あいつらだ!」

「男と女の二人組だ。急いで捕まえろ!」


 額に嫌な汗が流れる。


 男達の言動には必死さが見て取れた。

 逃がす気がないという気迫のようなものを感じる。


 つまり捕まったら何をされるか分からない。


 今でも全力で走っているのにもっと速く走れと脳が身体に訴えかける。

 後ろを振り返ると男達との距離が若干縮んでいるように感じる。


「ハァハァハァ」


 息の乱れが酷い。


 最近運動をしていないから身体が上手く動かない。

 こんな事なら少しぐらい実技に参加しておけばよかった。


 先に行く彼との距離ができてしまう。

 私はユーリに助けを求めた。


「ユーリ待って」

「何やってんだよ!急がないともう来ちゃうよ!」


 しかし帰ってきたのは普段の彼の言動とは違う荒っぽい言葉。

 振り返る彼の顔にはいつもの穏やかな顔はどこにもない。


 声には恐怖と焦りに加えて苛立ちが含まれていた。


 私の後ろにいる男達への恐怖。

 自分の足で逃げられるかの焦り。

 そして速度を上げたいのに上がらずに助けを請う私への苛立ちだ。


 そして無理に彼に追い縋ろうとした私の足がこの瞬間もつれる事となる。


「いたっ!」


 勢いよく転んでしまった私はすぐに立とうとしたが膝を打った痛みで立ち上がる事ができなかった。


 後ろで追ってくる音が次第に近づいてくる。

 私は遠のいていく彼の方を見るすると彼は私を見て、


「何やってんだ愚図!先行ってるからな!」


 そう言い放つともう私を振り返る事は一切せずに先へ先へと走って行ってしまった。

 その姿に私を助けるという意思は全く感じられない。


 もう自分の事しか考えていない。


 一瞬何が起こっているか分からず頭が真っ白になり、再起動するとようやく何が起こったのか理解した。


 見捨てられたのだ。

 それも最も信頼しているユーリに、彼氏に……。


 絶体絶命の彼女を助けようという素振りもなく見捨てて自分だけ助かろうとする彼。


 私の中に酷い喪失感が生まれた。


 そうしているうちに男達が私に追いつかれた。


「1人目確保だ」

「すぐにもう一人も追え!」


 私の肩に追ってきていた男の一人の手が乗っかり私の横を残りの男達がユーリを追って過ぎ去っていく。


 私にはこの男だけで十分だと判断していたのだろう。

 後の男達は全く足を止めなかった。


「さて立ってもらおうか」


 私は喪失感から力が入らずに脱力してしまっていて立つ事ができずにいると男は私の腕を掴んで無理矢理に起き上がらせる。

 延ばされた肩は悲鳴を上げてその痛みで私の意識は元に戻った。


「いたい!」

「おら、さっさと歩け」


 背中を押され一睨みしてきた道を歩き出す。


 もう扱いは囚人のそれだった。


 何とか逃げられないかと隙を伺うが私がこの男から逃げるにはそれこそ姿を見失うレベルの事がない限り無理である。

 何の抵抗もできずに私はあの教室へと連れ戻された。


 教室に入るとそこには男達のリーダーだと思った筋肉がごっつい男一人だけで他に人影はなかった。


 あの死角にいた人たちは帰ったのだろうか。


「連れてきました」

「一人だけか?」

「女の方が先に捕まりまして後の奴らが男を追ってます」

「ならそこの縄で縛っとけ。もう一人を待つぞ」


 この男がリーダーだと判断したのは合っていたようだ。

 リーダーは私を連れてきた男に縄を投げると私は座らされた後上半身を縛られた。


「それにしても薄情な男だったっすね」

「逃げた男の事か?」

「そうそう。そいつさ、逃げる時に彼女が転んだのに一切躊躇わずに見捨てて逃げたんですよ」

「へえ、お前の彼氏じゃなかったのか?」


 問われた質問に私は顔を逸らす事しかできなかった。

 しかし男達にとってはそれだけで十分だったようで笑い始めた。


「ハハハ、まじで彼女見捨てたのか」

「そいつ最後なんて言ったと思うます?『愚図!』ですよ。自分の彼女をただの足手まといとしか見てなかったですね、あれは」

「おいおいなんだよその男ただの屑じゃないか」


 違う!

