第11話 襲来、ワイバーン
空から迫る影を見て、リックは思わず興奮気味に声を上げた。
ちゃんとした竜種は、住んでいた辺境の地でもなかなかお目にかかれない。
「おおおお!?ドラゴンだよな、あれ!!」
「な、なんでドラゴンが……!」
興奮するリックの横でナイアは怯えていた。
もともと剣を握ったことすらない。
街道付近で遭遇した魔獣もリックにかかれば一撃で、まともに戦った経験などなかった。
ましてやドラゴンなんて──
ナイアにとっては、噂話で聞くだけの恐ろしい存在だ。
「ね、ねえ!さすがにまずいよ!一旦、ギルドに帰ろう!?」
ナイアは必死に帰還を訴えた。
しかし、リックは聞く耳を持たない。
それどころか、初めて見るドラゴンへの好奇心で前のめりになっていた。
「大丈夫だ!せっかくドラゴンの方から来てくれたのに、逃げるなんて勿体ない!」
「ちょ、ちょっと……!どうなっても知らないよ!?」
ナイアは怒りながらレーヴァを抜いた。
手に取ったレーヴァは剣身から翡翠の光を放ち、リック同様にワクワクしている様子だった。
「ははは。ついに我の出番か!
羽根が生えただけのトカゲなど、我が一刀で両断してくれるわ!」
「レーヴァまで……!二人とも血の気が多すぎるよ!!」
ナイアは呆れ果てていた。
急いでレーヴァを構え、迫るドラゴンに視線を向ける。
──ブオンッ!ブオンッ!!──
けたたましい羽音が鳴り響く。
気づけば、その竜は目と鼻の先まで迫っていた。
「グオオオオアアアアッ!!」
こちらを見る金色の瞳。
縦長の瞳孔は鋭い刃のように、リックとナイアを睨みつけている。
Aランク魔獣、ワイバーン──
鉤爪のついた翼を広げれば、その幅は大人二人分を優に超える。
さらに、巨大な体から伸びる太い尻尾の先には、槍のような鋭い棘が数本生えていた。
「んー、思ったより小さい……?」
リックは呆気らかんとしていた。
誰もが戦慄するワイバーンを前に、小さいなどと口にするのはリックくらいだろう。
「何言ってるの!?全然小さくないよ!」
「あの小僧、どんな生活してたらあんな風に育つのだ……?」
ナイアとレーヴァは再び呆れていた。
いくら体が強くとも、まだ成人したての15歳の少年だ。
普通なら、こんなに落ち着いていられるはずがない。
しかし──
そんなリックにも問題があった。
「なぁ。どうやって殴ろう?」
ワイバーンは飛んでいる。
もちろん、リックは飛べない。
非常にシンプル、かつ大問題だ。
「無策だと……?お前、バカなのか?」
レーヴァは冷たく言い放った。
そして、もう一つ大事なことを告げた。
「ちなみに、さすがの我も空は飛べぬぞ」
「だ、だよね……」
レーヴァは淡々と言い捨てる。
当然、ナイアにもなす術はない。
すると、リックが山肌の岩壁を見上げて呟いた。
「これなら……いけそうかな?」
「え?」
ナイアが聞き返した瞬間──
リックは岩壁に向かって飛んだ。
そのまま壁をものすごい速さでよじ登り、そこからワイバーンをめがけて一直線に飛び出した。
「はあ!?」
レーヴァは驚愕した。
ナイアも目を丸くして固まった。
「リックが飛んだ!?」
「グアッ!?」
突然、矢のように飛んでくる人間に驚くワイバーン。
慌てて急旋回すると、太い尾を鞭のように振り抜き、迫るリックへと叩きつけた。
──バガンッ!!!──
「がはっ!?」
とてつもない衝撃音が響く。
尾に弾き返されたリックは、足場にした岩壁に叩きつけられた。
「リック!!大丈夫!?」
ナイアが叩きつけられたリックを見る。
リックは岩壁から地面へと滑り落ち、崩れた瓦礫がガラガラと彼の頭上に降り注いだ。
「いてっ!あた、たっ!」
瓦礫の山に埋もれたリックは、それらを押しのけてナイアとレーヴァの元に戻る。
だが、あれだけの衝撃を受けてなお、彼の体には傷一つついていない。
「んー、やっぱ成人の儀を受けてから、前より頑丈になってる気がするんだよなぁ」
リックはそんなことを呟きながら、頭を掻いていた。
ナイアは急いでリックに駆け寄り、彼の体をくまなく見回す。
「なんともないの!?」
「ん?ああ。大丈夫大丈夫!」
ナイアはホッと胸を撫で下ろした。
リックが異常なのは分かっているが、やはりどこか放っておけない。
「それにしてもどうするかな……」
ワイバーンは先ほどのリックの跳躍を警戒し、こちらに降りてくる気配はない。
すると、ワイバーンはリックたちを睨みつけ、歯をカチカチと鳴らし始めた。
「ん?なんだ?」
リックが目を凝らしたその時──
ワイバーンの口から赤い炎が溢れだす。
そして次の瞬間、大きく開いた口から高熱の火球が放たれた。
──ボボッ!ゴバアッ!!──
「おお!?」
リックは驚きつつも、すぐにレーヴァへ向けて声を上げた。
恐らく自分は無事だろうが、このままではナイアの身が危ない。
「レーヴァ!ナイアを頼む!!」
「言われるまでもないわ!」
レーヴァは勇ましく言い放った。
それと同時に、ナイアの頭に声を響かせる。
『主!火球に向けて我を構えよ!』
「う、うん!」
突然のことに驚きつつも、ナイアはすぐさまレーヴァを火球へと向けた。
だが、ワイバーンから放たれた火球は、容赦なくリックたちを覆い尽くす。
──ボゴオォォォッ!!──
リックとナイアは激しい炎に包まれた。
周囲の岩肌は赤く染まり、薄っすらと溶けてただれている。
「グアアオオオオッ!!」
大きな翼をはためかせながら、立ち昇る炎を見下ろすワイバーン。
薄暗い竜哭山の空には、ワイバーンの勝ち誇ったかのような雄叫びが響き渡った。




