26.一本
学園内にある茶色の寮である『茶々寮』の近くにある並木道。
さっきまでいつも一緒にいる友人達と食べ歩きしながら遊んでいたが既に別れており、今は一人で歩いていた。
ちょっと寄り道してのんびりしてたら夕日は既に沈んで辺りは暗くなってしまっていた。
「うう、ちょっと急ぎ足でいこう」
並木道の周りには店が無いため日が落ちると人通りが殆んど無くなり街灯の明かりがあるだけになる。
この日は風も強くて木々からのざわざわとする音が鳴っていた。
「こ…怖くない。怖くないよ~」
実際はかなり怖い。
本人は気づいていないが僅かに肩が震えていて、ちょっとした音にビクッと反応してしまっている。
『ふざけんなよ!』
「ヒャッ!?」
誰もいないと思っていた所への突然の怒鳴る声に不甲斐なくも悲鳴が上がった。
男性らしき声。
それも荒々しい物で穏やかではない。
周りを見回して声の主を探すが前にも後ろにも自分以外誰一人いない。
まさか幻聴?、と思っているとまた声が聞こえてきた。
『ふざけてるのはそっちでしょう。無いのに渡せって都合よすぎ』
先程の男性の声ではなく今度のは女性の声。
こちらは口調こそ強気だが落ち着いた感じだ。
そして今回のである程度いる場所が掴めた。
声の主がいるのは道から外れた並木の中であった。
喧嘩でもしてたら巻き込まれたくないので物陰に隠れながら様子を窺う。
視線を向けた先には男女一人ずつの影が見える。
人数は二人。
十中八九先程の声を上げていた二人だと思う。
だけど残念ながらこの夜の暗さと木々の影で顔までは見る事ができない。
『金は何とかする。だから先に物をくれ』
『前払いはしないわ、交換は現物のみよ。無いんだったら私はもう帰らせてもらうわ』
『あっ、待てよ』
拙いっ!
女性がこっちに道へと戻って来る。
私は咄嗟にその場にあった販売機に身体を丸くして隠れた。
息を殺す。
女子生徒の耳には女性の足跡が聞こえる。
こちらに向かっては来ていない。
音は次第に離れていっている。
それでもまだ男の方が残っている。
女性が去ってから男性も程なくしてその場を離れていく。
何やら去り際も怒り声で何かを言っていたが私には何のことだか分からなかった。
男の方の足音も聞こえなくなってようやく身体の力が抜けてその場にへたれ込んだ。
どちらも隠れている自販機とは逆の、つまり私の帰る方向に去っている。
もし今動いてまた鉢合う事になるのは嫌なので私は二人が去った後もしばらくその場で動けずにいた。
◆
摸擬戦の授業を行った日から二週間ほど経過した。
リアとリエラも学園生活に慣れた様で最初は迷っていた移動教室や食券争いにも他の生徒と同じように振る舞えるようになっていた。
そしてある程度やることが分かってきたお陰で学園生活のサイクルを確立していた。
基本的には僕の傍に控えているが他のクラスの平民の子と交友関係を築けたようで昼食や放課後に離れることが増えた。
友達ができたのはいいことだ。
ただ「紹介して」と何気なく頼んだら、「そんなことできません」ときっぱりと拒否された。
悲しくなんてないよ…。
一方の僕も変化があった。
一見変わらないように見えるが変わったのだ。
何が変わったのか説明するその前に原因を作った摸擬戦の相手ゲリオリキ君の事の顛末を説明しよう。
ゲリオリキ君は意識が戻ると僕と同様に指導室送りになり、説教と事情聴取を受けた。
その後事情を理解した先生は学園に報告。
学園は今回の件を親元に報告を行い、程なくしてゲリオリキ君は自宅に呼び戻される事となった。
数日経ってからゲリオリキ君の親から今回の事に対する謝罪の手紙と品物が届いた。
内容は長々書かれていたが要はこれで無かった事にして欲しいと言う物だ。
当然の事だが本来ゲリオリキ君の王族に喧嘩を売るという行為は有り得ない事である。
親にしてみれば問題を広げたくないのだろう。
今回の件は子供の喧嘩だ。
大事にしても良い事などないから構わないと返した。
またゲリオリキ君はあれから学園には来ていない。
ゲリオリキ君の家系は武家の家系で騎士道精神の無さと自分から勝負して負けるという不甲斐なさを叩き直すというのが教師に送られた欠席理由だという。
最後のはよく分からないが兎に角騒動は僕一割、ゲリオリキ君九割でこちらは謝罪の品を貰って終わった。
……で、僕の変化だが。
その今回の騒動の主犯、ゲリオリキ君だがクラスでのヒエラルキーは上位に位置していた。
僕にはあんな態度であったがクラスでは成績優秀、運動神経も良く見た目も悪くないので人気者であった。
