第19話 冷酷非道の皇帝
イストラルダ帝国、現皇帝──
ガルバド・レクス・イストラルダ。
燃えるような赤髪を後ろでまとめ、竜種のような金の瞳を宿す。
さらに漆黒の鎧に身を包むその姿は、皇帝というより、まるで魔王のようだった。
そして、彼の威厳に負けずとも劣らない気配を放つ漆黒の槍。
もはや素材が何かも分からず、全体に金細工を纏う煌びやかなその姿は、見る者を圧倒するほどに神々しい。
──ガツンッ──
ガルバドは、手にした大槍で大理石の床を叩いた。
すると瞬時に、謁見の間は凍てつくような空気に包まれる。
それは、決して気のせいではない。
槍の神聖力が部屋全体に広がり、その場の全てを支配していた。
「ダイナスよ。呼んでおらぬ者がおるようだが?」
その時──
──ビュオンッ!!──
風を切る音とともに大槍が飛翔した。
槍の切先はウルスの頭上でビタリと止まる。
それは、まさに瞬く間の出来事だった。
「ひ!?ひいいいっ!!」
「お、お待ちください!陛下!!」
ダイナスは慌ててガルバドへ懇願する。
そのまま深く頭を下げ、ウルスを連れてきた理由を進言した。
「この愚息も証人であり、同時に被害者でもございます。何とぞ……!寛大なご慈悲を……!!」
悲痛な顔でガルバドを見上げるダイナス。
それを見下ろすガルバドは、しばらく二人を睨みつけたのち、静かにその口を開いた。
「……今回だけは許そう。次は有無を言わさずその頭を貫くと心得よ」
「はっ……!ありがとうございます!」
ダイナスはさらに深く頭を下げた。
吹き出した冷や汗が床へと落ちる。
後ろで腰を抜かしていたウルスも、慌ててダイナス同様に頭を下げた。
すると、彼の頭上で切先を突きつけていた槍が、柔らかく宙を舞いながらガルバドの手元へと戻った。
帝国を統べる、皇帝の証である大槍──
ミシッククラス、必撃万葬グングニル。
ひとたび飛翔すれば必ず相手を貫き、その余波は周囲を一掃するとされる神の槍。
今ウルスが生きているのは、冷酷な皇帝のわずかな恩赦にほかならない。
「して……貴様の末弟の件、詳しく聞かせてくれるのだろうな?」
「は、はい……」
ダイナスは跪いたまま視線を落とし、辺境伯領の街で起きたことの顛末を語った。
それは、皇帝の脇に控える宰相や、周囲を固める近衛たちにとっても信じられない内容だった。
「素手でアドウリールを折り、デュランダルの聖剣技を止めただと!?」
宰相は顔を歪め、戦慄した。
それが真実であれば、帝国の根底を覆しかねない。
それどころか、世界にひしめく国々──
それら全ての支配力にも影響を及ぼす恐れがある。
各国の王家や貴族といった制度のほとんどが、武具至上主義の上に成り立っていた。
ガルバドが冠する皇帝の地位ですら、血縁ではなく武具適性が優先されるほどだった。
「素手で武具を凌駕するなど、決してあってはならんのだぞ!?何かの間違いではないのか!?」
取り乱す宰相に対し、ウルスが恐る恐るアドウリールを床へと置いた。
無惨に折られた剣身が、彼らの話が真実であると告げている。
「こ、これは……!」
「ふむ。より上位の武具で叩き折られたとも考えられるが……
この場でそのような偽り……自らの命を懸けるには不釣り合いだな」
ガルバドは重々しい声で告げた。
彼は眉間にしわを刻み、その鋭い金の眼光をダイナスへ向けた。
「それで……?ミシッククラスと判定された貴重な娘も、むざむざと末弟に奪われたわけだな?」
「お、おっしゃる通りでございます……」
ダイナスの額には汗が浮き上がった。
一語一句のどれが自分の命を脅かすのか──
たった一言間違えば、簡単にその身は消し飛ぶだろう。
「余は次代の皇帝の座を、ぜひ我が血筋の者に与えたい。
その娘に子を産ませれば、余の実子がミシッククラスを継承できるやもしれぬ」
ガルバドは淡々と告げた。
そこにナイア自身への興味はない。
彼の興味は、その適性にだけ向けられていた。
「バルトよ。あれを持って参れ」
「はっ!!」
バルトと呼ばれた近衛の一人が、謁見の間から繋がる奥部屋へ向かった。
やがて、謁見の間へ戻った彼は、何やら禍々しい気配を放つ剣らしきものを抱えていた。
そのまま、バルトはダイナスの元へ歩み寄り、その剣を彼に差し出した。
ダイナスは差し出された剣を見つめ、息を呑みながらそれを受け取る。
「こ、これは……剣、ですか……?」
鞘には収まっているものの、剣身からはどす黒い神聖力が漏れ出ている。
とても神がこしらえたとは思えぬほどに、悪辣な気配を垂れ流していた。
「それは、ミシッククラスの神剣だ。
しかも、武具適性に関係なく誰にでも装備できる」
「なっ!?誰でもですと!?」
ダイナスは驚愕した。
長く、貴族の座を守り続けているグランジェット家。
その当主であるダイナスも、そんな話は耳にしたことがなかった。
神話級を冠する武具が誰にでも扱える──
そんな夢のようなことは、本来あり得るはずがない。
「ふむ。だが……ただ一つ、シンプルだが大きな問題があるのだ。
その神剣は一度鞘から抜けば、命を一つ吸わせるまで鞘に納めることはできん。
もし無理に納めたり手放したりすれば、即座に使用者の命が奪われるいわくつきの武具だ」
「……っ!?」
ダイナスは目を見開いた。
剣を持つ彼の手は、ガタガタと震えた。
「それこそは、求命与禍ダインスレイヴ。
その力をもって貴様の末弟を処刑し、例の娘を余の前に連れて参れ」
「しょ、承知いたしました……!」
「は、はい……!」
ダイナスとウルスは再び深く頭を下げた。
二人の表情には恐怖と、そして同時にリックに対する遺恨が浮かぶ。
禍々しい魔剣と、逆恨みともいえる復讐心を胸に抱え、二人は重い足取りで謁見の間を後にした。




