第15話 とんでもない留守番
別室に通されたリックたちは、レリアに促されてソファに腰かけた。
レリアに呼ばれたゼルドアも駆けつけると、机を挟み、リックたちの前にドカリと腰を下ろす。
「おい……今度は何だ……」
ゼルドアは早速、深い溜め息をついた。
リックとナイアだけならまだしも、明らかに異様な気配を放つ少女が増えている。
「えっと……」
ナイアは苦笑いを浮かべた。
どう説明していいのか分からず、目を泳がせて視線を逸らす。
「あの……お嬢さんはどなたかしら?」
意を決してレリアが尋ねた。
幼女の姿をしてはいるが、その気配は決して見た目通りではない。
ゼルドアでなくともそれだけは理解できた。
「わっちか?わっちはティアじゃ」
ティアは当然のように名を名乗った。
無邪気な笑顔を浮かべているが、青い髪の隙間からは金色の鋭い瞳がのぞいている。
すると横に座るリックが、世間話でもするかのようにとんでもないことを口にした。
「ティアは、古い時代からいる古竜なんだってさ。
俺がぶっ飛ばしたら、俺の奥さんになるって言って、ここまでついてきちゃったんだよ」
「ついてきちゃったとはなんじゃ!わっちに愛の鉄槌を見舞ったんじゃから、責任を取るのは当然じゃろ!?」
リックの不用意な言葉に、ティアは頬を膨らませて彼を睨みつけた。
「古竜……!?奥さん……!?」
レリアは目を丸くして絶句した。
ゼルドアも頭を抱えてうなだれる。
「毎度、予想の斜め上を行きやがって……
とりあえず詳しい話は後だ。んで、依頼は達成できたのか?」
ゼルドアはひとまずティアのことを保留にし、依頼の確認を促した。
固まっていたレリアは、慌てて依頼書の控えを広げ、今回の依頼内容を確認する。
「えっと、竜の灯火を……
まあ、希少な薬草だし、一本あれば十分ね」
レリアがそう言うと、リックとナイアは顔を見合わせた。
きょとんとしたリックは、首を傾げながらレリアに尋ねる。
「え、一本でいいの?」
そして、ナイアもほっとしたように胸を撫で下ろす。
「よかったぁ。いっぱい生えてたから、たくさん持ってこないと報酬貰えないと思ってた」
レリアは眉を寄せて二人を見た。
何かの間違いかと思い、そっと聞き返す。
「えっと……いっぱい生えてたって言った?」
「ああ。頂上にたくさんあったけど?」
「頂上!?」
レリアは再び驚愕した。
彼らに出会って間もないが、その驚きはどんどん上書きされていく。
竜哭山の頂上──
まず、中腹付近でワイバーンに襲われるため、頂上まで辿り着ける者はほとんどいない。
そもそも、何があるかも分からない場所に、人員や物資を割いてまで向かう者はいなかった。
「竜の灯火はハイポーションやハイエーテルの材料になるんだけど、中腹付近でも数本しか見つからないから希少なのよ……!」
レリアは驚きながらも、ゼルドアへ嬉々とした表情を向けた。
ゼルドアも息を呑み、レリアの言いたいことを察しているようだった。
「マスター!Aクラス冒険者パーティを編成して頂上に行けば、ハイポーションがたくさん確保できるわ!」
「そうだな。一度、上層部を集めて会議を──」
「あー。それはやめた方がよいぞ」
盛り上がるレリアとゼルドアに、なぜかティアが割って入った。
さらに、少し呆れた様子で片眉を吊り上げ、二人を睨みつける。
そこにはビリビリと肌を刺すような、人ならざる者の威圧感があった。
「貴様らは、すぐそうやって人の寝床を荒らしよる……
どうせこんな展開になるじゃろうと思うてな。頂上には留守番を置いてきたのじゃ」
「留守番……だと?」
ゼルドアはティアを睨みつけた。
ハイポーションが量産できれば、たくさんの冒険者が救われる。
ティアの威圧感には冷や汗が滲むが、ゼルドアも引くわけにはいかなかった。
「竜王ウシュガル。わっちの眷属じゃ。
まあ、別に行きたきゃ行けばよいが、無駄に命を散らすこともあるまいよ」
「竜王ウシュガル!?嘘でしょ!?」
レリアは思わず声を張り上げた。
どうやら、彼女は何かを知っているらしい。
「お前、そいつを知ってるのか?」
「えっと……エルフの言い伝えで、私もうろ覚えなんだけど……
今、この世界に存在する竜種魔獣の親玉、みたいな感じかしら……」
「ああ!?なんだそりゃ!?」
ゼルドアはガタリとソファを揺らして立ち上がった。
目を見開いた彼の額には、尋常ではない量の冷や汗が滲んでいる。
「私もあまり詳しくはないんだけど……
神話時代より遥か昔に、魔獣の祖となった11の始祖魔獣の一角と言われてるわ……」
それを聞いたゼルドアは言葉を失い、再び静かにソファへ腰を下ろした。
「そんなもんを眷属と呼ぶ、この嬢ちゃんは……」
「ええ……それが本当なら、世界そのものの祖である原初の古竜しかあり得ないわね……」
二人は顔を見合わせた。
互いに険しい顔を浮かべ、深く、重い溜め息をつく。
「だから、初めからそう言うておるじゃろ?
わっちは始祖竜ティアマト。母なる海の化身、ティアマト・ドゥラコーンじゃ。
ちなみに、ウシュガルはわっちの言うことしか聞かぬからな。下手に踏み入れば貴様らなぞけっちょんけっちょんじゃぞ?」
ゼルドアは額を押さえてうなだれた。
目の前に有益な情報があるにも関わらず、手出しできないことへのもどかしさが滲む。
「ね、ねえ……」
その時、ナイアが口を開いた。
ティアを見つめ、少し遠慮気味に尋ねる。
「何か……方法はないのかな?」
「なぜじゃ?」
ナイアの問いにティアは眉を寄せた。
ティアにとってはナイアも、リックの同行者だから普通に接しているに過ぎない。
「えっと……他の冒険者さんが少しでも安心できるなら、その方がいいかなぁって……」
「ほお?」
ティアは目を見開いた。
驚く、というよりは呆気にとられていた。
自分のため──
金のため──
そんな理由で薬草に群がり、無様に命を散らす人間しか彼女は知らなかった。
「ふーむ。ゼルドアじゃったか?
おぬしも、このナイアも、人類にしては珍しいお人好しじゃのぉ」
ティアは険しい顔で目を閉じた。
腕を組み、しばらく黙って考え込む。
やがて目を開けたティアは、指を鳴らしながら言った。
「よし。ならば、旦那様がウシュガルを倒すのじゃ。
そうすれば、ウシュガルは旦那様の言うことを聞くほかない。
今のわっちが言うても、旦那様に絆されただなんだとケチをつけられるだけじゃからのぉ」
「ええええ!?」
ティアの突然の提案に、リックは目を丸くして声を上げた。
「ふははは。トラブルが絶えぬな、小僧!」
そしてそんな彼を冷やかすように、レーヴァはカタカタと剣身を震わせて笑った。




