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第18話 漂い始める不穏の影

「あぎゃああああ!?」


 男は無様な声を張り上げた。

 涙と鼻水を垂らし、汚い顔でティアを睨む。


「て、てめえ!何しやがった!?」


「ぬう?何って……わっち、何もしとらんぞ?」


 なぜかティアも驚いていた。

 確かに、最初の位置から彼女の腕は動いていない。

 だが、男の前腕は見事に折れ曲がっていた。


「あ、あの……」


 ナイアが恐る恐る口を開いた。

 どうやら、彼女には何が起きたのか見えていたらしい。


「あなたは自分の……いえ、武具の力で自分の腕を折ったんです。ティアの腕がびくともしないから……」


「はあ!?そ、そんなわけ……!!」


 男はナイアに向けて叫んだ。

 飛んでくる汚い唾を、レーヴァが咄嗟に光の盾で防ぐ。


「主に汚いものを飛ばすな!」


 男の腕と武具を見つめたティアは、何かを察したように頷いた。


「ふむ……なるほどのぉ」


「何が、なるほどだあ!?」


 醜くすごむ男に、ティアは冷ややかな視線を向ける。


「貴様、武具の強さにかまけて大して鍛錬しとらんじゃろ?

 いくら適性があったとて、所有者本人が貧弱ではのぉ。使われる武具が可哀想なのじゃ」


《だとしても、ちと目に余る気がするがのぉ……》


 ティアは大きく溜め息をついた。

 どうやら興が冷めたらしい。

 その顔からは、先ほどまでの笑顔が消えていた。


「もうよいぞ。貴様の負けじゃし、どこへなりと消えるがいい」


 ティアの吐き捨てた言葉に、男は見苦しく激昂する。


「あんだと!?こんなイカサマが、許されるわけねえだろうが!!」


 その瞬間──


 リックの時とは比べものにならないほどの、凄まじい重さがギルド内を支配した。

 人が放つ殺気というよりは、世界そのものが小さな個を拒絶するような気配。


「ひゅっ!?」


 男の顔は瞬く間に青ざめた。

 彼の瞳には、この世のものとは思えないほどの、凍てつく金の瞳が映っていた。


「三度目はないぞ?今すぐ、この場から消えよ」


「ひ、ひええ!!」


 幼女の見た目からは想像もできない、重々しい声が響き渡る。

 男は言葉を失い、ガタガタと全身を震わせた。

 そして、足をバタつかせながら立ち上がった彼は、必死の形相でギルドを飛び出した。


「ふむ。これにて一件落着じゃのぉ!わははははは!」


 ティアの大きな笑い声が響く。

 気づけば、先ほどの重い空気は和らいでいた。


 しかし──

 冒険者たちは固まったまま動かない。


「は、はいはいはーい!見せ物は終わりよ!みんな自分の依頼に専念してちょうだい!」


 レリアが場を収めようと声を上げた。

 受付の奥には、頭を抱えるゼルドアの姿があった。


「あいつら何者だよ……」

「あの変な服、高位の防具なのかな?」

「てか、めっちゃ可愛くねえか?」

「あ、ああ。確かに……」


 とりあえず各々の場所に戻った冒険者たちだったが、話題はすっかりティアのことで持ちきりとなっていた。

 幸か不幸か、リックたちの報酬や魔獣については、すでに彼らの頭から消えているようだった。


「わはははは!旦那様、聞こえておるか?わっちの可愛さに皆がひれ伏しておるのじゃ!」


「あはは。ティアは確かに可愛いもんなぁ」


 得意げに笑うティアの頭をポンと撫で、リックは臆面もなく彼女に言った。

 なかなか面と向かって言われる機会のないティアは、少し頬を赤く染めて呟いた。


「むう……それはちょっとズルいのじゃ……」


「ん?何か言った?」


「何でもないのじゃ!」


 そう言ってティアは顔を逸らした。

 その姿に、リックはよく分からない様子で首を傾げていた。


「天然もここまでくると罪だな。主も、うかうかしていられんのではないか?」


 レーヴァがナイアを焚きつける。


「え!な、なんのこと……!?」


 ナイアはびくりと体を震わせた。

 しかしそう言いながらも、リックとティアをちらりと見る。

 そこには、積極的なティアを少し羨ましく思う自分がいた。


「わ、私も頑張らないと……」


《ふむ。先は長そうだな……》


 もじもじしたナイアの様子に、レーヴァはそっと溜め息をついた。


「ほらほら!そこでイチャついてないで、清算金の受領書にサインしてちょうだい!」


 リックたちの元に、依頼や魔獣の清算を済ませたレリアがやってきた。


「明日なら、お休みもらって私が案内してあげられるけど、あなたたちどうする?」


「え!いいの!?」


 ナイアは目を輝かせた。

 やはり街を回るなら、街に詳しい人がいると心強い。

 さらには、それがレリアであることにナイアは声を弾ませた。


「ふふ。じゃあ決まりね」


 微笑んだレリアは、ナイアの頭をポンと撫でた。

 そのまま、レリアに見送られた三人は彼女に手を振り、冒険者ギルドを後にした。


「ねえ、マスター」


「ん?どうかしたか?」


「あの子たちのこと、もうこの街では抱えきれないんじゃないかしら……?」


 レリアはゼルドアに言った。

 しかしそうは言いつつも、彼女は名残惜しそうに眉を寄せる。


「まあ……そうだな。あいつらが竜王を倒せば、ハイポーションの件でかなりの貢献になる。特例で昇格させてやっても問題ないだろう」


「そうよね。でも……ちょっと寂しくなるわね」


「“清々する”の間違いだろ?」


 ゼルドアはそう言って苦笑した。

 それを見たレリアも、口元に手を添えて微笑んだ。


 ◆◆◆


 その頃、ラトーダの街を有する大国──

 ここ、イストラルダ帝国の帝都では、ある二人の男が帝城への召喚を受けていた。


 少しおぼつかない足取りで歩く男たち。

 彼らは、気高くそびえる双子の獅子が鎮座する門柱を通り、長い石畳の通路を進んで謁見の間へと向かう。


「こ、皇帝陛下……召喚の命により、ダイナス・グランジェット、ここに参上いたしました……後ろに控えますのは、息子のウルスでございます……」


 二人は跪き、ダイナスは声を震わせ、ウルスはただうつむいていた。

 そんな、怯える二人の目の前には──

 大きな槍を手にし、威厳とともに玉座に座る皇帝の姿があった。


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