姫たちと騎士たちと苦労人(笑)
今夜は八倖と二人きり。
仕事終わりの珠稀は駅前の商業施設で、学校帰りの八倖と待ち合わせた。
直と鈴は仕事終わりに直の父親である重と共に知り合いの道場で柔道の稽古をしてくるそうだ。
朝、職場に送ってもらうとき、直が何度も『指輪は忘れず身に付けること』と念押ししてきたのだが、何故だろうか。
もらってから外したことがない珠稀は首を傾げた。
「それでね、鬼怒居先輩が手伝ってくれたんだけど…お姉ちゃん、聞いてる!?」
「はいはい」
もう一つ、珠稀が首を傾げることがあった。
待ち合わせ場所に、学校帰りの八倖が来てからずっと何故か『お姉ちゃん』と呼ばれ続けているのだ。
さすがに思春期。
母親と一緒に歩きたくないのかと、珠稀は娘の成長を喜ぶと同時に寂しく思った。
「も~、聞いてよ。先輩ったら、仏笑先輩って感じで」
「名前違ったの?」
「そうじゃないの!仏の笑みみたいに穏やかで優しいって意味!」
しかし、珠稀とは腕を組んで歩いている。
距離感はいつも通りなのは、何故だろうか。
「あの~すみません!」
「はい?」
声を掛けられて振り替えると、鈴と同世代の若い男性がいた。
珠稀を見て目を見開き、それからへらりと笑みを浮かべる。
「ここ、知ってる?道教えてほしいんだけど」
スマホの地図アプリを見せられて、珠稀は頷いた。
「もう近いですよ。あっちに向かって歩いて行くと…」
「案内してよ」
八倖と腕を組んでいるのとは反対側の手を掴まれて、引っ張られる。
「俺、友だち呼ぶから妹ちゃんも一緒でもいいよ」
たたらを踏んだ珠稀が、腕にしがみついている八倖も引っ張られてさぞ驚いただろうと、慌てて娘を見ると化け狐…ではなく、般若のような顔をしていた。
いまの彼女の方が、件の先輩よりも余程、怒った鬼のようだ。
「お姉ちゃんだと思って声掛けて来た人をからかうつもりが、こんなの引き当てちゃった!」
「どう言うこと…?」
意味がわからない。
「もう!こう、こう!」
「……?」
何故かひたすら、左手の甲を見せてくる八倖の必死な表情。
更に謎が深まるが、男性は相変わらずグイグイと腕を引っ張ってきて思わず顔をしかめた。
「近いので、迷わないですよ。それにお友だちを呼ぶなら、その子たちと向かえば」
「「ひーめ」」
不意に、その場の空気が変わった気がした。
するりと、痛いくらいに掴まれていた腕が解放される。
「あぁ、赤くなっちゃってるね。痛くない?」
氷のような美しい顔立ちを心配そうに歪めながら、珠稀に問う声。
「八倖もびっくりしたよね。大丈夫?」
氷のような美しい顔立ちを心配そうに歪めながら、八倖に問う声。
金と茶色という髪色の違いはあるものの、顔立ちも声も姿形も同じ青年たちがそれぞれ珠稀と八倖を守るように立っていた。
その氷のごとしクールな美しさは、やはり母親の美織義姉さん譲りだなと、珠稀は改めて思った。
「もう痛くないよ。ありがとう、良太君。八倖をありがとう美之君」
半歩前に立つ甥の双子たちにそれぞれ礼を伝えれば、彼らは同時に眉を下げて同時に溜め息を吐いた。
「髪色、美之と交換したのに何でバレたの?」
「秘密にしといたのに、何で?直おじさんは直おじさんで、『表情の作り方がそれぞれ違う』って言うし!」
「「謎!」」
テンポ良く交互にしゃべったり、同じ仕草を同時にしたりと器用なことだ。
珠稀は一頻り、感心していた。
「八倖~今日も可愛いねぇ。髪は直おじさんがやってくれたの?」
「そうだよ!」
ポニーテールに結んだ色素の薄い髪を揺らし、八倖は笑う。
茶髪の美之もそれを見て笑い、鞄をごそごそとしながら何かを取り出した。
「そのままでも可愛いけど、ヘアピンも着けてみない?それなんてより一層、八倖を可愛くしてくれるよ」