野次馬として声を上げていた連中も同様で家柄もよく成績、運動神経もいいグループの面子で一緒にクラスを仕切っていたと言っていい。
そんな連中との騒動は実は今回が初めてではない。
リアとリエラには内緒にしているが夏季の休みに入る前、授業の自習中に喧嘩騒ぎを起こしていた。
相手は今回と同じゲリオリキ君。
その喧嘩で僕は完膚なきまでに打ちのめされていた。
机や椅子が散乱して戻ってきた先生は顔を真っ青になりながら僕を指導室に連れていかれ、事情説明をした後、滅茶苦茶怒られた。
今回真っ先に僕が指導室送りになったのはその時仕掛けたのは僕の方だったからだ。
先生側から見たら仕返しに見えた事だろう。
僕自身先生の立場ならまず自分を疑うのでそこは怒っていない。
それから僕のクラスでのヒエラルキーは一気に落ちた。
王族という地位があったから直線的に苛められる事はなかったが対応は雑になり視線は格下や失望した物に変わっていた。
特に直接戦ったゲリオリキ君とそのグループの連中の態度は露骨に変わり、僕を舐めているのを周りに無頓着な当時の僕でもわかる程表に出ていた。
当時の僕でも気づくって事はつまり相当舐め腐った態度をしていたという事だ。
そんな格下に見るようになった僕が休みを終えると可愛い取り巻き(リアとリエラ)を従えて登校し、更に(アレクの取り巻き経由で)夏季休みの事を聞いて生意気だと思ったのだろう。
鼻を折ってやろうとあの露骨な挑発。
前回完膚なきまでの実力差で勝っているという慢心から負けることなど考えず、最初に承諾しなかったのは僕が負けるのを恐れてだと思っていたようだ。
ゲリオリキ君だけではなくクラスメイトの心境も休み前の授業と同じ結果になると思っていただろうから慢心するのも無理はない。
結果として僕がゲリオリキ君にただ勝っただけではなく一撃ももらうことなく圧倒して勝ってしまったが。
たぶんだが噂で聞いたのなら嘘だと信じなかっただろう。
リアとリエラ以外誰も予想していないことを言っても僕が卑怯な手を使ったか家の力を使ったのだと認めようとしないで終わったはずだ。
しかし生憎とクラスメイト達はその場で目撃してしまったため舐めた態度を取っていた連中は報復に怯え、何もしないでゲリオリキ君たちの言いなりになって傍観していた他のクラスメイトも恐怖する事となる。
よって現在、人が近づかないという環境は変わらないがヒエラルキーは一気に最上位となった。
今回の件をマリアに話したら背中を叩かれて笑われた。
と1000文字ほど使って長々と説明したが簡単に言えば評価は上がったが相変わらず嫌われていて一人だ、という事である。
「それじゃあHRを始めるぞ。まずはこれから行われる大会予選だが予選は観戦が禁止で行われることになった」
『えぇ――――!!』
クラスから不満の声が上がるが次の瞬間にカツラ先生の一睨みで鎮圧させられた。
静かになるとカツラ先生は続ける。
「それから最近生徒が突然暴れて騒動になるという事件が続いている。中校舎、大校舎で起きていて小校舎では見られていないが休み明けのストレスや体調不良にはくれぐれも気を付ける様に」
いう事は以上だったようでカツラ先生は教室から出て行った。
挨拶は無しである。
途端にリアとリエラが今の事について話しかけてくる。
「暴行ですか。怖いですね」
「暴れる生徒は明らかに様子が変で正気ではなかったみたいです。原因は分かってませんが先生の言うストレスや体調不良はあながち間違っていないかと思います」
二人とも話す内容は大会ではなく暴行の方であった。
大会には年齢制限がない。
上級生と戦うような大会だ。
1年生が出場することはまずないし僕らも出場する気はない。
そんな無謀な挑戦などするほど戦闘好きでもないしな。
なんか僕が出場するんじゃないかってクラスで噂になっていたけど僕は隣にいるリエラの足元にも及ばないのに出場してもいいサンドバックにしかならないだろ。
唯一上級生相手でも十分勝てそうなユリは、「目立ちたくないので」という理由で出場はしない。
つまり一切僕達が関わり合いにならない。
出場者の中に兄様達がエントリーしているが関係ないのだ。
「多分休み明けの授業がついていけなくなっただけでその内収まるだろうよ。巻き込まれない様にだけは気を付ければいいよ」
「そうですね」
「でもHRで言われるって今年は明らかに異常だってことですよね?気になります」
リアは近寄らないことに賛同したがリエラは興味を持っていたようで少し不服そうだ。
