第3話 解き放たれた神剣
翡翠の光を強めるレーヴァテイン。
その剣身には、リックの時とは異なる古代文字が並ぶ。
真紅に輝くその文字は、ナイアの秘めたる力を示していた。
「な、なんということだ……!」
神官長が目を大きく開いた。
彼だけが、その文字の価値を理解した。
「今度はなんと書かれている!?」
ダイナスが神官長を問いただす。
横に控える兄たちも、ただならぬ様子に冷や汗を浮かべていた。
「『ミシック』と刻まれています!」
神官長が興奮しながら告げた。
「そ、そんなバカな!?」
ウルスは身を乗り出して叫んだ。
そして、すぐにダイナスへと視線を移す。
ずっと険しかった父の表情には、明らかにナイアへの期待が滲んでいた。
「くそっ!こんな……こんなふざけた話、認めてたまるかっ!!」
取り乱したウルスは、腰に携えた剣を抜く。
そのまま祭壇を駆け上がり、ナイアの背後から襲いかかった。
「なっ!?貴様、何を……!!?」
ダイナスが手を伸ばすが間に合わない。
目を血走らせたウルスは、ナイアへ向けて剣を振りおろした。
「いやっ!?」
怯えたナイアは、その場にしゃがみ込んだ。
そんな彼女に、ウルスの凶刃が容赦なく襲いかかる。
しかし、その瞬間──
──ゴギンッ!!──
鈍い衝突音が教会に響き渡った。
ナイアが恐る恐る目を開けると、そこには濃い紫の魔力をまとったリックの背中がある。
「そ、そそ、そんな……!?」
言葉を失い、よろめくウルス。
彼の目の前には、青い瞳に禍々しい光を宿したリックが立ち塞がる。
リックは全身に凄まじい魔力をまとい、右腕を横に振り抜いていた。
「ぼ、僕のアドウリールが……!?」
ウルスの武器は、英雄剣アドウリール。
それはエルフがドワーフとともに鍛えたとされる、エピッククラスの武具だった。
レジェンダリーには及ばないものの、そう簡単に折れるはずのない名剣である。
「え……?軌道を逸らすだけのつもりだったんだけど……」
リックは振り抜いた右拳で、アドウリールの側面を叩いていた。
無惨に砕けた剣身が教会の床に転がる。
なんとリックは、名剣であるアドウリールを素手で叩き折ってしまった。
ウルスは唖然として震えている。
手に残った柄をカタカタと鳴らし、顔からは血の気が引いていた。
「なっ!!エピッククラスの武具を素手で折っただと……!?」
ダイナスは驚愕のあまり目を丸くした。
口を開いたまま、眉間にしわを寄せて固まっている。
そんな中、リックは自分の拳を握ったり開いたりしながら眺めていた。
《なんか……強くなってる……?》
その力にはリック自身も驚いていた。
確かに生まれつき頑丈な体をしていたが、まさかエピッククラスの武具を折れるほどとは思っていなかった。
「これなら……武具なしでもやっていける!」
そう確信したリックは、立ち尽くすウルスを無視して祭壇を駆け降りた。
そのままダイナスの前まで行くと、彼に向かって丁寧に頭を下げる。
「父様、すみません。俺は今日限りでこの家を出ていきます。
グランジェット家とは縁もゆかりもない、ただの平民として生きていくと今決めました」
顔を上げたリックには希望が滲んでいた。
しかし、その言葉を聞いたダイナスは、額を押さえて肩を震わせる。
「ふふ……ははは。どんなに馬鹿力があったところで、所詮この世界は武具至上主義……
貴様のような、武具を身につけることすらできない無能者が、まともに暮らせる場所などどこにもないぞ!?」
ダイナスはリックにそう吐き捨てた。
だが、リックはそんなこと気にも留めない。
それまであった父の重圧は、まるで嘘みたいに感じられなくなっていた。
「大丈夫です。俺は冒険者になりますから」
それを聞いたダイナスは、リックを蔑むように嘲笑った。
「冒険者だと?ははは!やってみるがいい!