「わーい!ありがとう美之君!」
美之は、ドロップのようなまん丸な石が付いたヘアピンを八倖の髪に慎重勝つ且つ丁寧に着けてくれる。
「美之君、ありがとう」
「いいよ、珠稀ちゃん」
「珠稀ちゃんには俺から。この色、すごく発色いいんだよ」
ドラックストアの小さな紙袋から、リップを取り出して渡してくる金髪の良太に慌てる珠稀。
「叔母さんにまでいいわよ!バイト代、大切にして」
美容系の専門学校に通っている二人はモデルを…しているわけもなく、美容室でアルバイトをしている。
そのことを知っているため、珠稀は慌てたのだ。
しかし、珠稀にリップを差し出す良太も、八倖の髪を整える美之も笑顔だった。
「いいって、珠稀ちゃん」
「もらってよ。カラーコーディネートも俺たちにとっては勉強になるし」
「「それに、喜んでくれる顔を見ることが、俺たちにとって報酬だよ」」
「それにさ…」
近付いてきた良太が珠稀の顎を持ち上げて、耳元で囁く。
「このリップ美容液成分が入ってて、コンセプトが『たくさんキスしたくなる唇』なんだ。されたくない、キス?」
「コラ!!」
ゴッ
ものすごい音がした。
「良太、調子に乗るな!美之はこんな道の真ん中で美髪講座をはじめるな!わかったか!!」
「志織君」
シェパードのよく似た凛々しい顔立ちを怒りに歪め、良太に拳骨を落としたのは志良と美織の長男である志織だった。
美之も八倖の横で頭を押さえているので、彼も拳骨を落とされたのだろう。
「叔母さん、すみません。良太が変なこと言って」
拳骨を落とした際に落とした黒ぶちのスクエア型眼鏡を直しながら、彼は弟たちの暴走に対して頭を下げた。
「ふふ、大丈夫よ。昔を思い出しただけだから」
珠稀は笑う。
まだ甥たちが小学校に上がる前、『好きな人とすること』だと覚えた三兄弟に頬にキスをされたことを思い出していた。
因みに、珠稀と赤ちゃんの八倖以外にも鈴や直にもしていたので、本当に可愛らしかったのだ。
それを聞いて顔を赤らめた志織だったが、気を取り直したのだろう。
キリッとした表情で珠稀にお願いをしてきた。
「叔母さん、左手の甲を向けて指輪を見せてくれませんか?」
志織の言葉に頷いてその通りにする。
直から贈られた、プラチナのリング。
内側には寄り添うようにホワイトとアイスブルーのダイヤモンドが嵌められている、婚約指輪も兼ねた結婚指輪だ。
内部のダイヤモンドは、珠稀の指を痛めないようにキレイにカットされている。
指に嵌めているため内側はさすがに見せられないが、指輪自体を見えやすいように左手の甲を見せるように掲げた。
今まで、三兄弟の登場で存在感が薄れていた男性はそれを見て息を呑んだ。
「叔母さんは既婚者です。一人の男性に一途に愛されて、これだけ美しくなった人ですよ?フリーのはずないじゃないですか」
呆れたように志織は男性に語り掛けた。
少し遠い目なのが気になる。
「あなたも心の底から愛せる人が見付かればいいですね。僕もですが」
「今日は買い物の手伝いしてくれてありがとう。ケーキ、好きなの選んでね」
「「「ありがとうございます」」」
「わーい!何にしよう!」
ショーケースに仲良く張り付く四人の姿に微笑み、珠稀は夫に今日のことをどう話そうか考えていた。
道に迷っていた青年が半泣きになりながら去っていった話をすれば、珠稀がうまく道案内出来なかったと心配させてしまうだろうか。
悩んだ珠稀は、それよりも志織や良太、美之が八倖に付き合ってくれたことをよく話そうと思った。
逃げではない、嬉しかったからだ。
良太にもらったリップもあるし、付けた姿を見てもらおう…と、そのリップのコンセプトを思い出して真っ赤になる珠稀だった。




