いつから?
side N
ある朝のことだ。
直は味噌汁を作り、珠稀が八倖をまともに(笑)起こしてリビングへ戻って来た。
昨夜から帰ってきていた鈴は、そこではじめて気付く。
「父さんと母さん、ペアルック!?」
珠稀は知らなかったのだろう。
自分のライトグレーのニット姿と、キッチンに立つ直のライトグレーのニット姿とを驚いたように見比べる。
「えっ…あれ、本当だ」
「似たような服なだけだろ」
冷静な直はそう返し、味噌汁を盛った椀を珠稀に渡しながら更に続けた。
「……母さん、今日はデートしようか」
仕事のときよりも判断が速い。
鈴が自身の胃を擦った。
「父さん、いくら午後出勤だからって…」
「いいわねぇ、どこ行く?」
「母さんが前に、テレビ見て行きたがってたあのカフェはどう?」
「半年前に言ったのに、良く覚えているね」
「ねぇ、聞いて?」
息子の言葉は黙殺された。
ご飯を盛り付け、本日は鈴のリクエストのだし巻き玉子を準備して、さあ食べようとしていたとき。
先程まで自分の身支度を整えていた八倖が、口を開いた。
「お父さんってずっとお母さんのこと好きだけどさぁ、お母さんはいつからお父さんが好きなの?」
鈴がだし巻き玉子の切れ端を、ご飯に落とした。
「なっ、なっ!高校生にもなって親に何を聞いてるんだよ!!」
「え~だって、気になるもん!」
「恥ずかしいとかないのかよ!!」
「何が恥ずかしいの?」
妹の質問に答えられず、鈴は悶絶していた。
直はそんな息子の顔を観察する。
「恥ずかしいは恥ずかしいだよ!わかれ!」
そう言った鈴の顔は赤いが、嫌悪はない。
単純に気恥ずかしいだけのようだ。
対する八倖は、けろりとしている。
こちらもまったく、いつも通りだった。
…直はほっとした。
二人の年頃で、親の男女としての顔を見るのは生々しく、嫌な気分になるのではないかと心配したのだ。
尤も、二人ともそこまで思い至っていない表情なので、直の心配は杞憂だったようだ。
「そうねぇ」
味噌汁を啜っていた珠稀は、直の心配に気付いた様子もなく、いつもの調子でのんびりと娘に答えた。
「中学生のとき」
「え……」
直の脳裏には、警戒心の強い黒い仔猫のような幼い珠稀の姿が思い浮かんだ。
まだ、中学の黒いセーラー服を着ていた頃の姿だ。
「正確に言えば、中学校卒業する日ね」
初対面は志良のせいで最悪で、幼い珠稀をひどく警戒させていた直。
自覚があった彼は、続いた妻の言葉に首を傾げた。
志良が宅飲みを提案する度に、珠稀や二人の母親に食事を準備してもらっていたのを気にした直が少女の勉強を見ていたこともある。
喜ぶ顔が見たくて、ケーキや焼き菓子を渡したこともある。
しかし、その頃の彼女に好かれるようなことをした記憶は直にはない。
しかも、自覚したのは中学の卒業式。
直は出席していないのに、何故そのタイミングなのか。
「なんでなんで?お父さん、さすがにお母さんの中学の卒業式に出れないでしょ?」
そこに疑問を感じたのは、八倖も一緒だったようだ。
だし巻き玉子をつつきながら、話を促す。
「冗談で男子に抱き付かれたんだけど、それが嫌で…でも、お父さんは違ってた……もう!早く食べて、学校に行きなさい!鈴は朝から仕事でしょ!」
「「はーい」」
子ども二人が食事を終え、慌てて食器を片付ける音がする。
その音を聞きながら、直は緩慢な動きで口を開いた。
「俺、そんなことした?その…抱き締めた、とか」
記憶にない。
珠稀の前で大学時代に記憶を失う程に泥酔したのは一度だけだが、まさかそのときにやらかしたのだと思えば、珠稀はおかしそうに笑った。
「ないない、兄貴の妹か猫かしか思ってなかったでしょ?ほら、だし巻き玉子の作り方教わったときだよ。覚えてない?」
食べ掛けのだし巻き玉子を見下ろす。
鈴も八倖も好きな、結城家のだし巻き玉子。
「あれ、俺が教えたんだっけ?」
「そうだよ。後ろに立ってほとんど直さんが巻いたのに、私を褒めてくれたんだよ?」
「ごめん」
話を聞いても全く思い出せずに謝れば、珠稀はやっぱり笑うだけだ。
「いいの。私が覚えているから」
直「有給使って、今日は一日休む」
鈴「待って、父さん!四十沢さんは兎も角、万戸部さんが専務に泣かされる!!」