それでも深追いして怪我でもあったら困るのでこの件には近づかない様に釘を刺しておいた。
しかしその忠告は無駄に終わる事となる。
この日の昼食、僕はリアとリエラを連れて食堂へと赴いて食事を取る事にした。
初日とは違い食堂内にはかなりの人だかりができている。
食券を購入するのにも列ができていて食事を取るまで面倒くさそうだと溜息を我慢しながら最後尾に並び食堂内を眺める。
何となく待ってる間の暇つぶしで人の行動を眺めているという軽い感じだ。
別に狙って見ていた訳ではない。
しかし運がいいのか悪いのか僕の視界の中に丁度その光景が映ってしまった。
どこにでも居そうな複数人の男子グループが喋りながら食事を取る中で一人だけ食事に手を付けようとせず喋る事もせず、心ここにあらずの様子で顔色は真っ青で目の下にはくまが出来上がっていて明らかに調子が悪そうだった。
よく見ると身体が遠目からでも震えている。
そんな男子が突然立ち上がると周りを見て騒ぎだした。
『おい!どうした』
『落ち着け!』
一緒に食卓に着いていた男子が突然奇声を上げる男を抑えようとしているが男はそれを振り払いながら暴れ出す。
その腕が落ち着かせようとした男子の顔にヒットして机に向かって倒れ伏し椅子が倒されて大きな音を立てる。
そこでようやく周りの生徒も異常に気付き始めた。
二人で今日は何を頼もうか話し合っていたリアとリエラも話すのを止めて視線を向けている。
その間も暴れ出した男子生徒は止める男子陣を払い除けていた。
男子生徒が強くて抑えられないというよりは周りの男子生徒達がどうやって止めればいいのか分からないって感じだ。
それも当然と言えば当然である。
幾ら複数の男子と言っても良くて四年生の10歳以下の子供に暴れる相手を傷つけずに抑える技術はないのだから。
……教師が来るまで暴れそうだな。
そんな悠長に見ていた。
だからだろうか。
運が悪いことに暴れる男は抑えようとする生徒から逃げる様にどんどんとこちらの方へと向かってきていた。
僕と暴れる生徒の間に座っていた生徒は食事を止めて避難する。
「うヴぁあぁ!」
捕まえようとしている男子の合間を縫って包囲から抜け出した。
―――――おいおい、簡単に抜かれすぎだろ!そして男の方もなんでピンポイントで僕の方に突っ込むんだよ!
ならなんで他の人達みたいに避難しないんだよ、と思うだろうがここで逃げたらまた並ばないとだろう?
折角並んだのに並び直すなんて御免だ。
「ウィレム様、任せて下さい」
反応したのはリエラ……ではなくリアだった。
勢いよく列から飛び出し男子生徒に向かっていく。
制止する間もなく迫りくる男の懐に入り込み相手の肘の下を掴むと斜め上に引きあげ前回りをして顔がこちらに向き直る。
その時僅かにこちらへと微笑んだ気がした。
そしてさばきで相手の懐に踏み込み、体を沈め、右手で相手の上腕を挟み込み固定し、相手を背負い上げると勢いを殺すことなく男子生徒を床へと叩き投げた。
「い、一本背負い……だと」
僕はその技を見てノリでそう反応してしまった。
隣のリエラはリアの技の出来に満足げな顔になっている。
投げられた男子生徒は床にぶつかった衝撃で動けなくなりその後気絶した。
無力化を終えたリアはこちらに戻って来て期待した目でこちらを見てくる。
その目は褒めて、と無言で訴えていた。
僕は迷うことなく頭に手を乗せる。
僕達三人以外の生徒が状況について行けずに唖然としているが気にせず僕はリアの頭を撫でながら褒めることに集中する。
「リア、よくやったな。しかし一本背負いをあれだけ綺麗に決めるとは驚いたよ」
「えへへへ」
本当に投げた相手はリアよりも背が高かったのに体格差関係なくフィニッシュまで迎えたからな。
教えたの僕だけど僕より断然上手い……あっ僕らの前に人いないじゃん!
昼休みも少ないんだからさっさと昼食取らないと!
……え、男子生徒?見た感じもう伸びてて危険性ないしあれだけ騒げば教師の誰かが来るでしょ。
僕は食券を購入すると驚いて固まっているおばちゃんに食事を受け取って二人と食事を取るのだった。
しかしこれが噂の暴行だとするとただのストレスや体調不良ではなさそうだよな。
なんかまずい事が起こってそう。
ユリにも警戒させといた方がいいな。
………ん、カツラ先生。何?事情聴取?ちょっと待って!まだ食事の半分も食べてない。あ――――!!
設定
茶々寮が約6000人
青々寮が約3000人
家=寮が約500人
残り500人が自宅通い
約なので年度によってもう千、二千人はいます。




