第7話 二人は今日から冒険者
ゼルドアの巨体が瞬く間にリックへと迫る。
ヤルグレイヴに宿る雷と、膂力を底上げする能力で彼の力は何倍にも膨れ上がっていた。
「我が拳に、叩き潰せぬものなし……!
雷剛拳……トールハンマーあああああっ!!」
放たれた拳は、純粋な暴力そのもの。
ヤルグレイヴの権能による高速かつ重厚な一撃は、立ち塞がるすべての壁を撃ち砕く。
はずだった──
──ゴガアアアアアンッ!!──
金属同士が衝突したかのような轟音が響き渡る。
地下全体──いや、ギルド全体が激しく揺れた。
「な、なんだ!?」
「きゃっ!」
「おいおいおい!誰かのスキルか!?」
一階にいる冒険者たちはざわめいた。
皆が一様に戸惑い、身構える。
一方──
闘技場では、衝撃で舞い上がった砂塵が二人の姿を包み込んでいた。
「ど、どうなったの……!?」
「リック……!!」
レリアとナイアが同時に声を上げた。
周囲には、ヤルグレイヴの雷音がバリバリと響いている。
やがて砂塵が落ち着き始めると、ゼルドアの姿が見えてきた。
彼の前方には、抉れた地面と焦げた壁。
それは、ゼルドアの攻撃の凄まじさを物語っていた。
「ちょ、ちょっと!本当に殺しちゃったの!?」
「そ、そんな……!!」
だが、ゼルドアの額には冷や汗が滲む。
その視線の先には、リックの姿があった。
「うっそ……無事なの……!?」
「リック!?ああ……!よかった!」
リックは普通に立っていた。
特に身構えるわけでもなく、腕で防御しているわけでもない。
ただまっすぐゼルドアを見据えたまま、その体でゼルドアの一撃を受け止めていた。
「無意識に手加減したか……?いや、そんなはずはない……!」
目を丸くしたゼルドアは、自分の覚悟を一瞬だけ疑った。
どちらにせよ、仮に手加減していたとしても、普通なら確実に死ぬ威力があった。
「いやー、ちょっと痛いかも!」
リックは、まるで蚊にでも刺されたかのように言った。
頭を掻きながら、焦げてしまった服を手で払う。
「“ちょっと”痛いだあ!?」
顔を歪めたゼルドアはリックを睨む。
だが、彼はすぐに口角を上げ、肩を震わせて笑い始めた。
「くく……ふはははは。まさかここまでとはな!
よほどの自信だから死ぬことはないと思ったが、さすがに無傷とは思わなかったぞ!」
それを見たナイアは飛び跳ねて喜んだ。
同じくレリアも、吸ったまま忘れていた息を吐いた。
「すごいすごい!さすがリックだね!」
「とにかく、無事でよかったわ……」
二人の声を聞いたリックは、笑顔で手を振って応えた。
そしてゼルドアへ向き直ると、彼に尋ねた。
「合格……ってことでいいですか?」
「ああ。もちろんだ」
「よっしゃー!」
ゼルドアの返答に喜ぶリック。
ただ、ゼルドアにはまだ言うべきことがある様子だった。
「ただ、これだけは覚えとけよ。
俺の……レジェンダリークラスの攻撃を生身で防ぐなんてバカげてる。
しかも無傷だ……今後は、あまり目立つ行動はとらないように気をつけろ」
「ん?えーっと……はい?」
ピンときていなさそうなリックに、ゼルドアは呆れた。
彼は頭を抱えながらも、二人を連れ、冒険者の手続きをするために先ほどの別室へと戻った。
◆◆◆
再び一階の別室に戻った四人。
ゼルドアとレリアは、早速二人の冒険者登録を開始した。
「リックだったか?とりあえずお前の実力は分かった。次はそこのお嬢ちゃんだ」
そう言ったゼルドアは、レリアに指で合図した。
レリアは頷き、持っていた水晶球を二人の目の前に置く。
「これに触れるか、あなたが持っている武具で武具適性が分かるんだけど……何か持ってる?」
レリアに尋ねられたナイアは、腰に下げていた剣を抜いて机の上に置いた。
白銀の柄と、淡い翡翠色の剣身が若葉のように美しい。
しかし、珍しい配色ではあるものの、特に大きな力を感じるわけでもない。
「これは……?」
レリアは置かれた剣をじっと見つめた。
ゼルドアも身を乗り出して目を凝らす。
「えっと……レーヴァテイン……です」
「は……?」
「え……!?」
リックの秘密を聞いた時のような反応をする二人。
ゼルドアとレリアは、眉間にしわを寄せて固まった。
「まさか……教会のを盗んできたの……?」
レリアは戸惑いつつ、念のために尋ねた。
隣では、ゼルドアもなんとも言えない険しい顔をしている。
「そ、そんなんじゃないよ!」
当然、ナイアは必死に否定した。
彼女は助けを求めるようにリックを見る。
すると、リックはナイアを見て微笑んだ。
「ナイアはそんな子じゃないよ。もし憲兵に突き出すって言うなら、俺が全部叩き潰してでも彼女を守る」
リックはゼルドアとレリアに向け、はっきりと告げた。
リックが言うと、冗談には聞こえない。
ゼルドアは呆れて眉を寄せた。
彼なら本当にやりかねない──
そう思ったゼルドアは、ある提案を持ちかけた。
「お前とナイアをいきなり世に出せば、絶対に混乱が起きる。
それは、辺境伯家を追い出されたお前にとってもまずいだろう?」
ゼルドアの言葉に、リックは頷いた。
確かに、あまり目立つのは避けたい。
父だけではなく、他の貴族連中に目をつけられても困る。
「確かにそうですね」
リックの返事を聞いたゼルドアは、話を続けた。
「なら、今日からお前はレアクラス。ナイアはエピッククラスの使い手ってことにしとけ。
ナイアの適性はこっちで適当にごまかしとく。その代わり最低のFランクからになるが構わんな?」
「はい!それでお願いします!」
「はい!」
リックはその提案を快諾した。
同じく、ナイアもそれに同意した。
二人にとっては、新天地でのんびりできればそれでよかった。
「先に言っとくが、くれぐれも目立つんじゃねえぞ?」
「わかってますって!」
「ほんとに大丈夫かしら……」
リックの元気な返事に、レリアはかえって不安そうな顔を浮かべた。
こうして、多少の不安を抱えつつも、リックとナイアの冒険者としての日々が幕を──
「あー、ちょっといいか?」
「「っ!?」」
突然響いた声に、四人は辺りを見回した。
──だが、他に人はいない。
「ここだ、ここ」
「え……!?」
ハッとしたナイアは机の上に目を向けた。
なんと、その声の主はレーヴァテインだった。




