結城家の騒がしい朝②
Side T
珠稀が焼いた八倖リクエストのだし巻き玉子と、夫作の味噌汁と炊き立てご飯をよそって朝御飯だ。
「また、母さんとこに潜り込んで…父さんと走り込みに行く前に、止めときゃよかった」
「良いじゃん別にー。お父さん、兄貴と走り込みに行くから、一人残されたお母さんが寂しいと思って」
「母さん、この豆腐おいしいな。冷蔵庫にまだあるけど、どうしたんだ?」
「お隣さんが、老舗の豆腐屋に行って美味しさに感動したんだって。爆買いしてうちに豆腐と油揚げくれたの」
「あのご婦人か。会ったら、お礼言っておく。鈴と八倖もそうしなさい」
「「はーい」」
話しながらも食事は進み、先に食べ終わった八倖が食器を片付けて、父親を呼ぶ。
「お父さん、今日も髪やって!」
「こら、先に歯磨きしてこいよ!父さんだって、まだ食べて」
「いいぞ。今日はどうする?」
「食べるの早いな!?」
気付いたら自分の食器もきちんと片付けた父親に戦く息子を尻目に、ブラシをもって娘の背後に立つ。
「ツインテール!」
「はいはい、承知しましたお姫様」
珠稀は夫と娘の仲の良いやり取りに微笑み、自分と息子の食器をキッチンへと運ぶ。
「洗うのくらい、俺がやるから良いよ。母さんは出勤の準備してて」
「あら、ありがとう」
心優しい息子の厚意に甘え、珠稀は洗面台へと向かった。
リビングの方では楽しげな笑い声と食器を洗う音、ときおり息子のツッコミが響いている。
自然と微笑みを浮かべた珠稀は、洗面所の鏡を見た。
いつもと変わらない顔だ。
肩まで伸びた緩やかな黒い髪にブラシを当てながら、まじまじと見るがごく普通の一般人の顔。
ポーカーフェイスで何を考えているのかわからなそうな表情が猫のように見えるが、特別可愛らしい顔立ちではない。
嬉しいが、毎日の夫の言葉に首を傾げてしまう。
「あっ、これが噂のほうれい線…?」
顔を洗い、基礎化粧品を付けながら頬を触る。
うっすらと線がある気がする。
むむっと眉間にシワを寄せた。
「基礎化粧品変えようかな…それとも、本気でメイクを考えて……」
「母さん、どうしたの?」
後ろからやってきた夫に声を掛けられて、前のめりになっていた身体を慌てて戻す。
「な、なんでもない」
「そう?」
場所を譲ると、夫は歯を磨き始めた。
身嗜みはすでに整っている。
息子と走り、戻ってきてシャワーを浴びた後に、すでに全ての準備を終えたのだろう。
社会人1年目のときは黒く染めていたらしい髪の毛は、いまは元々の髪色に戻している。
色素の薄い髪は、清潔感のある短めに切り揃えられていた。
目元は涼しげな切れ長。
頬回りはすっきりしていて、しみじみ彼を見ると『陰陽師』が見たくなる珠稀だった。
実年齢を考えると、おかしい。
身体も緩んでなくシャープで、腹は出るどころか腹筋も割れていた!
どう見ても三十代前半の好青年である!
「どうしたの?」
うがいを終えた、怪訝そうな顔を隠さない夫はそれでも格好良かった。
「ううん、何でもな…そうだ。ほうれい線が出来たみたい」
「ほうれいせん」
異国の言葉を聞いたような表情をされた。
珠稀は自分の頬を指差すが、何故かその場所にキスをされて困惑する。
キスを求めたつもりはない。嬉しいけども。
「お父さん!」
「珠稀は勘違いしてても可愛いよ」
何が勘違いなのか。
答えないまま、夫は耳元で囁いた。
「今も、朝も…昨日の夜も可愛いよ」




