勇者のお母さん
「ねぇ、直さん」
妻の真剣な表情に、ベッドに横たわろうとしていた直は不思議そうに返した。
「どうした?」
「八倖に言われたんだけどね」
すぐさま、騒動じゃないことを祈った。
「勇者のお母さんって、なんだろう?」
「ゆ、勇者のお母さん?」
突拍子のない話に、直は目を白黒させた。
娘の読んでいるラノベの話だろうか。
「何か特別な力でもあるのかな?」
「お母さんに?」
想像が付かないが、隣の珠稀を見て思う。
「可愛いと思う」
「勇者のお母さんが!?」
今度は珠稀が目を白黒させている。
「勇者のお母さん、可愛いんだ…魔王に狙われちゃうのかな?」
「…は?滅ぼす」
勇者が魔王を討伐する理由を、母親を守るためと夫の言葉で解釈した珠稀がそう疑問に思うも、直はすぐさま殺意剥き出しの呟きを落とす。
「直さん、魔王に何の恨みが…?」
直の中では、可愛い女性が狙われる=可愛い妻が危険という脈略があるが、もちろん珠稀はそんなことはわからない。
急に魔王のようになった夫に困惑する珠稀であった。
結局、答えは見付からなかった。
八倖の部屋に入り、タイマーが鳴っても起きない娘を見下ろした珠稀は溜め息を吐きたいのを我慢して気合いを入れた。
「お、起きて」
「すー、すー…勇者のお母さんみたいに起こして」
「……」
勇者のお母さん。
どんな人だろうか。
でも、同じ母親だ。
きっと、子どもが目を覚まさないことに悩むのも一緒だろう。
珠稀は意を決して、声をかける。
「ゆ、勇者、起きて………魔王を倒しに行くんでしょ!!」
いま、自分は娘を起こして学校に行かせなければならない使命がある。
勇者の母親もそうではないかと、そう思ったのだ。
吹き出す音が、見下ろした先とリビングから同時に聞こえた。
「お、おかあさん、勇者のお母さんなのに、名前じゃなくて『勇者』って呼んでるの!?」
「えっ、だってお母さんは勇者の名前知らないよ?」
「お母さんはそうだけど、勇者のお母さんだよ~」
ボサボサな髪の毛で起き上がる娘の頭を撫でながら、珠稀は首を傾げた。
「そこは八倖で良いよ!」
「八倖が勇者なんだね…」
なら、魔王じゃなくて『学校に行くんでしょ!!』でよかったのでは…?
魔王を倒しに行くなんて、危険で仕方ない。
「ほら、八倖。魔王もといテスト倒しに学校に行きな」
リビングから、直の掩護射撃(?)も入り、八倖はしぶしぶ着替え始めるのだった。
「お母さん、今度はお姫様みたいに起こして!」
「……お姫様?」
「待て、母さん。考えなくていい」
「どうして?」
「頼むから、普通に起こしてやってくれ」
「えーっ!」
「お前も余計な注文を増やすな!!」
珠稀「ひ、姫様起きて下さい…お勉強の時間ですよ!!」
直「厳しい!」
八倖「起きてすぐなんてヤダよぉ!!」




