第22話 放たれた神速の刃
空気を裂くように飛び出したリックは、一瞬でウシュガルとの距離を詰めた。
ビキビキと指を鳴らし、力を込めて固めた拳をウシュガルへ容赦なく突き出した。
「ぬう!?」
リックの鋭い視線がウシュガルの肌を刺す。
その視線や拳から放たれる圧は、人間のものとは思えなかった。
「ふんっ!!」
──ドガンッ!!──
ウシュガルは刀を持った右手をあえて横に流し、左手でリックの拳を受け止めた。
伝わる衝撃がビリビリと左手の骨を伝い、ウシュガルの体の芯を震わせる。
「小僧……!やりおる!!」
「はっ!本気で殴ったのに、止められた!!」
顔を歪めながらも笑みをこぼすウシュガルに対し、リックは嬉しそうな笑みを返した。
ウシュガルに掴まれた拳から伝わる強者の気配に、彼の胸はさらに高鳴っていく。
「ううむ……ちとまずいのぉ」
その様子を見たティアは眉を寄せた。
二人の激突による衝撃は、足元の岩場を沈ませていた。
このままでは、竜の灯火を含む周囲の環境に影響を及ぼしかねない。
「あのバカたれ。寝床を守れと言うとるのに、お構いなしじゃのぉ……」
呆れた様子でティアは溜め息をもらした。
すると、彼女は右手を頭上に掲げ、パチリと指を鳴らした。
──ブオンッ──
山頂一帯がティアの魔力に包まれ、山の空気が一変した。
「な、なに?山の雰囲気が変わった……?」
「こ、これは……結界か?」
若干、視界に映る景色が暗くなっている。
ナイアとレーヴァは、ティアの魔力が一帯の空間を掌握したことを感じ取っていた。
「ふむ。この場のみ擬似的な亜空間へと変質させたのじゃ。
わっちの寝床が破壊されても、結界を解けば元に戻るのじゃ」
「また、無茶苦茶なことをさらっとやりおって……」
平然と告げるティアに、レーヴァは呆れた声を漏らす。
しかし、当のリックとウシュガルは、そんなことを気に留める様子もない。
リックはウシュガルを睨みながら笑みをこぼし、掴まれた拳をさらに押し込んだ。
「うおりゃあああああっ!!」
しかし──
リックは視界の左端に刃の光を捉えた。
咄嗟にかがみ、それを躱す。
だが、かがんだ彼の視界には、今度は堅固な具足に包まれた足が飛び込んできた。
──バガンッ!!──
顔を蹴り上げられたリック。
大きく仰け反った彼は、無防備に胴体を晒してしまう。
「ぐっ!?」
その隙を逃さず、ウシュガルは再びリックに横薙ぎで斬りかかる。
すると、リックがそのまま後ろに倒れ込んで刃を躱し、ウシュガルの腹へ強烈な蹴りを叩き込んだ。
──ドゴッ!──
「ぬおっ!?」
その衝撃で後ずさるウシュガル。
リックもすぐさま体勢を立て直し、彼に向けて拳を構える。
気づけば、リックの額には薄っすらと汗が滲んでいた。
「ほー!旦那様が汗をかいておるぞ!やはりウシュガルが相手ではいつものようにはいかんようじゃな!
それにしても……あのウシュガルと互角にやり合うとは、やはり旦那様は惚れ惚れする強さじゃのぉ!!」
「ねえ!それより、このままだとリックが危ないよね!?斬られたら終わりでしょ!?」
「ふむ……あの斬れ味ならあり得るな……」
呑気に構えるティアの横で、ナイアたちは焦り、声を震わせた。
あんなに苦戦するリックを見るのは初めてだ。
いつも危なげのないリックに慣れてしまっていたことに、二人は今さら気がついた。
「ここで終われば、それもまた人生じゃろ?
わっちは旦那様を凄まじく好いておるが、仮に死んだとてそれが運命じゃったと受け入れるまでのこと」
「そ、そんな!?」
「ぬう……!やはり人ならざる者は、人と相容れぬということか!?」
ティアの薄情にも思える言葉に、ナイアは歯を食いしばり、レーヴァはカタカタと鞘を震わせた。
しかし、ティアは片眉を上げ、ニヤリと笑みを浮かべて二人に告げた。
「なんじゃ、お前たちは旦那様を信じられぬのか?
わっちが受け入れると言うたのは、彼を信じた末に訪れる結果への責任と覚悟じゃ。
個人的な気持ちでいえば、旦那様が死んだらショックのあまり世界を無に帰すかもしれんのぉ。わはははは!」
「もうっ!どっちもダメだよぉ!!」
「はあ……始祖竜の懐は計り知れぬな……」
ティアに詰め寄るナイアと、呆れるレーヴァ。
だが、二人の心配をよそに、リックとウシュガルの戦闘は激化していった。
──ゾリッ!ズル……ガゴゴンッ!!──
ウシュガルの斬撃が岩を裂き、斬り口から上部が滑り落ちる。
地面を揺らす轟音が、避けたリックの体をも揺らしていた。
「うっわ!危なっ!!」
「ふむ。避けるのだけは得意なようだな」
肉弾戦は無駄だと悟ったのか、ウシュガルは刀を中心にして攻め立てる。
薙ぎ払い、斬り下ろし、鋭い切っ先を突き立てる──
その容赦ない斬撃の嵐に、リックは防戦一方となっていた。
「くっそ!盾がないとしんどいな……!」
今まで魔獣ばかりを相手にしていたリックにとって、対人戦は不慣れで拙い。
さらに、ウシュガルは巨体の割に素早く、武人らしい正確さも兼ね備えている。
「うわっ!くっ……!あっぶな……!?」
刀のリーチと体格差により、リックは刃を避けるので精一杯だった。
ヒリヒリと肌を刺す殺気が、リックをジワジワと追い詰めていく。
「よく耐えたと褒めてやろう。
しかし──次の一刀にて貴様は終わりだ」
なぜか一旦距離をとったウシュガル。
刀を鞘に納めた彼は、深く、低い構えをとった。
次の瞬間──
これまでとは比べものにならないほどの殺気が、肌へまとわりつくようにリックを包む。
その時、リックは思わず体を強張らせ、ほんの一瞬だけ動きを止めてしまった。
──ドズンッ!──
地を蹴る鈍い音とともに、大地にひびが刻まれる。
その音を置き去りにしたウシュガルは、刹那の間にリックの懐へと踏み込んでいた。
「んなっ!?」
反応が遅れたリックは咄嗟に避けようとするが、間に合うはずもない。
ウシュガルの鞘から抜かれた神速の居合は、リックの首を寸分の狂いなく捉えていた。




