25.実技の授業
イシュガル天冥学園小校舎のグラウンド。
ウィレムのクラスは現在、実技の授業を受けており、担当教師であるカツラ先生の前に横二列に並んで集合していた。
先生はぐるりと生徒達を見回した後、まだひそひそと話す生徒を大人しくして授業を開始する。
「今日の授業は大会も近いから対人戦の授業をする。男子は強制、女子は見学してもいいがその時は進言してから休むように。
それでは用意したレプリカの武器を選んで再度整列」
対人戦と聞いて男子陣から歓声が上がった。
男子が一斉に用意された武器の元へと駆けていく。
逆に女子はテンションが低い。
取りに行く者と取りに行かず先生の元へと向かう者とで分かれていく。
基本参加するのは武家の家系で見学希望は文家の家系が多い。
用意された武器は主に剣が多いが槍や弓、などの一般的な物からレイピア、鎌、ハンマーなどのマイナーな物まで揃っている。
すべて城の鍛錬で使っている剣同様刃を潰されているので斬られたり刺さったりする事はない。
そんな中になぜか前世の釘バットのような武器が混じっているのが目に入ったが……無視しておこう。
ウィレムは取り敢えずいつも鍛錬で使っている剣と同じサイズの得物を選ぶと列へと戻った。
参加することにして武器を取りに来たリアとリエラも普段の戦闘スタイルに合わせて武器を選んでいる。
カツラ先生は見学を選択する女子生徒のチェックをしながらも二人の事を窺っていた。
昨日編入してきたばかりの二人にとってはこの授業が初回である。
カツラ先生としては今日は二人の実力を見るのも目的の一つとして対人戦の授業を選択している。
本来平民二人に注目などしないのだが平民の身分で王族の従者を務めるという珍しい身の上である。
生徒は忌避していて偏見の目で見てもいいが教師は身分関係なく平等に評価する必要がある。
本人達自身の姿を見て本質を見極めようと思っていた。
参加する生徒全員が摸擬武器を持って再び列で並んだ。
「よし、それじゃあまずは摸擬戦の作法を教える。伝統的な決闘方法でもあるのでしっかりと見ておけよ」
カツラ先生は待機させていた補助教員を呼んでくると生徒達を広がらせた。
互いに対峙しながら一定の距離を取る。
その周りを生徒が囲み教員の摸擬戦が始まった。
カツラ先生と補助教員を囲むようにして広がる生徒達の中でウィレムは丁度カツラ先生の後ろの位置に立っていた。
他の生徒達は囲むと言っても教師の真ん中に集中している中、完全に孤立するような位置を取っていた。
リアとリエラも真ん中のが良くないかと声を掛けてくれるが「ここでいい」と返す。
「まず最初にやるのは礼だ。
模擬戦は言い方を変えれば怪我のさせあい。最悪相手を殺すこともあり得る。決闘に応じる相手には敬意を示せ」
「次に構えを取る。
構えは独自動きやすい体勢を自分で見つけろ。それも授業の一環だ。
それから礼をしてすぐに開始すると卑怯者扱いになるから気を付ける様に」
「立会人の開始の合図で摸擬戦を始める。
今回の様に立会人がいない場合はお互いに開始の合図を決めて行う。
大会では必ず立ち合いがいるがそうでない時は立ち合いがいない場合も多いのでちゃんと覚える様に」
「最後に決闘が終了したら勝者が礼をして敗者は沈黙で応える。
では今から実戦を見せるのでしっかり見る様に」
そう言ってカツラ先生の視線は生徒から外れて対峙する補助教員だけに集中していた。
空気が変わる。
明らかに戦う者の雰囲気を醸し出す先生の姿に生徒達は喉を鳴らした。
まずは礼……そして構えを取る。
さっきの説明通りに進行していく。
教師二人のカウントダウンが始まった。
「「3……2……1……」」
ゼロの言葉と同時に地を蹴って一気に間合いを詰める為に跳んだ。
速い!?
