第2話 武具至上主義
前代未聞の武具不適合──リジェクト。
それを聞いたダイナスは祭壇を見上げ、教会中に響く怒号を飛ばした。
「どういうことだ!?武具が、すべて装備できないだと!?」
「わ、私にも理由は分かりません!」
荒く息を吐き、顔を歪めるダイナス。
神官長はその姿に怯えて後ずさる。
しかし、ダイナスがここまで取り乱すのも無理はなかった。
神々と、その眷属が生んだとされる武具──
それらが宿す神聖力は世界の真理であり、人々は古来より、より強い武具への羨望と嫉妬で胸を焦がした。
ある者は武具に魅了され──
ある者は武具の力に溺れ──
手にした武具の優劣こそが、所有者の人生すら左右する武具至上主義のこの世界。
各国での地位や国そのものの優劣に至るまでが、武具の適性次第で決まると言っても過言ではない。
そんな中で、いくら頑丈な体と天賦の才があろうとも、武具が装備できないリックには何の価値もない。
「くはっ……!あーはははははっ!!
リジェクトなんて、聞いたこともないぞ!?」
長男のウルスがニヤつき、肩を震わせた。
家督を奪われるかもしれないという重圧から解放された彼は、リックの不運を嘲笑った。
一般市民でもコモンの適性は持っている。
それどころか、奴隷ですら最低クラスのアンコモンは備えているのだ。
永い歴史を見ても、武具を何も装備できない者など聞いたことがない。
ましてや、爵位をもつ貴族ともなればなおさらだった。
「バカな……!リジェクトなど、何かの間違いではないのか!?」
頭を抱え、うなだれるダイナス。
その後ろでウルスは、ニヤニヤと嫌味な笑みをリックに向けていた。
次男や三男も口には出さないものの、リックに哀れみの目を向けている。
「くひ……ふはははは!!哀れだなぁ、リックよ!
お前はこの世界で何の価値もない、ただの落ちこぼれのゴミだっ!!」
ウルスの醜い罵倒が響く。
しかし、その時──
──ガタッ!──
突然、教会に並べられた長椅子が音を立てた。
リックたちから見て三列目ほどの椅子の影。
そこには、顔を引きつらせた少女の姿があった。
「誰だ、貴様は!?」
ダイナスは焦り、眉間のしわを深めた。
リックが武具不適合だったという事実は、決して外部に漏れてはいけない。
ましてや、他の貴族たちの耳に入れば、グランジェット家の栄誉にも関わる。
「わ、わ、私……成人の儀に遅刻してしまって……」
見るからに貧しい身なりの少女──
おそらく、ちゃんとした時間を知らされていなかったのだろう。
成人の儀は身分を超えて平等に与えられる、一生に一度だけの権利であり義務でもある。
成人の儀における無礼な振る舞いも、よほどのことでなければ大目に見てもらえる。
しかし、今はまずい──
本来ならあり得ないはずの、貴族の重大な機密を知った孤児の少女。
武具適性に執着し、今まさに殺気立っているダイナスが、その少女をおとなしく見逃すとは思えない。
「小娘……貴様はここで……!」
ダイナスから暗い殺気が放たれる。
その気迫は、決して少女へ向けていいものではなかった。
「待ってください、父様!」
このままでは少女が危ない──
そう思ったリックは、思わず声を上げていた。
「邪魔をするな……!!」
耳を貸さないダイナスに、リックは信じられない言葉を投げかけた。
「手を下す前に、その子の成人の儀を見届けてはいかがです!?」
「何をバカな……!?」
ダイナスは怒りをあらわにした。
ただでさえ気が立っているところに、原因となったリックからの進言。
さらに顔を歪ませたダイナスは、声が枯れんばかりの怒号を飛ばした。
「こんな小娘の儀礼を見て何になる!?この愚か者がっ!!」
だが、リックは怯まなかった。
儀礼を受けてから、体に湧き上がる力が高まった気さえしていた。
「儀礼を受けるまでは、彼女がどんな才能を秘めているか分かりません!
もしもレジェンダリー以上なら、父様が養子に迎えてしまえばいいのでは?」
仮にレジェンダリー以上の適性を見せれば、少女は逆に手厚く迎えられるだろう。
このまま口封じされることを阻止するには、今は彼女の適性に賭けるしかなかった。
「ははは!薄汚いガキの儀礼を見届けろだと?
そんなガキが高位の適性を備えているわけがないだろう!何を言ってんだよ、この無能が!」
突拍子もないリックの提案に息巻くウルス。
だが、彼も内心では焦っていた。
万が一にも少女が高位の武具適性を備えていれば、今度こそ確実に家督を奪われる。
「黙れ、ウルス!」
ダイナスは叫び、ウルスを睨みつけた。
そして、その鋭い視線を少女へと移す。
「いいだろう。そこの娘、今すぐレーヴァテインを握ってみせよ。」
「え……?」
戸惑う少女に、祭壇からリックが声をかけた。
「大丈夫だ。こっちにおいで」
震えながら頷いた少女は、ゆっくりと祭壇へ向けて歩み出す。
その時、近づいてくる彼女を見たリックは驚いた。
よく見れば綺麗な淡い桃色の髪をしており、その瞳も澄んだ青色に輝いている。
「さあ、手を出して」
「は、はい」
リックは少女の手を取り、祭壇の上へと引き寄せた。
「きゃっ」
よろけながら、少女はレーヴァテインの前に立つ。
そして、彼女にリックが優しく尋ねた。
「君、名前は?」
「ナ、ナイア……です」
「よし。じゃあナイア、そこにある剣の柄を握って」
少女に向けて微笑んだリックは、彼女の肩を支えてレーヴァテインを指差した。
「は、はい」
「さあ、祈りを唱えてごらん?」
ナイアはそっとレーヴァテインを握った。
そして、静かに祈りを捧げる。
「し、神剣よ。わ、我が道を……その身に、示したまえ……」
その瞬間──
──ギュワンッ!!──
レーヴァテインが眩い翡翠色の光を放った。
その輝きは、リックのときよりも明らかに力強い。
「なっ!?」
見守っていた神官長が思わず声を上げた。
彼でさえ、これほど力強い光を見るのは初めてだった。
「こ、こんな光……見たことがない!」
やがて、レーヴァテインの剣身には燃えるような真紅の光が走る。
まるで血のように赤く煌々としたその光は、ナイアの命運をその剣身へと刻み込んだ。




