第17話 古竜ティアのお戯れ
黒い軽鎧を纏った大柄のナンパ男。
頬の傷を指でさすり、ベテラン感を醸し出している。
彼はリックたちの前まで来ると、リックを見下ろしながら嫌味な笑みを向けた。
そして、放り出された魔獣の亡骸を指差し、リックたちに大声で言い放った。
「どこぞのボンボンが高級バッグの自慢かー?しかも、実績欲しさに死骸漁りとはな。
変な手品で俺様を吹っ飛ばしたり、こんなとこに死骸を出したり、ずいぶんと目立ちたがりのようだなぁ!」
死骸漁り──
他者の倒した魔獣を、許可なく持ち帰ることを指す。
冒険者の間では、これ以上ないほどの侮辱を込めた言葉だ。
「ちょっとあなた……!」
レリアが受付台から身を乗り出した。
何も事情を知らないとはいえ、さすがにそれは言葉が過ぎる。
しかし、男はレリアを無視して絡み続けた。
先日のことをかなり根に持っているらしい。
男はリックを見下ろし、恨めしそうに睨みつけた。
「いやぁ……ここで出しちゃったのは謝るけど、自分で倒したものを持ち帰って何がいけないんだ?」
リックは男の顔を見上げて首を傾げた。
死骸漁りと言われたことなど、まったく気に留める様子はない。
というより、正直なところあまりよく分かっていない。
「はっ!貧弱なボンボンが、ワイバーンを倒しただと?ふざけたこと言いやがって。
どうせそこの女だって、溜まった時の発散用に連れ歩いてんだろ?死体漁りしてまで金が欲しいなら、その女を俺が買ってやるぜえ?なはははは!」
その時──
──ズシッ!!──
周囲に肌を刺すような気配が張り詰めた。
空気が、まるで何十倍もの質量を持ったかのように重くなる。
「なぁ……あんた」
リックは笑顔を崩さなかった。
しかし、明らかに異質な気配を帯びている。
「俺は、実際落ちこぼれだから構わないんだけどさ。
ナイアのことを侮辱するのは、ちょっと許せないんだよなぁ」
あまりの気配に男はたじろいだ。
額に汗を浮かべ、リックの笑顔に恐怖を覚える。
だが、男はなけなしのプライドを振り絞り、リックに再び詰め寄った。
「や、やるってのか!ああ!?」
その瞬間、リックから笑顔が消えた。
周囲を包む鋭い殺気──
暗い魔力を纏った拳が、男の胸へと振り抜かれた。
──バシンッ!!──
「ぬあっ!?」
リックの拳は、突き出される直前で止められた。
その風圧だけで、男は床に尻もちをつく。
リックの拳を止めたのは、騒ぎを聞きつけて現れたティアだった。
「なんじゃ、ずいぶんと騒がしいのぉ。それにしても……
むふうっ!怒った旦那様も素敵じゃのぉ。惚れ直してしまうのじゃ」
「ティア……邪魔しないでよ」
頬を赤く染めるティアを、リックは真顔で睨みつけた。
その姿を見たティアはリックのそばへ歩み寄り、彼の耳もとでそっと囁いた。
「このわっちを倒した拳じゃ。無駄な殺生に使うのは感心せんのぉ。
それにほれ、いつもの素敵な旦那様でないと、ナイアも怖がってしまうぞ?」
「リ、リック……?」
ティアに諭され、リックは我に返った。
慌ててナイアに目を向けると、彼女の表情には微かな怯えが浮かんでいる。
しかし、それでも寄り添おうとするナイアの姿に、リックはひどく胸を痛めた。
「ごめん、ナイア!つい……」
「ううん……怒ってくれて、ありがとね」
そう言って、ナイアはリックに駆け寄った。
そんな二人の笑顔を見たティアも、安心したように微笑んでいた。
「ははは。よきよき。ちと妬いてしまうがのぉ」
ティアは楽しげに笑い、床に倒れ込む男へと視線を向けた。
すると突然、着物の裾をひらりとめくり上げる。
白く美しい、なまめかしい太ももをのぞかせながら、ティアは男へ向けて言い放った。
「どれ、貴様は今からわっちと勝負でもせんか?
もしわっちに勝てたら、この体を一晩貴様の好きにしてよいぞ?」
「えええ!?」
「えええ!?」
ナイアとリックが同時に声を上げた。
予想だにしないティアの発言に、かける言葉が見当たらない。
しかしティアは、新しいおもちゃでも手に入れたかのように無邪気に笑っていた。
「こやつも、一方的にやられてばかりでは可哀想じゃろ?
本気を出す機会くらいは与えてやらんと不公平じゃろうて。のぉ?」
ティアの言葉を聞いた男は、口角を上げてイヤらしく笑った。
男は舌なめずりをすると、ゆっくりと立ち上がってティアに告げた。
「一晩なんて割りに合わねえ。一生だ……
俺様が勝ったらてめえには、一生俺様の奴隷になってもらうぜえ?」
あまりに恐れ知らずな男の態度。
だが、ティアはきょとんとした表情を浮かべたのち、大きな口を開けて笑い出した。
「わははははは!よきよき!男はそれくらい強欲でなくてはのぉ!その勝負、受けて立とうではないか!」
「勝負は腕相撲だ。文句はねえな?」
「ふむ。構わんぞ?貴様の好きにするがよい」
突然始まった、ティアとむさ苦しい男の力比べ。
結果は火を見るより明らかだが、男が提案した腕相撲により勝敗を決することとなった。
「ぬへへへ。後悔すんなよ?」
そう言って、男は胸から腕にかけて装着された黒光りする鎧に魔力を込める。
男の太い腕をがっしりと包み込むその鎧は、決して低クラスの武具ではなかった。
エピッククラス──
怪力王鎧ガルガンチュア。
かつて大陸を騒がせた、悪辣な巨人の力を封じ込めたとされる武具。
ガルガンチュアは、装着者の筋力を大幅に増幅する力を持つ。
「はっはっはー!今さら後には引けねえぞ?てめえは今日から俺の奴隷だあ!」
「わははは。それは楽しみじゃのぉ」
二人は机を挟んで向かい合った。
むさ苦しい男の太い腕と、ティアの白く細い腕が絡み合う。
リックとナイアは息を呑んだ。
レリアも呆れて溜め息をつく。
三人は、ただひたすらに男が気の毒に思えた。
そして──
──バギャッ!!──
ギルドに鈍く痛々しい音が鳴り響いた。
二人の勝負を傍観していた冒険者たちは、目の前の光景に言葉を失っていた。