それなりに間隔は空いていたはずなのにウィレムの予想よりも早くあっという間に距離が詰められた。
教員同士が剣を交える。
決着は一瞬だった。
補助教員の持っていた武器が飛ばされ無手になったところをカツラ先生が首に剣を突き付ける。
ウィレムを含め生徒達にはその差が理解できなかったが二人の教員の間合いを詰める速度はカツラ先生のが速かった。
その一瞬の速度差によって補助教員は先手を取られる形になり、力で押し切られて武器を弾かれたのだ。
一年に教えるにはあまりにも次元が違う戦いで参考にならないだろう。
「あっ……」
そして勝負の余韻に浸る前にその速い攻防についていけなかった生徒の一人に弾かれた剣が飛んでいき、
「ブフッゥ―――」
運悪く顔に当たってしまった。
倒れ込む生徒に皆が冷や汗をかきながら倒れた生徒を眺める。
一歩間違えば自分がああなっていたのだから恐怖しかない。
カツラ先生もすぐに飛ばした剣が生徒に当たったのに気付いて、やってしまった、という顔になってしまっていた。
剣は刃が砕かれているので切れたりはしてないが鈍器にはなるので当たった生徒は鼻から出血して白目をむいている。
完全に気を失っているな。
「大丈夫か!フオル、生徒を任せていいか!」
「すいません。僕もさっきの一撃が手にも当たっていて大変なことになっているんですが」
「くっ、……仕方ない。お前達、俺は医療室に連れていくのでそれまで自習だが勝手に摸擬戦を行ったりするなよ」
カツラ先生はそう言い残して倒れた生徒を抱き上げると補助教員と一緒に医療室のある校舎に向かって走り出した。
「リエラは今の動き見えたか?」
「見るだけなら、でも同じ条件で摸擬戦することになったら同じ結果になってたと思います」
「流石に元騎士団団員ってところか」
僕の見解は間合いを詰めるのはまだ反応できているが剣閃の方はまるで見えなかった。
僕がカツラ先生と決闘したら間合いを詰められたと思ったときには武器、または首が飛んでいる事だろう。
改めて自分のレベルの低さを考えさせられる。
「おい、我儘王子様よ。オマエみたいなのが平民とはいえ女の子を侍らせているなんてどんな手段を使ったんだよ。金?権力?それとももしかして奴隷とか!買った奴隷を開放して従者にしたから平民なんだろ」
見下す態度で話しかけてきた男、名前はゲリオリキ・スッコチチャット。
入学して同じクラスになってから事ある毎に突っかかって非常にうざい男だ。
王族の僕に突っかかるってバカじゃないのと思うがこいつの家庭はアレク王子に多額の援助をしている大貴族で直にアレクが王になると僕は貴族の婿に嫁ぐことになる。そうなると同じ貴族としてなら王が重要視する自分の方が将来的に優遇され強者になるという理由でまだ王族の僕に上から目線をしてきているのだ。
―――前世でもいたよなこんな奴。
強者と弱者の線引きをして強者にはやたらと媚を売ってまるで従順な子分のように振る舞って取り入るとその強者を後ろ盾に体制を整えたら同じぐらいの者を集めてリーダーとなり弱者に好き放題して高笑いする。
こういったクズの嫌な所は標的になっていない者には過激すぎない限り好評な事だ。
現にこいつは先輩連中には好評がいいからな。
「何が言いたい」
「身の程を知れって言ってるんだよ。お前みたいな王子の予備品にもならない不必要な王族がお飾りでも女囲って格好つけてるのはかなりうざいんだよ」
「それで?」
うざいと言われてお前が言うなと言ってやりたくなった。
それでも態々このタイミングでそんなことを言う為だけに声を掛けて来たとは思えないので突っ込むのを止めた。
さっさと本題話せよ。面倒くさいなぁ。
「今から摸擬戦をして生意気な鼻をへし折ってやるよ。それと負けたら二人を退学させろ」
ああ、なんて自分勝手で自己中心的な提案なんだろう。
7歳の子供だと分かっていてもどうしても同い年のマユキと比べてしまっていた。
比べる対象が間違っていると分かっていてもついついってあるよね。