 彼は普段は優しい人なの!

 先に行ったのだって助けを呼ぶためよ!



 そう言って反論したかった。


 でも今の私には彼がどんな人なのかが分からなくなっていた。


 あの時の彼の言動、行動こそが彼の本来の姿ではないか、そう思い始めると彼のこれまでの思い出が掠れ最後に見せた突き放す様なあの表情だけが思い浮かぶ。


 そして考えてしまう。

 もしかして私はユーリに愛されていなかったのか、と。


 告白してくれた。

 僕の彼女になって下さい、と言ってくれた。


 これまで一緒に登下校したしデートも何回もした。


 なのにどうしてもこの心の不安が拭える事はなかった。


 男達は私の無反応が気に食わなかったようで私の様子を窺いながら話すのを止めて会話をし出した。


 そして暫くして教室の外から声が聞こえ出した。


 複数人、その中によく知った聴き慣れた声も混じっている。


「離せ!離せよ!」


 声の集団は予想通りユーリとそれを追っていた男達だった。


 男二人で抑えられているユーリはそれでも逃げようと暴れている。

 しかしいくら暴れても拘束が緩むことはなく逆に教室に入ると静かにしろと腹を殴られてその場に蹲ってしまった。


 そしてようやく彼の視線が先に捕まった私の方を向く。


 こんな時私の中の彼ならば安心させてくれるような言葉を掛けてくれる。

 そうでなくても私の事を心配してくれるはずだ。


 そうなるように願った。

 だが、


「っ!お前が、お前が見に行こうなんて言わなきゃ!」


 彼の口から放たれた第一声の言葉は私を責めるための言葉だった。


 その表情も逃げた時と同じ、視線は鋭く睨みつけ私を射殺さんと見ている。

 もう私の知る彼ではない。


 私の中の彼が音を立てて崩れていく。


 ユーリの言葉を聞いた男達はニヤニヤとへ身を浮かべて私達を見ていてリーダーがユーリの前へと歩いて行く。


「おいおい、兄ちゃん。こいつはあんたの彼女じゃねえのか?」


 ドクン、と心臓が跳ねた気がする。


 ユーリの言葉を聞きたくない。

 今すぐ耳を塞ぎたい。

 聞いてしまったらきっと私の思いですべてが駄目になる。


 彼を信じようと思う気持ちはもうさっきの言葉で消え失せている。


 これから何を言われるかを思うだけで怖くて堪らない。

 耳を塞ごうとするが腕は縛られていて声を閉ざす術がなかった。


「彼女じゃねえよ!親が勝手に決めた許嫁でそいつとの結婚にメリットがあるから仕方なく付き合ってやっているだけで僕には他に好きな人がいるんだ!」


 それが彼の本心。

 自分に愛を囁いてくれたのも優しく接してくれたのもすべては偽物だった。


 私の心にあった彼への思いが亀裂が大きく歪んでいき幸せな記憶程黒く塗りつぶされるようだった。


 もう顔を上げる力もない。

 俯いて自分の足だけが視界に映る。


 でも耳にはまだ彼の声が聞こえてくる。


「今回のも偶々そいつが声がしたから見に行きたいって言って僕はついてきただけなんだ。頼むよ!ここでのことは他言しない。そいつどうしてくれてもいいからさ、僕だけは見逃がしてくれ」


 私を売って自分だけ助かろうとする彼の声が聞こえてくる。


 その後聞くに堪えなくなったのかリーダーがユーリを殴りその呻き声が私の耳に届いた。

 ………。

 ……。

 …。









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