↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/7

名前の由来

「ただいま」


「ただいまー」


「「おかえり」」


帰宅を告げる息子と娘の声に、夫婦揃って言葉を返す。


「兄貴が迎えに来てくれた~」


「よかったねぇ」


元気な娘の声と、手を洗う水の音。

律儀に順番待ちする息子には、直が疑問を投げ掛ける。


「鈴、今日はどうしたんだ?」


鈴は一人暮らしである。

しょっちゅう、実家に顔を出してくれるのが嬉しい直はリビングから顔を出して洗面所にいる鈴に聞く。


「久保田先輩から、温泉まんじゅうをもらったから、届けに来た。…一箱」


「一箱…!?」


のんびりお茶の準備をしていた珠稀は、驚いて少し溢した。


「うん、班員一人につき一箱。久保田先輩、余程温泉好きなんだと思ってたら、違うって言うし」


「はは、久保田君の趣味は温泉巡りじゃないからなぁ。それにしても、豪勢なお土産だ」


直は珠稀の手に火傷がないか確認しながら、そう朗らかに笑った。

総務部の先輩の何を知っているのか謎な父親の言葉には特に答えず、真面目に手洗いうがいを終わらせた鈴は件《くだん》の温泉まんじゅうを箱ごと母親に渡す。


「ありがとう。お茶請けに食べよう」


夕飯の前だが、せっかくだからと温泉まんじゅうをいただくことにする。


「温泉、いいわねぇ」


「そうだな、最近行ってないからな」


八倖が走り回れるようになって、自然と足が遠退いてしまった温泉に想いを馳せている珠稀。

何故、八倖かといえば…だいたい騒動を起こすためだ。

目が離せない。


「ふーん、そんなにいいものか?」


「鈴にはまだ、良さがわかるには早いかもね」


まんじゅうは小振りで、上品な甘さの餡が中に詰まっていた。

とても美味しい。


思わずもう一つと手を伸ばした鈴は、箱の中が空になっているのに気付く。


「はぁ…?」


まだ開けて数分。

まだ両親も、温泉について話していて一つ目を食べている最中だ。


…すると、原因は一人。


「八倖!まんじゅうで山を築くな!!」


やはり、八倖が原因であった。

八倖はまんじゅうで築いた山を両腕で庇いながら、反論する。


「私の陣地のおまんじゅうだから、兄貴にはあげないよ!」

「みんなの分だよ!!」


手を伸ばす兄と、それを阻止する妹。

そのじゃれ合う姿は、八倖が直似の狐顔なのを除けば猫動画で見たことあるな、と珠稀は思った。


「そう言えば八倖、ハロウィンパーティーに着ていく衣装だが…」


ガサッ


「あー!!お父さん、私の陣地のおまんじゅう取った!?」


八倖が鈴とやり合っているのを良いことに、まんじゅうの山を崩す直は、平然と取ったまんじゅうを妻に食べさせていた。

悪びれない、通常運転である。


「も~~、お父さんったら!…ハロウィンの衣装は早姫《さき》さんのところの巫女服借りるの!!」


「そういうことは、お母さんたちに言ってね。早姫先輩にお願いとお礼のLINEしておこう」


「お願いとお礼は言ったもん!」


早姫は珠稀の職場の元先輩である。

神社の娘であるため、そういったものを貸し出してくれるのだろう。


いや、楽しいことが好きな早姫が勝手に貸し出した可能性も否定出来ない。

やはり、早めに連絡しようと珠稀は思った。


ブツブツと文句を言う娘にハロウィンパーティーの話題を振れば、次第に機嫌も治ってくる。

隣でせっせとまんじゅうを与え続けた兄のおかげでもあるが。


「そう言えば、友だちの彼氏の名前、兄貴と同じ呼び方なんだけどね」


「そうなの?」


「そうそう!それで思ったんだけど。なんで兄貴は『鈴』って書いて『りゅう』って読むのかなぁ~って」


ハロウィンパーティーの話から飛躍して、三人は顔を見合わせた。


「…また、急に話が変わったな」


直は呆れ顔だ。


「頭の回転が早いんじゃないかな?」


珠稀はのほほんとお茶を飲む。

話題に上がった鈴はといえば、気まずそうだ。


「昔は母さんに『すず』って呼ばれてたし、未だに志良《しろう》伯父さんにはそう呼ばれるし…」

「私は『ハチ』って呼ばれてるよ!」


ちなみに志良にとって妹の珠稀は『タマ』である。

犬猫か。

しかし、長年の愛称であるので誰も今更訂正はしない。


「まあ、普通は『れい』とか『りん』とか『りょう』だな。『りゅう』は当て字ってことになる」


「お母さんが、どうしてもこの字にしたかったの」


珠稀の言葉に、気まずげにしていた鈴は顔を上げた。

ほんの少しポーカーフェイスが崩れている息子に、珠稀は柔らかく微笑む。


「『鈴なりの幸せ』って意味で付けたの。鈴とお父さんって同じ誕生月でしょ?お母さんも誕生日近いし。結婚式は六月だったでしょ。…お父さんが生まれて、お母さんが生まれて、結婚して。それで鈴が生まれたの。ほら、幸せが鈴なりでしょう?」


遠くを見る目で、その当時を思い出す珠稀の顔は優しい。


「あと、『りゅう』って読みね。早姫先輩のご実家の竜神神社でお参り中に産気付いちゃってね。お父さんもいないし、一人っきりで痛みで声も出せないときに…神社の鈴が落ちたの。その音で、神社の人が来てくれてね。無事に病院まで送ってもらったの。まるで、竜神さまに助けてもらったみたいでしょ?だから、あやかって『りゅう』って字を当てたの」


鈴は大きく目を見開いた。

名前の由来は聞いて知っていたが、そこは知らなかったのだ。


「昔は学校の授業で名前の由来とか、両親に聞いたな」

「そうねぇ。私は稀なる珠で『宝物』って意味らしいし。おもしろいね」


「ねぇ、私はー?」


「八倖はなぁ、『末広がりに続く倖』って意味だ」


「そうなんだねぇ。あれ、兄貴顔が赤」

「赤くない!普通だ!!」


「え~?」


賑やかな兄妹を見ていると、直が珠稀を引き寄せる。

自然と密着する珠稀の頬と直の肩が暖かい。


「無事で良かったよ」

「ふふ、何度も聞いたよ。また、お参りに二人で行こうね」


「そうだな」


いつもの夜、今日も結城家は騒がしくて暖かい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。