第13話 怒れる巨竜
リックたちの目の前に現れた黒い何か。
見上げるほどの巨大なそれは、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
金色に輝く瞳と、鋭い縦長の瞳孔。
それは、紛れもない竜種特有の瞳だった。
「あの瞳……ドラゴンか……!?」
「ね、ねえ……!こんな大きなドラゴン、噂にも聞いたことないよ!?」
レーヴァとナイアは戦慄した。
小型の山を思わせるその巨体は、明らかに常軌を逸している。
ワイバーンの上位種であるトゥルードラゴン(真の竜)でさえ、これほどの大きさではないはずだ。
「なんだなんだ!デカいワイバーンか!?」
「んなわけあるか!」
そう言って無邪気にはしゃぐリック。
そんなリックに、レーヴァは思わず声を荒げた。
纏っていた湖水が全て流れ落ちる頃、その何かの輪郭が明らかになっていく。
背中にある大きな翼を広げ、鋭い牙を剥き出しにした巨竜は、リックたちへゆっくり顔を近づけた。
「おい……我を殴ったのはどいつじゃ……?」
「え!?話せるのか!?」
リックたちは驚いた。
魔獣がしゃべるなど、見たことも聞いたこともない。
「もう一度問う。我を殴ったのはどいつじゃ……?」
「はは!殴ったのは俺だよ!」
リックがそう答えた瞬間──
──バガアアアアンッ!!!──
突然、衝撃波がリックを吹き飛ばした。
後方にあった岩壁に叩きつけられ、彼の体はガラガラと崩れる瓦礫に埋もれてしまう。
「リック!?」
「小僧!?」
ナイアは慌てて振り返った。
レーヴァも、一瞬の出来事に驚愕する。
すると、巨竜が重々しい声で二人に告げた。
「我を低俗なトカゲと一緒にするでないわ。
うぬらも……死にたくなければさっさと去ね」
黒い巨竜は不機嫌そうにナイアを睨んだ。
どうやら、リックはとんでもないものを起こしてしまったらしい。
「これはまずいぞ……!」
レーヴァは焦った。
さすがにこれほどの巨竜が暴れれば、ナイアを守りきれるか分からない。
だが──
ナイアはレーヴァを抜き、そして構えた。
顔を歪めた彼女は明らかに怒っている。
「よくもリックを……!!」
ナイアからレーヴァに魔力が注がれ、神聖力が溢れていく。
レーヴァの剣身は、眩いばかりの翡翠の光を纏い始めた。
「お、おい主!?まさか戦う気か!?」
ナイアにまともな戦闘経験はない。
しかし、なぜか元から知っていたかのように、ある呪文が頭に浮かんでくる。
それは、レーヴァに眠る真の力を解き放つ言葉だった。
「我は神の代弁者!我にあだなす全ての者を断罪せよ!……ディルキス・グランディアス!!」
「なっ!?」
神の光を宿す剣──
それは、何者をも寄せつけぬ光の刃。
驚くレーヴァをよそに、剣身から放たれた翡翠の光が巨大な光の剣を形成する。
そしてナイアは、その光剣を巨竜めがけて振り下ろした。
「ぬうっ!?」
巨竜は驚き、目を見開いた。
咄嗟に翼で体を覆い、丸く、硬く身を守る。
──ズガアアアアッ!!──
光剣が巨竜の鱗に衝突した。
ギリギリと、少しずつ硬い鱗を削っていく。
「ぬう!ああああああ!!」
巨竜は膨大な魔力を全身に込める。
そのまま体を大きく開き、ナイアから放たれた光剣を弾き返した。
──バシイイイイッ!!──
両腕を広げ、指をビキビキと鳴らす巨竜。
怒りを露わにした巨竜は、殺意の宿る眼光をナイアに向けた。
「ま、まずいぞ!主、すぐにここから──」
レーヴァの忠告はもう遅かった。
巨竜の大きな手が、ナイアに向かって振り下ろされた。
「うあああああっ!!」
ナイアは再びレーヴァに力を込める。
しかし、大量の魔力を使ったばかりで、光剣の形成が間に合わない。
そんな中、容赦なく振り下ろされた巨竜の手が、ナイアを叩き潰そうとした。
その瞬間──
銀髪をなびかせながら、小さな影がその手の下に滑り込んだ。
──ドガンッ!!──
凄まじい轟音が鳴り響く。
その音とともに、巨竜の手が弾き返された。
「なぬっ!?」
驚愕する巨竜。
その視線の先には、岩壁に叩きつけたはずのリックの姿があった。
「なぜ生きている!?」
「ちょっと結構痛かったけどさ!あんなんじゃ俺は死なないよ!」
リックは不敵な笑みを巨竜に向けた。
ナイアから気を逸らすため、リックは巨竜を挑発する。
「ほら、こんな小さい人間も潰せないのか?デカいだけで大したことないんだなぁ!?」
「リック!?」
ナイアはリックに駆け寄ろうとした。
だが、リックは急いで手で払う。
その意図に気づいたレーヴァが、ナイアに声をかけた。
「ここから急いで離れるぞ!我らでは、小僧の邪魔になる!」
「で、でも……!」
「いいから行くのだ!小僧を信じられぬのか!?」
「わ、わかった!」
レーヴァにいさめられたナイアは、急いでその場を離れた。
距離をとり、岩壁に隠れたナイアは、そこからリックをそっと見守る。
「よっし、いつでも来い!デカいワイバーン!」
「だぁかぁらぁ……!我はワイバーンではないと言うておるじゃろうがあああっ!!」
リックの挑発に乗り、巨竜は再び大きな手を振り下ろした。
リックはそれを両手で受け止める。
しかし、彼の足元の地面はひび割れ、徐々に沈み始めた。
魔力が乗った巨竜の手は、ただ振り下ろすだけで山全体を揺らすほどの凄まじい威力を誇っていた。
「ぐ……!うううう……!!」
それでもリックは耐える。
彼が潰れることはなく、地面だけが抉れていった。
すると、リックの全身に濃い紫の魔力がほとばしる。
そしてついには、巨竜の大きな手を再び弾き返した。
「うう……!らああああああっ!!」
「なっ!?」
手を弾かれた巨竜は大きくのけ反った。
その隙を見てリックは跳躍し、巨竜の顔まで飛び上がる。
「おりゃあ!!」
拳を固めたリックは、巨竜の頰をぶん殴った。
巨竜の首が捻れ、そのまま湖面へと倒れ込む。
──バッシャアアアアアンッ!!──
無様に仰向けに倒れ込んだ巨竜。
巨竜は気絶したのか、再び湖へと沈んでいった。
「あれ?一発で終わり?」
リックは唖然とした。
確かに手応えはあったが、まさか一撃で終わるとは思いもしなかった。
「え……うそ……」
「わ、我はもう驚かんぞ……」
ナイアとレーヴァはポカンとしていた。
あれだけの威圧感を放っていた巨竜が、呆気なく湖に沈んでいく。
しかし、次の瞬間──
湖面の中心から、青い光が空に向けて放たれた。
「な、なんだ!?」
「今度は何!?」
「ぬう……!まだ何かあるのか!?」
リックとナイアは驚き、後ずさる。
さすがのレーヴァも声に焦りを滲ませた。
青く輝く光の中心──
そこにはなんと、湖面に立つ一人の少女の姿があった。




