第21話 邂逅、竜王ウシュガル
ゼルドアとレリアに見送られたリックたちは、早速竜哭山に足を踏み入れた。
一度踏破した上に今回はティアもいる。
リックたちは難なく山の中腹を抜け、あっという間に山頂へと辿り着いた。
「ワイバーンの動きにも慣れたし、あんまり手応えないなぁ……」
「ふむ。わっちを倒したんじゃし当然じゃな」
リックは拳を握ったり開いたりしながら、不満そうな声を漏らした。
その隣に寄り添うティアは、彼の強さを誇るように満足げな笑みを浮かべていた。
「ふふ。私もちょっと慣れてきたかも!」
「主も、かなり我を使いこなせてきたな!」
気づけばナイアも、難なくワイバーンを討伐できるようになっていた。
レーヴァのサポートがあるとはいえ、その成長は目を見張るものがあった。
「ほほー!ナイアもなかなかやりよるのぉ。
それだけの強さがあれば、旦那様の第二夫人として申し分ないのじゃ!」
「え!?」
ティアの突然の発言に、ナイアは思わず声を上げた。
顔はみるみる赤くなり、困った様子でティアに言い返す。
「な、なな、何言ってるの!?そんなんじゃないよ!」
「わははは。愛いやつじゃのぉ」
初々しいナイアの反応に、ティアは楽しげな声を響かせていた。
そんな中、彼女はふと湖の手前を指差した。
そこにはティアと同じ雰囲気の、見慣れない格好をした男が立っていた。
「お?真面目にやっておるようじゃのぉ。
おーい、ウシュガルー!元気にしとったかー?」
ティアにウシュガルと呼ばれた金髪をオールバックにした男。
鮮やかな金色の竜眼を宿し、こちらを鋭く睨みつけていた。
男の顔立ちは人間を模しているが、その額には竜の角が生えている。
さらに、鉄板を重ねたような見慣れない肩当てや腰当てと、胴には銀の意匠が施された赤黒い甲冑を身につけていた。
「あれが竜王?なんかデカいな!
リックがティアの指差した方へ目を凝らす。
すると突然、男がガチャガチャと甲冑を鳴らしながら近づいてきた。
長い足で無遠慮に距離を詰める男。
彼はリックの目の前に立つと、2メートルを優に超える体躯で彼を頭の上から見下ろした。
「貴様が……吾輩の姫を寝取ったオスか?」
「え、寝取った……?」
呆気にとられるリックを、男は鋭い目つきで睨み続ける。
「あやつ……なんか勘違いしておるな……
おーい!わっちは寝取られておらんのじゃ! そういうのはもう少し先の話じゃ!」
「ちょ、ちょっとティア!?話がややこしくなるから!」
ティアの不用意な発言に、ナイアは慌てて彼女の口を塞ごうとした。
「んむう!?なぜじゃ!まだ子作りはしておらんぞ!?」
「だから、そうじゃなくて……!んもぉ!」
全く気にしていない様子のティアに、ナイアは呆れて声を荒らげた。
しかしナイアの制止も虚しく、ティアの発言によって男の額に血管が浮き上がっていく。
「……吾輩を差し置いて姫とイチャイチャしおってからに……!
許せんっ!この竜王ウシュガルが、不埒な貴様を細切れにしてくれようぞっ!!」
その瞬間──
──ゾワッ!──
「!?」
リックは悪寒を感じ、咄嗟に半身になってのけ反った。
避けたはずの彼の頬には、薄っすらと鋭利な斬り傷が刻まれる。
気づけばウシュガルの刀は抜かれていた。
腰に差していたはずの刀が、瞬く間もなくリックの頬を掠めていたのだ。
さらには放たれた斬風により、リックの足元の大地は、後方にかけて長く深い溝が刻まれていた。
「ほお……?今のを躱わすか。
姫を倒したというのも、あながち嘘ではないらしい。だが──」
──ドゴンッ!──
「ぐっ!?」
鈍い音とともに、リックの身体が浮き上がった。
そのまま後方へ吹き飛ばされ、彼の体は岩壁に叩きつけられてしまう。
「まるで巨岩でも蹴ったような手応えだな……
しかし、あまりに隙が多い。体の強さに自信があるからか?」
ウシュガルは蹴り出した足をゆっくりと戻し、涼しい顔のまま瓦礫に埋もれたリックを睨みつけた。
リックの身体能力には多少驚いているようだったが、余裕の振る舞いが崩れることはない。
「ね、ねえ……リックの頬、斬られてたよね……?」
「う、うむ……小僧の体に傷がつくのは初めて見たぞ……」
ナイアとレーヴァは息を呑んだ。
見たこともない形の剣。
そして、それがわずかとはいえリックの頬に傷をつけたことに、二人は驚きを隠せなかった。
「まあ、あれも神剣と似たようなもんじゃしな。
しかも、斬ることにのみ特化した刀という東方の剣じゃ。さすがの旦那様も無傷では済むまいよ」
「東方の武具だと……?」
レーヴァには、何か心当たりがあるようだった。
東方の剣そのものが珍しい上に、神話級ともなればその数は限られる。
「ふむ。ウシュガルは東方の島国で暴れとったことがあったのじゃが……
立ち向かってきたスサノオとかいうやつの武器に憧れて、自分の血肉を素材にして造ったと言っておったからのぉ」
「なあ!?じゃあ、あれがアメノムラクモか!?」
ティアから明かされた武具の秘話に、レーヴァは驚愕の声を上げた。
竜魂神威アメノムラクモ──
その格は、当然ミシッククラスに相当する。
姿形の一切知られていない、しかし逸話だけが数多く残る武具。
神話時代、東方で暴れていた竜神をその地の守護神が倒した際、竜神の尾から生まれたとされる神域の剣。
「名なんぞあったかのぉ?ああ、そういえば……
いつの頃か、うっかり無くしたとか言うとったし、その時に東方の民どもが好きに呼んどったのかもしれんなぁ。わははは」
ティアは大したことではないかのように、大きく口を開けて笑った。
だが、ナイアとレーヴァにとっては、リックの頬に傷がつくなど一大事だ。
「これは……さすがのリックも、生身ではまずいのではないか?」
「でも、リックは武具を身につけられないし……」
レーヴァは焦りを滲ませ、ナイアは不安そうに崩れた岩壁を見つめていた。
すると、リックが埋まっている瓦礫が、大きな音を立てて崩れ始める。
──ガッ!ゴ、ゴンッ!ガランッ!──
「びっくりしたあ!うわ!?ちょっと斬れてる!!」
リックは頬に触れ、手についた血を見て驚いていた。
幼い頃から魔獣と相対しても傷を負ったことのない彼にとって、血を流すことそのものが初めてだった。
「どうした?吾輩の愛刀の斬れ味に恐れをなしたか?」
刀の先をリックに向けて挑発するウシュガル。
しかし、それが聞こえていないのか、リックはしばらく手についた血を眺めていた。
やがて、リックはふと顔を上げた。
その顔は恐れるどころか、嬉々とした表情を浮かべている。
「今度は俺の番だな!」
リックはウシュガルを勇ましく見据え、全身に濃い紫の魔力を纏う。
そして、岩が剥き出しの地面を抉るほどに踏み抜いた彼は、音を置き去りにする速さで飛び出した。




