鈴、バイトする①
鈴が大学生のときの話。
前半side Nと後半side R
そろそろ言い出すとは思っていた。
いくら実家から大学に通っているとは言え、鈴にだって付き合いがあるはずだ。
そうわかっていたし、さりげなさを装いつつも直の大学時代のバイト体験の話を聞いてきたから、予想はしていた。
「父さん、俺バイトしたい」
「いいぞ」
「やっぱり、色々と経験しとき…え、いいの?」
断られるとでも思っていたのだろうか。
すぐに承諾すれば、鈴は大きな目を更に大きくした。
「なんだ、ダメだと言うとでも思っていたのか?」
「いや、思ってはいなかったけど、こんなあっさり…」
「父さんだって、お前くらいのときはバイトしていたぞ」
仕送りがあるとはいえ一人暮らし、友だちとも遊びたいし、当時の彼女とも出掛けたかった。
何より。
「母さんにケーキを持って行くと喜んでくれてな」
当時は親友の妹としか思っていなかった珠稀だったが、好きなケーキを持って行くと普段のポーカーフェイスを緩めて笑ってくれたのだ。
それが見たくて、何度かお土産に持っていったことを思い出して直は微笑む。
「だからバイトをしていた……どうした急に?腹が痛いのか?」
「父さんが大学生のとき、母さんは中学生だろ!?どういうことだよ!!」
息子が何に怒っているかわからない直は、困惑気味に鈴の怒りが収まるのを待った。
「とは言え、まだバイト先決まってないんだよね。求人雑誌だと、ちょっと怖くて…」
よく街角で見掛けるフリーの求人雑誌を見ながら、鈴は眉を下げる。
「まあ、気持ちもわかるが、ものにもよるぞ?あっ、そうだ。うちの会社はどうだ?」
「父さんのとこ?」
「あぁ、確か清掃のバイトを募集していたはず…鈴、体力には自信あるだろ?」
鈴は首を傾げて考え込む。
「まあ、ずっと柔道してたし。うーん…じゃあ、応募してみようかな」
「あぁ、わかった。詳しい話を聞いて来るよ」
ダメならダメ、その程度に思っていた父子だったのだが……。
「今回、アルバイトに応募した理由を聞かせてもらえるかな?」
面接日、名前に聞き覚えがある人物が、鈴の前に座っていた。
威圧感を与えない、爽やかな笑みすら浮かべている。
竜宮晴人。
彼はそう名乗った。
…父親の上司だ。
「はい。大学生活にも少し慣れてきたので、学業以外の経験もしてみたいと思い、応募しました」
「なるほど。アルバイトは初めてかな?」
「はい。ですので、分からないことも多いと思いますが、教えていただいたことをきちんと覚えて、責任を持って仕事をしたいと思っています」
緊張で、カラカラに喉が渇いた。
それでも父と面接の練習を何度もしたのだ、それを思い出して懸命に質問に答える。
「長所は何かな?」
「はい。長年柔道を続けてきたので、体力と忍耐力には自信があります」
「なるほど、体力、忍耐力ともに申し分なし…と」
「それと、教えていただいたことはきちんと覚えて、責任を持って取り組みたいと思っています」
「柔道は今も続けているのかな?」
「はい、いまは大学で柔道サークルに入っています」
「なるほどね。これは期待出来る」
何が!?
ポーカーフェイスに定評がある鈴がそう思ったとき、晴人はニヤリと笑った。
「長年の柔道。体力と忍耐力。誠実で礼儀正しい。そして何より、結城先輩の息子!良い人材だ!!」
脳内で父が、自身の上司について語っていたときのことを思い出す。
『あいつ…じゃなかった、あの人は優秀なんだけどな。…本当に、アレな人でな。普通の感性を持っていたら耐えられない、常識では計れない人なんだ。天才肌ってやつだな』
ちょっと今、耐えられそうにない。
本来なら嬉しい『返答を期待しておいてくれ!』の言葉が何故か重かった。
後日。
「父さん俺、清掃の仕事の面接受けたんだけど」
「父さんもそのつもりだった」
しかし、二人の視線の先には『清掃』ではなく『総務部』という文字があった。
「何でだよ!?」
「父さんも聞きたい」