その娘さえいれば、無能な貴様など必要ない。
ミシッククラスともなれば、この帝国での我らの地位も、より盤石なものとなるのだからな!」
しかし、ダイナスがそう言い放った直後。
辺りを揺らす強烈な風とともに、祭壇の上から眩い翡翠色の光が降り注いだ。
「な、なんだ!?」
驚いたダイナスは祭壇を見上げた。
異様な気配に、リックも思わず振り返る。
そして、剣を折られてへたり込んでいたウルスは、その風圧で祭壇から吹き飛ばされた。
「うがあっ!?」
「ナイアっ!!」
リックは慌てて祭壇の上へと駆け戻る。
そこには、レーヴァテインの前に立ち尽くすナイアの姿があった。
剣の柄を両手で握った彼女は、先ほどまでの弱々しい姿とは違った気配をまとっていた。
「な、何をなさるおつもりですか!?」
あまりの風圧に顔を歪める神官長。
しかしナイアは、剣を見つめたままそれに答える。
「剣が……何か言ってる」
「剣が……?」
その言葉に、リックは息を呑んだ。
武具の声が聞こえるなんて初めて聞く。
「なんて言ってるんだ?」
ナイアはレーヴァテインを見つめたまま、リックの問いに静かに答えた。
「『選ばれし者よ。我をその手で引き抜くがいい』って言ってる」
その瞬間、ナイアがレーヴァテインを持ち上げた。
硬い石の台座から、剣先がゆっくりと抜けていく。
すると、それまで放たれていた光と風圧が、渦を巻きながら剣身へと収束した。
「ま、まさか!?レーヴァテインが抜けた!?」
前代未聞の出来事に、神官長は目を疑った。
神剣レーヴァテインが抜けるなど、永い歴史の中でも聞いたことがない。
しかも抜いたのは、先ほどまで怯えていたただの少女。
「はは!すごいぞ、ナイア!」
やがて、辺りを揺らしていた風は収まり、翡翠色の光もゆっくりと落ち着いていった。
ナイアが手にしたレーヴァテインは、気づけば彼女の体に合わせたように小ぶりの剣になっていた。
すると、台座には絡まり合うようにして、木の根に似た何かが生え始めた。
その“何か”は徐々に形を成していく──
そしてなんと、それは新たなレーヴァテインへと姿を変えた。
「え……!神剣が生えた……!?」
リックは、目の前で神剣が現れる様子に驚いた。
神官長もまた、信じられないと言わんばかりに言葉を失っている。
「なんか……こっちが本体みたい……」
ナイアは恐る恐るリックに言った。
どうやら、ナイアが手にしている剣がレーヴァテインの本来の姿らしい。
すると、ナイアの口から驚きの言葉が飛び出した。
「私、リックと行きたい……」
「え……?」
リックは突然の申し出に目を見開いた。
しかし、それを聞いたダイナスが、怒りのあまり声を荒げる。
「ふざけるな!貴様はもう、我がグランジェット家のものだ!
家を捨てたその愚か者についていくなど、この私が決して許さんぞ!」
「で、でも……!」
ナイアの声は震えていた。
小さく体を震わせる彼女は、ひどく不安そうだった。
「ナイア。よく考えた方がいい……
貴族になれるチャンスを、君は棒にふってもいいのか?」
リックはナイアを見つめて言った。
平民が貴族になるなど、この成人の儀以外ではまずあり得ない。
だが、リックの言葉を聞いてなお、彼女は大きく頷いた。
「いい!私……それでもリックと行きたい!」
それを聞いたリックは微笑み、ナイアの肩に手を添えて深く頷く。
そしてダイナスへ向き直ったリックは、彼を見据えて堂々と告げた。
「すみません、父様!ナイアは、俺が連れていきます!」
「貴様ああっ!この私に……グランジェット家に仇なすつもりかっ!?」
顔を歪めたダイナスは、腰に携えた剣を抜き放った。
それはレジェンダリークラス、不朽王剣デュランダル──
かつて英雄王と呼ばれた男が、天使より授かったとされる、決して折れることのない聖剣。
「もう後戻りはできんぞ、愚か者どもっ!!」
金色の光をまとう聖剣は、凄まじい神聖力を放ち始める。
そして、デュランダルを構えたダイナスは、一足飛びで祭壇のリックへと斬りかかった。