リエラはこいつ一体何を言ってるんだ、と呆れ、リアは相手にしない方がいいですよ、と声を掛けてくる。
分かっている。
先生から注意もされているのに怒られる事覚悟で乗る訳ない。
当然無視である。
しかしゲリオリキ君にはその態度が気に入らなかったようで余計に逆上し出す。
「俺がやれと言ってるのに無視する気か!雑魚の分際で……もう一回痛い目見ないと分からないようだな!」
本当に自分が王子だという事を疑いたくなるような上からの物言いだな。
余りにも身勝手な物言いにリアが声を上げる。
「ウィレム様、あの……言ってる意味が分からないのですが……」
「ハッ! これだから平民は……人語すら解さないのかな? 哀れな……」
いや、僕も分からないから平民は関係ないと思うな。
寧ろゲリオリキ君の残念な頭が哀れに感じる。
そしてこの意味不明な行動に対して女性陣に睨まれているのだが気づいていない。
「兎に角今すぐにここで戦え」
「嫌だ」
「な!?」
なんでこの流れで肯定するという考えになるんだろうか……。
いい加減諦めろよ、と思い眉間にしわが寄る。
だが状況が沈静する事はなかった。
「いいじゃん、やれよ」
「面白そうだよな」
「え?……う、うん」
周囲の野次馬がゲリオリキ側を支持して声を上げ出したのだ。
声を上げたのはゲリオリキと仲良くしている集団で他の奴らにも賛同する様に呼びかける。
その中には拙いと思っている者もいるがゲリオリキの仲間が睨みを利かせて意見を強制的に賛成にさせていく。
そうして周りは止める者がいなくなりゲリオリキ君は上機嫌になっていく。
「みんなはどうやら俺とお前の摸擬戦が見たいみたいだぜ。これで逃げたらお前腰抜けだな。雑魚にはピッタリではあるな。ハハハハ」
校舎の方を見るがカツラ先生が戻ってくる様子はない。
リアとリエラが場の雰囲気に唖然としながら心配そうに顔を覗いている。
……本当、苛めってどこの世界でもたち悪いな。
……僕もう十分に穏便に済ませようと努力はしたよね?
誰に向けて言ってる訳でもない言葉を内心で呟く。
大人げないし器が小さいと理解しつつ正直、僕はこういう手合いを見ると無性に苛立つ。
我慢していたのだ。
十分我慢したはずだ。
だからもういいだろう。
僕は武器を取った。
「やっとその気になったか。じゃあさっさと始めようぜ」
僕が武器を持ったことで承諾したと受け取ったゲリオリキ君はへらへら笑いで構えを取った。
今さっき教えてもらったばかりの礼は既に忘れているらしい。
僕は礼をしっかりした後、構えを取った。
合図は野次馬の声を最初に上げたクラスメイトが真ん中に立って行った。
「それじゃあ、始め」
何とも拍子抜けする合図とともにゲリオリキ君は一気に駆けだした。
「先手必勝だ!さっさと地に這いつくばれ」
そんなゲリオリキに対してウィレムはその場から動かず勢いよく振り被って突撃してきた攻撃を軽く躱した。
ゲリオリキは避けられると思っていなかったのか驚いた表情になりながらまたウィレムに向かって剣を振り回して突撃する。
しかし一向に当たる事はなくウィレムはすべて避けきっていた。
「くそっ、なんで当たらねえ!?」
こんなことになると思ってもいなかったのかゲリオリキの焦る声が聞こえてくる。
………とちょっと真面目に語って見ました。
そもそも戦っているのは7歳のガキである。
騎士団やフランク家の兵、ユリといった化け物に真っ向からぶつかって行けるような人間離れした人達に最近遭遇し過ぎて勘違いしているかも知れないが基本この世界の身体能力と前世の身体能力は変わらない。
どっかの忍者学校の生徒や戦闘民族の宇宙人のような超人的な戦いを誰もが行える訳がないのだ。
だから周りから見るこの戦いは同年代ならともかく冒険者として魔物と戦ってきたリアとリエラには、
「うわぁ……」
「あんな大振りで当てる気あるのかしら」
随分と残念な物を見ている感じになるのである。
一方のウィレムも落胆していた。
(遅い)
最初に突っ込んできた時は舐めているのかと思った。
直線で大振り、避けてくれと言っているような体勢で向かって来るまで時間が掛かっている。
余りの隙だらけに逆に初手は囮で何か狙いがあるのではと疑ってしまった。
しかし避けてもまた突っ込んでくるだけでフェイントも無ければ強弱もない大振りを続けるだけここに来てようやくこれが全力なんだと悟る。
これではゴブリンの方が脅威に感じるな。
ここまで差があるのだと知ると寧ろ勝ってしまうのが可哀想になってくる。
しかし好き勝手言ってくれたのを思い出して振り被った後に空いている胴に剣を振るった。
「ががぺっ!?」
ゲリオリキはその場でふらつくと武器を手放して倒れ込む。
たった一発。
しかも本気でない一撃で簡単にダウンしてしまった。
周囲は状況が理解出来ていないのかシーンとしてしまっている。
特に煽っていた連中は唖然としているな。
リアとリエラだけがニコニコと笑顔を浮かべているが他の人には防戦一方だったウィレムが反撃したと思ったらゲリオリキが倒れたように見えただろう。
決着宣言が上がらないが誰がどう見ても決着がついたので僕はリアとリエラの居る方へと移動した。
「お疲れ様です」
「なんか拍子抜けでしたね」
「僕も予想外だったよ」
『ゴルラッ!!』
安堵するもつかの間、突然鼓膜に突き刺さるような怒号が鳴り響きほとんどの者が耳を塞いだ。
反射的にその声の発信源の方を向くとそこにはカツラ先生がこちらへと戻って来るところだった。
―――なんてタイミングの悪い時に帰って来やがる。
予想通りというか予想以上というべきかカツラ先生の雰囲気がおかしい。
「お前達、俺は摸擬戦をするなと注意していったよな?」
コクコクコクと周りで見ていた生徒達が頷く。
「そうだな。で?首謀者は?」
皆の視線が一斉に僕と倒れているゲリオリキへと注がれる。
カツラ先生は僕を見て指をコキコキと鳴らし始めた。
……なんかバックに黒いオーラが見えてきたんだけど!?
「そうかそうかまたお前かウィレム!遂に俺の授業にまで問題を持ち込むとはいい度胸だ!じっくりとその性根を叩き直してやろう!!」
その瞬間、僕は弁解とか助けを求める事もせずに一目散にその場から逃げ出した。
さっきの摸擬戦など比べ物にならない程の全力ダッシュだ。
捕まったら最後地獄の指導室送りになってしまう。
指導室
そこは本来授業で分からない所を聞きに行ったり進路を相談したり悩みを聞いてもらう為に使われる場所である。
だがごく一部の生徒は全く別の意味を持つ。
問題を起こす生徒の粛清部屋。
そこに入れられたら最後。
先生方が納得するまで拘束させられる。(主に反省文に始末書の製作である)
それも先生とマンツーマンで空気も悪い。
なぜ僕がそれを知っているのかというと既に先生達からブラックリストに認定されてしまっているからである。
つまり体験済みという事だ。
今回の件で一番問題なのは100%ゲリオリキ君であるがここで問題なのは摸擬戦を行ったなので僕の判決はguilty。
つまり有罪である。
弁解しても指導室送りは免れない。
そして取った行動が逃亡であった。
しかし相手が悪い。
「逃げられると思っているのかね。ウィレム君」
開いていた距離は一瞬で縮められてがっしりと僕の肩を掴まれてしまう。
―――この教師いったいどんな握力してやがる!
掴まれた肩の痛みで身体に力が入らねえ。
「いやこれには訳があって……」
そこでようやく弁解の言葉を出すが結果は先に述べた通りとなった。
カツラ先生に連れていかれる僕をクラスメイトは合掌しながら見送った。
結局この授業は遅れてきた補助教員の監督で摸擬戦が行われた。
リアとリエラの実力を見れなかったカツラ先生が二人の扱いに頭を悩ませたのはまた別の話。
設定
カツラ先生はごつい見た目の肉体派教師で実技の授業を専門にしている。
規律に厳しく風紀委員の顧問も担当している。
筋肉馬鹿に見えて頭もいい。
苦手は今回の様な不慮の事故の対処。




